160 / 617
アリス、学園に降り立つ
137 バカな子ほどカワイイ!
しおりを挟む
ハンナに案内されて屋敷の中に入ると、そこは流石バセット家だ。何だかとてもごちゃごちゃしている。
「何ていうか……リー君の所とは真反対っていうか……」
エントランス部分に飾り付けられた立派な鹿のオブジェに、隣には何かの牙が飾られている。
普通は姿絵が飾られているであろう場所にも姿絵ではなくて何かよく分からない絵が飾ってあり、全体的にまとまりがない。
「こ、この壺は……」
カインの指さした先にはいびつに歪んだ壺が置いてある。それを見てノアは懐かしそうに目を細めた。
「それはアリスが五歳の時の作品だよ。上手に焼けてるでしょ?」
「アリスの……こっちは?」
ルイスが手にしたのは何の動物かよく分からない銅像。
「それはアリスが八歳の時に銅像を割っちゃって、それをアリスが一週間かけて修理したものなんだ。元々は普通の馬だったんだけど、どうせだから羽つけて何とかって馬にしてみたって言ってた」
「ペガサスだよ!」
「そう、それ」
「へ、へぇ……」
呆れたというよりは困ったような顔をしたカインにキリが言う。
「ここへ来られた方は皆さんそのような反応をします。ここに飾られているものは全てお嬢様の作品と言う名のガラクタです」
その言葉に一同が納得したように頷いた。ここまでがバセット家を訪れた者達の反応のセットである。
「一応聞くが、これを飾るように指示するのは……」
「僕だよ。お客さんが戸惑う様が面白くてさ。まぁ、あんまり誰も来ないんだけど」
雄々しい鹿の頭はアリスが寝ぼけて野生の鹿を狩ってきたものだ。その日の冷蔵庫にはしっかりと臭み抜きをした鹿の肉が入っていた。牙はアリスが戦った狼の牙だ。隣でノアも見ていたから記念に持って帰ってきたのだ。
「拳で牙折っちゃって。それ以来あの子はアリスをボスだと思ってるよね」
「ありましたね、そんな事も。ノア様が学園に入って最初の長期休みの時でしたね」
感慨深そうに頷くキリを見て皆愕然とする。アリスはやはり幼い頃からアリスなのだ。
「そうだよ。殴り合って仲良くなるとか青春だよね」
牙を折られた狼は雌だった。あれからあの狼はアリスが森に入るとどこからともなくやってきて、一緒に森を駆け回るのだ。
「そう言えば、そのルンルンですけどね、坊っちゃん。今年も庭の小屋に来てますよ。赤ちゃんたち連れて」
「へぇ、また来てるんだ」
「ルンルンの子供達また生まれたんだ! 狼の赤ちゃんって可愛いんだよね~。ちょっと行ってくる! ドンブリも挨拶させなきゃ!」
「狼の赤ちゃん⁉ ぼ、僕達も見に行っていいですか⁉」
「俺も! 俺も見たい!」
動物好きのカインとオリバーとしてはそれを聞いたら見ない訳にはいかない。目を輝かせる二人にアリスが頷き、三人は庭に行ってしまった。それを見てキャロラインが青ざめている。
「キャロラインは未だにドンブリ触れないもんね。狼の赤ちゃんならいけるんじゃない?」
「無理よ! 知ってるでしょ? 本当に苦手なのよ!」
両手で顔を覆ったキャロラインを慰めるようにミアが背中を撫でた。
ミアは動物が大好きだが、キャロラインは未だにドンブリに触れないし、何なら近寄ってくると小さな悲鳴を上げる始末である。
「苦手なもんは仕方ないさね。誰にだって苦手なものはあるもんだよ。お嬢みたいに」
「アリスに苦手なものなんてあるんですか?」
勉強や歌は確かに苦手だが、アリスに特別苦手なものなんてあるのだろうか? そんなキャロラインの疑問にハンナが深く頷いた。
「うちのお嬢はね、この銅像を見ても分かるように、芸術方面にはからっきしなんだねぇ。ほら、これ何だと思う?」
そう言ってハンナは壁にかかっていた蜘蛛の巣を指さした。
「え? 蜘蛛の巣なんじゃ……」
「それはお嬢様のレース編みです。一応、コースター……らしいです」
「えっ⁉」
ボロボロだが? キャロラインの驚いたような顔を見てノアが楽しそうに笑う。
「凄いでしょ? 今や編み棒とか針と糸持ったらそれこそ蕁麻疹出すからね。これは未だに治ってないよ」
おかしそうに笑うノアをルイスは怪訝な顔をして見ている。
「お前は本当に妹が可愛いのか?」
こんなものを飾られたらルイスなら何の嫌がらせかと思ってしまう。しかもその理由は来た客を戸惑わせる為ときた。
そんなルイスの質問にノアは力いっぱい頷いて台の上に置いてあった頭が魚っぽい何かの気味の悪い置物を掴む。
「可愛いよ! 世界一可愛い! だって見て? これなんてどう見ても半魚人なのに鯖だって言い張るんだよ⁉ こんなしっかり足ついてんのに⁉ 僕もうおかしくて!」
「坊ちゃんの可愛いは世界一当てにならないからねぇ。まぁほら、よく言うじゃないか。バカな子ほど可愛いって。あれだね、きっと」
はっきりアリスをバカだというハンナにルイスは苦笑いを浮かべた。ステラにもこうだったのだろうか? そんなルイスを見てハンナも苦笑いを浮かべる。
「いや、ルイス坊ちゃん、勘違いしないでね。王妃様にはこんな事言ったりしてないからね?」
「そ、そうなのか?」
「当たり前だよ! 王妃様は本当に何でも器用にこなす方だったからね。レース編みでも刺繍でも、そりゃ見事だったよ。王妃様の箪笥の彫り物見た事あるかい?」
「はい、何度か」
「あれは二段目は王妃様がやったんだよ。私のやったのを見様見真似で真似してみた! と嬉しそうに言ってたね。あれは可愛かったよ」
そう言って目を細めたハンナにルイスもホッとしたように笑った。今度母の箪笥を見に行ってみよう。そして言ってやるのだ。これは母がやったのか? と。きっと驚くのだろうな。
「そうだったのか」
「そうだよ。私にとっては王妃様はおこがましいけれど自慢の妹だよ。歳が随分離れてるけどね」
「じゃあアリスは?」
キャロラインの質問にハンナが困ったように笑う。
「あれは変な所が私とそっくりでね。やっぱり二歳から面倒見てたもんだから、もう娘みたいなもんだね。あんなんでよくあそこまで大きくなったもんだよ、本当に」
結婚もしなかった。だから子供は無理だと諦めていたハンナだったが、バセット家に来てから一気に子供が増えた。毎日が忙しくて、いつの間にかアリスやノアやキリを自分の子供のように思っていた。
「そういう意味では坊ちゃんもキリも我が子のようだよ。私にしちゃ出来すぎた子達だけどね、上の二人は。でも末っ子がねぇ……」
はぁぁ、と大きなため息を落とすハンナを見て、ノアとキリが嬉しそうに笑った。正に息子である。
「いい家族だな。とても楽しそうだ」
ルイスの言葉にキャロラインもミアも頷く。
「でもそれは私だけじゃないよ。この領はちょっと特殊でね。領地全体が家族みたいなんだよ。だからどこの家の子も我が子みたいだし、多分皆もそう思ってるんじゃないかな」
「僕達でさえ悪い事したら皆に本気で叱られるからね」
「そうですね」
領地の子供は皆の子供。それを地で行くのがこのバセット領である。だから誰も遠慮というものがないのだ。
アーサー曰く、まだアリス達の母親が居た頃はちゃんとした貴族一家だったらしいが、彼女が出て行ってからはそんな事は言っていられなくなったらしい。
『皆、すまない。この子達を育てるのを手伝ってはくれないか?』
アーサーはそう言って領民全員を広場に集めて頭を下げたそうだ。その時の事をノアもキリも、もちろんアリスも覚えていない。そしてそんなアーサーを見て領民達は同情したのだろう。きっとハンナのように絆されてしまったのだ。
それからハンナが来るまで、アリス達は代わる代わる領民達の家に預けられたらしい。いつしかそれが当たり前になり、領民達の子供も忙しい時や留守にする時、子育てが辛いと感じた時などは同じように育てられた。結果、バセット領の出来上がりである。
「何ていうか……リー君の所とは真反対っていうか……」
エントランス部分に飾り付けられた立派な鹿のオブジェに、隣には何かの牙が飾られている。
普通は姿絵が飾られているであろう場所にも姿絵ではなくて何かよく分からない絵が飾ってあり、全体的にまとまりがない。
「こ、この壺は……」
カインの指さした先にはいびつに歪んだ壺が置いてある。それを見てノアは懐かしそうに目を細めた。
「それはアリスが五歳の時の作品だよ。上手に焼けてるでしょ?」
「アリスの……こっちは?」
ルイスが手にしたのは何の動物かよく分からない銅像。
「それはアリスが八歳の時に銅像を割っちゃって、それをアリスが一週間かけて修理したものなんだ。元々は普通の馬だったんだけど、どうせだから羽つけて何とかって馬にしてみたって言ってた」
「ペガサスだよ!」
「そう、それ」
「へ、へぇ……」
呆れたというよりは困ったような顔をしたカインにキリが言う。
「ここへ来られた方は皆さんそのような反応をします。ここに飾られているものは全てお嬢様の作品と言う名のガラクタです」
その言葉に一同が納得したように頷いた。ここまでがバセット家を訪れた者達の反応のセットである。
「一応聞くが、これを飾るように指示するのは……」
「僕だよ。お客さんが戸惑う様が面白くてさ。まぁ、あんまり誰も来ないんだけど」
雄々しい鹿の頭はアリスが寝ぼけて野生の鹿を狩ってきたものだ。その日の冷蔵庫にはしっかりと臭み抜きをした鹿の肉が入っていた。牙はアリスが戦った狼の牙だ。隣でノアも見ていたから記念に持って帰ってきたのだ。
「拳で牙折っちゃって。それ以来あの子はアリスをボスだと思ってるよね」
「ありましたね、そんな事も。ノア様が学園に入って最初の長期休みの時でしたね」
感慨深そうに頷くキリを見て皆愕然とする。アリスはやはり幼い頃からアリスなのだ。
「そうだよ。殴り合って仲良くなるとか青春だよね」
牙を折られた狼は雌だった。あれからあの狼はアリスが森に入るとどこからともなくやってきて、一緒に森を駆け回るのだ。
「そう言えば、そのルンルンですけどね、坊っちゃん。今年も庭の小屋に来てますよ。赤ちゃんたち連れて」
「へぇ、また来てるんだ」
「ルンルンの子供達また生まれたんだ! 狼の赤ちゃんって可愛いんだよね~。ちょっと行ってくる! ドンブリも挨拶させなきゃ!」
「狼の赤ちゃん⁉ ぼ、僕達も見に行っていいですか⁉」
「俺も! 俺も見たい!」
動物好きのカインとオリバーとしてはそれを聞いたら見ない訳にはいかない。目を輝かせる二人にアリスが頷き、三人は庭に行ってしまった。それを見てキャロラインが青ざめている。
「キャロラインは未だにドンブリ触れないもんね。狼の赤ちゃんならいけるんじゃない?」
「無理よ! 知ってるでしょ? 本当に苦手なのよ!」
両手で顔を覆ったキャロラインを慰めるようにミアが背中を撫でた。
ミアは動物が大好きだが、キャロラインは未だにドンブリに触れないし、何なら近寄ってくると小さな悲鳴を上げる始末である。
「苦手なもんは仕方ないさね。誰にだって苦手なものはあるもんだよ。お嬢みたいに」
「アリスに苦手なものなんてあるんですか?」
勉強や歌は確かに苦手だが、アリスに特別苦手なものなんてあるのだろうか? そんなキャロラインの疑問にハンナが深く頷いた。
「うちのお嬢はね、この銅像を見ても分かるように、芸術方面にはからっきしなんだねぇ。ほら、これ何だと思う?」
そう言ってハンナは壁にかかっていた蜘蛛の巣を指さした。
「え? 蜘蛛の巣なんじゃ……」
「それはお嬢様のレース編みです。一応、コースター……らしいです」
「えっ⁉」
ボロボロだが? キャロラインの驚いたような顔を見てノアが楽しそうに笑う。
「凄いでしょ? 今や編み棒とか針と糸持ったらそれこそ蕁麻疹出すからね。これは未だに治ってないよ」
おかしそうに笑うノアをルイスは怪訝な顔をして見ている。
