56 / 73
閑話10
しおりを挟む
「紗雪」
(保科さんの声が何故だか遠い)
名を呼ばれても反応しない私に保科さんが深い溜息を吐く。
床に座り込んだ私の顔を覗き込み頬に手を添える。
涙の跡がくっきりと残っている頬に、保科さんはゆっくりと掌で頬を撫でる。
涙の跡を消し去る様に。
「紗雪」
保科さんと視線が絡み合う。
でもそれも一瞬の事。
保科さんの視線から顔を逸らし、俯く私に短い嘆息が漏れる。
力が抜けて立ち上がれない私を抱き上げ保科さんは私をアパートから連れ出し、自分のマンションへと連れて行く。
走行する車の中でも保科さんは私を胸に抱き込み離そうとしない。
抵抗する気力さえ奪われた私を保科さんはじっと見つめながら腕の力を更に強める。
密着する身体が熱い。
だけどそれだけ。
今の私には何をどう考えて良いのか判らなくなっている。
そんな最中に浮かぶ一つの言葉。
私はいつか保科さんに身体を奪われる。
結ばれるのでは無く、奪われる。
それがもしかしたら今日か、それとも……。
そんな考えが浮かんだ時、走行していた車が停まる。
保科さんにお姫様抱っこされてマンションまで連れられて。
普段の私だったら大騒ぎして抵抗するのに今はその気力さえ無い。
***
マンションに到着するとリビングには食事が準備されていた。
ぼんやりと今の状況を考えていた私を保科さんがソファに下ろす。
「紗雪」
私の隣に腰掛け、トレイにあるサンドウィッチを一つの摘む。
「口を開けろ」
耳元で囁かれる言葉に自然と口が開く。
ハムサンドが口の中に入り咀嚼する。
ゆっくりゆっくりと。
そんな私を甲斐甲斐しく世話をする保科さんに安堵の笑みが浮かぶ。
何とか食べ終えた私の頤を掴み保科さんの唇が近付く。
ぺろりと唇の周りを舐められる。
そんな仕草が妙に艶かしい。
「保科さん?」
「お前が欲しいと言ったら、どうする?」
急に現実味を帯びた言葉に身を竦ませる。
私が欲しいと言うのは。
「……。
どうして、私なんですか?」
今まで抑えていた感情が溢れて止まらない。
堰を切った様に言葉が口から滑る。
「……」
「私、好きな男性がいます。
憧れていて、私の片想いで、多分、失恋確定の相手だけど。
でも私はその人が好きなんです」
「……」
「だから保科さんの一方的な告白を受けても私は」
「愛しているんだ……」
「保科、さん」
「ずっとずっとお前だけを愛している」
「え?」
「お前が気付かない昔から、ずっと」
最後の言葉がはっきりと聞き取れない。
微かに囁かれた告白。
「だから俺はお前を誰にも渡さない」
距離が近づく。
いつの間にか身体を倒され保科さんが追い被さってくる。
「紗雪」
「や、嫌だ!
私は、貴方なんてっ!」
好きでは無い、と言えない。
保科さんの切ない目が私に言葉を紡がせない。
どうしてそんな目で見るの?
私を希う切ない目で。
一瞬、保科さんの瞳に軽い既視感を覚える。
光の加減で一瞬ではあるが水色に見えて。
宝石のアクアマリンの様に綺麗な輝きで。
その瞳に覚えがある。
何処かで私は保科さんと出会っている?
