677 / 893
日常
第六百三十四話 からあげ
しおりを挟む
冬休みっていうのは、あっという間に終わるなあ。
「はーあ……」
人の少ない図書館で、自分で持って来ていた本をめくる。うすぼんやりとした天気のせいか、とても眠い。
「でかいため息だな」
と、漆原先生が笑って言う。
「あくびですよ、あくび」
「まあ、今日はなんかすっきりしないもんなあ」
「もう帰りたい……」
午前中めいっぱい頑張ったんだからさあ。とっとと帰って、のんびりと好きなテレビでも見ながら、まどろみたい。平日頑張って、休日にそうするから幸せなんだ、だから平日は頑張れ、と言われればそれはそうだけど。そうはいってもなあ。
ま、どちらにしても、帰るわけにはいかないし。
「ふぅ」
再び、本に視線を戻す。
表紙のコロッケの写真に一瞬で心を奪われて買ったが、良い買い物だった。色々な洋食の写真が載っていて、レシピまである。作ってみたいなあ、という気持ちもわくし、眺めているだけで気がまぎれる。
正月料理はおいしいと思う。でも、出汁の味が続くと、やはりどうしても、違う味も恋しくなるもので。
「醤油、デミグラス、にんにく……」
「何かの呪文か?」
その言葉に顔を上げると、目の前には咲良がいた。
「おう、咲良」
「その本、自分で買ったの? 見せて」
「ん」
咲良は隣に座って、本を読み始める。
「へー、こんな本あるんだ。よく見つけたなあ」
「いいだろ。これとかうまそう」
「オムライスか。いいねえ、春都は半熟派?」
「よく焼いたのも好き」
「だよなー。どっちもうまいよなー」
咲良は楽しそうにページをめくる。ステーキとか、カツレツのページは他のページよりも少し長い間開かれていた。こうやって見てると、こいつの好みが分かるもんだ。野菜たっぷりスープのページなんて、一瞥しただけだ。
「分かりやすいやつだな、お前」
「え? 何が?」
一通り読み終わった咲良は本を閉じると、こちらに差し出しながら笑って言った。
「そういやさ、俺、最近料理するようになってさ」
「ほう」
「難しいことはできないんだけど。冬休みの間に料理してみたら思いのほか楽しくて」
「何作ったんだ?」
聞くと、咲良は周囲に視線を巡らせ、廊下に人影がないのを確認すると、手招きをした。机の下に手を入れて、何やら操作しているが……スマホか。なるほど、写真を見せたいんだな。
「またお前は危ない橋を……」
「だって早く見せたかったし」
ほらこれ、と咲良が見せてきたのは弁当だった。
ふりかけをまぶしたおにぎりに、野菜と、卵焼き。えびを茹でたものと、からあげっぽいものが詰められている。
「妹が朝になって急に弁当いるっつってさあ。しかも、親もじいちゃんばあちゃんも出かけた後に。前の日に弁当いるっつってないから冷凍もないし」
まあ、俺もたまにそういうことするけど、と早口で付け加えた後、咲良は続けた。
「どうしても弁当じゃないとだめだって言うから、俺が作ってやったの」
「頑張ったな」
「自分で作れっつったけど、他の準備があるって聞かなくて」
中学校には学食なかったもんなあ。コンビニで買って行ったら先生にいろいろ言われるし。別に悪かねぇんだけどなあ、コンビニでも。
咲良はスマホの電源を落とし、ポケットに入れる。
「でもさ、作るの割と楽しくて。見よう見まねで作ったけど、そこそこうまくいったんだよ。またなんか作りたいなあ」
「いいんじゃないか」
そう言うと、咲良はいいことをひらめいた、というように顔を輝かせてこっちを向いた。
「どうした」
「今度俺がなんか作って来てやろうか!」
「……は?」
「ほらー、春都さ、何回か弁当作ってきてくれたじゃん? 俺も作ってみたい!」
えー、気持ちは嬉しいが、こいつが作る弁当かあ……
「いや、そんな気を使わなくても」
「よっしゃ、いい考え! 楽しみにしてろよ!」
ああ、これはもう決定事項のようだ。さすがの俺も、ここまでやる気満々で楽しそうな咲良を止める気は起きない。
はてさて、どうなることやら。
その日がいつになるかはいったん置いておくとして、今日は今日の飯を楽しもう。
「そろそろこういうの食べたい頃かなと思って」
そう言って母さんが準備してくれた晩飯は、手羽元のからあげだった。しかも揚げたてで、普段の味付けのものに加えて、フライドチキン風のものも用意してある。
「いただきます」
フライドチキン風、気になる。食べてみよう。
なんか、衣がごつい感じがするな。葉を入れるとザクザク、ガリッとしていて、香ばしい。にんにくの風味もさることながら、どことなく甘味も感じる。確かにこれはフライドチキンだ。
ザクザクの衣に次いで現れるのは、ぷりっぷりの肉だ。ジューシーで塩こしょうの風味がよく効いている。
あ、なるほど。普通のからあげと違って、フライドチキンの方は塩こしょうが効いているのか。
皮もカリッカリで、スナック菓子を食べている気分になる。
骨についた衣や肉をしつこく食べたら、次はいつもの味付けのからあげの方に。
こっちはにんにく醤油の風味が濃いな。慣れ親しんだ香りである。衣はサクサクのパリパリで、噛めば肉汁があふれ出す。
皮は確かにカリッとしているが、もちもちしたところも残っているのがいい。
醤油の風味に、にんにくの食欲をかきたてる香り、香ばしさが鼻に抜けいくらでも食べられる。レモンをかけると少しばかりさっぱりして、マヨネーズをつけるとまろやかだ。
これがまた、ご飯が進むことこの上ない。
付け合わせのキャベツにドレッシングをかけて食べると、また口がすっきりして、次の鶏肉に手が伸びる。
食いたいと思った味が、今、口の中にある幸福よ。
しっかし、大量だなあ、からあげ。
明日の朝まで幸せは続きそうだ。
「ごちそうさまでした」
「はーあ……」
人の少ない図書館で、自分で持って来ていた本をめくる。うすぼんやりとした天気のせいか、とても眠い。
「でかいため息だな」
と、漆原先生が笑って言う。
「あくびですよ、あくび」
「まあ、今日はなんかすっきりしないもんなあ」
「もう帰りたい……」
午前中めいっぱい頑張ったんだからさあ。とっとと帰って、のんびりと好きなテレビでも見ながら、まどろみたい。平日頑張って、休日にそうするから幸せなんだ、だから平日は頑張れ、と言われればそれはそうだけど。そうはいってもなあ。
ま、どちらにしても、帰るわけにはいかないし。
「ふぅ」
再び、本に視線を戻す。
表紙のコロッケの写真に一瞬で心を奪われて買ったが、良い買い物だった。色々な洋食の写真が載っていて、レシピまである。作ってみたいなあ、という気持ちもわくし、眺めているだけで気がまぎれる。
正月料理はおいしいと思う。でも、出汁の味が続くと、やはりどうしても、違う味も恋しくなるもので。
「醤油、デミグラス、にんにく……」
「何かの呪文か?」
その言葉に顔を上げると、目の前には咲良がいた。
「おう、咲良」
「その本、自分で買ったの? 見せて」
「ん」
咲良は隣に座って、本を読み始める。
「へー、こんな本あるんだ。よく見つけたなあ」
「いいだろ。これとかうまそう」
「オムライスか。いいねえ、春都は半熟派?」
「よく焼いたのも好き」
「だよなー。どっちもうまいよなー」
咲良は楽しそうにページをめくる。ステーキとか、カツレツのページは他のページよりも少し長い間開かれていた。こうやって見てると、こいつの好みが分かるもんだ。野菜たっぷりスープのページなんて、一瞥しただけだ。
「分かりやすいやつだな、お前」
「え? 何が?」
一通り読み終わった咲良は本を閉じると、こちらに差し出しながら笑って言った。
「そういやさ、俺、最近料理するようになってさ」
