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アリス、学園に降り立つ

170 悪魔の泉の正体

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「俺達が聞いたのはガラス工芸扱ってる店だったんだけどさ、なんかガラスの需要が少なすぎるから、期限内に畳んで違う職種に変えろって言われてるらしいんだ。何か変だなと思って違う所で聞いたら、そこも同じような事言われててさ。どうも月の売上げを見てジャスパーが店の管理をしてるみたいだな。売上が落ちたらすぐに畳ませて、流行の店を作らせて客寄せをするっていうのがジャスパーのやり方らしい」
「すんごい暴君じゃん」
「そのせいでフルッタ自体から出て行っちゃった人も結構居るみたい。ここには名物になる物もないから、必死なんじゃないのかなぁ」

 オスカーの言葉にカインも頷く。

「どうも聞いたところによると、イフェスティオの領主とここの領主、めちゃくちゃ仲が悪いみたいなんだよな」
「そうなのですか?」
「うん。イフェスティオは人口が少ない割に国への税金も毎回きっちり払うんだよ。でもフルッタは払えない月もたまにあるみたいなんだ。これは親父が言ってたみたいだから間違いないよ」

 ジャスパーの領地の納め方を聞いて不審に思ったカインは、すぐにルードに電話をした。すると、ルードはロビンにわざわざ聞いて電話を折り返してきて教えてくれたのだ。

「でもさ、比べるとこが違うよね? 火山が有名なイフェスティオには鉱石も鉱山も山ほどあるんだから」
「そうなんだけどな。そうはいかないんだよ、きっと」

 どんな理由があるのかは分からないが、少なくともジャスパーは儲かっている店にはかなり優しいが、儲からなくなった途端に畳めと強要してくる、かなり独裁主義者のようだ。

「なるほどね。まぁどちらにしてもまずはゴムの木を探すためにも、僕達は禁断の森に入る許可を貰わないとね。カイン、出番だよ」
「俺?」
「そう。手っ取り早く許可証もらうのに、君の肩書きを利用しよう」
「あ、そーいう……」

 カインは何かに納得したように渋々頷いた。てっきり何か頼りにされているのかと思ったら、とんだ勘違いだったようだ。

「でもどういう理由で? 小麦の時みたいに王家の視察は使えないだろ?」
「そうだね。だから、泉質調査にしよう。全国の泉質を今見て回っているんだって。多分ね、これから入れなかった温泉が全て入れるようになるから」

 イーサンが校長と話して学園内に温泉が出来れば、その技術はかならず他の地域にも広がるはずである。その事を知らないカインは半信半疑で言う。

「どういう意味?」
「温泉ってさ、一杯あるけど熱すぎたり冷たすぎたりして入れないでしょ? でも、うちの温泉は入れたよね?」
「ああ、気持ち良かったよな」
「あれ、源泉は百度近くあるんだよ」
「え⁉」

 ノアの言葉に、実際にバセット領の温泉に入ったカインとオスカーが目を丸くして驚いた。

「あれね、川の水をろ過して源泉を割ったものを引いてきてるんだよ。つまり、今まで入れなかった大半の温泉が入れるようになるって事。で、逆に冷たい温泉は、アリスどうするの?」
「簡単! 沸かす!」
「えぇ⁉」

