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二章 のんびり日常
8.厄介者たち
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「嬢ちゃん、見ない顔だね。新しい店員さんかな」
「はい。今日からここで働くこととなったキャンドルと申します」
「はは、礼儀正しくていい子だ。リゼちゃん、この子持って帰ってもいいか?」
「自警団のお世話になりたかったなら、持って帰ってもらっても構わないわよ」
「冗談だよ、冗談」
少しばかりの冗談を交えた会話をし、キャメルは活気のいい男たちをテーブルまで案内した。男たちは少しだけ酔っているようで、意識ははっきりしているものの顔は赤く、気分も高揚しているようだった。
「ご飯あるかい?リゼちゃん」
「作ってあるわよ。それと、ちゃん付けで呼ばないでっていつも言ってるでしょ」
「はは、別に構わないじゃないか。孫に会いに来てるみたいなもんなんだから」
「私ももう成人済みよ。ちゃん呼びなんて恥ずかしくてどうにかなりそうだわ」
「可愛くて良いじゃないか。リゼちゃん」
「それ以上からかったら夕食は抜きになるけど?」
「冗談だよ、冗談。今日もここの美味しい夕食を楽しみに生きてきたんだ。それでちょっと気分が上がってるだけだから」
「口だけは達者ね。ほら、お喋りばっかしてないでちゃんと食べなさい」
リゼはそう言いながら大皿に盛られた料理を個別の皿に装い、男たちの目の前に持っていった。彼らは談笑しつつ、料理を美味しそうに味わっていた。
「いつも来るんですか?」
「ええ、そうね。この人たちも家族から追い出されてるわ。それも長いことね」
彼らの笑い声が大きくなると、カウンターから眺めていたキャメルはリゼに話しかけた。リゼの瞳は気にしている様子で彼らを眺めていて、儚げであった。
「だから毎日夕食どきには来るし、宿にも泊まっていくの。宿に常連がいるっていう意味分かったでしょ?」
「ええ、分かりました。好かれてるんですね、皆さんに」
「それは分からないけど」
リゼははにかんだ笑みを見せ、少し顔を赤くした。それを隠すかのようにリゼはぼそっと「早く仲直りすればいいのよ」と呟いた。キャメルは素直じゃないな、と思いながらすでに料理が平らげられた皿を洗った。冷たい水は手に染みたが、目の前の光景がそれをすっかり忘れさせるほど温かかった。
「すみません。入ってもいいでしょうか」
男たちの熱気もほどほどになったところで新しいお客がカバンを大事そうに抱えながら入ってきた。彼が他の人と違うのは、ローブからはみ出た髪色が茶色であることだろう。何気にキャメルはエセルター領で初めて平民らしい髪色を見たので、少しばかり安心した。
「「いらっしゃいませ」!」
どうやらこの客は初めての来訪らしく、いつもは気だるそうに言うリゼも畏まった様子で挨拶を交わした。
「一泊出来ますか」
「ええ、出来るわ。けど、夕食は食べなくて良いの?」
「そうだぞ、若造。夕食を食べなきゃ、おじさんたちみたいに身体に筋肉つかないぞ!」
「酔っ払いたちは黙ってて。・・・あなたはもう外で食べてきたのかしら?」
「そうだ、そうだ」と野次を飛ばす彼らを黙らせて、リゼは若い男に質問した。
「大丈夫です。もう外で食べてきたので」
「あら、そう。それじゃ、これが鍵ね。無くさないように頼むわ」
リゼは若い男の手を包み込むようにして、木の札がついた鍵を渡した。
その間、キャメルは何も出来ることが無かったので、初めてエセルター領で見た茶髪を懐かしむように眺めていると、少しばかり若い男と視線が合った気がした。若い男は気にした様子を見せずにカバンを持ち直したので、キャメルも特段何も思わず、皿洗いに専念する。こってり付いたソースが落としづらい。
「俺たちもそろそろ寝ようかな。リゼさん、鍵を頂戴や」
「あなたたちも寝るの?そうしたら、一緒に案内してあげるわ。ちょっと待ってて」
「私も一緒にですか?」
「いや、あなたは客じゃないし、従業員スペースの方で寝てもらうから大丈夫よ」
「分かりました!それでは皆さんおやすみなさい」
「ああ、嬢ちゃんも気ぃつけてな!」
