「貴方に心ときめいて」

華南

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15話

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さて、物語はエレーヌの社交界デビューが決まる一週間前のエレーヌの誕生日に巻き戻る。
急に倒れたエレーヌを抱き留め、そのまま寝室へとエレーヌを運んだオリバーは、ずっと付きっきりでエレーヌを見守っていた。

エレーヌに視線を落とすと、青白い顔で深く眠っている……。

中々目覚めないエレーヌにオリバーは自身の軽率な行動に心を痛めていた。
ラルフがエレーヌに興味を抱いたのは、己のエレーヌへの気持ちが表立っていた所為だと。

過去の出来事を振り返る。
13歳の時、王都の学園に入学したオリバー宛にエレーヌは、手紙とハーブティー、そして細々とした物を月一で送っていた。

拙い字で手紙に綴られている、学園での生活を心配する文面に思わず笑みが零れる。
普段、無表情を徹するオリバーの表情の緩み、それも微笑んでいる姿に学友達は戦慄した。
誰もが不気味がり、そして手紙の主に興味を抱く。

その中で特に興味を抱いた人物が、王太子ラルフだった。

(ほう、あの鉄面皮が手紙を見て微笑んでいる……。
まるで愛しい相手に対する、優しい笑みだ。
誰だろうか……)

年々と興味は深くなり、ラルフはお忍びでグーベルト家に赴くのだが。
久々に王都から帰郷したオリバーに輝く様な笑みを浮かべて迎えるエレーヌに一目惚れをする事になる。

「貴方に心ときめいて」のヒロインのリリアンヌに密かに偵察に行った孤児院で、運命的な出会いを果たす話の筋から逸脱する事になったのは云うまでもない。

哀れなヒロイン、リリアンヌ。
この事をエレーヌと出会い気付くのだが、それはまた当分先の話である。

話は逸れてしまったが、オリバーの悔恨は根深かった。

己のエレーヌに対する邪な気持ちがエレーヌを窮地に立たせてしまった。
エレーヌを妹以上に想っている事が……。
深い溜息が出る。

王太子ラルフの急な登場、それもエレーヌを王妃付きの侍女との任命を掲げた登場に、エレーヌの気持ちの許容範囲を超えてしまった。
余りに馬鹿げた話だ。

王妃はを知ってのエレーヌを王妃付きの侍女にと所望されている。

(エレーヌを王室の醜い争いに巻き込む魂胆か……)

絶対に阻止せねばならない。
その為に己はずっと王都で学んできた。
学問だけではなく、政治的な背景も含めて。

(エレーヌはこのグーベルトの領地で、そしてエレーヌが心から愛する者と出会い、共に生きて行く事が俺の望みだから)

ずっと側にいる事は許されない。
引き裂かれる様な痛みに耐えてもエレーヌの幸せを……。

「う、ん……」

「気付いたか、エレーヌ」

ほっと安堵の溜息が出た。
そして王太子ラルフに対する罵詈雑言を一通りエレーヌに聞かせた後、一旦は平常心を取り戻したオリバーはエレーヌ自家製ブレンドのハーブティーを準備してエレーヌの前に差し出す。

ハーブティー独特の優しい香りが鼻腔を燻る。

ほう、と息を吐くエレーヌにオリバーは優しい目で見詰めていたが。

急遽、エレーヌ付きの侍女に和やかな空気を破られ、即座に寝室から退居させられる。

「さあさあ、オリバー様は外に出て下さい。
今からエレーヌお嬢様の装いの時間です」

「そうです。
エレーヌお嬢様の、麗しいお姿を見たくは無いのですか?」

「オリバー様。
ハッキリ言って邪魔です」

散々な扱いである。
次期当主にかしまし娘3人は全く持って容赦が無い。

3人はお嬢様ラブなので、オリバーはどうでもいい存在である。
喩え次期領主であっても、エレーヌ一番大事な3人はエレーヌに危害を与えない存在であれば、それでいいと密かに思っている。

いや、全面にそのオーラが漂っている。

「さあ、エレーヌ様。
今からもっと麗しいお姿になりましょうね」

「ねえ、この衣装はどうかしら」

「あら、エレーヌ様の瞳にはこのドレスが映えるわ。
ああん、マリーナ悩んじゃう」

「……」

(ああ、地獄の時間、到来だわ……。
普段余り装わないから、シエナ、マリーナ、イボンヌ達の張り切り様ったら……。
これは逆らわない事が身の為だわ。
一言でも発したら、ハラハラと泣き出して。
目をうるうるさせて「お嬢様の晴れ舞台なんですよ、今日は」って絶対に言われる。
泣き落としをさせられるのなら好きにさせた方が安泰。
でも、なんだかと言って3人は私の事を思っての行動だし。
気持ちはとても嬉しいし、有難いんだけど。

コルセットのギュウギュウは正直、勘弁して欲しい。
美の為だとは言え、正直、あれはキツい)

心の中でげっそりとなる。
着せ替え人形に徹したエレーヌはずっと自身の変貌に気付かなかった……。

数時間後。

3人に磨きに上げられた姿に、エレーヌは一瞬、言葉を失った。
鏡に映る自分の余りの変わり様に我を無くす。

(な、何なのこれは?
ひ、ヒロイン、リリアンヌに負けず劣らずの美少女じゃないの……。
エレーヌって本当はかなりの美少女だったのね)

もう、だったら何故スチルが無いの。
ただのモブキャラである筈なのに、この豹変は一体……。

(「貴方に心ときめいて」のストーリーが予測出来ない。
私もモブキャラとは到底思えない美少女ぶりになっているし、王太子ラルフは登場しているし。
い、いや、これは絶対にヤバいわ。

ああ、身の危険を感じる……。
不穏な動きを察してしまう)

ブルブルと身体を震わせながら、広間へと向かう。
恐る恐る歩行を進め、皆の前に姿を現したエレーヌに、一瞬、我を忘れて見惚れるグーベルト家の面々。

王太子ラルフも例に漏れずエレーヌの麗しい姿に心射抜かれて、更に恋心を燃え上がらすのであった。
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