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日常
第十二話 がんもどき
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「あ~、テスト終わった~」
「それはどういう意味で終わったんだ」
テスト終了日の放課後、委員会の集まりがあった俺は咲良と連れ立って図書館に向かっていた。正確にいえば、一人で向かっていたところに咲良が追い付いてきた、という顛末なのだが。
「いろんな意味で」
「そりゃご愁傷様」
「ひでえや」
図書館にはすでに数人の図書委員が集まっていた。本をきちんと管理するために温度調節された図書館は居心地がいい。
入って右手のカウンター付近で漆原先生が出席をとっていた。
「こんにちはー」
「おう、テストお疲れさん。悪いな、終わって早々呼び出して」
この人、一応そういう気づかいができる人だったのか。
「一条君、今なにかすごく失礼なことを考えてはいないかい?」
「いいえ、何も」
「そうか……?」
人数分用意されたプリントには色々書いてあったが、要約すると文化祭に向けての準備のことらしかった。図書館でも今年は何かやるらしい。クラスごとに割り振られた席に着く。
「よし、そろそろ揃ったな」
大半の席が埋まったところで漆原先生は話し始めた。
「諸君、テストお疲れ。短時間で終わらせるつもりだからよろしく頼む。今回、図書館の方でも文化祭で展示をすることになった。その準備についての話を今日はしようと思う」
正直言って俺はやりたくないのだがな……などとごにょごにょ言っているが、いつものことなので誰も聞き返さない。大方、生徒たちのさぼり場と化していた図書館に、一部の教師陣から苦情でも入れられたのだろう。
「まあ、といってもたいそうなイベントをするわけじゃない。行うのはポップコンテストだ。一応全校生徒に向けてアナウンスするが、参加は自由だ。参加者は各々一つ気に入りの本について、ポップを作成してもらい、投票で順位を決める。その準備について話したい」
ポップ……ああ、あの商品紹介みたいなあれか。
「参加賞のしおり作製、展示の作製、参加を促すポスター作製、文化祭当日の手伝いもお願いするつもりだ。そこで、全員に役割を分担させてもらった」
プリントにはそれぞれの仕事と、割り振りが記載されていた。俺は投票箱・用紙の作成と当日の案内だった。どうやらその役割は部活に所属していないメンツが割り振られているらしい。俺のほかにも咲良と、もう一人、朝比奈貴志とかいうやつの名前があった。同学年で七組……知らない名前だ。
「何か不都合がある場合はこの後申し出てくれ。詳しい準備内容はまた後日の委員会で話すが、今日は顔合わせぐらいしといてくれ。それが終わったら各々帰って良し」
その言葉の後、一瞬の間があってそれぞれ動き出す。
咲良は五組で朝比奈は七組だから、俺が動いた方が早いだろう。咲良はそもそも動く気がなさそうだし。
「おー、春都。文化祭は一日一緒だなー」
「いや午前中は出し物とかあるだろ。そん時は別だ」
「つれないなあ」
咲良と話していると朝比奈もやってきたみたいだった。
すらりとした長身に気だるげな瞳。髪の長さは校則ギリギリなんじゃないか。後ろ髪なんかちょっと結べそうだ。そして俺が言うのもなんだが、愛想はあまりよくない。それにしてもどうしてこう、俺のまわりには背の高いやつしかいないんだ。
「お、朝比奈?」
咲良が聞くとそいつは頷いた。
「俺は井上咲良。よろしくな」
「一条春都だ。よろしく」
自己紹介をすると朝比奈も「朝比奈貴志。よろしく」と低い声で言った。
「朝比奈、お前も部活は無所属か」
「ああ」
「じゃーやっぱ、俺らの係は無所属の寄せ集めって感じだなー」
「そうだな」
それから一言二言話した後、さっさと解散した。ずいぶん淡白そうなやつだが、かえってやりやすい。準備は正直ちょっとだけ面倒だったが、このメンツならまあ、悪くないか。
「手伝いだって、大変だよなあ。うめず」
帰宅してうめずに今日のことを話しながら、俺は台所に立つ。ソファに座ってこちらを向いているうめずはコテンと首をかしげた。
