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第七章 神無月(十月)

162.十月十七日 夕方 大人たちの仕事

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 九遠エネルギーの迎賓棟で優雅にお茶会を楽しんでいた八早月たちだったが、緊急会合が開かれることになったため急遽解散となってしまった。話足りず不満そうな美晴には余ったお菓子を持たせてなだめつつ、八早月は夢路に機嫌を取ってもらうよう頼んだ。

 だがなぜかやる気を出してついて来てしまったのが綾乃である。大した力がなくとも自分も巫なのだし、今後の経験になるからと言って聞かず、母親も八早月と一緒なら何の心配もないと許可を出す始末だ。

「ゴメンね八早月ちゃん、急いでいるのに家に寄ってもらっちゃってさ。
 でもこれで明日の用意も出来たからバッチリだよ」

「いいえ、急にこんなことに巻き込んでごめんなさいね。
 でも絶対危険な目に合わせたりしないから安心してちょうだい」

「うん、もちろん私も足手まといになりたいわけじゃ無いんだからね。
 でもこんな機会そうそうないだろうから少しでも知っておきたくてさ。
 危ないことしてる間はちゃんと家で待ってるから安心して」

 そんなこんなで必要かどうかはさておいて、経験を積みたいと言う言い分に押し切られてしまった八早月と、うまく言いくるめた綾乃はそそくさと車に乗り込み櫛田家へと向かった。


 だが綾乃が期待していたほど事は速やかには進まない。まずは八畑八家と谷潜たにくぐり一族、そしてコロポックルの部族が膝を突き合わせての話し合いが必要だからだ。

 とは言え大人たちの話が終わるまでにそれほど時間はかからなかった。要は今回の多邇具久たにぐく討伐を正式な依頼として請け負うと言うことが着地点である。そしてそこには非正規の依頼料が発生することになり、その金額や分担について取り決めを交わすと言うことだ。

 谷潜神社としては担当部署に顛末を知られいろいろ追及されるのは困る。なぜならば、妖討伐の家系には公にされていないだけでかなりの額の公金が注がれており、それは家系が絶えない限り続く。例え力の継承がうまく行かず役目を果たせなくなったとしても、だ。

 谷潜家のそんな打算的な事情も絡み、今回の件に関して相応の額が動くことが決まった。話し合いの中でわざわざ口には出さないが、もちろん口止め料の意味も込められた密約である。


「ねえ八早月ちゃん、一族の長なのにこんなところでおやつ食べてていいの?
 今頃は討伐の作戦立てたりしているんじゃない?」

「いいえ綾乃さん、心配には及ばないわ。
 今頃はきっと全員で顔を突き合わせてそろばんをはじいているところよ?
 私では社会経験が少ないからそういう話は大人に任せていて出番がないわ」

「へえ、そりゃ当然慈善事業ってわけじゃないしそう言うものなのかぁ。
 ジャガ君は後で怒られたりしないの?
 もっとうまくまとめられなかったのかーとかさ」

「俺にそんな力はないってことくらい長は重々承知してるさ。
 今回多邇具久を追うよう命じられだのだって代わりがいないからだしな。
 コロポックルだって所詮は人間、巫の力を持っている奴は限られているんだぜ?」

「でもコロポックルの世界にだって他の村や街もあるんでしょ?
 そっちに助けを求めることも出来たんじゃない?」

「そりゃダメだ、集落間の力関係ってもんがあるからな。
 そうそう弱みを見せるわけにはいかないってわかんないかなー」

「そんなこと言いながら、結局八早月ちゃんに泣きついたくせに。
 強がりばかり言ってちゃ女の子にモテないよ?」

 いくら年が上だと言っても十代女子に口で太刀打ちできるはずもなく、ジャガガンニヅムカムは綾乃にあっさりとやり込められていた。そうこうしている間に大人たちの話し合いはまとまったようで、櫛田家の客間から初崎宿が出てきて八早月へ声をかける。

「筆頭、お待たせして申し訳ございません。
 話はまとまりましたので早速討伐に向けて策を練ろうと思います。
 それとつい先ほど六田の家から櫻殿へ連絡が有り、分校を見ている気配があったとのこと」

「それはあまり良くない兆候ですね。
 力の無いわっぱたちの身に何かあっては取り返しがつきません」

「はい、すでに櫻殿とドロシー殿で迎えに行ってもらいました。
 今多邇具久がどこに潜んでいるのかまでわかれば早めに片付くのですがね。
 半人半妖となって知能も高いと思われますから容易に行かぬかもしれません」