「お前は本当に妹が可愛いのか?」
こんなものを飾られたらルイスなら何の嫌がらせかと思ってしまう。しかもその理由は来た客を戸惑わせる為ときた。
そんなルイスの質問にノアは力いっぱい頷いて台の上に置いてあった頭が魚っぽい何かの気味の悪い置物を掴む。
「可愛いよ! 世界一可愛い! だって見て? これなんてどう見ても半魚人なのに鯖だって言い張るんだよ⁉ こんなしっかり足ついてんのに⁉ 僕もうおかしくて!」
「坊ちゃんの可愛いは世界一当てにならないからねぇ。まぁほら、よく言うじゃないか。バカな子ほど可愛いって。あれだね、きっと」
はっきりアリスをバカだというハンナにルイスは苦笑いを浮かべた。ステラにもこうだったのだろうか? そんなルイスを見てハンナも苦笑いを浮かべる。
「いや、ルイス坊ちゃん、勘違いしないでね。王妃様にはこんな事言ったりしてないからね?」
「そ、そうなのか?」
「当たり前だよ! 王妃様は本当に何でも器用にこなす方だったからね。レース編みでも刺繍でも、そりゃ見事だったよ。王妃様の箪笥の彫り物見た事あるかい?」
「はい、何度か」
「あれは二段目は王妃様がやったんだよ。私のやったのを見様見真似で真似してみた! と嬉しそうに言ってたね。あれは可愛かったよ」
そう言って目を細めたハンナにルイスもホッとしたように笑った。今度母の箪笥を見に行ってみよう。そして言ってやるのだ。これは母がやったのか? と。きっと驚くのだろうな。
「そうだったのか」
「そうだよ。私にとっては王妃様はおこがましいけれど自慢の妹だよ。歳が随分離れてるけどね」
「じゃあアリスは?」
キャロラインの質問にハンナが困ったように笑う。
「あれは変な所が私とそっくりでね。やっぱり二歳から面倒見てたもんだから、もう娘みたいなもんだね。あんなんでよくあそこまで大きくなったもんだよ、本当に」
結婚もしなかった。だから子供は無理だと諦めていたハンナだったが、バセット家に来てから一気に子供が増えた。毎日が忙しくて、いつの間にかアリスやノアやキリを自分の子供のように思っていた。
「そういう意味では坊ちゃんもキリも我が子のようだよ。私にしちゃ出来すぎた子達だけどね、上の二人は。でも末っ子がねぇ……」
はぁぁ、と大きなため息を落とすハンナを見て、ノアとキリが嬉しそうに笑った。正に息子である。
「いい家族だな。とても楽しそうだ」
ルイスの言葉にキャロラインもミアも頷く。
「でもそれは私だけじゃないよ。この領はちょっと特殊でね。領地全体が家族みたいなんだよ。だからどこの家の子も我が子みたいだし、多分皆もそう思ってるんじゃないかな」
「僕達でさえ悪い事したら皆に本気で叱られるからね」
「そうですね」
領地の子供は皆の子供。それを地で行くのがこのバセット領である。だから誰も遠慮というものがないのだ。
アーサー曰く、まだアリス達の母親が居た頃はちゃんとした貴族一家だったらしいが、彼女が出て行ってからはそんな事は言っていられなくなったらしい。
『皆、すまない。この子達を育てるのを手伝ってはくれないか?』
アーサーはそう言って領民全員を広場に集めて頭を下げたそうだ。その時の事をノアもキリも、もちろんアリスも覚えていない。そしてそんなアーサーを見て領民達は同情したのだろう。きっとハンナのように絆されてしまったのだ。
それからハンナが来るまで、アリス達は代わる代わる領民達の家に預けられたらしい。いつしかそれが当たり前になり、領民達の子供も忙しい時や留守にする時、子育てが辛いと感じた時などは同じように育てられた。結果、バセット領の出来上がりである。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
924
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる