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第一章 卯月(四月)
7.四月二十日 朝 逃亡者
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ようやく金曜日、つまり今週最後の通学である。と言っても往復共に車に乗っているだけなので疲労も苦労もあるわけではない。だが毎日五時起きの八早月にとっては貴重な時間、つまり約一時間程度はひと眠りできるはずなのだ、が。
「お嬢、まもなく学校前です。
そろそろ起きないとご学友に寝起きを見られてしまいますよ」
「う、うーん、板倉さん、今日は飛ばして来たのですか?
やけに早くついてしまった気がします……」
「そんなことありませんよ?
きっちりといつもどおりの時間で間違いございません」
時間に正確な板倉の言うことだから間違いないと、八早月はしぶしぶ体を起こして鏡を取り出した。髪が跳ねていないか、制服のスカーフが曲がっていないかなどをしっかりと確認するためだ。
学校では変に自分を飾って見せたりはしていないが、性格的にはきちっとした格好でないと恥ずかしいと思うほうではある。八早月はそれなりに整った顔立ちだが、今まで比較対象が無かったせいでかわいいとかきれいとかに対する基準を知らない。そのため他人からの印象に不安を持っていた。
中学に入ってみるとおしゃれな子はいくらでもいて、髪を器用に編みこんでいたり、手間をかけて巻いていたり、ショートカットで毛先を遊ばせたりと様々だ。そう言う子たちはきっと美容院へ行ってカットしてもらっているのだろう。
八早月はまだ美容院を見たことの無く憧れているのだが、器用な母が切ってくれることにも満足していた。なんと言っても八早月のお手本的な女性像は結婚式の写真で見た母と、その雰囲気が投影されたと思われる真宵であった。
母に髪を切ってもらう時はいつも真宵を呼んで比べながら注文を付けるのだが、残念ながら真宵は普通の人には見えない。そのため母への指示がうまく行かずもどかしい時もあった。それでも今まで数十回はカットしてもらったおかげで、今では思ったような髪型にしてもらえるようになっている。
ハッキリと目が覚めてきて気分が良くなってきた。今朝の見回りは何事もなく済んだし、ソックスだってたった一回で左右の折り目が揃った。そんな上機嫌で鏡を覗いていると、気分を台無しにする光景が目に入ってきた。
「ごめんなさい、板倉さん、ここで止めて下さいますか。
どうにも不快な光景が目に入ってしまいました」
「おっと、これはこれは。
街中なので頻繁に起こると思って眺めてしまいました」
板倉は小さな主の命を受けて車を止め、後部座席のドアを開けてからゆっくりとお辞儀をしながら手を差し出した。車内からはもちろん八早月が現れたのだが行き先は目と鼻の先にある校門ではない。
「お気をつけていってらっしゃいませ。
もちろんお相手が、ですがね」
「ありがとう、カバンは持っていきますから今日はここまでで構いません。
帰りにまたお願いしますね」
「かしこまりました。
本日は金曜日ですから少し遅れるかもしれません。
社長の気分次第ですが、帰りまでにはご連絡いたします」
カバンを受け取りうなずいた八早月は、踵を返し学園の正門とは反対へ向かって歩き出した。なぜ学園から遠のくのかと言えば、車の中で鏡を見ていたのだから来た道を戻るに決まっている。そして先ほど見えた建物と自動販売機で出来た隙間を覗き込んだ。
「あら、またあなた達ですか?
はっきりは覚えていませんが、確か同じ方たちですよね?」
「あ! テメェはあの時の!
あんときはふざけやがって、引っ込んでろ、女でも容赦しねえぞ!」
「どうも痛い目にあってもまだわからないようですね。
それと、『てめえ』と言うのはご自分のことですよ?
相手に言う場合は『おまえ』とおっしゃってくださいね。
それでは――」
今回は学生服の加害者は二人とも突然その場で尻もちをついただけで意識ははっきりしている。そのせいで余計に状況がわからずポカンと口を開けており、助けられた小柄な生徒はその隙にと、先日同様やはり走って逃げていった。
「お嬢、まもなく学校前です。
そろそろ起きないとご学友に寝起きを見られてしまいますよ」
「う、うーん、板倉さん、今日は飛ばして来たのですか?
やけに早くついてしまった気がします……」
「そんなことありませんよ?
きっちりといつもどおりの時間で間違いございません」
時間に正確な板倉の言うことだから間違いないと、八早月はしぶしぶ体を起こして鏡を取り出した。髪が跳ねていないか、制服のスカーフが曲がっていないかなどをしっかりと確認するためだ。
学校では変に自分を飾って見せたりはしていないが、性格的にはきちっとした格好でないと恥ずかしいと思うほうではある。八早月はそれなりに整った顔立ちだが、今まで比較対象が無かったせいでかわいいとかきれいとかに対する基準を知らない。そのため他人からの印象に不安を持っていた。
中学に入ってみるとおしゃれな子はいくらでもいて、髪を器用に編みこんでいたり、手間をかけて巻いていたり、ショートカットで毛先を遊ばせたりと様々だ。そう言う子たちはきっと美容院へ行ってカットしてもらっているのだろう。
八早月はまだ美容院を見たことの無く憧れているのだが、器用な母が切ってくれることにも満足していた。なんと言っても八早月のお手本的な女性像は結婚式の写真で見た母と、その雰囲気が投影されたと思われる真宵であった。
母に髪を切ってもらう時はいつも真宵を呼んで比べながら注文を付けるのだが、残念ながら真宵は普通の人には見えない。そのため母への指示がうまく行かずもどかしい時もあった。それでも今まで数十回はカットしてもらったおかげで、今では思ったような髪型にしてもらえるようになっている。
ハッキリと目が覚めてきて気分が良くなってきた。今朝の見回りは何事もなく済んだし、ソックスだってたった一回で左右の折り目が揃った。そんな上機嫌で鏡を覗いていると、気分を台無しにする光景が目に入ってきた。
「ごめんなさい、板倉さん、ここで止めて下さいますか。
どうにも不快な光景が目に入ってしまいました」
「おっと、これはこれは。
街中なので頻繁に起こると思って眺めてしまいました」
板倉は小さな主の命を受けて車を止め、後部座席のドアを開けてからゆっくりとお辞儀をしながら手を差し出した。車内からはもちろん八早月が現れたのだが行き先は目と鼻の先にある校門ではない。
「お気をつけていってらっしゃいませ。
もちろんお相手が、ですがね」
「ありがとう、カバンは持っていきますから今日はここまでで構いません。
帰りにまたお願いしますね」
「かしこまりました。
本日は金曜日ですから少し遅れるかもしれません。
社長の気分次第ですが、帰りまでにはご連絡いたします」
カバンを受け取りうなずいた八早月は、踵を返し学園の正門とは反対へ向かって歩き出した。なぜ学園から遠のくのかと言えば、車の中で鏡を見ていたのだから来た道を戻るに決まっている。そして先ほど見えた建物と自動販売機で出来た隙間を覗き込んだ。
「あら、またあなた達ですか?
はっきりは覚えていませんが、確か同じ方たちですよね?」
「あ! テメェはあの時の!
あんときはふざけやがって、引っ込んでろ、女でも容赦しねえぞ!」
「どうも痛い目にあってもまだわからないようですね。
それと、『てめえ』と言うのはご自分のことですよ?
相手に言う場合は『おまえ』とおっしゃってくださいね。
それでは――」
今回は学生服の加害者は二人とも突然その場で尻もちをついただけで意識ははっきりしている。そのせいで余計に状況がわからずポカンと口を開けており、助けられた小柄な生徒はその隙にと、先日同様やはり走って逃げていった。
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