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第七章 神無月(十月)

160.十月十七日 放課後 迎賓棟再び

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「ちょっと嘘でしょ…… いくらなんでもこんなこと信じられない……
 今まで不思議なことはいっぱいあったけど一番の衝撃だよ……」

「私も何があっても驚かない自信があったはずなんだけどなぁ。
 ハルの真似するわけじゃ無いけど一番衝撃的であることは否定できないわ」

 八早月の誘いで一緒にやって来た美晴と夢路は、何の説明もされず連れてこられた九遠エネルギーの応接室で顔を合わせたコロポックルの姿に衝撃を受け呆然としていた。いつも一緒に行動している綾乃は学校の当番があるので後から合流予定だ。

「それでなんと言ったっけ?ジャガ…… ちょっと覚えられないなぁ。
 ジャガ君でいいかな? それともポックル君のほうがかわいいかなー
 あ、アタシのことはハルって呼んでくれていいからさ」

「確かに本土のやつらにしたら呼びにくいのはわかるさ。
 だから呼びやすいようジャガと省略するのは構わないけどな?
 それよりなにより俺はお前たちと違ってもう大人なんだぞ。
 年上に対する敬意をもってもらいたいものだ」

「うっそでしょ!? こんなにちっちゃくてカワイイのに年上なの?
 てっきりずっと下だと思ってたから八早月ちゃんとのおねショタ展開に期待してたのに」

「ちょっと夢路さん? そのおねしょた? と言うのはどういう意味ですか?
 落胆ぶりからするとあまりいいことのようには思えないのですが……」

「八早月ちゃん、聞いたら後悔するから夢の言うことは無視した方がいいよ。
 絶対にろくでもないことに決まってんだからさ。
 それよりもジャガ君は年上って言うけどいったいいくつなわけ?
 まさかいくらなんでもそのナリで三十代のおじさんってことはないんだよね?」

「さすがにそこまでじゃないさ。
 でも十七なんだから俺のが年上には違いないだろ?
 もうこうして一人旅に出ることだって出来る年齢ってことだ」

 ジャガガンニヅムカムに年齢までは聞いていなかったので八早月も初耳だった。とは言っても十七なら楓と同じくらいだし大人と感じるほどでもない。どちらかと言うとまだまだ子供と言える年齢ではないかとも思っていた。

「それは失礼してしまったわね。
 でも一人旅と言ったけど、ジャガさんは妖を追って来たわけでしょう?
 あなたが一人で追わなければならない理由とは、まさか子供が与えられるような罰ではないわよね?」

「なっ、罰だと!? 俺がなんの罰でアイツを追えと命じられるんだよ。
 俺は俺の意思でやって来たに決まってんだろ!?」

「なるほど、村か集落かわかりませんが失態を取り返すよう言われているのですね。
 それならばまずは自分一人で対処しようと考えたのも納得できます。
 困った時はお互い様、私も近隣に強大な妖がいたままでは困りますから、もちろん全力でお手伝いしますよ」

「なな、な、なにも言ってないのになんでそんな風に決めつけるんだよ!
 確かに俺は長に命じられてアイツを追っているが失態を犯したわけじゃ無い。
 誰のせいでもなく仕方なかっただけなんだ……」

「さて、そろそろ詳しいお話を聞かせて頂こうかしら。
 ですがその前に綾乃さんを迎えに行かなければなりません。
 おやつを頼んでおいたので、みなさんはここで少しお待ちくださいね」

 この言葉に美晴と夢路は手を叩いて喜んでいる。しかしジャガガンニヅムカムは釈然としない様子で不満を童にしていた。当人にしてみればありがたい話とは言え、年下の女子に良いようにあしらわれていることが気にくわないのだ。

 コロポックルの世界では基本的に女性優位社会が形成されているのだが、それでもまずは先人を敬うことが最重視される。そしてジャガガンニヅムカムはこの人間の少女たちよりも年上である。

