限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
46 / 376
第三章 水無月(六月)

43.六月三日 午後 渓流

しおりを挟む
 この日は朝稽古もなく、八早月やよいは一人で見回りへ行ってきた。そのため帰ってきても友人たちはまだ夢の中である。朝食の後は少しだけゴロゴロしながらおしゃべりをして、おやつを食べてから薪割りをし、庭で地鶏を使ったバーベキューを楽しんだ。

「午後からは渓流へ行くのはどう?
 まだ水が冷たいから入れないけど風が気持ちいいわよ?
 今の季節は新緑がきれいだし心が洗われるのよね」

「いいね! アタシ渓流釣りしてみたい!
 でも道具も何もないかぁ」

「釣りはともかく確かに森の中の渓流なんて気持ちよさそう。
 森林浴ってやつだもん、きっと心地いいだろうなぁ。
 でもまさか熊とか出たりしないよね?」

「熊なんて滅多に出ないし心配ないわ。
 もし出ても――」

「出ても?……」

「走って逃げればきっと大丈夫でしょ。
 この辺りに人を襲うような熊は出ないもの」

 喉まで出かかった言葉を八早月は呑みこんだ。いざとなったら真宵まよいに助けてもらうからと言いかけてしまったからである。いくら友達と言えど言えないこともあり、苦し紛れに無茶なことを言いながらもなんとかごまかした。

 だが八早月が心配しているだけで、友人たちが真宵の存在を想像すらするわけがない。単に脅された程度に捉えて準備を進めるのだった。

「それじゃタオルやおやつは私が背負っていくからね。
 二人は山道不慣れだから身軽なほうがいいでしょう?
 私は毎日のように歩いているから気にしないで平気だから」

「ちょっと悪い気もするけど任せちゃってもいいかなぁ。
 もし転んだりしたらそのほうが迷惑かけちゃうだろうし」

 そんな会話をしながら山道を歩いていくと、三十分ほどで水の流れる音が聞こえてきた。心なしか風も湿気を帯びて冷たくなっている。町で生まれ育った美晴と夢路にとっては新鮮過ぎる体験のため、胸の高鳴りを感じずにはいられない。

「うわあすごーい! 考えていたよりも水の流れる音って大きいのね!
 それに空気の中に水の粒が含まれてるみたいで爽やか! 気持ちいい!」

「ハル、そんなにのりだしたら危ないよ!?
 結構高さがあるけど、まさかここを降りて行くの?」

「さすがに普通の人はこんなところ降りて行かないわね。
 釣りする人は別だけど、私たちはもう少し下ったところになる本流からね。
 そっちは平らで降りる道も作ってあるから安心なのよ?」

 両端が切り立ったちょっとした崖沿いに流れる小さな沢に沿って下って行くと、やがて開けた場所が見えてきた。八早月は本流と言っていたが実際には異なる。八畑山には先ほどのような沢が無数にあり、それらが集まった支流がいくつか存在する。それらがさらに集まって本流へと流れ込んでいるのだ。

 この支流は川幅が二、三メートル程度で、大きな岩があちらこちらにある典型的な渓流である。基本的には切り立った崖に挟まれているのだが、所々に低くなっている箇所が有り川まで降りることができる。

 三人は水辺へ陣取り、足を水につけたり写真を撮ったりしてはしゃいでいた。少し離れたところには真宵が待機し、危険が迫るようなことにならないよう警戒中だ。何かが起こってから対処するとなると、それこそ八早月と真宵が熊と戦うことになりかねない。

 そんなところを見られたらさすがに弁解の余地もなく、だからこそそのような状況にならないよう注意を払っているのだ。どうやら今のところは何の心配もないようで、八早月は安心してこのかけがえのない時間を楽しんでいた。

 しかしそこへ何者かが近寄ってきたと真宵から報告が入った。熊や鹿ではないとのことだが、どうやら釣り客が来たと言うわけでもなさそうである。なぜなら真宵が視界外から察知できるのは巫やそれに準ずるものだけだからだ。

『八早月様、まだどなたかまではわかりませんが近づいておいでです。
 警戒の必要はございませんがそのつもりで』

『真宵さん、ありがとうございます。
 こんなところまでわざわざやってくるなら一番近くの誰か……
 きっと直臣ただおみじゃないかしら』

 直臣が釣りをするのかは知らないが、櫛田家と四宮家の間にある渓流へ他の家の者が来ることは考えにくい。かと言って臣人が一人で山へ入るのも不自然だ。

 やがて渓流を上ってくる姿が見えてくると、それは八早月の予想通り直臣だった。だが釣竿は持っていない。それなら鍛錬でもしているのかとよくよく見てみるが、彼は川の中を歩き、数歩歩いては顔を水へとつけなにかを構えている。

「ほら、あちらを見てみて。直臣が上がってくるわよ。
 夢路さんは慌てて水の中へ落ちないようにしてね」

「事前に教えてもらえてよかったよね。
 予想外に先輩と出くわしたら、夢は慌てて転んでたのは間違いないよ」

「私はそんなドジじゃないから! それにちょっと気になるくらいだよ。
 あんまり言われたら部活の時に意識しちゃうからやめてよねー」

 普段人の入らないおごそかな大自然には似つかわない、うら若き少女たちがはしゃぐ呼び声は思ったよりも遠くまで通っていたらしく、まだ十数メートルは下流にいる直臣の耳に入ったようだ。

 三人に気が付いた直臣は今までやっていた何かをやめて急いで近づいてきた。すぐ近くまで来た少年が持っていたのはヤスだった。腰には竹を編んで作った籠が括りつけてありまるで漁師である。

「筆頭様、山本夢路さんと、えっと板山美晴さんでしたっけ?
 こんなところまで遊びに来ていたんだね」

「直臣こそそんなもの抱えて魚取り?
 釣りではないみたいだけど、それで魚を突けるの?」

「はい、かじかを突いてるんですよ。
 今日はまあまあ獲れたから少し持っていきますか?
 町では珍しいでしょうし、天ぷらや味噌鍋にするとおいしいですからね」

「それではお言葉に甘えて少し頂こうかしら。
 私も初物でうれしいし、夕ご飯に出してもらいましょう。
 直臣にこんな特技があったなんて知らなかったわ、さすがね」

「すごいです! さすが先輩はなんでもできるんですねー
 やっぱりこういうのも書道も集中力ですか?」

「そ、そうだね、集中力は何事にも役立つし鍛えて損はないと思うよ。
 山本さんは上達著しいから秋のコンクール目指してがんばろうね」

「はい! 先輩がそう言ってくれるとお世辞でも嬉しいです!
 これからもがんばりますね!」

 美晴曰く、こういうときの夢路は目がハートマークになっているらしい。確かに美晴の部屋には、夢路が自分の部屋に置ききれなくなった少女マンガが大量に強制貸出されており、それを開いてみると登場人物の周りに花が飛び瞳はキラキラと輝いていた。きっと夢路は今ああいう状態なのだろう。

 こうして思わぬ遭遇もあってより楽しめた三人はまた山道を戻って行く。だが、美晴と夢路は思っていたよりも川遊びで疲れており、帰り道ではヒーヒー言いながら脚に鞭を打つのだった。

 それでも夕飯に出してもらった鰍の天ぷらは絶品で、全員がその味に大満足しながら山奥の静かな夜を楽しんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。

亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った――― 高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。 従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。 彼女は言った。 「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」 亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。 赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。 「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」 彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

処理中です...