キャメルは男たちに手を振り、宿に行くのを見送った。見送ると言っても喫茶店と宿は扉一枚で隔てられているだけなので、目と鼻の先ではあるが。
若い男はそそくさと宿に入っていき、酔っ払った男たちは鍵を受け取ると、フラフラとした足取りで宿に入っていく。喫茶店で酒は提供していないが、持ち寄りの酒で酔ったらしい。足取りはフラついているのに、しっかりとキャメルへ手を振り返すのを見るに、意識ははっきりしているようで酒とは些か不思議なものらしかった。
「そろそろあなたも休みましょうか」
客を宿に行かせるのも皿洗いも歯磨きも何もかもが終わると、リゼは戸締りをしながらそう言った。確かにキャメルにすることはほぼ無く、暇を潰すために読書をしていたくらいなのでちょうど良かった。
「リゼさんはまだ寝ないんですか?」
「後ちょっとやることがあるからね。まだ寝ないわ」
「後片付けくらいなら私がやりますよ!」
キャメルは元気が伝わるようにと、袖をまくった腕をぶんぶん回しながら言った。しかし、リゼはそれを「はしたないわよ」と一蹴し、キャメルの頬を撫でた。
「その気持ちはありがたいけれど、あなたも初日で疲れてるでしょ?明日もまた働くだろうし、早めに寝ておいて。それと、なにかあったら大きな声で呼ぶのよ」
「・・・分かりました。それではおやすなさい」
「ええ、おやすみ」
リゼに諭されたキャメルは少し心残りがあるように従業員スペースに入っていった。
リゼはその不貞腐れた背中を見送り、さっさと掃除を始めた。机や椅子、床をテキパキと拭いていき、食器棚を整え、カーテンを閉じ、ものの数分で残すことは消灯だけとなった。
それでもリゼはため息を一つ零すと、灯りを消さずにカウンター席に座り、誰かを待つように時計を眺めた。秒針が一つ二つと進むステップに合わせて、机を指でトントンと叩く。
それが100を超えると、深夜を知らせる鐘が時計から静かに鳴り、それと同時に喫茶店の扉が「コンコンコン」と3回ノックされた。リゼはそれが当たり前のことのようにその扉に近付き、躊躇いもなくドアを開けた。
そこには外の暗闇に紛れるように黒いローブを身にまとった男が立っていた。手には中身がパンパンな麻袋を持っており、彼の髪は純粋な金色だ。そして、リゼはその男に軽く会釈をして言う。
「何のご用ですか、当主様?」
「はい。今日からここで働くこととなったキャンドルと申します」
「はは、礼儀正しくていい子だ。リゼちゃん、この子持って帰ってもいいか?」
「自警団のお世話になりたかったなら、持って帰ってもらっても構わないわよ」
「冗談だよ、冗談」
少しばかりの冗談を交えた会話をし、キャメルは活気のいい男たちをテーブルまで案内した。男たちは少しだけ酔っているようで、意識ははっきりしているものの顔は赤く、気分も高揚しているようだった。
「ご飯あるかい?リゼちゃん」
「作ってあるわよ。それと、ちゃん付けで呼ばないでっていつも言ってるでしょ」
「はは、別に構わないじゃないか。孫に会いに来てるみたいなもんなんだから」
「私ももう成人済みよ。ちゃん呼びなんて恥ずかしくてどうにかなりそうだわ」
「可愛くて良いじゃないか。リゼちゃん」
「それ以上からかったら夕食は抜きになるけど?」
「冗談だよ、冗談。今日もここの美味しい夕食を楽しみに生きてきたんだ。それでちょっと気分が上がってるだけだから」
「口だけは達者ね。ほら、お喋りばっかしてないでちゃんと食べなさい」
リゼはそう言いながら大皿に盛られた料理を個別の皿に装い、男たちの目の前に持っていった。彼らは談笑しつつ、料理を美味しそうに味わっていた。
「いつも来るんですか?」
「ええ、そうね。この人たちも家族から追い出されてるわ。それも長いことね」
彼らの笑い声が大きくなると、カウンターから眺めていたキャメルはリゼに話しかけた。リゼの瞳は気にしている様子で彼らを眺めていて、儚げであった。
「だから毎日夕食どきには来るし、宿にも泊まっていくの。宿に常連がいるっていう意味分かったでしょ?」
「ええ、分かりました。好かれてるんですね、皆さんに」
「それは分からないけど」
リゼははにかんだ笑みを見せ、少し顔を赤くした。それを隠すかのようにリゼはぼそっと「早く仲直りすればいいのよ」と呟いた。キャメルは素直じゃないな、と思いながらすでに料理が平らげられた皿を洗った。冷たい水は手に染みたが、目の前の光景がそれをすっかり忘れさせるほど温かかった。
