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一章 婚約破棄

4. 嘘を囁いた唇にキスをした

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「ヒルトン様。少しお時間宜しいでしょうか」

「なんだ、まだ居たのか。マリアンに夢中でてっきり帰ったものかと思ったよ」

ヒルトンは愛を見せつけるかのようにマリアンの髪を撫でていた手を止め、キャメルに向き直った。

「それで、どんな用件だ?手短に頼むよ」

「私の願いを一つだけ叶えていただけませんか」

「ほう、冥土の土産というわけか。良いだろう!それで、それはどんな願いだ?」

「私の手を握りながら目を瞑っててほしいんです。それとマリアン様も目を瞑っててくれませんか」

「私もですか!?」

「はい。簡単な儀式みたいなものなので、心配しないでください。殺しはしませんから」

キャメルはマリアンを宥めるように言うと、マリアンの瞳が閉じるのを確認してから、ヒルトンに両手を差し出した。

「本当にそれだけでいいのか?」

「はい。それだけで、十分ですから」

彼は疑心暗鬼になりながら、キャメルが差し出した両手を握り、目を瞑った。暗闇の中で微かにキャメルの息遣いと甘い香り、衣擦れを感じながら、しばらくの時を待った。
そして、すぐにその違和感に気付いた。何か柔らかい感触が唇に触れたのだ。ヒルトンはハッとして目を見開くと、そこにはキャメルの瞳があった。

「これで未練なく去ることが出来ます。それでは失礼します。お幸せに」

キャメルは驚くヒルトンを他所に、優雅に踵を返してこの場を去っていった。罪人にされかけたというのに、彼女の足取りは軽いものだった。

「ふん、可愛げのない」

ヒルトンは誰かに言うわけでもないのに悪態をつきながら、その柔らかかった感触を確かめるように唇をなぞった。少しばかりの赤色が指に彩られる。

「もう目を開けても宜しいのでしょうか!?」

キャメルはぎゅっと目を瞑ったまま、そう大きく言った。その素直さすらかわいいと思いながら、彼は彼女の横に座った。

「ああ、大丈夫だよ」

「あぁ、外の世界眩しいですわ。・・・それよりも、大丈夫でしたか!?お怪我はありませんか!?」

マリアンは光を嫌うように、手で目を少し隠しながら、ヒルトンを心配した。

「もちろん大丈夫。キャメルに『お元気で』って言われただけだから、君が気にする必要はないよ」

ヒルトンは嘘を取り繕いながら、彼女を抱き寄せ、その頭を撫でた。くすぐったそうに身を震わせているマリアンをしばらく感じてから、彼は彼女の耳元で「愛してる」と囁き、肩に顔をうずめた。

「私も愛してますわ。ふふ、今日のヒルトン様は何だか、甘えん坊さんですわね」

マリアンは近くにある異変に気付かずに、そのままキャメルの頭を撫でながら、応えた。

「もう少しだけこのままでいさせて。君を感じていたいから」

「もちろんいいですわ」

彼らは愛情を確かめ合うように、手を這わせ合った。お互いの表情は隠されたままだった。
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