買っておいた木綿豆腐にキッチンペーパーを二重に巻き、耐熱皿にのせて500Wで三、四分チンする。水切りだ。重しをのせてやってもいいが、いかんせん時間がかかる。こうすれば簡単に水が切れるのでいい。
今日作るのはがんもどきだ。テスト前から作りたいと思っていたんだ。
チンした豆腐は冷ます。その間にも水が切れていくのだ。それをただ待っているのもあれなので、風呂に入っておくとしよう。
うーん、もうちょっと冷めた方がいいかな。先に一緒に混ぜる具材の準備をしておこうか。ニンジン、ひじき、ゴマ……ぐらいか。枝豆や干しシイタケを入れてもいいが、今日は入れない。ニンジンは短い細切りみたいにする。
豆腐をボウルに入れ、ニンジン、さっと洗ったひじき、すりごまと混ぜる。ひじきが水分をいくらか吸ってくれるのだ。つなぎには卵と片栗粉を使う。味付けは醤油、酒だけだ。
あとは形作るだけだが、せっかくなので二種類作ろう。一つは普通に丸めて少し平たくしたやつ、もう一つはスプーンでつみれみたいにして作るやつだ。食感が違っていい。小さいものも作っておくと、弁当に入れられるな。
フライパンに油を注ぎ、熱したところに入れていく。水切りしたとはいえ、水分の多い豆腐は油跳ねがすごい。やけどに気をつけなければいけない。
きつね色に色づいたら出来上がりだ。
このままでも十分味がついているが、後から醤油や塩をかけてもいい。
「いただきます」
大きめに作ったものは表面が若干カリッとしていて、あとはフワッフワしている。醤油の香ばしさが増し、ニンジンの少しの歯ごたえがいい。ひじきの風味もいい塩梅だ。塩をかけて食べると味が引き締まる。ごまってホントいい風味だすよなあ。
スプーンで作った方はカリカリしていて、香ばしさが違う。鼻に抜ける大豆の風味が濃い気がする。
干しシイタケとか入れなくてもうま味は十分だな。入れてもいいけど、俺は、一緒に混ぜる具材は少なめの方が食べやすいと思う。まあ、入れたら入れたで、ボリュームが増していいけどな。
さて、明日からは委員会の仕事も始まる。文化祭は正直乗り気じゃないが、うまくやらないとなあ。
「ごちそうさまでした」
「それはどういう意味で終わったんだ」
テスト終了日の放課後、委員会の集まりがあった俺は咲良と連れ立って図書館に向かっていた。正確にいえば、一人で向かっていたところに咲良が追い付いてきた、という顛末なのだが。
「いろんな意味で」
「そりゃご愁傷様」
「ひでえや」
図書館にはすでに数人の図書委員が集まっていた。本をきちんと管理するために温度調節された図書館は居心地がいい。
入って右手のカウンター付近で漆原先生が出席をとっていた。
「こんにちはー」
「おう、テストお疲れさん。悪いな、終わって早々呼び出して」
この人、一応そういう気づかいができる人だったのか。
「一条君、今なにかすごく失礼なことを考えてはいないかい?」
「いいえ、何も」
「そうか……?」
人数分用意されたプリントには色々書いてあったが、要約すると文化祭に向けての準備のことらしかった。図書館でも今年は何かやるらしい。クラスごとに割り振られた席に着く。
「よし、そろそろ揃ったな」
大半の席が埋まったところで漆原先生は話し始めた。
「諸君、テストお疲れ。短時間で終わらせるつもりだからよろしく頼む。今回、図書館の方でも文化祭で展示をすることになった。その準備についての話を今日はしようと思う」
正直言って俺はやりたくないのだがな……などとごにょごにょ言っているが、いつものことなので誰も聞き返さない。大方、生徒たちのさぼり場と化していた図書館に、一部の教師陣から苦情でも入れられたのだろう。
「まあ、といってもたいそうなイベントをするわけじゃない。行うのはポップコンテストだ。一応全校生徒に向けてアナウンスするが、参加は自由だ。参加者は各々一つ気に入りの本について、ポップを作成してもらい、投票で順位を決める。その準備について話したい」
ポップ……ああ、あの商品紹介みたいなあれか。
「参加賞のしおり作製、展示の作製、参加を促すポスター作製、文化祭当日の手伝いもお願いするつもりだ。そこで、全員に役割を分担させてもらった」
