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第七章 神無月(十月)
143.十月四日 早朝 暖簾に腕押し
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昨日の夜は久しぶりに妖が出現し、八早月とドロシーは夜遅くまでお役目のため奔走していた。とは言っても終わって帰ってきたのが二十二時前なので深夜までと言うほどではない。あくまで八早月にとって遅い時間だと言うことだ。
中学生になっても未だに普段は八時には就寝し、朝は五時に起きている八早月にとって、二十一時を過ぎたら気分的には夜遅くなのである。それから湯あみをし学校の支度をしてから就寝したのが日付が変わる寸前だった。
だがそれでも朝はしっかりと五時に起き、お役目の無い今日は早朝鍛錬をするために着替えて庭へと出てきた。いつものように井戸で顔を洗い目を覚ますと、濡れ縁に置いたタオルで顔を拭う。
「八早月様、もう草履では寒いのではありませんか?
現代には靴と言う便利なものがあるのですからお履きになればよろしいのに」
「でも真宵さんも草履ではありませんか。
いくら普段着とは言え、半着に袴姿で運動靴では締まりませんからね。
寒さは気合でなんとでもなります」
「そうは言っても私たちは寒さも暑さも感じませんからお気になさらず。
我慢も行き過ぎると毒になりますよ?」
「そうですね、あまり心配をかけるのも申し訳ないですね。
明日からは足袋を履くことにしましょう。
まだ去年の物が入ると思いますし、房枝さんに頼んでおきます」
八早月が意地を張らずに素直に受け入れたことで、主の身を案じ申し出た真宵は満足そうに笑顔を見せた。だが直後その表情は真剣みを帯びた物へと変わる。
「はあっ! ていっ! やっ!」『カコン! カコン! カン!』
八早月の振る木刀をきれいに受け流しつつ、真宵も時折攻撃を繰り出す。八早月は素振りの代わりに軽い準備運動がてらに打ち込みをこなしてから、ようやく山歩きへと繰り出した。
すでに秋も終わりが近づき冬の空気が辺りを包むようになったこの季節、朝の五時過ぎではまだ薄暗く景色を楽しむことが出来ないので、陽が昇りはじめ明るくなるのを待って散歩へ出ることにしていたのだ。
だが山道を降りはじめてすぐのところで思わぬ来客と出くわした。
「どうしたのです、こんな朝早くに。
もう朝の合同鍛錬は終わりにしたと言うのに」
「確かにそれはそうなのですが、登校前に筆頭へ一言申し上げたく参りました。
昨日の二年生、新庄と言いましたか、彼のことなのですが」
「ああ、私も知っているわけではないのです。
綾乃さんのクラスメートと言うことで、剣術の強い者を探しているとのこと。
そうたずねられて真っ先に思い浮かぶのは直臣ですからね」
「ですが本当は筆頭に立ち合いを申し込んだらしいではありませんか。
それを旨いこと誘導し僕のところへ連れてきたと聞きました。
彼は筆頭が女子だから加減しないといけないからと申してましたよ?」
「そうなのですか? 私はそこまで長話をしていないのです。
しかし勝負は男同士でするものといったようなことは言っていましたね。
きっと性別等を気にする御仁なのでしょう」
「またそうやって誤魔化すんですから……
面倒事を僕に押し付けるのはやめてください。
昨日はあれから体育館へ連れて行かれ下校時間まで付き合わされたのですよ?
おかげで部活には行かれず、あげく再戦の約束までさせられてしまいました」
「随分と仲良くなれたようで何よりですね。
他流を知るのも鍛錬のうちではありませんか、相手しておあげなさいな。
本人は大分やるようなことをおっしゃってましたが実際にはどうでしたか?」
自分の具申のひとかけらも八早月には届いていないと感じた直臣は、諦めたように大きく息を吐いてから昨日の感想を吐き出した。
「まあ剣道の範囲では確かにそこそこで悪くはありませんでしたね。
今年初段を取ったと言っており、それがどの程度か知りませんが簡単ではないでしょう」
「では本気で相手をしたわけではないのですね。
郡上君のようにやり込めてしまったのではと心配していたのです。
ちなみに彼は体育祭のあとすっかりおとなしくなったので感謝していますよ」
「それは良かった、のかな…… いや、話は新庄君のことですよ。
彼も例によって負けず嫌いらしく、まあしつこいのなんのって……
いっそのこと筆頭が相手にしてわからせてもらいたいくらいです」
「でも私は女ですし、彼は直臣のほうが強いと思っているわけですからね。
あまりにしつこいなら流派が違うから真剣勝負はできないと言えば良いでしょう。
一度木刀に防具無しがこちらの流儀だと言って相手すれば諦めるのでは?」
「それでは彼も自信を失うことになりかねませんよ……
まあなにか手立てを考えることにします。
早朝から鍛錬のお邪魔をして申し訳ありませんでした」
直臣はやはり無駄なことをしたと後悔しつつ来た道を戻ろうとした。しかし当然のように八早月がそのまま帰してくれるはずもなく、結局久しぶりに鍛錬につき合わされへとへとになりながら学園へと向かう羽目になった。
中学生になっても未だに普段は八時には就寝し、朝は五時に起きている八早月にとって、二十一時を過ぎたら気分的には夜遅くなのである。それから湯あみをし学校の支度をしてから就寝したのが日付が変わる寸前だった。
だがそれでも朝はしっかりと五時に起き、お役目の無い今日は早朝鍛錬をするために着替えて庭へと出てきた。いつものように井戸で顔を洗い目を覚ますと、濡れ縁に置いたタオルで顔を拭う。
「八早月様、もう草履では寒いのではありませんか?
現代には靴と言う便利なものがあるのですからお履きになればよろしいのに」
「でも真宵さんも草履ではありませんか。
いくら普段着とは言え、半着に袴姿で運動靴では締まりませんからね。
寒さは気合でなんとでもなります」
「そうは言っても私たちは寒さも暑さも感じませんからお気になさらず。
我慢も行き過ぎると毒になりますよ?」
「そうですね、あまり心配をかけるのも申し訳ないですね。
明日からは足袋を履くことにしましょう。
まだ去年の物が入ると思いますし、房枝さんに頼んでおきます」
八早月が意地を張らずに素直に受け入れたことで、主の身を案じ申し出た真宵は満足そうに笑顔を見せた。だが直後その表情は真剣みを帯びた物へと変わる。
「はあっ! ていっ! やっ!」『カコン! カコン! カン!』
八早月の振る木刀をきれいに受け流しつつ、真宵も時折攻撃を繰り出す。八早月は素振りの代わりに軽い準備運動がてらに打ち込みをこなしてから、ようやく山歩きへと繰り出した。
すでに秋も終わりが近づき冬の空気が辺りを包むようになったこの季節、朝の五時過ぎではまだ薄暗く景色を楽しむことが出来ないので、陽が昇りはじめ明るくなるのを待って散歩へ出ることにしていたのだ。
だが山道を降りはじめてすぐのところで思わぬ来客と出くわした。
「どうしたのです、こんな朝早くに。
もう朝の合同鍛錬は終わりにしたと言うのに」
「確かにそれはそうなのですが、登校前に筆頭へ一言申し上げたく参りました。
昨日の二年生、新庄と言いましたか、彼のことなのですが」
「ああ、私も知っているわけではないのです。
綾乃さんのクラスメートと言うことで、剣術の強い者を探しているとのこと。
そうたずねられて真っ先に思い浮かぶのは直臣ですからね」
「ですが本当は筆頭に立ち合いを申し込んだらしいではありませんか。
それを旨いこと誘導し僕のところへ連れてきたと聞きました。
彼は筆頭が女子だから加減しないといけないからと申してましたよ?」
「そうなのですか? 私はそこまで長話をしていないのです。
しかし勝負は男同士でするものといったようなことは言っていましたね。
きっと性別等を気にする御仁なのでしょう」
「またそうやって誤魔化すんですから……
面倒事を僕に押し付けるのはやめてください。
昨日はあれから体育館へ連れて行かれ下校時間まで付き合わされたのですよ?
おかげで部活には行かれず、あげく再戦の約束までさせられてしまいました」
「随分と仲良くなれたようで何よりですね。
他流を知るのも鍛錬のうちではありませんか、相手しておあげなさいな。
本人は大分やるようなことをおっしゃってましたが実際にはどうでしたか?」
自分の具申のひとかけらも八早月には届いていないと感じた直臣は、諦めたように大きく息を吐いてから昨日の感想を吐き出した。
「まあ剣道の範囲では確かにそこそこで悪くはありませんでしたね。
今年初段を取ったと言っており、それがどの程度か知りませんが簡単ではないでしょう」
「では本気で相手をしたわけではないのですね。
郡上君のようにやり込めてしまったのではと心配していたのです。
ちなみに彼は体育祭のあとすっかりおとなしくなったので感謝していますよ」
「それは良かった、のかな…… いや、話は新庄君のことですよ。
彼も例によって負けず嫌いらしく、まあしつこいのなんのって……
いっそのこと筆頭が相手にしてわからせてもらいたいくらいです」
「でも私は女ですし、彼は直臣のほうが強いと思っているわけですからね。
あまりにしつこいなら流派が違うから真剣勝負はできないと言えば良いでしょう。
一度木刀に防具無しがこちらの流儀だと言って相手すれば諦めるのでは?」
「それでは彼も自信を失うことになりかねませんよ……
まあなにか手立てを考えることにします。
早朝から鍛錬のお邪魔をして申し訳ありませんでした」
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