龍騎士の花嫁

夜風 りん

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第二部 第四章 祈りと幸運

ep6

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 「ん、んん…?」

 リアラがゆっくりと目を覚ますと、誰かの背に揺られていた。
 「あれ…」
 リアラがまだピントの合わない寝ぼけ眼で彼女を背負う人物に顔を向けると、優しく声が掛けられた。

 「目が覚めましたか?」

 リアラは寝ぼけ眼で彼を見た。
 「ヴィクトル、様?」
 「僕でなければ、誰だと?」
 「クソ兄貴かと」
 「その言い方は酷いですよ、リアラさん。…間に合ってよかったです」
 「あ、そっか。…首を絞められて、あなたが剣を投げたのは覚えているのですが…あの後、何が? カノンは?」
 「死にました」
 「え?」
 「…僕がこの手で葬りました」

 ヴィクトルは屋敷の外に出ると、ヴィンセントと並んでやってきたディアナを振り返って会釈した。
 「お久しぶりです、ルルカさん」
 「ヴィク、久しぶり。すっかりいい男になっちゃって」
 ディアナが疲れた笑みを浮かべた。

 レレーシャがヒョコヒョコ戻ってきたのでヴィンセントが苛立ちを向ける。
 「レレーシャ、お前、どこに行っていた?」
 「どこって?」
 「リアラがこんなになっているのに、お前は…!」
 「知らないの、ヴィンセント?」
 「あん?」
 「私はすごく方向音痴なの。すぐにリアラちゃんとはぐれて迷子になっていたら、水流に巻き込まれて天高く打ち上げられちゃったのよ」
 レレーシャはそう言うと、不満げに尻尾をパタパタさせた。
 「おかげでずぶ濡れ。気分最悪。自分で帰ってね、ヴィンス?」
 「はあぁ!?」
 声を荒げたヴィンセントを無視してレレーシャはヴィクトルへと呑気な顔を向ける。
 「だけど、最後のは凄かったわよ。黒髪の子を倒す直前、投げた剣に飛ぶなんて」
 レレーシャの褒め言葉にヴィクトルは目を細めた。
 「転移魔法の応用です。即席で刻んだ魔法陣に向かって飛び、そこから反動をつけて重力に一瞬逆らった。それだけのことですよ」
 「でも、ヴィンセントは出来ないし、やっぱりすごいわねぇ、ルルカディアの血縁は」
 「…そう、ですかね」
 ヴィクトルは少し疲れているのか淡々と返した。

 「ってか、いつまでリアラとくっついているんですか!」

 ヴィンセントが慌ててリアラとヴィクトルを引き離し、リアラを下ろさせると、彼はくらりと揺れた後、その場に崩れるように倒れこんだ。

 「え? あ、ちょっと!?」

 ヴィンセントが戸惑って声を上げると、ヴィクトルは額に手を乗せて呟いた。

 「魔力切れです。情けないですが…」

 「ええっ…」
 ヴィンセントが情けない声を出すと、ディアナが肩を竦めた。
 「私がリアラちゃんを運んでおくから、ヴィンセントは彼をお願い」
 「それならレレーシャが…」
 「レディに運ばせるの?」
 「うっ…、いや、でも…レレーシャはレディというより…」
 レレーシャが鋭くヴィンセントを睨んだ。
 「あん?」
 「悪かったって」
 彼は仕方がなくヴィクトルを起こして背負う。
 ヴィクトルはゆっくりと目を閉じ、眠りに落ちて行った。
 ディアナはリアラを背負おうとしたが、首を横に振ったリアラを見て、肩を貸すだけに留めた。



          ☆



 カノンに向かって剣を放ったヴィクトルはその剣、セアを手離す直前に刻んだ即席の魔法陣へと転移魔法を使った。
 カノンはリアラの首を締め上げていることで手が塞がっているが、片手を離してナイフを抜き、現れたヴィクトルと刃を交える。
 その直後、ヴィクトルはすかさず反対側の手でリアラの手からフランボワーズをするりと抜き取り、力任せにカノンのナイフを弾き飛ばしてからカノンの腹を蹴り上げ、力が緩んだところでリアラを奪い返した。
 そのまま片腕でリアラをしっかりと抱きしめながら勢いよくカノンの首を掻き切った。

 「ハー…、ウェ、…イ…僕も、…すぐ、そっち…に……」

 カノンは最期に相棒の名を呼びながら、壊れた人形のようにその場へと崩れた。
 大量の血を吹き出しながら自らの血で赤く染まっていくカノンの泣き顔を見ながら、ヴィクトルは血払いし、フランボワーズを取り敢えずその場の壁に突き立てる。

 リアラの脈を調べると、弱まりつつもトクトクと動いているその脈拍を見ながらホッとした。
 「間に合ってよかった…」
 そう呟いてリアラを背負う。
 リヴァイアサンに頷きかけると、リヴァイアサンは頷き返して戻っていき、吹き上げられていた瓦礫がズンズンと床に落ち始めて危険なので急いで逃げることにした。

 (どうしてだろう? カノンにはハーウェイが騎士団に葬られたことを理解出来たんだろうか?)

 ヴィクトルがここに到達し、カノンと戦闘に陥る前、騎士団相手に立ち塞がってヴィンセント含む騎士団が相手をしたハーウェイのことを思い出した。
 彼が廊下の先で振り返った時、ハーウェイはちょうど団長の刃で斬られたところだったのだ。
 それをカノンが理解出来たとは思えない。

 「愛…って言うのかな…」

 閉じた瞼の裏に眩しい笑顔が蘇る。
 スーヴィエラの横でいつも笑顔を浮かべていた彼女リアラの姿は美しいスーヴィエラの横だと、つい、スーヴィエラに意識を持っていきがちだ。

 (いつも君は笑っていて、緊張感も何もないし、スーヴィエラさんに甘えっぱなしみたいで凄く苦手だった)

 ヴィクトルはリアラが意識を失っているのをいいことに、面と向かって言うことは出来ない言葉を呟いた。


 「でも、…あなたのその明るさがスーヴィエラさんの心を守っていたと知った日からあなたに興味が沸いたんです。…だから、もっとあなたを教えてください。こんなところでくたばるのではなく…」


 ヴィクトルは少ししてリアラの呻き声を聞き、先ほどの言葉を聞かれたのではないかと肝を冷やしたが、彼女は幸い、何も聞いていなかった。

 リアラの手首にミサンガがないことに気が付いたが、引き返す余裕もないので彼は外へと進むのだった。


 そして、彼はヴィンセントたちと合流したのだった。

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