「ほう」
「難しいことはできないんだけど。冬休みの間に料理してみたら思いのほか楽しくて」
「何作ったんだ?」
聞くと、咲良は周囲に視線を巡らせ、廊下に人影がないのを確認すると、手招きをした。机の下に手を入れて、何やら操作しているが……スマホか。なるほど、写真を見せたいんだな。
「またお前は危ない橋を……」
「だって早く見せたかったし」
ほらこれ、と咲良が見せてきたのは弁当だった。
ふりかけをまぶしたおにぎりに、野菜と、卵焼き。えびを茹でたものと、からあげっぽいものが詰められている。
「妹が朝になって急に弁当いるっつってさあ。しかも、親もじいちゃんばあちゃんも出かけた後に。前の日に弁当いるっつってないから冷凍もないし」
まあ、俺もたまにそういうことするけど、と早口で付け加えた後、咲良は続けた。
「どうしても弁当じゃないとだめだって言うから、俺が作ってやったの」
「頑張ったな」
「自分で作れっつったけど、他の準備があるって聞かなくて」
中学校には学食なかったもんなあ。コンビニで買って行ったら先生にいろいろ言われるし。別に悪かねぇんだけどなあ、コンビニでも。
咲良はスマホの電源を落とし、ポケットに入れる。
「でもさ、作るの割と楽しくて。見よう見まねで作ったけど、そこそこうまくいったんだよ。またなんか作りたいなあ」
「いいんじゃないか」
そう言うと、咲良はいいことをひらめいた、というように顔を輝かせてこっちを向いた。
「どうした」
「今度俺がなんか作って来てやろうか!」
「……は?」
「ほらー、春都さ、何回か弁当作ってきてくれたじゃん? 俺も作ってみたい!」
えー、気持ちは嬉しいが、こいつが作る弁当かあ……
「いや、そんな気を使わなくても」
「よっしゃ、いい考え! 楽しみにしてろよ!」
ああ、これはもう決定事項のようだ。さすがの俺も、ここまでやる気満々で楽しそうな咲良を止める気は起きない。
はてさて、どうなることやら。
その日がいつになるかはいったん置いておくとして、今日は今日の飯を楽しもう。
「そろそろこういうの食べたい頃かなと思って」
そう言って母さんが準備してくれた晩飯は、手羽元のからあげだった。しかも揚げたてで、普段の味付けのものに加えて、フライドチキン風のものも用意してある。
「いただきます」
フライドチキン風、気になる。食べてみよう。
なんか、衣がごつい感じがするな。葉を入れるとザクザク、ガリッとしていて、香ばしい。にんにくの風味もさることながら、どことなく甘味も感じる。確かにこれはフライドチキンだ。
ザクザクの衣に次いで現れるのは、ぷりっぷりの肉だ。ジューシーで塩こしょうの風味がよく効いている。
あ、なるほど。普通のからあげと違って、フライドチキンの方は塩こしょうが効いているのか。
皮もカリッカリで、スナック菓子を食べている気分になる。
骨についた衣や肉をしつこく食べたら、次はいつもの味付けのからあげの方に。
こっちはにんにく醤油の風味が濃いな。慣れ親しんだ香りである。衣はサクサクのパリパリで、噛めば肉汁があふれ出す。
皮は確かにカリッとしているが、もちもちしたところも残っているのがいい。
醤油の風味に、にんにくの食欲をかきたてる香り、香ばしさが鼻に抜けいくらでも食べられる。レモンをかけると少しばかりさっぱりして、マヨネーズをつけるとまろやかだ。
これがまた、ご飯が進むことこの上ない。
付け合わせのキャベツにドレッシングをかけて食べると、また口がすっきりして、次の鶏肉に手が伸びる。
食いたいと思った味が、今、口の中にある幸福よ。
しっかし、大量だなあ、からあげ。
明日の朝まで幸せは続きそうだ。
「ごちそうさまでした」
23
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる