紛い物でも愛してる

無名ノ作家

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第1章 終焉への第1歩

日聖の正体

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 病院から帰った後、俺たちはその足で日聖の家に行った。おばさんは帰ってきた事や怪我している事に驚いていたけど「まあ、ええわ、おかえり」と迎えてくれた。
「ほんっと急に帰ってきたと思うたら今度は怪我しよって! あんたはどこまで親を心配させたらええの!?」
「あはは……悪いって。もういなくならんし、大丈夫!」
 おばさんは「はあぁ」と大きなため息をついていたけど、俺を見て小さく笑った。
「あほな子やけど仲良くしてやってね、こんなんでも息子やから」
「うん、大丈夫」
 そういうと、「ゆっくりしてきや」とお茶とお菓子を用意してくれて少し寝ると部屋を出て行った。外で聞こえる蝉の声、シャンシャンシャンって鳴き声がやけに心地いい。日聖が俺を見下してからの数年間は春夏秋冬嫌いで、何しても楽しいと思えなかった。けど親友が目の前にいる。
「なあ、日聖。お前さ、どうやって帰って来たん?」
「え……あー、それがその良く覚えてないんよな。最後に見たんが綺麗な空でな、満天の星空! それ見て感動したんは覚えてる。けどその後の記憶? みたいなんはなくて。気が付いたら家帰らなって思って、そしたらまさかの俺の葬式終わってるとか言うし母さん泣きよった。あんな顔初めて見たわ、バケモンでもええって、言われたし。ひどいよなあ、息子にバケモンって」
「……実際そうやろ、お前」
 シャンシャンシャンシャンシャンシャン……。蝉の声だけが響く。
「ど、どういうこと、や」
「お前はみんなが言う通りのバケモンや。日聖によく似た模造品やろ。実際の日聖はもうほんまに死んどる。その死体にバケモンが棲みついたってとこやろ?」
 夏なのにひんやりとした空気感、意外そうな顔が俺を見つめている。
「な、なんでや。なんで……」
「別にそれが悪いとは言わん。俺にとって日聖はムカつく奴やけど、今のお前見てて憎しみとか悲しみとかないし。狡い言い方やけど、今のお前が偽物でも俺には理想の親友像っていうか……だから責めたいわけやない、偽物の日聖が何者なんか知りたいだけなんや」
「知ってどうすんの。俺の正体知ったらお前絶対ビビるし、今みたいな友達には戻れん。俺はそうなるんだけは死んでも嫌やぞ?」
「死んでもって……死んどるやろ。大丈夫、お前を信じるって決めたから、絶対ビビらん。嫌いにもならん。もしお前を避けることがあったら……殺してええよ」
 やけに静かな部屋、いや蝉の声は聞こえてる。けれど日聖の息遣い、自分の心臓の音がやけにハッキリ聞こえる気がした。
「……馬鹿やなあ、黎斗。絶対俺の正体知らん方が幸せなはずやで。ほんま、馬鹿すぎる」
 そう言った後、日聖は目の前でドロリと液状化した、真っ黒な塊、見た目はスライムにも似た何かだ。それが俺の体にまとわりつく、ほんのり冷たくて臭いはない。感触はコンニャクみたいだ……。
「これ、が……お前の、正体……?」
「あぁ……そうだ。俺はこの自在な体を使って生き物を殺せる。穴があれば体内に入り込んで内臓、神経、血管、脳髄、脳味噌、骨、全てを食い尽くして苦痛を与えて殺す。俺は模倣が得意だ、他人に化けて成りすます。お前の友達の日聖も……俺が食い殺したんだ」
 ごくりと生唾を飲み込む。こんな得体の知れない化け物が居たなんて、体内に入り込まれて食い殺すなんて痛みの想像もつかない。
「あの日……日聖は立ち入り禁止区域に入ってきた。木陰で俺は休んでいてな、あいつは誰かと電話してたよ。ナヨナヨしくて気味の悪い男がいる、親友とか思われてるのが心底気持ち悪い、消えればいいのにってな。笑いながら話してたのを聞いちまって、人間なんてクソだなって思ったよ。下品な声でゲラゲラ笑った挙句、女みたいな顔してるからって理由で他校の同性好きにお前を売ろうとしていたよ、あんなのが親友とはお前が可哀想だ」
 黒い塊から聞こえてくる声は日聖の声に重なって地鳴りみたいなド低音の声が入り交じっている。でも不思議と恐ろしくはなく、日聖のやろうとしていた事実に胸が痛む。
「まあ、胸糞悪く思ったんで食い殺した。下品で品の欠けらも無い口から体内に入って歯から喰った、舌を食い、食道を食い、痛覚を残したまま食ったんであいつは最期までもがき苦しんだ。その顔は無様でみっともなくて愉快だったよ。空っぽになった肉体に俺は棲み付いて暫く過ごしていたらな、日聖の魂と同化しちまったんだ。最初は嫌だったが昔の記憶の中にいた黎斗を見つけて惚れた。だから手に入れたいと思った、こいつの体を借りてお前を俺のものにするとな。お前には俺と日聖が別物だと理解してる、それなら日聖なんては忘れてを受け入れてくれ。俺ならお前を死ぬまで愛する。そしてお前は日聖に愛される事を望んでいた、そうだろう、黎斗?」
