一条春都の料理帖

藤里 侑

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番外編 井上咲良のつまみ食い⑦

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 風が冷たくなる季節は少し憂鬱だ。夜明けが遅くなった。夏が突然どこかへ行ってしまって、さみしい気がする。
 それでも、日々は続く。新学期が始まって、学校に行かないといけない。
 いつも以上に準備が億劫だ。
「痛っ。ちょっと兄ちゃん、こんなところに鞄置きっぱなしにしないでよ」
 玄関で靴を履いていたら、どうやら鞄に躓いたらしい鈴香が文句を言ってくる。いつもなら適当にあしらうところだが、今日はなんとなく癪に障る。
「あ? 勝手にぶつかっといて文句言うな」
「何よその態度。邪魔なところに鞄を置いてるのが悪いんでしょ」
「いつも通りの場所に置いてまーす。てか、お前だっていつも邪魔なところに置いてんじゃん」
「今その話してないでしょ!」
 ああ、もう。言い合う気力もない。言い返すんじゃなかった。
「じゃ、行ってきまーす」
「ちょっと。謝ってよ! もう!」
 鈴香の声を背後に、重たい足を引きずってバス停に向かう。季節の変わり目はいつも以上に痛む。
 はぁ~あ、宿題やってねぇ。

 こないだまで夏らしく、青やら白やらで埋め尽くされていた人混みも、ところどころ黒々としてきた。冬服を着てくる奴、増えたな。昼間は暑いから考えものなんだよなあ。
 ぎゅうぎゅう詰めのバスを降りると、途端に寒い。バスの中の熱気がすごかった分、外の寒さが際立つ。
 あ、そうだ。
 雑踏から離れ、スマホを取り出す。メッセージアプリを開き、多くの公式アカウントと連絡先の中、探すまでもなく上の方に出てくる連絡先をタップする。メッセージで送ろうかな、いや、電話にしよう。
 数回のコール音の後、電話の向こうから不機嫌とも呆れているともとれる声が聞こえてきた。
『もしもし?』
「春都~? 今どこ?」
『今どこって……家』
「迎えに行っていい? てか、行くね」
『また急だな』
 と、春都は少し笑った。
『どれくらいで着く?』
「十分もかかんないと思う。今もうバス停に着いてっから」
『分かった』
 通話を切り、人の波に逆行して歩き始める。学校から離れていくにつれて人の数は少なくなり、不思議と足が軽くなる。さっきまで嫌だった冷たい空気はすがすがしくて、このままさぼってしまいそうだ。
 マンションに着くと、もう春都が待っていた。
「おはよー春都」
「おう、おはよう」
 春都は少しだけ笑って言った。
「迎えに来たら遠回りになるんじゃないか?」
「んー、でも迎えに行きたいなーって思って」
「なんだそれ」
 夏より少し遠くなった空にはうろこ雲。こんなに晴れてたんだなあ、今日。
「なあ、春都。今日学校さぼらねえ?」
「何言ってんだお前。だめだろ」

 確かに昼間は暖かかったが、放課後になるとまた冷えてきた。せっかく気分良かったのに、またなんかテンション下がるなあ。
「はぁ~あ」
「なんだお前、でけぇため息だな」
「あえ?」
 廊下に出て声をかけてきたのは春都だ。
「なになに? 迎えに来てくれたのか?」
「なんとなくだ」
 二人連れ立って昇降口に向かう。
「春都さあ、腹減ってねえ?」
「減った」
「なんか、コンビニで買って帰ろうぜ」
 ダメもとで聞いてみたら、春都は意外にもすんなり首を縦に振った。提案してみるもんだな。
 今日は部活の生徒も多いみたいで、コンビニに人は少ない。
 コンビニもすっかり秋仕様だ。ハロウィン関連の商品も並んでるし、いもとか栗を使ったスイーツも増えた。
「おっ、なんだこれ。サツマイモ饅頭だって」
 肉まんが並ぶ保温機の中に、紫色の鮮やかな饅頭が並んでいる。サツマイモを模した形みたいだ。
「うまそうだな!」
「買うか」
 支払いを済ませたら外に出る。結構ずっしりしてるんだなあ。
「いただきます」
 生地はもちもちで、紫色なのが面白い。ほんのり甘いのかな、でも、肉まんの生地と似ているような気もする。しっとり温かい生地を食むと、やっぱり冬になってきたんだなあと思う。
 餡はほぼ芋のペーストだな。甘すぎなくていい。がっつり甘いものも好きだけど、このサツマイモ饅頭には、この餡がぴったりだと思う。
「寒くなってくると、こういう飯がうまくなっていいよな」
 と、春都が言う。幸せそうにまんじゅうを食べている様子を見ると、自分が不機嫌だったのが馬鹿らしく思えて笑えてくる。
「そうだな」
「チョコレートとか、キャラメルとかのお菓子も増えるし。おでん、鍋、こたつでアイス……」
「楽しみだな」
「ああ」
 あ、そうだ。なんか妹に買ってってやった方がいいかな。あいつ、絶対朝のことねちねち言ってくるよなあ。
「……春都、後でお菓子一緒に選んでくんねえ?」
「別にいいけど……なんかあったのか? 遠い目して」
 事情を話すと、呆れたように笑われた。
「お前も大変だな」
「まあな」
 日が暮れるのが早くなった。辺りは薄闇に覆われ始め、目を凝らさないと見えづらくなってくる。
 でも、不思議と気分は明るかった。

「ごちそうさまでした」
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