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第七章 神無月(十月)
159.十月十七日 朝食前 目覚めた小人
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北国の大自然の中で産まれ、極寒の野で育つコロポックルには普通の人間とは違って冬眠でもできる能力が備わっているのだろうか。それともただ単に低体温症だったが運よく命に別状がなかっただけなのだろうか。
なんにせよ八早月が連れ帰ってきたコロポックルは、布団へ寝かせ暖めただけで見る見るうちに血色が良くなっていった。完全に冷え切っていた身体にはぬくもりが戻り、青紫に変色していた唇もうっすら色づいた梅の花のようである。
「まさかこんなに小さな人間がいるなど思いもしませんでした。
大きさだけが異なるだけで作りは八早月様と同様とは、全く不思議な御仁でございますね」
「あら、真宵さんったらなんだか気に入ってしまったみたいですね。
私は思わずヤキモチを焼いてしまいそうだわ」
「八早月様! なぜそのようなお戯れで私をからかうのでしょうか。
確かに気にはなりますがそれは観察対象として興味深いと言うだけのこと。
妖のように理の違うものなら大きさがいくら違おうと不思議ではありませんが、この方はまるっきり人間ではありませんか」
「そうですね、言われてみれば不思議ではあります。
私としたことが本で読んだだけで何もかも知っている気になっていました。
生活様式まで同じかどうかはわかりませんし、目覚めてからが本番でしょうか」
見た目は回復してきているようなコロポックルだがいまだに目覚めないのはなぜなのか、医学に精通しているものなどいないので、それは誰にもわからないことだ。しかしずっとこのままでいるわけにはいかない。
「そうだ、巳さんの力で回復してあげることは出来ますか?
回復の力が、すぐに目を覚まして元気になるようなものなのかわかりませんけれど、試してみる価値はあるのかしら?」
「生き神様の命と有らばこの巳女、全力を尽くしますのじゃ。
溺れて意識を失った子供を助けたこともありますから平気だと思うのじゃ。
それでは参りますの蛇」
巳女は八早月の中から飛び出しとぐろを巻いてコロポックルの前へと陣取った。次に鎌首を上げてまるでひと呑みにしそうな構えを取る。そのまま『シャー』と奇声を発した直後、首の後ろ辺りの鱗がはらはらと花弁のように降り注いでいく。
一枚一枚が寝ているコロポックルの上に降り注がれていき、雪が溶けて行くように沁み込んでいく。一枚二枚と次々に沁み込んで吸い込まれていくが一向に様子は変わらない。しかし十数枚の鱗がはがれたあたりでまぶたがピクリと動いた。
「巳さん! いままぶたが少し動きましたよ!?
この調子でお願いします、さあもっともっと!」
「生き神様は蛇遣いが荒いのじゃ。
わらわの鱗には限りがあるのじゃからこのままではなくなってしまうのじゃ」
「無くなったらどうかなってしまうのですか?
まさか死んでしまうことはないと思っていますが無理はしないようにしてくださいね」
「鱗が全部無くなったら…… ウナギになってしまうのじゃ。
それは冗談ですじゃが、回復するまでに丸一日はなにも出来なくなってしまいますの蛇」
「そんな程度のことでしたか、それなら問題ありません。
巳さんには普段お役目がありませんから思う存分やってくださいな」
「それはそれで傷つくのですじゃ……
わらわもたまには生き神様のお役に立ちたいのじゃ」
「それにはまず『生き神様』と呼ぶのをやめて下さいね?
私はあくまでごく普通のか弱い人間の女子なのですから。
ちょっと? なんで真宵さんと藻さんは噴き出すのですか!」
巳女が全力で働けるよう真宵と藻は表へ出て来ていないのだが、八早月の頭の中では二人が思わず噴き出した音が聞こえてしまったようだ。だが気のせいだとか空耳だとか言い訳をしているうちに目の前の状況に変化が現れてきた。
「う、うーん…… あれ? ここはどこだ?
確か吹き飛ばされて怪我をしたのは覚えてるんだけど、君は誰?」
「良かった、目が覚めたのですね。巳さんの働きに感謝いたします。
怪我はもう完全に治っているはずですが塩梅はいかがですか?
私はこの村で妖退治をしている巫で櫛田八早月と申すものです」
「本当に怪我が治ってるよ、君が助けてくれたのかな?
櫛田さんありがとう、僕の名はジャガガンニヅムカムだ。
こんなすぐに妖退治をしている人に出会えるなんてとても幸運だよ」
「あら、もしかしてなにかお困りのことでもあったのですか?
怪我の原因ももしかして妖にやられたのでしょうか」
「実はついこの間の出来事さ、この辺り一帯に鬼火が大量発生しただろう?
それをやらかしたやつを追ってきたんだけど返り討ちにあってね。
俺には妖と戦う力はないから当たり前なんだけど、なんとかする義務もある。
だから助けを求めようと気配を探っていたんだけど気を失ってしまったんだ」
「その言い方だと八畑村へやって来たのは偶然ではなさそうですね。
あの強大な力を持つ妖が現れた場所がここだったことも想定のうちと?」
「それに関しては申し訳ないことをした。
とにかくひと気のないところへ追い込んで封印しようと思ったんだ。
しかし失敗した時のことも考えて、神通力の気配が大きな場所に目を付けていたのも事実」
「ジャガガンニヅムカムさんにも神通力があるのですか?
戦えなくとも他人を検知できる程度の力は持っていると?
それならまず最初に相談に来て下さったら良かったのですよ」
「まさに正論で返す言葉もないが、出来ることなら自分で何とかしたかったんだ。
公になることは我ら一族の恥と考えた結果、事態を大きくしてしまった。
元をたどれば巫としての力量不足が招いたことなのに恥ずかしい限りだよ」
「しかしあの鬼火武者はすでに倒してしまいました。
これであなたの悩みも解決と言うことでよろしいのでしょうか」
八早月はまさかそんなことはないだろうと思いつつも、希望的観測でジャガガンニヅムカムへ質問を投げかけた。だが予感と言うものはいつも悪い方向に当たるもの。ジャガガンニヅムカムは腹を据えたと言わんばかりに座り直し、事の顛末を語り始めた。
「せっかくご説明して下さるところで話の腰を追って申し訳ありません。
ジャガガンニヅムカムさん、お話の続きは帰宅してからでよろしいですか?
私はこれから学校があるものですからゆっくりしていられないのです。
それとも一緒に学校へ参りますか?」
この提案にジャガガンニヅムカムは目を輝かせ頷いたのだが、真宵たちと違って誰にでも見える存在のコロポックルを学校へ連れて行って平気だろうかと、言っておいてから考え込む八早月だった。
なんにせよ八早月が連れ帰ってきたコロポックルは、布団へ寝かせ暖めただけで見る見るうちに血色が良くなっていった。完全に冷え切っていた身体にはぬくもりが戻り、青紫に変色していた唇もうっすら色づいた梅の花のようである。
「まさかこんなに小さな人間がいるなど思いもしませんでした。
大きさだけが異なるだけで作りは八早月様と同様とは、全く不思議な御仁でございますね」
「あら、真宵さんったらなんだか気に入ってしまったみたいですね。
私は思わずヤキモチを焼いてしまいそうだわ」
「八早月様! なぜそのようなお戯れで私をからかうのでしょうか。
確かに気にはなりますがそれは観察対象として興味深いと言うだけのこと。
妖のように理の違うものなら大きさがいくら違おうと不思議ではありませんが、この方はまるっきり人間ではありませんか」
「そうですね、言われてみれば不思議ではあります。
私としたことが本で読んだだけで何もかも知っている気になっていました。
生活様式まで同じかどうかはわかりませんし、目覚めてからが本番でしょうか」
見た目は回復してきているようなコロポックルだがいまだに目覚めないのはなぜなのか、医学に精通しているものなどいないので、それは誰にもわからないことだ。しかしずっとこのままでいるわけにはいかない。
「そうだ、巳さんの力で回復してあげることは出来ますか?
回復の力が、すぐに目を覚まして元気になるようなものなのかわかりませんけれど、試してみる価値はあるのかしら?」
「生き神様の命と有らばこの巳女、全力を尽くしますのじゃ。
溺れて意識を失った子供を助けたこともありますから平気だと思うのじゃ。
それでは参りますの蛇」
巳女は八早月の中から飛び出しとぐろを巻いてコロポックルの前へと陣取った。次に鎌首を上げてまるでひと呑みにしそうな構えを取る。そのまま『シャー』と奇声を発した直後、首の後ろ辺りの鱗がはらはらと花弁のように降り注いでいく。
一枚一枚が寝ているコロポックルの上に降り注がれていき、雪が溶けて行くように沁み込んでいく。一枚二枚と次々に沁み込んで吸い込まれていくが一向に様子は変わらない。しかし十数枚の鱗がはがれたあたりでまぶたがピクリと動いた。
「巳さん! いままぶたが少し動きましたよ!?
