一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百三十四話 からあげ

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 冬休みっていうのは、あっという間に終わるなあ。
「はーあ……」
 人の少ない図書館で、自分で持って来ていた本をめくる。うすぼんやりとした天気のせいか、とても眠い。
「でかいため息だな」
 と、漆原先生が笑って言う。
「あくびですよ、あくび」
「まあ、今日はなんかすっきりしないもんなあ」
「もう帰りたい……」
 午前中めいっぱい頑張ったんだからさあ。とっとと帰って、のんびりと好きなテレビでも見ながら、まどろみたい。平日頑張って、休日にそうするから幸せなんだ、だから平日は頑張れ、と言われればそれはそうだけど。そうはいってもなあ。
 ま、どちらにしても、帰るわけにはいかないし。
「ふぅ」
 再び、本に視線を戻す。
 表紙のコロッケの写真に一瞬で心を奪われて買ったが、良い買い物だった。色々な洋食の写真が載っていて、レシピまである。作ってみたいなあ、という気持ちもわくし、眺めているだけで気がまぎれる。
 正月料理はおいしいと思う。でも、出汁の味が続くと、やはりどうしても、違う味も恋しくなるもので。
「醤油、デミグラス、にんにく……」
「何かの呪文か?」
 その言葉に顔を上げると、目の前には咲良がいた。
「おう、咲良」
「その本、自分で買ったの? 見せて」
「ん」
 咲良は隣に座って、本を読み始める。
「へー、こんな本あるんだ。よく見つけたなあ」
「いいだろ。これとかうまそう」
「オムライスか。いいねえ、春都は半熟派?」
「よく焼いたのも好き」
「だよなー。どっちもうまいよなー」
 咲良は楽しそうにページをめくる。ステーキとか、カツレツのページは他のページよりも少し長い間開かれていた。こうやって見てると、こいつの好みが分かるもんだ。野菜たっぷりスープのページなんて、一瞥しただけだ。
「分かりやすいやつだな、お前」
「え? 何が?」
 一通り読み終わった咲良は本を閉じると、こちらに差し出しながら笑って言った。
「そういやさ、俺、最近料理するようになってさ」
「ほう」
「難しいことはできないんだけど。冬休みの間に料理してみたら思いのほか楽しくて」
「何作ったんだ?」
 聞くと、咲良は周囲に視線を巡らせ、廊下に人影がないのを確認すると、手招きをした。机の下に手を入れて、何やら操作しているが……スマホか。なるほど、写真を見せたいんだな。
「またお前は危ない橋を……」
「だって早く見せたかったし」
 ほらこれ、と咲良が見せてきたのは弁当だった。
 ふりかけをまぶしたおにぎりに、野菜と、卵焼き。えびを茹でたものと、からあげっぽいものが詰められている。
「妹が朝になって急に弁当いるっつってさあ。しかも、親もじいちゃんばあちゃんも出かけた後に。前の日に弁当いるっつってないから冷凍もないし」
 まあ、俺もたまにそういうことするけど、と早口で付け加えた後、咲良は続けた。
「どうしても弁当じゃないとだめだって言うから、俺が作ってやったの」
「頑張ったな」
「自分で作れっつったけど、他の準備があるって聞かなくて」
 中学校には学食なかったもんなあ。コンビニで買って行ったら先生にいろいろ言われるし。別に悪かねぇんだけどなあ、コンビニでも。
 咲良はスマホの電源を落とし、ポケットに入れる。
「でもさ、作るの割と楽しくて。見よう見まねで作ったけど、そこそこうまくいったんだよ。またなんか作りたいなあ」
「いいんじゃないか」
 そう言うと、咲良はいいことをひらめいた、というように顔を輝かせてこっちを向いた。
「どうした」
「今度俺がなんか作って来てやろうか!」
「……は?」
「ほらー、春都さ、何回か弁当作ってきてくれたじゃん? 俺も作ってみたい!」
 えー、気持ちは嬉しいが、こいつが作る弁当かあ……
「いや、そんな気を使わなくても」
「よっしゃ、いい考え! 楽しみにしてろよ!」
 ああ、これはもう決定事項のようだ。さすがの俺も、ここまでやる気満々で楽しそうな咲良を止める気は起きない。
 はてさて、どうなることやら。

 その日がいつになるかはいったん置いておくとして、今日は今日の飯を楽しもう。
「そろそろこういうの食べたい頃かなと思って」
 そう言って母さんが準備してくれた晩飯は、手羽元のからあげだった。しかも揚げたてで、普段の味付けのものに加えて、フライドチキン風のものも用意してある。
「いただきます」
 フライドチキン風、気になる。食べてみよう。
 なんか、衣がごつい感じがするな。葉を入れるとザクザク、ガリッとしていて、香ばしい。にんにくの風味もさることながら、どことなく甘味も感じる。確かにこれはフライドチキンだ。
 ザクザクの衣に次いで現れるのは、ぷりっぷりの肉だ。ジューシーで塩こしょうの風味がよく効いている。
 あ、なるほど。普通のからあげと違って、フライドチキンの方は塩こしょうが効いているのか。
 皮もカリッカリで、スナック菓子を食べている気分になる。
 骨についた衣や肉をしつこく食べたら、次はいつもの味付けのからあげの方に。
 こっちはにんにく醤油の風味が濃いな。慣れ親しんだ香りである。衣はサクサクのパリパリで、噛めば肉汁があふれ出す。
 皮は確かにカリッとしているが、もちもちしたところも残っているのがいい。
 醤油の風味に、にんにくの食欲をかきたてる香り、香ばしさが鼻に抜けいくらでも食べられる。レモンをかけると少しばかりさっぱりして、マヨネーズをつけるとまろやかだ。
 これがまた、ご飯が進むことこの上ない。
 付け合わせのキャベツにドレッシングをかけて食べると、また口がすっきりして、次の鶏肉に手が伸びる。
 食いたいと思った味が、今、口の中にある幸福よ。
 しっかし、大量だなあ、からあげ。
 明日の朝まで幸せは続きそうだ。

「ごちそうさまでした」
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