何かが私の脳裏を掠める。
それも一瞬の事。
重なる唇。
熱い。
保科さんの情熱を直に感じる。
「紗雪、俺を受け入れて……」
切ない声音に心が揺れ動く。
私は一柳さんが好き……。
心の中で何度も繰り返し呟く。
だけど保科さんの激しい劣情に抗う術を塞がれて。
もう何度目かのキスなんだろう。
訳が判らない。
気持ちが流されてしまう。
怖い。
私は保科さんの感情が怖い。
そしてそんな保科さんに心を揺さぶられる気持ちの危うさに、私は畏怖するしか出来なかった。
(保科さんの声が何故だか遠い)
名を呼ばれても反応しない私に保科さんが深い溜息を吐く。
床に座り込んだ私の顔を覗き込み頬に手を添える。
涙の跡がくっきりと残っている頬に、保科さんはゆっくりと掌で頬を撫でる。
涙の跡を消し去る様に。
「紗雪」
保科さんと視線が絡み合う。
でもそれも一瞬の事。
保科さんの視線から顔を逸らし、俯く私に短い嘆息が漏れる。
力が抜けて立ち上がれない私を抱き上げ保科さんは私をアパートから連れ出し、自分のマンションへと連れて行く。
走行する車の中でも保科さんは私を胸に抱き込み離そうとしない。
抵抗する気力さえ奪われた私を保科さんはじっと見つめながら腕の力を更に強める。
密着する身体が熱い。
だけどそれだけ。
今の私には何をどう考えて良いのか判らなくなっている。
そんな最中に浮かぶ一つの言葉。
私はいつか保科さんに身体を奪われる。
結ばれるのでは無く、奪われる。
それがもしかしたら今日か、それとも……。
そんな考えが浮かんだ時、走行していた車が停まる。
保科さんにお姫様抱っこされてマンションまで連れられて。
普段の私だったら大騒ぎして抵抗するのに今はその気力さえ無い。
***
マンションに到着するとリビングには食事が準備されていた。
ぼんやりと今の状況を考えていた私を保科さんがソファに下ろす。
「紗雪」
私の隣に腰掛け、トレイにあるサンドウィッチを一つの摘む。
「口を開けろ」
耳元で囁かれる言葉に自然と口が開く。
ハムサンドが口の中に入り咀嚼する。
ゆっくりゆっくりと。
そんな私を甲斐甲斐しく世話をする保科さんに安堵の笑みが浮かぶ。
何とか食べ終えた私の頤を掴み保科さんの唇が近付く。
ぺろりと唇の周りを舐められる。
そんな仕草が妙に艶かしい。
「保科さん?」
「お前が欲しいと言ったら、どうする?」
急に現実味を帯びた言葉に身を竦ませる。
私が欲しいと言うのは。
「……。
どうして、私なんですか?」
今まで抑えていた感情が溢れて止まらない。
堰を切った様に言葉が口から滑る。
「……」
「私、好きな男性がいます。
憧れていて、私の片想いで、多分、失恋確定の相手だけど。
でも私はその人が好きなんです」
「……」
「だから保科さんの一方的な告白を受けても私は」
「愛しているんだ……」
「保科、さん」
「ずっとずっとお前だけを愛している」
「え?」
「お前が気付かない昔から、ずっと」
最後の言葉がはっきりと聞き取れない。
微かに囁かれた告白。
「だから俺はお前を誰にも渡さない」
距離が近づく。
いつの間にか身体を倒され保科さんが追い被さってくる。
「紗雪」
「や、嫌だ!
私は、貴方なんてっ!」
好きでは無い、と言えない。
保科さんの切ない目が私に言葉を紡がせない。
どうしてそんな目で見るの?
私を希う切ない目で。
一瞬、保科さんの瞳に軽い既視感を覚える。
光の加減で一瞬ではあるが水色に見えて。
宝石のアクアマリンの様に綺麗な輝きで。
その瞳に覚えがある。
何処かで私は保科さんと出会っている?
何かが私の脳裏を掠める。
それも一瞬の事。
重なる唇。
熱い。
保科さんの情熱を直に感じる。
「紗雪、俺を受け入れて……」
切ない声音に心が揺れ動く。
私は一柳さんが好き……。
心の中で何度も繰り返し呟く。
だけど保科さんの激しい劣情に抗う術を塞がれて。
もう何度目かのキスなんだろう。
訳が判らない。
気持ちが流されてしまう。
怖い。
私は保科さんの感情が怖い。
そしてそんな保科さんに心を揺さぶられる気持ちの危うさに、私は畏怖するしか出来なかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
97
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる