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第七章 神無月(十月)
163.十月十七日 夜 消失と憔悴
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玄関先で出陣前最後の確認をしていた八早月たち、これから夜通しになったとしても多邇具久を探し出さなくてはならないと意気込んでいるのだが、実は八早月はすでにおおよその居場所を掴んでいた。
なぜならば、つい先ほど八早月の持つ探知の力によって、八畑山から見てほぼ真東の方角に強めの気配が感じ取れたからである。とは言ってもその直後、敵は身を潜めたのか気配を消してしまっていた。それでも大体の場所はわかったのだから発見に時間はかからないだろう。
八早月はそう考えこっそりと真宵へと伝えた。同時に探知の力を持つ藻へも助力を要請し準備万端である。
「それでは出発しましょう。
発見したものは速やかに連絡しむやみに仕掛けないようにしてください。
相手は主である巫を喰らった妖ですからね、くれぐれも油断無きよう」
「筆頭、東へはどう向かいましょう。
間隔をあけて二手に分かれた方が効率は良いでしょうが未知の相手ですし……
いや、臆しているわけではございません、ええそうですとも」
「神を名乗っていると言っても所詮は蛙の妖、恐るるに足らず。
と言いたいところですが油断をするとろくなことが無いのも事実。
ここは視界の通る範囲で行動することにしましょう。
さすが慎重派の臣人さん、私はどうも猪突猛進なところがありますからね」
「いえいえ、筆頭の実力を考えたら敵ではないと考えます。
しかしこれだけの包囲網、すぐに見つかるはずですし急ぎ過ぎる必要もないかと」
こんな風に四宮臣人と簡単な打ち合わせをしてからそれぞれ呼士の背に乗り櫛田家の玄関先から飛び立った。可憐で凛とした女流剣客の真宵と対称的に、臣人の呼士である縁丸の出で立ちは無骨な剣客である。その背に白髪交じりの五十男が乗っている姿はどこかユーモラスだ。
だが八早月はそんなことを口にすることなく心の中に留め置いた。それなのに、同じことを感じたのだろう、藻は八早月の頭の中であれこれと感想を述べてうるさくて仕方ない。
「わかりましたから藻さんは索敵に集中してください。
なんとしても私が一番先に見つけたいのですから」
『主様がこんなにやる気を出すなんて、なにか事情があるのですか?
今更手柄に興味があるとも思えませんし、まして恨み辛みで動くはずもない。
真宵殿はなにか心当たりがございますか?』
『いいえ、私には心当たりがございません。
八早月様がこれほど熱心なのは珍しく、どうしたことかと思っております。
よろしければ理由をお聞かせ願えますか?』
「そう改まって聞かれると言いづらいのだけれど、一つは相手がガマと言うこと。
この八岐大蛇様にお護り頂いている土地に踏み入れたことは断じて許しがたい。
それともう一つは綾乃さんにいい報告がしたいのです、邪な考えで恥ずかしい限りですが……」
『なるほど、前者は私も同じことを思っておりました。
しかしご学友に良いところを見せたいとは、八早月様も変わられましたね。
年頃の少女らしい一面が見られて嬉しゅうございます』
『ほんに愛いですのう、強大な力を持つ主様もやはり年頃の女子。
そう言った面を持っていて当然でございますからね、恥じることはございませぬ』
「かと言ってお役目であることを第一に考え疎かにしているつもりはありません。
先日のような騒ぎで近隣の自然神たちに被害が出ても困りますからね。
なるべく早く討伐してしまいましょう」
珍しくギラギラと輝きやる気に満ち溢れている八早月の瞳には、きっと大妖である多邇具久の姿しか見えていないのだろう。もう豆粒程度に小さく見えている筆頭の小さな姿を見ながら、四宮臣人はそんな風に考えていた。なんとなくあまり良い結果とならないような予感と共に……
八早月が探知していることは他の当主の知るところではない。だからこそ嫌な予感を覚えるのも無理はないと言える。そしてそんな他の当主たちを差し置いて、八早月は真っ先に多邇具久を発見し、一足先に討伐してしまうつもりだった。
だが――
「おかしいですね、先ほど気配を絶ってから一度も反応がありません。
まさか息をひそめて動かずにいれば、私たちが探索を諦めるとでも思っているのでしょうか」
『確かに解せませぬ、私にもなにも感じられません。
まさかごく普通の蛙に化けることができ、その姿で移動しているということは?
