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29.褒めて、認めて、私を愛して
6.(END)
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***
「婚約を解消しましょう」
ティアーシャが言う。彼女からの呼び出しに応じたエミールは、向かいの席で静かに息を呑んだ。
「本気で言っているのか?」
「ええ。これまで私のワガママのせいであなたを縛り付けていたこと、本当に申し訳なく思っています」
そう言ってティアーシャは頭を下げる。エミールは慌てて首を横に振った。
「……いや、悪いのは明らかに僕の方だ。キッカケがどうであれ、両家が納得の上婚約を結んでいるんだ。あんな態度を取るべきではなかった。今さらではあるけれど、本当に反省している」
一体どんな心境の変化だろう。エミールは後悔を滲ませながら、深々と頭を下げる。
「君の――――絵を見たんだ」
「……え?」
「先日、ディートリヒ様に呼び止められてね。君がどれだけ苦しんでいたか、悲しんでいたか知るべきだと言われた。頭を強くぶん殴られたような気分だったよ。本当に僕は、君のことを全く見ていなかったんだな」
そう言ってエミールは、分厚い紙の束をティアーシャに手渡す。
「ノア様……」
渡された紙に描かれているのは、どれも寂しそうな表情を浮かべたティアーシャだった。彼の目に映る自分はこんな表情をしていたのだろうか。ドレスやジュエリーで飾り立て、誰にも見せないようにしていた筈の自分の姿が、そこにありありと描かれている。ティアーシャの目頭がグッと熱くなった。
「今さらかもしれないが、やり直せないだろうか?」
エミールが言う。彼の瞳は、これまで頑なに避け続けていたティアーシャのことを真っ直ぐに見つめていた。
「彼女とは別れた。これからは君を幸せにしたい。どうか僕の手を取ってくれないだろうか?」
それは、ティアーシャがずっとずっと待ち望んでいた言葉だった。エミールに己を見てもらうこと、彼と共に幸せになることが、ティアーシャの望みだったのだが。
「私も――――あなたのことをきちんと見ていなかったみたい」
ティアーシャはそう言って朗らかに微笑む。悲しみも憂いも、それから、何の欲も無くなった彼女の笑みは、あまりにも美しく光り輝いていて。エミールは静かに息を呑んだ。
「ごめんなさい。本当の私を見て欲しい人が――――好きになって欲しい人が居るの」
***
静かな室内に、紙片と木炭が擦れる微かな音が鳴り響く。
「――――婚約を解消されたそうで」
「あら、もうお聞きになったの?」
質問に質問を重ね、ティアーシャは静かに微笑む。
「あなたはいつでも話題の中心ですからね。そう言った情報はすぐに入ってきますよ」
応えながら、ノアはティアーシャをまじまじと見つめる。
「……悲しくありませんか?」
「いいえ、ちっとも。これがそんな表情に見える?」
ティアーシャが微笑めば、ノアは首を横に振る。
ティアーシャはもう、誰かに褒められたいとは思わない。話題の中心に居ることだって、嬉しいとは思わない。あんなにも強く『認められたい』『褒められたい』と思っていた筈なのに、人は変われば変わるものだ。
豪奢で煌びやかだったティアーシャの私室は、随分とものが減り、シンプルかつ優美な空間へと変貌を遂げている。彼女が着ているドレスも、美しい素材をそのまま生かした上品なデザインへと変わっていた。
「……実は俺、ティアーシャ様のお陰で、最近承認欲求というものが理解できるようになってきまして」
「あら、そうなの?」
無欲で、承認欲求とはかけ離れた人だったというのに、一体どういう心境の変化だろう? 尋ねれば、ノアは僅かに頬を染め、静かに視線を泳がせた。
「貴女と……貴女のお父様に認められたいと思っています」
「え?」
ティアーシャの胸が高鳴る。頬が熱を持ち、身体がふわふわと宙に浮かぶような感覚に襲われる。
ノアはティアーシャの前に跪くと、彼女の手を優しく握った。
「今は未だ婚約を解消したばかりで、結婚について考えられないかもしれません。けれど、俺は貴女が――――ティアーシャ様が好きです。いつか貴女に認められたい。幸せにしたいと思っています」
ティアーシャの頬を涙が伝う。躊躇いながらも、ノアはティアーシャを抱き締めた。
「私……私も、今度は……今度こそちゃんと、本当の自分を見て欲しいって」
「うん」
嗚咽を漏らすティアーシャの背を、ノアは優しく撫でる。
「それで、私を好きになって貰えたらって……そう思って」
「その相手は『俺』ってことで良いですか?」
ノアの瞳が微かに揺れる。期待と不安で揺れ動く、欲に濡れた瞳だ。つい先日までティアーシャが浮かべていたであろう表情によく似ていて、彼女は思わず笑ってしまう。
「もちろん! ノア様が良い。大好き!」
幸せそうに笑うティアーシャに、ノアの笑顔が弾ける。
