限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第四章 文月(七月)

75.七月二十四日 午後 目覚め

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 前日の儀式の後に目が覚めた後は、恐怖感からか随分と泣きわめいていた寒鳴綾乃さむなき あやのも、翌日朝、つまり今日にはすっかり機嫌を治していた。逆に朝まで付き添っていた両親に早く帰れと言う始末だったくらいである。

 そして今は、美晴と夢路が来るのを待ちながら、八早月やよいと共に昼下がりのひと時を楽しんでいるところだ。いつもなら真宵まよいも一緒なのだが、綾乃がいる手前うかつに顔を出すわけにはいかない。

「それにしてもすごく痛かったし怖かったよ。
 あんな目にあったの初めてで、きっと死ぬ時はこうなんだろうなって思ったの。
 それなのにどこにも怪我なんてしてないし、傷一つなくてホントビックリしたよ」

「そうね、酷い言い方かもしれないけれど、早めに気を失ってくれて良かったわ。
 ガマンを続けられるとお互い辛いもの。
 でもこれできっとおかしなことはそうそう起きないはずよ?」

 そう言うと綾乃はとても嬉しそうな顔をした。しかし同時に改まって神妙な顔に変わり、八早月へもっともな質問を投げかけてくる。

「ねえ、一つだけ聞いてもいい?
 八早月ちゃんって超能力者とかなの?
 お父さんたちが信じられない光景だったって言ってたでしょ?
 私は気を失っていたから話半分で聞いてたけどさ」

「超能力と言うのはスプーン曲げたりする人のことよね?
 私にそんな力はないわ、特別な人間ってわけじゃないもの」

 八早月の返答は本当のつもりだった。特別なのはあくまで真宵であるし、八早月の持つ力は先祖から受け継がれてきた物なので自分の力ではないという解釈なのだ。とは言っても、一般的にはそれを超能力だとか不思議な力だと言うわけで、日本古来からの言い方だと『異能』と言うやつである。

「でもお祓いなんて出来るんだからやっぱり特別なんだよ、きっとね。
 普通の人にはそんなことできるはずないんだからさぁ」

「そういう意味なら普通の人では無くてかんなぎ、つまり神職だってことね。
 私たちの一族が代々受け継いでいるお役目なのよ。
 だから不思議な力が働くのだとしたらそれは八岐大蛇やまたのおろち様のおかげなの」

「そっか、私は神様とか信仰とか考えたこと無かったけど今は違うよ?
 これからはずっと八岐神社を信じていくつもりなんだー」

「それはありがたいことだけど、あまり考えすぎなくていいのよ?
 八岐大蛇様だって無数にいる八百万やおよろずの神の一人だもの。
 だからクリスマスや節句、バレンタインに七夕だって楽しんだ者勝ちよ。
 結婚するときにはウェディングドレスだって着たいでしょ?」

「そ、そうね、具体的な結婚願望はともかく憧れはあるかもしれないなぁ。
 八早月ちゃんちでもクリスマスとかやるの?」

「さすがにうちではやらないわね。
 分校でもやらなかったから中学のクリスマス会は今から楽しみにしてるのよ?」

 十二歳の少女にとっては当たり前すぎるごく普通の発言だが、綾乃にはとても新鮮に聞こえた。だからなのか、二人はまだまだ先の話なのにクリスマスについて熱く語り合うのだった。

 こうして時間は過ぎて行き、三時のおやつには茹でた里芋を頬張って腹を満たした八早月と綾乃は、濡れ縁で足をぶらぶらさせながらいつの間にかうとうとしてしまった。

 辺りが薄暗くなったころ、八早月は真宵に声を掛けられて自分が眠ってしまったことに気が付いた。隣ではまだ綾乃がすーすーと寝息を立てている。二人にはいつの間にか肌掛けが掛けてあり、房枝か玉枝か、もしかしたら手繰たぐりかもしれないが気遣いに感謝だ。

