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日常
第十三話 オムライス
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今日は朝からひどい目にあった。
気まぐれにつけたテレビを見ていると、ランチメニュー特集が流れていた。まあ、あまりなじみのない横文字の羅列でさほど興味もなかったのだが、最後の最後で知った名前の料理が出てきた。
オムライス。
濃いオレンジ色のチキンライスには鶏肉のほかに玉ねぎなんかの野菜が入っている。そして上にのせられた卵は半熟ではなくしっかり焼かれている。そこに煮込まれたデミグラスソースをたっぷりかけて、仕上げにパセリを少し散らす。どうやらケチャップも選べるらしい。
深夜の飯テロはいけないというが、朝の、登校前のこの時間の飯テロも罪深い。もう弁当作っちまった。
「うまそうだな、うめず」
「わうっ」
そういえば最近、オムライス作ってねえなあ。初めて半熟でとろっとろのやつを食べたときは感動したもんだ。でもやっぱ俺は固めに焼いたのが好みだ。
「いかん、遅刻する」
オムライスが食べた過ぎて遅刻するとか、情けなさ過ぎる。後ろ髪をひかれる思いだったが、俺は意を決してテレビを消した。
「行ってきます」
「……でさあ、そん時俺も寝ててー」
「寝るなよ。懲りないな」
授業の合間の休み時間。廊下に設置された各々のロッカーに辞書を取りに来たところを咲良につかまった。
「そんなことより俺はオムライスが食べたいんだ」
「お前、まだ言ってんの。晩飯に食えばいいじゃん」
「帰って作る気力が残ってるか分かんねえ」
「あ、そうだ。今日食堂だから」
「おい無視すんな。ていうか、それは俺もついて来いってことか?」
落ちも盛り上がりもない会話をしていると、最近見知った顔が廊下を歩いてきていた。
「おー、朝比奈ー」
咲良に声をかけられた朝比奈は律儀に俺たちのそばで立ち止まった。それにしても咲良のコミュニケーション能力というか、誰にでもためらいなく関わりにいけるこの度胸はどこから来るんだ。
「朝比奈、四時間目なに?」
「……生物」
「移動?」
朝比奈は首を横に振った。すると咲良は屈託なく笑って見せた。
「じゃあさ、昼飯一緒に食わねえ? 食堂行くんだけどさ、どう?」
無表情だった朝比奈の眉が一瞬ぴくっと動いた。
「……」
「せっかく文化祭で一緒に仕事するんだしさ、どうよ?」
少しの沈黙の後、朝比奈は小さく頷いて見せた。
「別に構わない」
「おー、じゃあ、二組の前に集合なー」
俺の意向は無視か。まあ、別に構わんけども。
「おい、そろそろ時間になるぞ」
「そっか、じゃあまた後でなー」
教室の方向が同じ二人は連れ立って行った。授業で分からないところを先生に聞きに行くことはできないのに、ほぼ初対面のやつとは平然と話せるとか、よく分からん奴だ。
だからこそ入学早々俺に話しかけてきたのだろうがなあ。
昼休みになった。やっぱ教室で授業があるのは楽だな。さて、弁当持って廊下に出ておくか。
「……お」
人が増え始めた廊下で本を読みながら待っていると、先にやってきたのは朝比奈だった。手には深緑色の弁当袋を提げていた。
「なんだ、お前も弁当だったのか」
「ああ。食堂はあまり利用したことがない」
「そっか」
ふと、朝比奈の視線が俺の手元に向いているのに気付いた。そっちの手には本を持っている。
「この本がどうかしたか?」
「それ、好きなのか?」
俺が読んでいたのは、アニメ映画のノベライズだった。隠すつもりはないがブックカバーをつけているので表紙は見えない。しかし、ちょうど挿絵の所だったので内容が分かったのだろう。まあ正直言って高校生向けのアニメではない。俺が小学生の頃に人気だったもので、昔から好きなだけだ。
さすがの俺も飯だけが楽しみというわけではないのだ。
「あー、これ? ほら、小学校の時ぐらいに毎週やってたアニメの劇場版。いまだに好きでたまに読んでるんだ」
そう言うと大抵のやつは興味をなくすのだが、朝比奈はその無表情だった瞳に少し輝きを宿した。
「俺も、それ読んでるぞ」
「え、マジ?」
「何なら、円盤も持ってる」
なんということだ。この歳になって同じ趣味を持つ奴と出会うとは。
「へー。いいな、俺レンタルでしか見てねえからなー。DVDボックスのイラストかっけーもんな」
「分かる。俺は初代が一番気に入ってる」
「同感だわ」
思わぬ話題に盛り上がっていると、咲良がやっと来た。
