「貴方に心ときめいて」

華南

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17話

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***

誕生日の次の日の早朝。

普段とは違う装いに疲弊した私は、深く寝入り普段の時刻より少し遅めに起床した。
それでも、10、20分位の誤差である。
長年培った習慣は半端無かった。
規則正しい生活を習慣づいている私の体内時計を侮ってはいけない。

自分の単調な生活を垣間見ている、と頭の隅でツッコミを入れながらも、苦笑しながら起き上がる。
少し気怠い身体に、昨日の誕生日を思い出していた。

お父様とそしてラルフとのダンス。

ゲームとしては有り得ない展開だけど、エレーヌの気持ちになると夢の様なひと時であった。
正直、ゲームの攻略の中で最も王道なキャラである。

清廉潔白で、高潔な王太子であるラルフのキャラクター設定は少し、気後れしていた。
ゲームであっても何故か遠い存在。
まあ、主要キャラは大概、そうだった。
何せ全てが完璧で……。

容姿も煌びやかで、目がチカチカする程眩い。
それに超と言える美ボイス。

本当にこんなキャラが実際に存在するだろうか。
あくまでも二次は二次だ。
現実では無い。

当たり前では無いか!

そんなツッコミをぶつぶつ呟きながら攻略していて……。

その中で一人だけ、ほっとする存在がいた。
容貌も端正で有りながら嫌味が無く(変な意味で)、声も美ボイスで有りながらも心に染み渡る、そんな癒し系。

が私を「貴方に心ときめいて」の虜にしたキャラ。
エレーヌでは絶対に関わりの無いキャラだけど。

もしエレーヌルートでこの物語が発動しているのなら、接点が絶対に出来るはず。
多分、この物語は今は、エレーヌの目線で強制的に進んでいるから。
本ヒロインのリリアンヌの存在が全く見受けられない。
本当は由々しき問題だと思っていても。

(あの人はリリアンヌでの攻略で、相当手こずったキャラだったわ。
でも落とした時の達成感が半端無かった。
今でも思い浮かべては目に涙さえ滲ませる事が出来る。
使った時間は「貴方に心ときめいて」では一番だった。
難しかった……。
本当に、涙、涙の日々だった。
ズキュンと胸に矢が刺さってしまったのが運の尽き。
攻略魂に激しい炎を滾らせて……。
そして相反して、彼に対する無限の愛。
ああ、思い出すときゅんとしてしまう。
はううう、紗雪、ぽおってなってしまう。
うーん、一柳さんとは別次元なの。
もし、出会ってしまったら私は、ゲームをプレイしていた時と同じく彼に夢中になるのかしら。
ああん、もう、出会う事が想定されての事を考えるなんて、モブキャラらしからぬ思考回路だわ。
駄目駄目、エレーヌ。
分不相応な展開を望んでは駄目よ。

でも、会って見たい……。
)

ほんわかと心がときめいている中でちくりと刺さる小さな棘。

一瞬、オリバー兄様の顔が過った。

エレーヌと同じ瞳で同じ髪の色を纏う端正なオリバー。

紗雪にとっては心を揺さぶられる声の持ち主。
見目麗しく優しくて賢くて、そして一柳さんと同じ声。

エレーヌにとっては完璧な兄で、そして紗雪にとっては……。

(紗雪にとっては、オリバーは年下の筈のなのに、頼り甲斐のある優しくて立派な、紳士……。
私を守ってくれるナイトであって、そして……)

もし、紗雪の姿で出会っていたら、心をときめかせていたかも知れない。
一柳さんとはまた別次元で。

そんな心を揺さぶらされる、禁忌で甘やかな存在。

早朝のハーブの畑で水やりをしながら、ふと、怪しからぬ気持ちに耽てしまう。
罪作りなオリバー。

このままずっと紗雪の思考に絡まれてエレーヌとして生きていたら、肥大していく。
オリバーに対して超えてはならない壁を超えてしまう。

そんな感情が恐ろしい。
正しく禁忌だから。

恋してはいけない。
気持ちを揺さぶられてはいけない。

(だから早くエレーヌにとって良縁と言える存在と出会って、恋をして結婚して。
早くオリバーを視界から排除しないといけない。
そうしないと私の心が揺れ動いてしまう。
エレーヌと感情が融合していない、未だに紗雪の思考が勝っているエレーヌがこのままグーベルト家にいたら)

もし、オリバーに愛する女性が存在したら。

もし、オリバーが結婚したら。

もし、オリバーが自分では無い相手に、あの優しさを示したら。

ああ、どうして紗雪としての感情がずっと蔓延っているのだろう……。

(何だが悲しくなってしまう。
これが世に言うブラコンならまだ可愛いのだけど。
そんな気持ち以上の感情が芽生える前に、ううん、これ以上、オリバー兄様の優しさに甘えてはいけない。
お兄様が私を溺愛するのは、全ては5歳の時の覚醒が原因。
前世を思い抱いた事が全て起因している。

本当は王妃付き侍女だって、エレーヌの身ではあり得ない展開だけど、でも紗雪としては好都合かも知れない。不埒な感情をこれ以上持たない為にも)

そして一柳さんにだって、もう会える事は無い。

私はこの世界でエレーヌとして生きていくのだから。

だからこの世界で新たに心をときめかせれる存在と出会って、恋をして。

一柳さんとの甘い恋に終止符を打たないといけない。
そしてオリバー兄様にも……。

(私、王妃付きの侍女の件、受けようかしら。
多分、自らの意思に関係無く強制的な展開になっても心が多少なり伴っていたら、王都での生活に、支障も軽減させる事が出来るじゃない。
前向きになれるじゃ無い。

新しい世界が目の前に繰り広げられて……)

でも、グーベルト家以上に優しい場所なんて存在しない。

私にとっては一番、大切な場所だから……。

薄らと目に涙が浮かんでいた。
覚醒して11年の歳月が優しく自分を包んでいた。
愛しい日々。

ここで幸せだった。
そして今も幸せで……。

そしてこの幸せを私は自ら手放して、前に進む事になる。
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