『真宵さん、おはようございます。
 うかつにもすっかり寝入ってしまいました。
 何かあったのでしょうか?』

『昨晩の儀式でお疲れだったのでしょう。
 ですがあやかしがすぐそばにいるかもしれません、気配は感じられませんか?
 すぐその辺りの藪にちらちらと動くものがいるのですが動物では無いようです』

『妖の気配はしませんね、間違いなく動物では無いのですか?
 この時間だとタヌキかキジがなにかだと思うのですけど、今はそれもいなそうですね』

『ですが藪が揺れずに移動している影だけが見えたのです。
 妖以外にそんなことが起きるのでしょうか』

『うーん、どうなのでしょうか。
 例えば今あそこに幼い狐が顔を出していますよね?
 あの子の大きさだと藪の中を歩いても揺れないかもしれませんよ?』

 そう言って八早月が子狐を見てみると、なにか違和感を感じた。間違いなく妖の気配はしないが獣の気配もしない。そもそも生き物がいるようには感じないのだ。藪の奥にはキジがいて、木の上のほうには鷹か何かの気配がある。どうやら八早月の感性に問題はない。

 と言うことはあの子狐はやはり妖なのだろうか。

『真宵さん、あの狐を捕まえてみてください。
 獣の気配がしないのですが、もしかしたら妖とはまた違うのかもしれません。
 くれぐれも大切に扱って下さいね』

『かしこまりました。
 すぐに捕らえて参ります』

 そう言った直後、一瞬で狐の真後ろへ回った真宵は優しく抱きしめて八早月の元へ戻ってこようとした。しかし逃げたわけでもないのにその手から零れた、と言うよりはすり抜けたように見える。その証拠に子狐はその場に鎮座したままなのだ。

 呆然とする真宵が恐る恐る狐の頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めているのがまた混乱を強めている。八早月もどう判断して良いのかわからず考え込んでいると、すぐ隣から綾乃の声がした。

「ちょっとお姉さん、くすぐったいよぉ。
 いつの間にか寝ちゃってたんだね、でも気持ちよく起きられたから良かったー」

「おはようございます、もしかしてあそこにいる子狐は綾乃さんのですか?
 きちんと見えていますよね?」

「あの着物のお姉さんが撫でてる子でしょ?
 よくわからないけど、なんとなく私の友達のように感じる。
 狐ちゃん、こっちおいでー」

 すると綾乃の言う通りに子狐は当然のようにの元へとやってくるではないか。やはりこの狐は呼士ということになりそうだ。そう言えば高岳零愛こうだか れあたちの遣いである神翼かんばねはカラスとトンビと言う鳥の呼士で、八早月からは妖に見えたことを思い出す。

 そういえば綾乃の家系には稲荷神社があったはずだし、狐の呼士が現れてもおかしくはない。いや、現れたこと自体はおかしいと言えばおかしいのだが、昨日の祓いの儀で常世とこよと繋がった際、巫の力に目覚めた可能性はあるかもしれない。

 これはまだまだ注視していく必要がありそうだ。とりあえずは人前で撫でたり話しかけたりしないようにすることと、狐を従えていることを口外しないように念を押した。

「それと当然のことですが、うちの真宵さんのことも他言無用ですよ?
 地鎮祭で見た男性のことも、これ以上は話さないようお願いしますね。
 今後ですが、あの狐さんを綾乃さんが自分の意思で従えられるよう訓練してきましょう」

「へえ、そんなことができるの?
 もしかしてあそこにいるお姉さんもそういう霊的な存在だったり?
 さっきまでいなかったし八早月ちゃんって一人っ子だよね?」

「はい、あの方は真宵さんと言って私が幼いころから守ってくれているの。
 とっても強くて頼りになるお姉さんなのです。
 容姿端麗ですし立ち振る舞いも完璧で、私にとって理想の女性と言えますね」

「八早月様、またそうやって過剰に褒め倒すのはおやめくださいませ……
 顔が熱くなってしまいます……」

 こうして照れている真宵もステキなのだ、なんてことを考えながら、八早月は真宵へともたれかかった。それを見た綾乃は羨ましかったらしく、子狐を自分の手元に呼び膝に乗せて撫でていた。
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