この調子でお願いします、さあもっともっと!」
「生き神様は蛇遣いが荒いのじゃ。
わらわの鱗には限りがあるのじゃからこのままではなくなってしまうのじゃ」
「無くなったらどうかなってしまうのですか?
まさか死んでしまうことはないと思っていますが無理はしないようにしてくださいね」
「鱗が全部無くなったら…… ウナギになってしまうのじゃ。
それは冗談ですじゃが、回復するまでに丸一日はなにも出来なくなってしまいますの蛇」
「そんな程度のことでしたか、それなら問題ありません。
巳さんには普段お役目がありませんから思う存分やってくださいな」
「それはそれで傷つくのですじゃ……
わらわもたまには生き神様のお役に立ちたいのじゃ」
「それにはまず『生き神様』と呼ぶのをやめて下さいね?
私はあくまでごく普通のか弱い人間の女子なのですから。
ちょっと? なんで真宵さんと藻さんは噴き出すのですか!」
巳女が全力で働けるよう真宵と藻は表へ出て来ていないのだが、八早月の頭の中では二人が思わず噴き出した音が聞こえてしまったようだ。だが気のせいだとか空耳だとか言い訳をしているうちに目の前の状況に変化が現れてきた。
「う、うーん…… あれ? ここはどこだ?
確か吹き飛ばされて怪我をしたのは覚えてるんだけど、君は誰?」
「良かった、目が覚めたのですね。巳さんの働きに感謝いたします。
怪我はもう完全に治っているはずですが塩梅はいかがですか?
私はこの村で妖退治をしている巫で櫛田八早月と申すものです」
「本当に怪我が治ってるよ、君が助けてくれたのかな?
櫛田さんありがとう、僕の名はジャガガンニヅムカムだ。
こんなすぐに妖退治をしている人に出会えるなんてとても幸運だよ」
「あら、もしかしてなにかお困りのことでもあったのですか?
怪我の原因ももしかして妖にやられたのでしょうか」
「実はついこの間の出来事さ、この辺り一帯に鬼火が大量発生しただろう?
それをやらかしたやつを追ってきたんだけど返り討ちにあってね。
俺には妖と戦う力はないから当たり前なんだけど、なんとかする義務もある。
だから助けを求めようと気配を探っていたんだけど気を失ってしまったんだ」
「その言い方だと八畑村へやって来たのは偶然ではなさそうですね。
あの強大な力を持つ妖が現れた場所がここだったことも想定のうちと?」
「それに関しては申し訳ないことをした。
とにかくひと気のないところへ追い込んで封印しようと思ったんだ。
しかし失敗した時のことも考えて、神通力の気配が大きな場所に目を付けていたのも事実」
「ジャガガンニヅムカムさんにも神通力があるのですか?
戦えなくとも他人を検知できる程度の力は持っていると?
それならまず最初に相談に来て下さったら良かったのですよ」
「まさに正論で返す言葉もないが、出来ることなら自分で何とかしたかったんだ。
公になることは我ら一族の恥と考えた結果、事態を大きくしてしまった。
元をたどれば巫としての力量不足が招いたことなのに恥ずかしい限りだよ」
「しかしあの鬼火武者はすでに倒してしまいました。
これであなたの悩みも解決と言うことでよろしいのでしょうか」
八早月はまさかそんなことはないだろうと思いつつも、希望的観測でジャガガンニヅムカムへ質問を投げかけた。だが予感と言うものはいつも悪い方向に当たるもの。ジャガガンニヅムカムは腹を据えたと言わんばかりに座り直し、事の顛末を語り始めた。
「せっかくご説明して下さるところで話の腰を追って申し訳ありません。
ジャガガンニヅムカムさん、お話の続きは帰宅してからでよろしいですか?
私はこれから学校があるものですからゆっくりしていられないのです。
それとも一緒に学校へ参りますか?」
この提案にジャガガンニヅムカムは目を輝かせ頷いたのだが、真宵たちと違って誰にでも見える存在のコロポックルを学校へ連れて行って平気だろうかと、言っておいてから考え込む八早月だった。
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