プリントにはそれぞれの仕事と、割り振りが記載されていた。俺は投票箱・用紙の作成と当日の案内だった。どうやらその役割は部活に所属していないメンツが割り振られているらしい。俺のほかにも咲良と、もう一人、朝比奈貴志とかいうやつの名前があった。同学年で七組……知らない名前だ。
「何か不都合がある場合はこの後申し出てくれ。詳しい準備内容はまた後日の委員会で話すが、今日は顔合わせぐらいしといてくれ。それが終わったら各々帰って良し」
その言葉の後、一瞬の間があってそれぞれ動き出す。
咲良は五組で朝比奈は七組だから、俺が動いた方が早いだろう。咲良はそもそも動く気がなさそうだし。
「おー、春都。文化祭は一日一緒だなー」
「いや午前中は出し物とかあるだろ。そん時は別だ」
「つれないなあ」
咲良と話していると朝比奈もやってきたみたいだった。
すらりとした長身に気だるげな瞳。髪の長さは校則ギリギリなんじゃないか。後ろ髪なんかちょっと結べそうだ。そして俺が言うのもなんだが、愛想はあまりよくない。それにしてもどうしてこう、俺のまわりには背の高いやつしかいないんだ。
「お、朝比奈?」
咲良が聞くとそいつは頷いた。
「俺は井上咲良。よろしくな」
「一条春都だ。よろしく」
自己紹介をすると朝比奈も「朝比奈貴志。よろしく」と低い声で言った。
「朝比奈、お前も部活は無所属か」
「ああ」
「じゃーやっぱ、俺らの係は無所属の寄せ集めって感じだなー」
「そうだな」
それから一言二言話した後、さっさと解散した。ずいぶん淡白そうなやつだが、かえってやりやすい。準備は正直ちょっとだけ面倒だったが、このメンツならまあ、悪くないか。
「手伝いだって、大変だよなあ。うめず」
帰宅してうめずに今日のことを話しながら、俺は台所に立つ。ソファに座ってこちらを向いているうめずはコテンと首をかしげた。
買っておいた木綿豆腐にキッチンペーパーを二重に巻き、耐熱皿にのせて500Wで三、四分チンする。水切りだ。重しをのせてやってもいいが、いかんせん時間がかかる。こうすれば簡単に水が切れるのでいい。
今日作るのはがんもどきだ。テスト前から作りたいと思っていたんだ。
チンした豆腐は冷ます。その間にも水が切れていくのだ。それをただ待っているのもあれなので、風呂に入っておくとしよう。
うーん、もうちょっと冷めた方がいいかな。先に一緒に混ぜる具材の準備をしておこうか。ニンジン、ひじき、ゴマ……ぐらいか。枝豆や干しシイタケを入れてもいいが、今日は入れない。ニンジンは短い細切りみたいにする。
豆腐をボウルに入れ、ニンジン、さっと洗ったひじき、すりごまと混ぜる。ひじきが水分をいくらか吸ってくれるのだ。つなぎには卵と片栗粉を使う。味付けは醤油、酒だけだ。
あとは形作るだけだが、せっかくなので二種類作ろう。一つは普通に丸めて少し平たくしたやつ、もう一つはスプーンでつみれみたいにして作るやつだ。食感が違っていい。小さいものも作っておくと、弁当に入れられるな。
フライパンに油を注ぎ、熱したところに入れていく。水切りしたとはいえ、水分の多い豆腐は油跳ねがすごい。やけどに気をつけなければいけない。
きつね色に色づいたら出来上がりだ。
このままでも十分味がついているが、後から醤油や塩をかけてもいい。
「いただきます」
大きめに作ったものは表面が若干カリッとしていて、あとはフワッフワしている。醤油の香ばしさが増し、ニンジンの少しの歯ごたえがいい。ひじきの風味もいい塩梅だ。塩をかけて食べると味が引き締まる。ごまってホントいい風味だすよなあ。
スプーンで作った方はカリカリしていて、香ばしさが違う。鼻に抜ける大豆の風味が濃い気がする。
干しシイタケとか入れなくてもうま味は十分だな。入れてもいいけど、俺は、一緒に混ぜる具材は少なめの方が食べやすいと思う。まあ、入れたら入れたで、ボリュームが増していいけどな。
さて、明日からは委員会の仕事も始まる。文化祭は正直乗り気じゃないが、うまくやらないとなあ。
「ごちそうさまでした」
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