「すみません。入ってもいいでしょうか」
男たちの熱気もほどほどになったところで新しいお客がカバンを大事そうに抱えながら入ってきた。彼が他の人と違うのは、ローブからはみ出た髪色が茶色であることだろう。何気にキャメルはエセルター領で初めて平民らしい髪色を見たので、少しばかり安心した。
「「いらっしゃいませ」!」
どうやらこの客は初めての来訪らしく、いつもは気だるそうに言うリゼも畏まった様子で挨拶を交わした。
「一泊出来ますか」
「ええ、出来るわ。けど、夕食は食べなくて良いの?」
「そうだぞ、若造。夕食を食べなきゃ、おじさんたちみたいに身体に筋肉つかないぞ!」
「酔っ払いたちは黙ってて。・・・あなたはもう外で食べてきたのかしら?」
「そうだ、そうだ」と野次を飛ばす彼らを黙らせて、リゼは若い男に質問した。
「大丈夫です。もう外で食べてきたので」
「あら、そう。それじゃ、これが鍵ね。無くさないように頼むわ」
リゼは若い男の手を包み込むようにして、木の札がついた鍵を渡した。
その間、キャメルは何も出来ることが無かったので、初めてエセルター領で見た茶髪を懐かしむように眺めていると、少しばかり若い男と視線が合った気がした。若い男は気にした様子を見せずにカバンを持ち直したので、キャメルも特段何も思わず、皿洗いに専念する。こってり付いたソースが落としづらい。
「俺たちもそろそろ寝ようかな。リゼさん、鍵を頂戴や」
「あなたたちも寝るの?そうしたら、一緒に案内してあげるわ。ちょっと待ってて」
「私も一緒にですか?」
「いや、あなたは客じゃないし、従業員スペースの方で寝てもらうから大丈夫よ」
「分かりました!それでは皆さんおやすみなさい」
「ああ、嬢ちゃんも気ぃつけてな!」
キャメルは男たちに手を振り、宿に行くのを見送った。見送ると言っても喫茶店と宿は扉一枚で隔てられているだけなので、目と鼻の先ではあるが。
若い男はそそくさと宿に入っていき、酔っ払った男たちは鍵を受け取ると、フラフラとした足取りで宿に入っていく。喫茶店で酒は提供していないが、持ち寄りの酒で酔ったらしい。足取りはフラついているのに、しっかりとキャメルへ手を振り返すのを見るに、意識ははっきりしているようで酒とは些か不思議なものらしかった。
「そろそろあなたも休みましょうか」
客を宿に行かせるのも皿洗いも歯磨きも何もかもが終わると、リゼは戸締りをしながらそう言った。確かにキャメルにすることはほぼ無く、暇を潰すために読書をしていたくらいなのでちょうど良かった。
「リゼさんはまだ寝ないんですか?」
「後ちょっとやることがあるからね。まだ寝ないわ」
「後片付けくらいなら私がやりますよ!」
キャメルは元気が伝わるようにと、袖をまくった腕をぶんぶん回しながら言った。しかし、リゼはそれを「はしたないわよ」と一蹴し、キャメルの頬を撫でた。
「その気持ちはありがたいけれど、あなたも初日で疲れてるでしょ?明日もまた働くだろうし、早めに寝ておいて。それと、なにかあったら大きな声で呼ぶのよ」
「・・・分かりました。それではおやすなさい」
「ええ、おやすみ」
リゼに諭されたキャメルは少し心残りがあるように従業員スペースに入っていった。
リゼはその不貞腐れた背中を見送り、さっさと掃除を始めた。机や椅子、床をテキパキと拭いていき、食器棚を整え、カーテンを閉じ、ものの数分で残すことは消灯だけとなった。
それでもリゼはため息を一つ零すと、灯りを消さずにカウンター席に座り、誰かを待つように時計を眺めた。秒針が一つ二つと進むステップに合わせて、机を指でトントンと叩く。
それが100を超えると、深夜を知らせる鐘が時計から静かに鳴り、それと同時に喫茶店の扉が「コンコンコン」と3回ノックされた。リゼはそれが当たり前のことのようにその扉に近付き、躊躇いもなくドアを開けた。
そこには外の暗闇に紛れるように黒いローブを身にまとった男が立っていた。手には中身がパンパンな麻袋を持っており、彼の髪は純粋な金色だ。そして、リゼはその男に軽く会釈をして言う。
「何のご用ですか、当主様?」
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