それから二人は、初めての口づけを交わしながら、互いをきつく抱き締めるのだった。
「婚約を解消しましょう」
ティアーシャが言う。彼女からの呼び出しに応じたエミールは、向かいの席で静かに息を呑んだ。
「本気で言っているのか?」
「ええ。これまで私のワガママのせいであなたを縛り付けていたこと、本当に申し訳なく思っています」
そう言ってティアーシャは頭を下げる。エミールは慌てて首を横に振った。
「……いや、悪いのは明らかに僕の方だ。キッカケがどうであれ、両家が納得の上婚約を結んでいるんだ。あんな態度を取るべきではなかった。今さらではあるけれど、本当に反省している」
一体どんな心境の変化だろう。エミールは後悔を滲ませながら、深々と頭を下げる。
「君の――――絵を見たんだ」
「……え?」
「先日、ディートリヒ様に呼び止められてね。君がどれだけ苦しんでいたか、悲しんでいたか知るべきだと言われた。頭を強くぶん殴られたような気分だったよ。本当に僕は、君のことを全く見ていなかったんだな」
そう言ってエミールは、分厚い紙の束をティアーシャに手渡す。
「ノア様……」
渡された紙に描かれているのは、どれも寂しそうな表情を浮かべたティアーシャだった。彼の目に映る自分はこんな表情をしていたのだろうか。ドレスやジュエリーで飾り立て、誰にも見せないようにしていた筈の自分の姿が、そこにありありと描かれている。ティアーシャの目頭がグッと熱くなった。
「今さらかもしれないが、やり直せないだろうか?」
エミールが言う。彼の瞳は、これまで頑なに避け続けていたティアーシャのことを真っ直ぐに見つめていた。
「彼女とは別れた。これからは君を幸せにしたい。どうか僕の手を取ってくれないだろうか?」
それは、ティアーシャがずっとずっと待ち望んでいた言葉だった。エミールに己を見てもらうこと、彼と共に幸せになることが、ティアーシャの望みだったのだが。
「私も――――あなたのことをきちんと見ていなかったみたい」
ティアーシャはそう言って朗らかに微笑む。悲しみも憂いも、それから、何の欲も無くなった彼女の笑みは、あまりにも美しく光り輝いていて。エミールは静かに息を呑んだ。
「ごめんなさい。本当の私を見て欲しい人が――――好きになって欲しい人が居るの」
***
静かな室内に、紙片と木炭が擦れる微かな音が鳴り響く。
「――――婚約を解消されたそうで」
「あら、もうお聞きになったの?」
質問に質問を重ね、ティアーシャは静かに微笑む。
「あなたはいつでも話題の中心ですからね。そう言った情報はすぐに入ってきますよ」
応えながら、ノアはティアーシャをまじまじと見つめる。
「……悲しくありませんか?」
「いいえ、ちっとも。これがそんな表情に見える?」
ティアーシャが微笑めば、ノアは首を横に振る。
ティアーシャはもう、誰かに褒められたいとは思わない。話題の中心に居ることだって、嬉しいとは思わない。あんなにも強く『認められたい』『褒められたい』と思っていた筈なのに、人は変われば変わるものだ。
豪奢で煌びやかだったティアーシャの私室は、随分とものが減り、シンプルかつ優美な空間へと変貌を遂げている。彼女が着ているドレスも、美しい素材をそのまま生かした上品なデザインへと変わっていた。
「……実は俺、ティアーシャ様のお陰で、最近承認欲求というものが理解できるようになってきまして」
「あら、そうなの?」
無欲で、承認欲求とはかけ離れた人だったというのに、一体どういう心境の変化だろう? 尋ねれば、ノアは僅かに頬を染め、静かに視線を泳がせた。
「貴女と……貴女のお父様に認められたいと思っています」
「え?」
ティアーシャの胸が高鳴る。頬が熱を持ち、身体がふわふわと宙に浮かぶような感覚に襲われる。
ノアはティアーシャの前に跪くと、彼女の手を優しく握った。
「今は未だ婚約を解消したばかりで、結婚について考えられないかもしれません。けれど、俺は貴女が――――ティアーシャ様が好きです。いつか貴女に認められたい。幸せにしたいと思っています」
ティアーシャの頬を涙が伝う。躊躇いながらも、ノアはティアーシャを抱き締めた。
「私……私も、今度は……今度こそちゃんと、本当の自分を見て欲しいって」
「うん」
嗚咽を漏らすティアーシャの背を、ノアは優しく撫でる。
「それで、私を好きになって貰えたらって……そう思って」
「その相手は『俺』ってことで良いですか?」
ノアの瞳が微かに揺れる。期待と不安で揺れ動く、欲に濡れた瞳だ。つい先日までティアーシャが浮かべていたであろう表情によく似ていて、彼女は思わず笑ってしまう。
「もちろん! ノア様が良い。大好き!」
幸せそうに笑うティアーシャに、ノアの笑顔が弾ける。
それから二人は、初めての口づけを交わしながら、互いをきつく抱き締めるのだった。
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