「お、何話してんの?」
「お前が興味のないこと」
「なんだよー。二人だけ仲良しかよー」
三人そろったところで俺たちは食堂へ向かったのだった。
いつもより少し高いテンションのまま帰宅した俺は、その勢いのまま晩飯を作り始めた。テンションが上がってもわかりづらいと言われる俺だが、その日はうっかりすると鼻歌が出てしまうくらいには浮かれていた。
やっぱ好きなものの話は楽しい。
よし。オムライスを作ろう。
まずはチキンライスを作る。玉ねぎとピーマンを刻むのだが、量がそれほどでもないので今日は手で切っていく。鶏肉だけは細切れのものを買ってきた。いつもはベーコンやウインナーで作る、なんちゃってチキンライスなのだが、今日はちゃんと作ろうと思った。
フライパンでまず鶏肉を炒める。そして、玉ねぎ、ピーマンを投入したらケチャップを絞る。ケチャップはよく炒めると酸味が飛ぶので、俺は結構炒める。そこにご飯を入れ、しっかり炒めて、塩コショウで味を調えたらチキンライスは完成だ。お店のようにきれいに盛り付けはできないが、気持ちきれいに皿に盛る。
卵は塩コショウで味付けをして焼く。破れないようにのせるのが難しい。
「あ、ちょっと破れた……まいっか」
デミグラスソースはないので、ケチャップをかける。せっかくだしなんか絵を描いてやろうか。
「……」
少々いびつになったがまあいいだろう。テーブルにもっていこうとしたらうめずが不思議そうにのぞき込んできた。一応、例のアニメのエンブレムを描いてみたのだが、そんなに変か。
「いただきます」
スプーンを入れると、固めの卵とチキンライスの感触が、オムライス然としていて楽しい。ちゃんと酸味も飛んでいるみたいで、まろやかなトマト味に鶏肉のほろっとした食感と玉ねぎの甘さ、そしてピーマンの苦みがちょうどいい。卵もうまく焼けたようだ。
今度はデミグラスソースもいいだろう。ああ、弁当にしてもいいかもな。
朝はどうなることかと思ったが、結局はオムライスも食べられたし、なんなら他にも収穫はあったので、あれだ。終わり良ければすべてよし、ってやつだ。
「んまかった」
食べたいものを食べたいときに食べられるって、ほんと幸せだな。
でも、飯テロには気を付けなければ。今回は自分で作れそうな料理だったからよかったものの、どうあがいても無理だった場合、収拾がつかないからな。
「ごちそうさまでした」
気まぐれにつけたテレビを見ていると、ランチメニュー特集が流れていた。まあ、あまりなじみのない横文字の羅列でさほど興味もなかったのだが、最後の最後で知った名前の料理が出てきた。
オムライス。
濃いオレンジ色のチキンライスには鶏肉のほかに玉ねぎなんかの野菜が入っている。そして上にのせられた卵は半熟ではなくしっかり焼かれている。そこに煮込まれたデミグラスソースをたっぷりかけて、仕上げにパセリを少し散らす。どうやらケチャップも選べるらしい。
深夜の飯テロはいけないというが、朝の、登校前のこの時間の飯テロも罪深い。もう弁当作っちまった。
「うまそうだな、うめず」
「わうっ」
そういえば最近、オムライス作ってねえなあ。初めて半熟でとろっとろのやつを食べたときは感動したもんだ。でもやっぱ俺は固めに焼いたのが好みだ。
「いかん、遅刻する」
オムライスが食べた過ぎて遅刻するとか、情けなさ過ぎる。後ろ髪をひかれる思いだったが、俺は意を決してテレビを消した。
「行ってきます」
「……でさあ、そん時俺も寝ててー」
「寝るなよ。懲りないな」
授業の合間の休み時間。廊下に設置された各々のロッカーに辞書を取りに来たところを咲良につかまった。
「そんなことより俺はオムライスが食べたいんだ」
「お前、まだ言ってんの。晩飯に食えばいいじゃん」
「帰って作る気力が残ってるか分かんねえ」
「あ、そうだ。今日食堂だから」
「おい無視すんな。ていうか、それは俺もついて来いってことか?」
落ちも盛り上がりもない会話をしていると、最近見知った顔が廊下を歩いてきていた。
「おー、朝比奈ー」
咲良に声をかけられた朝比奈は律儀に俺たちのそばで立ち止まった。それにしても咲良のコミュニケーション能力というか、誰にでもためらいなく関わりにいけるこの度胸はどこから来るんだ。
「朝比奈、四時間目なに?」
「……生物」
「移動?」
朝比奈は首を横に振った。すると咲良は屈託なく笑って見せた。
「じゃあさ、昼飯一緒に食わねえ? 食堂行くんだけどさ、どう?」
無表情だった朝比奈の眉が一瞬ぴくっと動いた。
「……」
「せっかく文化祭で一緒に仕事するんだしさ、どうよ?」
