限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第七章 神無月(十月)

141.十月一日 早朝 とある高校球児の朝(閑話)

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 まったくなんてこった。秋季大会で出ごたえを得たこの新チームが春季大会へ向けて一丸となって始動を始めたこの時期だと言うのに……

『はああ! てええい!』『カキーン!』

「はあぁ、あの子やっぱりすごいな……
 なんとかもう一度会えないもんかねぇ。
 姉ちゃんも半端なことしてくれるぜ、まったくよ」

 高岳飛雄は姉の零愛から転送されてきた動画を、それこそもうスマホの画面に穴が開くほど繰り返し再生していた。おかげで朝練へ向かう時間はすでに過ぎてしまっている。だがさすがに安易に遅刻していいわけではない。

 飛雄は自転車へ飛び乗り学校への道を急いだ。浪西高校までは駅までの歩きと電車で約四十分、だが自転車を飛ばせば同じくらいの時間で着くことができる。これもうちの学校があんな山奥にあるからだ。

 その分運動部には広いグラウンドが割り当てられ、どの部も浪内西郡内ではそこそこの強豪なのである。もちろん野球部も例にもれず公立の中では県下トップクラスなのだが、それでも甲子園に出場したことはない。だが来年こそはと部員一同気合を入れている日々が続いている。

 それなのにオレはなにをしているんだ。あんな年下の中学生にうつつを抜かしている場合じゃないはず。まずは練習に打ち込んで気持ちをいったんリセットしなければ、と誰に言うわけでもなく呟く。

 大体八早月が飛雄のことをなんとも思ってないのは確実だと自覚している。ほんの少し野球のことを教えるためにメッセージのやり取りした程度で舞い上がっていることもが恥ずかしくて仕方なかった。そしてそんな気持ちを抱くことになったのは全部姉のせいだと考えている。

 頼んでもいないのに動画を送りつけられ、それから何度再生したことだろう。自分で自分のことを撮れるわけが無く、先日一緒に来ていた友達の誰かが撮ったものだろうがそれをなぜ姉に送ってきているのかも謎である。

 そもそも自分の気持ちがどうして知られているのか、飛雄には見当がついていなかった。それほどわかりやすく表に出ていたとは思えない。だが、思い返せば中学の頃にも似たようなことがあり、好意を持った女子が不思議と家に遊びに来たり、ある時は試合の応援へ来たこともある。

 だがそんな勘を働かせる姉を飛雄は不満に感じている。自分も浮いた話の一つすらないのだから、興味本位で他人のことを構っている立場じゃないはずだと言ってやりたいくらいなのだ。

 そんな零愛は見た目が良いので男女問わず人気はある。しかし狭い界隈には、零愛の勝ち気な性格と他人に対する暴力的な態度が知れ渡っていて誰かと交際に至るのは茨の道だろう。

 だが姉弟お互いを貶めあうような低レベルな争いをしても仕方ない。今は二人ともスポーツとお役目に打ち込むしかない。お役目と言えば零愛は八畑村へ遊びに行った際、向こうのお役目に参加したと聞いた。

 その経験からなにかを得たのか、返って来てからは古文書を初めとする文献を読むようになり、妖討伐に対する意識が高まっている。このままではますます主導権を握られてしまいそうで、飛雄の心配事はますます増えていた。

 考え事ばかりしながら自転車を漕いでいた飛雄は、思っていたよりも時間がかかって遅刻ギリギリで学校へ到着し、急いで着替えてグラウンドへと飛び出した。すでに一年生たちが用具の準備を終えようとしているギリギリのタイミングである。

 もちろん二年生はすでに全員揃っており飛雄が最後だ。なんなら引退した三年生が数人やって来て先に体を動かし始めている。別に今更怒られたりはしないが、それでもバツは悪く気まずいことは間違いない。

 ちなみに受験組は当然だが就職組も暇じゃなく、顔を出しているのは家業を継ぐことが決まっていて余裕のある暇人ばかりである。その中には同じ白波町から通ってきている元キャプテンがいた。

 元キャプテンは家業の漁師を継ぐことになっていて暇を持て余しており、引退した後も毎日のように部活へやって来る。かと言って邪魔と言うわけではなくある事情もあってかなり仲が良い。

「トビ、遅かったじゃねえか。
 零愛に聞いたんだけど、最近女にうつつ抜かしてるらしいな。年下のカワイイ子なんだって?」

「ちょ!? なんでそんなこと聞きだしてンすか! 別にそんなんじゃないし……
 姉ちゃんのやついつの間にキャプテンにそんなこと言ったんだよ……」

「『元』キャプテンな、もしくは元義理の兄貴でもいいぞ?
 ま、そっちはそうなるつもりだっただけだけどな」

「ちょっと返答に困るボケは止めてくれねッスかね?
 まだ諦めきれないなら再チャレンジしたらいいんじゃないスか?
 アイツいまだに彼氏なんていないからワンチャンあるんじゃないかなぁ」

 元キャプテンは昨年零愛へと告白してこっぴどく振られていた。そしてこの言葉は別に冷やかしたり茶化したりする意図はなく、純粋に励まし鼓舞しようと口にしたものである。しかしこれはどうやら逆効果だったようだ。

「いや、遊びで付き合うつもりじゃねえんだから無理だよ。
 トビだって俺が何て言われたか知ってんだろ? まあいきなり嫁に来てくれって言った俺が悪いんだけどさ」

「そっすねぇ、まだ高校生ってこともあるけど嫁に入るってのが嫌みたい。
 うちの母ちゃんが嫁に来て家業手伝ってるの見て育ってますからねぇ。
 キャプテンの母親だって同じようなもんでしょ?」

「そうだな、今や古い価値観ってやつだ。
 でもウチが漁師を続けてく限り昔と変わらず引き継ぐんだろうな。
 お前だって家業継ぐんだろ? そしたら零愛は嫁に出ることになるだろうけど、オレんとこへ来るとは限らんか」

「まだわかんないすよ、姉ちゃんが家継ぐかもしれないし廃業するかもだし。
 だいたい沿岸警備なんて代々受け継ぐ由緒正しいもんでもないスからね」

「それ言ったらウチだってただの漁師だから同じようなもんさ。
 庄屋の家系だから見栄も大切なんだろうけどよ」

 飛雄にとってはうまく話を逸らせたように思えたが、元キャプテンの愚痴に付き合う羽目になり練習に出遅れたのは大きなマイナスだ。それに自分たちはラブコメみたいな恋と青春には程遠い人生を送っていると再認識してしまったことで、なんだか気が滅入ってくるのだった。
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