 温泉を沸かす? 意味が分からないとばかりに首を捻るカインとオスカーにアリスが丁寧に説明してくれた。その話を聞いてようやくカインもオスカーも納得する。

「なるほど。で、その調査の為に回ってる、と?」
「そう。で、最後にこの後イフェスティオにも行くって言えば、簡単に許可貰えると思うな」

 ノアの言葉にカインは深く頷いた。領主同士が敵対しているのなら、その名前を出せば躊躇う事なく許可がもらえるだろう。

「分かった。じゃ、明日早速行くか。オスカー、悪いけど明日用の服の皺伸ばしといてくれる?」
「了解」

 カインの指示にオスカーは先に部屋へ戻って行く。

「で、お前らはどうすんの?」
「僕達は調査員を装うよ。キリ僕達の服も出しておいてくれる? あと水質キットも」
「はい」

 キリは踵を返し部屋へ戻った。

「それじゃあ、明日は朝からジャスパーの屋敷訪問って事で、僕達も休もうか」
「だな。おやすみ~」
「おやすみ」
「おやすみなさい」

 そう言って部屋へ戻ろうとした所に、それまでずっと黙っていたリアンが口を開いた。

「待って! 僕達は何すればいいのさ?」
「そうだった! リー君とライラにはちょっとお願いした事があるんだ。あのね、ガラス工房のお店に行って、ポーション入れる瓶が大量生産出来るか聞いてきてほしいの」
「ポーションの瓶?」

 リアンとライラは首を傾げた。ポーションの瓶は他の瓶とは違い、蓋がコルクではないのだ。それは中身の保存期間を延ばす為である。

「そう」
「分かった。聞いてくるよ。他の瓶じゃ駄目なの?」
「うん。蓋がコルクじゃ駄目なんだ。あ! あとね、帰ってきたら早速試飲したいから、これもついでに見て来てくれたら助かる」

 そう言って急いで書き付けたメモをリアンに渡した。リアンはそれを見て頷く。

「分かった。それじゃ、おやすみ」
「おやすみ、アリス」
「うん! 二人ともおやすみ~」

 手を振って別れたあと、ノアがアリスに不思議そうに尋ねてくる。

「アリス、今度は何思いついたの?」
「あのね、炭酸飲料を作ろうと思って!」
「炭酸飲料?」
「そう! 楽しみにしててね、兄さま!」

 嬉しそうに笑ったアリスに、ノアもまた嬉しそうに微笑んだ。何かを思いついた時のアリスは、本当に可愛い。

 まぁ、こんなアリスを見てこんな風に思うのはノアぐらいである。実際のアリスは目をギラつかせてお宝を前にした海賊のような顔をしているのだから。

 翌日、カインは後ろに作業着を来たノアとアリスとキリを従えてジャスパーの屋敷にやって来ていた。

「やぁやぁやぁ! よく来てくださいました! 泉質調査にいらっしゃったそうで!」

 イメージとは違うジャスパーにたじろぎながらもカインが小さく頷くと、ジャスパーは笑み崩れる。

 ジャスパーは金色の髪に淡い青い目をした、まだ二十代半ばぐらいの顔立ちの整ったハンサムな青年だった。色彩で言えばルイスに近い。鼻の頭の所にある細かいソバカスが愛嬌があっていい。

「しかしですね、ここに泉などありませんが……」
「一つも? 私達はとにかく特殊な泉を探しているのですが」

 その言葉にジャスパーは顔を輝かせ、次の瞬間顔を曇らせた。

「それが……あるにはあるんですが、少しその、いわくつきと言いますか……」

 言い淀んだジャスパーは禁断の森の泡立つ泉を思い浮かべた。このフルッタに泉はあそこしかない。

「いわくつき?」
「ええ。その、泡立つというか、泡立っているというか、その……」

 そう言って視線を泳がせたジャスパーに助け船を出す為、アリスが静かに真面目そうに話し出した。今朝、キリとノアに叩き込まれたのだ。

「もしかしてその泉、とても珍しい炭酸泉かもしれません。今までに飲まれた方は居ますか? その時に口の中が痛いと感じたのでは?」

 昨日ララに聞いた話をそのまんま話すアリスに、ジャスパーは驚きのあまり目を見開いた。

「そ、そうです! 何故それを!」
「そういう水質だからです。不気味に泡が出るので大抵の方は恐れるようですが、ナンセンス!私から言わせればありえない事です! 炭酸泉は古来より心臓の湯と呼ばれるほど素晴らしい泉質なのですよ!」

 その言葉にジャスパーは驚きすぎて口を開けたまま固まった。
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