 つまり、敬われるとまでは行かなくともそれなりの扱いをされると考えていた。それが言うに事欠いてカワイイだの小さいだのと酷い言われようである。コロポックルでも数少ない貧通力を持つ家系の長子としてのプライドは深く気付付けられていた。

「まったく君たちは年上に対して失礼な態度をしている自覚はあるのか?
 これだから人間と言うやつは――」

「はーい、あーんしてー、ちゃんと小さくちぎったから食べられるでしょ?
 コロポックルさんたちは普段お菓子なんて食べるの?
 人間のお店に買いに行ったりなんてできないんでしょ?
 そう考えると結構不便でつまらなかったり不満だったりしないの?
 ねえねえチョコレート食べたことある?」

「くっ、子ども扱いするな! チョコくらい食べたことあるさ。
 俺たちは限られた者たちだけとは言え人間とも関わりがあるのだからな。
 道の駅で売っている民芸品にも俺たちの作った物があるくらいだぞ?」

「へえちょっと意外だわ、普通に一般社会へ溶け込んでいるってことなのね。
 でもそれって地元だけの話だよね? こっちで聞いたことないもの」

「ハルが物知ら無すぎなんじゃないの?
 小学校の図書室にあった民話の本にコロポックルのお話もあったよ。
 確かこんな感じの木彫りのお人形も載ってたはず」

 夢路はそう言いながらノートを取り出してスラスラとなにかを描き始めた。どうやら漫画を読むだけではなくイラストを描くことも好きらしい。やがてジャガガンニヅムカムとは似ても似つかない姿が描かれたが、確かに民芸品にありそうな雰囲気ではある。

「これがコロポックル? どちらかというと精霊様に似ているな。
 俺たちと同じくらいかもうちょっと大きいくらいの地神様がいるんだ。
 櫛田家のあった山には大勢住んでいたな。
 怪我をして動けなかった俺を助けてくれたのもその地神様たちなんだぜ?」

「まあ八早月ちゃんちの近くになら何がいても不思議ではないよね。
 一番不思議な存在なのは八早月ちゃん本人だしさ」

「確かにあの櫛田八早月は只者ではなさそうだ。
 俺を見ても動じないどころか家に連れて帰って治療までしてくれたしな。
 この辺りの巫は相当の遣い手ばかりなのだろうか」

「他の人はあんまり知らないけど、八早月ちゃんって一族の長みたいだからね。
 狐や蛇の神様から生き神様って呼ばれるくらいにはすごいんじゃないかなぁ」

「なに!? あの年で一族を治めているだと!?
 それが本当だとしたら俺はとんでもないお人に出会ってしまったのかもしれん。
 そんな方に協力なんてお願いしてしまって払いきれるだろうか……」

「手伝ってもらったらお金払うの?
 たまに妖退治してるって言ってたけどどういう仕組みなんだろう。
 八早月ちゃんって家柄と関係なくもしかしてお金持ちだったりするのかな?」

「そうやってハルはすぐいやらしい話に持ってくんだから……
 無駄遣い続けるなら高校生になったらアルバイトすればいいでしょ?
 変なこと言って友情に亀裂が入るとか私は嫌だからね」

「いやあそう言うつもりはないんだけどさ。
 こうやってお菓子出してもらうばかりなのも悪いけど遠慮するのもね。
 でも気にならない身分なら気兼ねしなくてもいいから気持ち的に楽かなって……」

「もちろん気兼ねなんてしなくて大丈夫よ。
 お金のことは把握していないけれど、使いすぎたらお母さまが止めてくれるわ」

 下衆な話をしていた美晴の後ろから、いつの間にか戻って来ていた八早月が横槍を入れた。夢路は思わず気まずくなりたくない気持ちから美晴の脇を突っついている。それを受けて奇声を発した美晴は舌を出して誤魔化すのだった。
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