少しの沈黙の後、朝比奈は小さく頷いて見せた。
「別に構わない」
「おー、じゃあ、二組の前に集合なー」
俺の意向は無視か。まあ、別に構わんけども。
「おい、そろそろ時間になるぞ」
「そっか、じゃあまた後でなー」
教室の方向が同じ二人は連れ立って行った。授業で分からないところを先生に聞きに行くことはできないのに、ほぼ初対面のやつとは平然と話せるとか、よく分からん奴だ。
だからこそ入学早々俺に話しかけてきたのだろうがなあ。
昼休みになった。やっぱ教室で授業があるのは楽だな。さて、弁当持って廊下に出ておくか。
「……お」
人が増え始めた廊下で本を読みながら待っていると、先にやってきたのは朝比奈だった。手には深緑色の弁当袋を提げていた。
「なんだ、お前も弁当だったのか」
「ああ。食堂はあまり利用したことがない」
「そっか」
ふと、朝比奈の視線が俺の手元に向いているのに気付いた。そっちの手には本を持っている。
「この本がどうかしたか?」
「それ、好きなのか?」
俺が読んでいたのは、アニメ映画のノベライズだった。隠すつもりはないがブックカバーをつけているので表紙は見えない。しかし、ちょうど挿絵の所だったので内容が分かったのだろう。まあ正直言って高校生向けのアニメではない。俺が小学生の頃に人気だったもので、昔から好きなだけだ。
さすがの俺も飯だけが楽しみというわけではないのだ。
「あー、これ? ほら、小学校の時ぐらいに毎週やってたアニメの劇場版。いまだに好きでたまに読んでるんだ」
そう言うと大抵のやつは興味をなくすのだが、朝比奈はその無表情だった瞳に少し輝きを宿した。
「俺も、それ読んでるぞ」
「え、マジ?」
「何なら、円盤も持ってる」
なんということだ。この歳になって同じ趣味を持つ奴と出会うとは。
「へー。いいな、俺レンタルでしか見てねえからなー。DVDボックスのイラストかっけーもんな」
「分かる。俺は初代が一番気に入ってる」
「同感だわ」
思わぬ話題に盛り上がっていると、咲良がやっと来た。
「お、何話してんの?」
「お前が興味のないこと」
「なんだよー。二人だけ仲良しかよー」
三人そろったところで俺たちは食堂へ向かったのだった。
いつもより少し高いテンションのまま帰宅した俺は、その勢いのまま晩飯を作り始めた。テンションが上がってもわかりづらいと言われる俺だが、その日はうっかりすると鼻歌が出てしまうくらいには浮かれていた。
やっぱ好きなものの話は楽しい。
よし。オムライスを作ろう。
まずはチキンライスを作る。玉ねぎとピーマンを刻むのだが、量がそれほどでもないので今日は手で切っていく。鶏肉だけは細切れのものを買ってきた。いつもはベーコンやウインナーで作る、なんちゃってチキンライスなのだが、今日はちゃんと作ろうと思った。
フライパンでまず鶏肉を炒める。そして、玉ねぎ、ピーマンを投入したらケチャップを絞る。ケチャップはよく炒めると酸味が飛ぶので、俺は結構炒める。そこにご飯を入れ、しっかり炒めて、塩コショウで味を調えたらチキンライスは完成だ。お店のようにきれいに盛り付けはできないが、気持ちきれいに皿に盛る。
卵は塩コショウで味付けをして焼く。破れないようにのせるのが難しい。
「あ、ちょっと破れた……まいっか」
デミグラスソースはないので、ケチャップをかける。せっかくだしなんか絵を描いてやろうか。
「……」
少々いびつになったがまあいいだろう。テーブルにもっていこうとしたらうめずが不思議そうにのぞき込んできた。一応、例のアニメのエンブレムを描いてみたのだが、そんなに変か。
「いただきます」
スプーンを入れると、固めの卵とチキンライスの感触が、オムライス然としていて楽しい。ちゃんと酸味も飛んでいるみたいで、まろやかなトマト味に鶏肉のほろっとした食感と玉ねぎの甘さ、そしてピーマンの苦みがちょうどいい。卵もうまく焼けたようだ。
今度はデミグラスソースもいいだろう。ああ、弁当にしてもいいかもな。
朝はどうなることかと思ったが、結局はオムライスも食べられたし、なんなら他にも収穫はあったので、あれだ。終わり良ければすべてよし、ってやつだ。
「んまかった」
食べたいものを食べたいときに食べられるって、ほんと幸せだな。
でも、飯テロには気を付けなければ。今回は自分で作れそうな料理だったからよかったものの、どうあがいても無理だった場合、収拾がつかないからな。
「ごちそうさまでした」
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