いや、もしそうだとしても蛙になるのも妖の力、探知できないはずもない、か』
真宵の力をなるべく削がないよう、姿を現さず最小限の力を用いている藻が、やはり不思議そうに答えた。もちろん真宵も同意見ではあるのだが、先走る主のことを鑑みると早々に見つからなくてホッとした面があるのも事実だ。
普段は冷静沈着でまるで何十年も生きてきた老獪さすら感じさせる八早月も、学友がそばにいるだけでこうも年相応の行動をするのか。真宵は背中に僅かな重みを感じながら、嬉しさ半分心配半分だなと心の中でつぶやき苦笑していた。
こうして探索は思ったよりも困難を極め、結局辺りが白んで来たところでいったん中断することとなった。八早月たちが再び櫛田家に集まった時には、綾乃やジャガガンニヅムカムはおろか家人を含む全員が就寝済みだったのは言うまでもない。
次の探索は夕方からと言うことになり、八早月は数時間後に迫る登校に備えて早々に床へ入ったのだが、どうにもはらわたが煮えくり返る思いで眠れない。それを心配する真宵と藻はこの場に留まりたかったのだが、多邇具久が見つかっていないこの状況では他にやることがある。
「それではお二人ともお願いしますね。
誠に悔しいですが私はさすがに一眠りしなければなりませんから」
『はい…… 私共へ任せて八早月様はしっかりと休息なさってくださいませ。
必ずや八早月様の眼前に多邇具久めを引きずり出しましょう』
「その時はすぐに呼んでください、必ずですよ?
ふわぁ、これで安心して眠れます、それではおやすみなさい」
少し歳の離れた姉二人に見守られ、さらに白蛇の巳女による癒しの効果ですんなりと眠りにつく八早月だが眠れる時間は本当に僅か一時間程度である。さすがに朝の鍛錬は休むとは言え、綾乃もいるのに学校を休むわけにはいかない。
こうして筆頭当主である八早月をはじめとする面々は、日中の探索を呼士達へと任せしばしの休息を取る。基本的に妖は夜に行動することが多いため、今のうちに英気を養なっておき夜に備えると言うわけだ。
だが、八早月が授業中うとうとしながら日中を過ごし、ようやく帰宅した時点でも、まだ多邇具久は見つかっていなかった。
なぜならば、つい先ほど八早月の持つ探知の力によって、八畑山から見てほぼ真東の方角に強めの気配が感じ取れたからである。とは言ってもその直後、敵は身を潜めたのか気配を消してしまっていた。それでも大体の場所はわかったのだから発見に時間はかからないだろう。
八早月はそう考えこっそりと真宵へと伝えた。同時に探知の力を持つ藻へも助力を要請し準備万端である。
「それでは出発しましょう。
発見したものは速やかに連絡しむやみに仕掛けないようにしてください。
相手は主である巫を喰らった妖ですからね、くれぐれも油断無きよう」
「筆頭、東へはどう向かいましょう。
間隔をあけて二手に分かれた方が効率は良いでしょうが未知の相手ですし……
いや、臆しているわけではございません、ええそうですとも」
「神を名乗っていると言っても所詮は蛙の妖、恐るるに足らず。
と言いたいところですが油断をするとろくなことが無いのも事実。
ここは視界の通る範囲で行動することにしましょう。
さすが慎重派の臣人さん、私はどうも猪突猛進なところがありますからね」
「いえいえ、筆頭の実力を考えたら敵ではないと考えます。
しかしこれだけの包囲網、すぐに見つかるはずですし急ぎ過ぎる必要もないかと」
こんな風に四宮臣人と簡単な打ち合わせをしてからそれぞれ呼士の背に乗り櫛田家の玄関先から飛び立った。可憐で凛とした女流剣客の真宵と対称的に、臣人の呼士である縁丸の出で立ちは無骨な剣客である。その背に白髪交じりの五十男が乗っている姿はどこかユーモラスだ。
だが八早月はそんなことを口にすることなく心の中に留め置いた。それなのに、同じことを感じたのだろう、藻は八早月の頭の中であれこれと感想を述べてうるさくて仕方ない。
「わかりましたから藻さんは索敵に集中してください。
なんとしても私が一番先に見つけたいのですから」
『主様がこんなにやる気を出すなんて、なにか事情があるのですか?
今更手柄に興味があるとも思えませんし、まして恨み辛みで動くはずもない。
真宵殿はなにか心当たりがございますか?』
『いいえ、私には心当たりがございません。
八早月様がこれほど熱心なのは珍しく、どうしたことかと思っております。
よろしければ理由をお聞かせ願えますか?』
「そう改まって聞かれると言いづらいのだけれど、一つは相手がガマと言うこと。
この八岐大蛇様にお護り頂いている土地に踏み入れたことは断じて許しがたい。
それともう一つは綾乃さんにいい報告がしたいのです、邪な考えで恥ずかしい限りですが……」
『なるほど、前者は私も同じことを思っておりました。
しかしご学友に良いところを見せたいとは、八早月様も変わられましたね。
年頃の少女らしい一面が見られて嬉しゅうございます』
『ほんに愛いですのう、強大な力を持つ主様もやはり年頃の女子。
そう言った面を持っていて当然でございますからね、恥じることはございませぬ』
「かと言ってお役目であることを第一に考え疎かにしているつもりはありません。
先日のような騒ぎで近隣の自然神たちに被害が出ても困りますからね。
なるべく早く討伐してしまいましょう」
珍しくギラギラと輝きやる気に満ち溢れている八早月の瞳には、きっと大妖である多邇具久の姿しか見えていないのだろう。もう豆粒程度に小さく見えている筆頭の小さな姿を見ながら、四宮臣人はそんな風に考えていた。なんとなくあまり良い結果とならないような予感と共に……
八早月が探知していることは他の当主の知るところではない。だからこそ嫌な予感を覚えるのも無理はないと言える。そしてそんな他の当主たちを差し置いて、八早月は真っ先に多邇具久を発見し、一足先に討伐してしまうつもりだった。
だが――
「おかしいですね、先ほど気配を絶ってから一度も反応がありません。
まさか息をひそめて動かずにいれば、私たちが探索を諦めるとでも思っているのでしょうか」
『確かに解せませぬ、私にもなにも感じられません。
まさかごく普通の蛙に化けることができ、その姿で移動しているということは?
いや、もしそうだとしても蛙になるのも妖の力、探知できないはずもない、か』
真宵の力をなるべく削がないよう、姿を現さず最小限の力を用いている藻が、やはり不思議そうに答えた。もちろん真宵も同意見ではあるのだが、先走る主のことを鑑みると早々に見つからなくてホッとした面があるのも事実だ。
普段は冷静沈着でまるで何十年も生きてきた老獪さすら感じさせる八早月も、学友がそばにいるだけでこうも年相応の行動をするのか。真宵は背中に僅かな重みを感じながら、嬉しさ半分心配半分だなと心の中でつぶやき苦笑していた。
こうして探索は思ったよりも困難を極め、結局辺りが白んで来たところでいったん中断することとなった。八早月たちが再び櫛田家に集まった時には、綾乃やジャガガンニヅムカムはおろか家人を含む全員が就寝済みだったのは言うまでもない。
次の探索は夕方からと言うことになり、八早月は数時間後に迫る登校に備えて早々に床へ入ったのだが、どうにもはらわたが煮えくり返る思いで眠れない。それを心配する真宵と藻はこの場に留まりたかったのだが、多邇具久が見つかっていないこの状況では他にやることがある。
「それではお二人ともお願いしますね。
誠に悔しいですが私はさすがに一眠りしなければなりませんから」
『はい…… 私共へ任せて八早月様はしっかりと休息なさってくださいませ。
必ずや八早月様の眼前に多邇具久めを引きずり出しましょう』
「その時はすぐに呼んでください、必ずですよ?
ふわぁ、これで安心して眠れます、それではおやすみなさい」
少し歳の離れた姉二人に見守られ、さらに白蛇の巳女による癒しの効果ですんなりと眠りにつく八早月だが眠れる時間は本当に僅か一時間程度である。さすがに朝の鍛錬は休むとは言え、綾乃もいるのに学校を休むわけにはいかない。
こうして筆頭当主である八早月をはじめとする面々は、日中の探索を呼士達へと任せしばしの休息を取る。基本的に妖は夜に行動することが多いため、今のうちに英気を養なっておき夜に備えると言うわけだ。
だが、八早月が授業中うとうとしながら日中を過ごし、ようやく帰宅した時点でも、まだ多邇具久は見つかっていなかった。
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