「初崎殿、俺が追ってきた北側には網を張ってあるのでかかればすぐにわかる。
 今のところ何の反応もないし、俺からそう離れることもないはずだ。
 なんてったって俺のことも喰おうとしているんだからな」

 ジャガガンニヅムカムのその言葉に場は凍りつくかに思えた。しかし八早月と宿は大きなため息を吐き呆れたような顔で偉そうにしている小人の前へとしゃがみ込む。

「なるほど、どうやってここまで誘導してきたのか不思議でしたが謎が解けました。
 つまりあなたは自分を餌に巫の気配の強いところへ引っ張って来たわけですね。
 まあそれはよろしい、もし結界に異常が発生したらすぐに知らせるのですよ?」

「も、もちろんだ、俺だって早く片付いてくれないと困る。
 でもとりあえずこの山にいれば安全なんだよな?」

「ええ、八畑山全域には八岐大蛇ヤマタノオロチ様の結界が張られていますからね。
 しかしあなたも一度は立ち向かったのではありませんか?
 少しくらい怪我をしたからと言ってそれほど弱気になるとは情けない」

「いや違うんだ、本当はガマ使いの巫として封印し常世へ返すつもりだったんだ。
 それなのに術がまったく聞かなくてなあ…… 結局ふっとばされたってわけ。
 もう奴の動向を探る助力くらいしか俺に出来ることはないんだよ」

「それでもあなたを追ってくると言うことは少なからず脅威に感じているのでは?
 だったら囮くらいにはなるでしょうから一緒に来てもらいましょうか。
 綾乃さん、行きましょう」

 じたばたと手足を振り回しもがくジャガガンニヅムカムを握りしめながら八早月は自分の部屋へと向かう。それを見ながら綾乃はなんだが楽しそうについていく。

「ではお二人はここで待っていてくださいね。
 お母さまへは説明しておきますから、なにか必要なものがある場合は遠慮せずなんでも言って下さい」

「なんだ本当に連れて行かれるのかと思ってビクビクしたぜ。
 稲荷の巫女と留守番してればいいんだな?」

「ジャガ君がなにかに気付いたら私が八早月ちゃんへ連絡すればいいのね。
 もしかしたらモコの出番があるかもしれないよ?」

「けっ、俺はこの里のもんじゃねえんだから協力するいわれはねえよ。
 でもそうすることで主の株が上がるならやってやらないこともないけどな」

「うんうん、モコが頑張ると私が褒めてもらえるんだからさ。
 期待してるよ、よろしくね」

 八早月たちが部屋で打ち合わせをしているうちに初崎宿たちでも作戦がまとまったようだ。パタパタと廊下を歩き近づいてくる音が聞こえてきた。

「筆頭、失礼します。
 振り分けが決まりましたので早速追い込みにかかりましょう。
 先ほど聖から聡明殿へ連絡が有り、予備校からの帰り道に気配を感じたとのこと。
 奴はおそらくこちらを目指していると考えられます」

「それならそれで探す手間が省けて好都合ですね。
 聖がどの方面から帰ってきているのかわかりませんが 予想経路はやはり北からでしょうか」

「聖の話だとほぼ真東のようですね。
 我々は三方へ別れ北東、東、南東へ向かうのが無難でしょうな」

「もちろん私は東ですね? こんな面白そうな、いや強大な相手ですからね。
 筆頭である私が楽をするなど許されません、任せてください」

「―― いや、そう言うと思いましたがね…… ちゃんとそうしてますから……
 櫻殿とドロシー殿は引き続き童のいる家で警戒を続けてもらうことにしました。
 僕とあたる殿が北東、聡明殿と耕太郎殿が南東――」

「私と臣人さんが東と言うわけですね。
 ではさっさと片付けてしまいましょうか。
 神格に匹敵する力を得たとは言え所詮はガマ、八岐大蛇様の敵ではありません」

 それを聞いたジャガガンニヅムカムはヒィと小さな声を上げた。谷潜神社との関係を考えてもわかるように、ジャガガンニヅムカムの家系は蛙の妖を口寄せにて呼び出し育ててから谷潜神社の巫へと受け渡すのが役目なのだ。

 そんな生い立ちであるため蛙との関係性は深く愛着もある。しかし蛙と蛇の相性が悪いのは子供でも知っていること。八畑村へやって来てからずっと尻のすわりが悪いのはそのせいだったのかと今更ながらに感じていた。
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