 気付けば黒い物体は最後あたりの言葉を言う時には日聖の姿で言っていた。胸がぎゅうううんと心地好くも嬉し恥ずかしい気持ちで満たされながら好きという気持ちが加速する。
「お前……狡いで、その姿で言うとか……」
「ははっ、わざとだよ。お前には本物のバケモンだってバレちまったし隠し事はなしだな。けど他の奴らには黙ってろよ? じゃないと俺はここに居られない。黎斗だってそんな事望まんやろ?」
「ったく……これが惚れた弱みってやつかよ。日聖の正体バレた時俺も知ってたってなったらただじゃ済まんな」
「そうなった時は2人で逃げちまおう。大丈夫、俺はお前を。愛したやつを簡単に死なせたり奪わせたりせんよ」
 日聖の顔と声で俺の理想そのものになろうとしている得体の知れないバケモン、肉体の内部から殺しほぼ無敵の親友……。
「俺は日聖と絶交しとる。あいつの声も顔も嫌いや、嫌いなはずなんや。でも俺は今目の前におる日聖に惚れとる。何でか分かったわ、お前が日聖とは全くの別モンやから。俺はもうお前のを受け入れとるし、前とちゃうんやったらこれはもう日聖って親友に恋したんやない。別の日聖に恋したって事になる。多分お前もを引き摺られるより素直に目の前におるお前自身を受け入られた方が嬉しいやろ?」
 そう聞くと拍子抜けしたとでもいうような間抜けな顔になり、すぐ「だっははは!」と豪快に笑いだした。日聖の笑う声だった、けど不快に思わない。
「お前おもろいわ、そやな。確かに前の日聖と比べられてもおもんない。あいつの記憶は俺が消しといてやるわ。そんでお前以外の人間の記憶も弄ってやるわ」
「……記憶を弄る?」
「そうや。俺は死んだんや、正しくは日聖がな。それも人間の仕来りって言うんか? 死んだ人間を弔って箱に入れて焼くんやろ? まあ日聖の肉体は俺が貰うたからないとしても初七日、四十九日、ってあるらしい。それに人間は死んだ奴が生きて帰るとは思わん、俺がお前と会うには俺を知っていそうな人間の脳を弄らなアカンねん、不思議に思わんかったか? 俺が死んで葬式に来た奴らもおったのにあんな普通の態度しとる事に」
 やっぱりこいつは人間じゃない、小さな村でもここには人がたくさんいる。それだけの記憶を弄るなんて、いやそもそもが人じゃないんだ。
「お前やっぱり、人間やないんやな……」
「……何しみじみ言うとるん……黎斗も大概変人やな。まあでも……そんなお前が好きや。さっきお前にくっ付いた時貰ったわ。自分より少し背が高くていつでも甘やかしてくれて守ってくれるヒーロー、それが日聖なんやな。俺はお前の理想になる、俺の全てはお前のもんや。勝手にお前とリンクさしてもろた、せやからお前の心の声も頭ん中の考えも俺には筒抜けやで」
「おまっ……勝手に何しとん、変態!!」
「何でや、嬉しいくせに。まあでもお前の事知りたいからシャットアウトはすんで。心の声に頼ったが最後、お前の事何も知らん人間になるのは嫌や。どんな小さな変化でも絶対見逃さへんよ、絶対守ったるから」
 くっそ格好良いなあ、そう思いながら相手を見つめる。人間ではない謎の生物、形を持たず誰かに何かに模倣して生きる物。きっとこいつも1人で寂しい時があったはず、それを埋めてやれる存在になりたいと思った。
「なあ、日聖は俺の事好きとか愛してるとか言いよんけど……意味、分かっとる? 友達同士の好きやないって事は……」
「当たり前やろ、なめんな。経験もなし見た事もない、俺にその行為は必要ない。けど、説明なら出来んで? 実践したろか?」
 そう言いつつ彼の手が俺の腰に回された時ドキドキとバクバクでおかしくなりそうで目が回りそうで逆上せそうで、少し体を離す。
「えー、なんやの。傷つくなあ?」
「嘘つけや、そんな顔しとらん……今はその、ちょっとタンマ……心の準備が……」
「はは、ウブやなー黎斗は」
「む……お前かて経験ないくせに上から目線ムカつくわ」
「経験はないで? けど俺はこれでも色んなやつ食ってんねや。その分経験はないけんど知識だけはやたら増えんねんで。なんたって黎斗より何億倍も生きとるからな? 肉体が老いていけば新しい体探さなあかんし。けどそれすら嫌やなってお前には思う。黎斗の隣にはこの姿で居りたい、惚れてくれた容姿のままでずっとな、こんな気持ち初めてやわ」
 どこまで俺を落とす気なんだこいつは……。悔しいけど格好良い、見惚れてしまう。ずっとずっと日聖が好きだった頃は、こうなりたいと夢描くこともあった。それが現実になろうとしている……別の日聖と……。
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