限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第八章 霜月(十一月)

169.十一月一日 朝 寒さ本番

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 十一月に入りいよいよ寒さも本格的になってきたと感じる朝、八早月はいつもと同じように半着に袴という薄着姿で庭に出ていた。顔を洗っているときはさすがに寒いが、動き出してしまえば体は熱く火照ってくるので問題はない。

 とは言え――

「八早月様、やはりもう綿入れを着た方がいいのではありませんか?
 鍛錬を始めて体が温まったところで脱げば良いのですし」

「いいえ真宵さん、そんなどうせすぐに脱ぐ物を今着ても仕方ありません。
 冷え切ってしまう前に体を動かせば良いのですからご心配には及びません」

 冬になればこうしていつぞや同様のやり取りを繰り返す毎日である。と言っても寒いものは寒いはず。それを見越して昨晩のうちに下女の房枝が綿入れを用意し、八早月の部屋を出たところにかけてあるのだ。

 だが確かに動き始めればすぐに汗がにじんでくる程度に体は温まり、辺りが明るくなり始め山歩きへ出るころには薄着で充分になっていた。山道は陽の当たらない箇所も多く、早くも所々で霜柱を見つけることもある。八早月はそれを見つけるとサクサクと踏みつけるのが好きだった。

 そのせいで、学校へも履いて行っている運動靴は泥だらけになってしまったのだが、朝の鍛錬を終え朝食をとっている間にすっかりきれいに手入れがなされていた。八早月は半ばあきらめ汚れた運動靴で出かける気だったのだが、どうやら玉枝が見かねて泥を落としてくれたらしい。


『今年は寒くなるのが早いのでしょうか、例年よりも霜柱が多い気がします。
 私としては楽しいので歓迎ですが、つい羽目を外し過ぎたせいで玉枝さんに余計な仕事を増やしてしまいました』

『左様でございますね、朝から表での水仕事とは頭が下がります。
 八早月様ももう童女わらわめではないのですから加減を覚えてくださいませ』

 車に乗り込み学校へ向かいながら小言を始めた真宵の言うことはもっともで、朝っぱらから玉枝に迷惑をかけてしまった八早月にとっては耳の痛い話だった。これは謝罪ついでになにかお礼をしなければ気が収まらない。

『こう冷えてくると房枝さんたちは寒さが堪えるでしょうね。
 家の中も案外寒いですし、なにか暖まる方法があればいいのですが……』

『なぜ玄関先の囲炉裏を使わないのですか?
 もう八早月様も大きくなられたのですし危険はないと思いますが』

 確かに八早月が二歳前後の頃まではまだ囲炉裏を使っていたのだが、落ち着きの無かった八早月が何度も灰の中へ落ちたこともあり、当時はまだ当主として家の中で大手を振っていた道八が蓋をして板の間にしてしまったのだ。

 ちなみに三年前に台風で玄関扉が破壊されたため、この古民家で唯一玄関だけにアルミサッシが使われている。旧来からあまり手の入っていない櫛田家の中で、この玄関先の茶の間だけがやや現代風と言うわけだ。

 真宵はもうその頃から八早月の周囲に漂っていたため、囲炉裏に落ちた八早月のことを知っていて口にしたのだが、八早月はそんな事実はなかったものとしているかのように知らん顔をして会話を続けた。

『そうね、でも囲炉裏は普段の手入れも大変だし、仕事を増やすだけになりそう。
 お二人には動きやすくて温かな作業着でも探してみようかしら。
 モコモコした綿入れを着ていたら動きにくくて敵わないでしょう?』

『かと言って八早月様まで綿入れを着ない理由にはなりません。
 体調を崩してからでは遅いですし、健康を保つのも勤めのうちでしょう』

『もちろん私も寒さが好きなわけではありません。
 しかし抗えないものは受け入れるしかないのですよ?
 まさか巫の力で冬を春にできるわけで無し……
 ―― そう言えばここにもうひと方、寒さをものともしない御仁がおりましたね』

 八早月は思い出したかのように前を向きなおす。その御仁とは現在運転中で暇ではない男、バイク乗りの板倉英治である。

「ねえ板倉さん、冬でもオートバイに乗って寒くないのかしら?
 なにか防寒の秘訣や衣類があるなら教えて下さいませんか?」

「藪から棒にどうしたんです? さすがに薄着過ぎて寒くなってきやしたか?
 お嬢はやせ我慢が好きですからねえ、キキキッ」

「ま、おかしな笑い方して! 
 私ではなく房枝さんと玉枝さんに贈ろうと思い伺ったのですよ?
 家仕事の邪魔にならないような薄手のもので暖かなら喜んでもらえるでしょう?」

「さいですね、実はそんなすごい秘密ってわけでもないんですがね?
 体温を閉じ込めるような薄手の肌着があるんですよ。
 お任せいただければお嬢が勉学に励んでる間に買いに行ってきやすぜ」

「まあ、そんな簡単に手に入るものなのですね。
 さすがは板倉さんです、お二人とご自身の分に洗い替えもお願いします」

「ええっ、私の分もですか? いえいえ今年買ったばかりなんで大丈夫ですよ。
 それよりお嬢自身の分はいいんですかい?」

「私は動いて暑くなったらすぐ脱げるようなものがいいの。
 綿入れみたいに厚ぼったくないのがあるなら見繕っていただきたいですね。
 でも学校に来ていかれるようなものでなくてはいけませんよ?」

 八早月は、板倉が休みの日に出掛ける際着ていくような、派手な模様が入っていて英字のワッペンが沢山ついた上着を想像しながら注文を出した。だが板倉もそれくらいは想定の範囲らしい。

「私も大昔は中高生やってましたからそれくらい承知しております。
 ちゃんとお嬢に似合そうなものを探してきますからご心配なく。
 本日の帰りももいつもと同じくらいでしょうかね?」

「ええ、六限までありますから時間はいつも通りです。
 どこまで行くのかわかりませんが、無理せず安全運転でお願いしますよ?」

 意外にあっけなく希望が叶いそうで八早月は朝から上機嫌になった。そして学園への道のりも半分を過ぎて隣村である近名井村を抜ける辺りで異変は起きた。

「板倉さんのお蔭できっと房枝さんたちも寒さが和らぐでしょうね。
 本当に助かりました」

『サムイ…… サムイノ……』

「いえいえ、なんてことない話ですからいつでもお気軽におっしゃってください。
 お嬢よりも長く生きてる分くらいは役に立てると思いやすぜ」

『サムイヨ…… サムイ……』

「ん? 板倉さん、の声ではありませんね?」

「どうかしやしたか? 寒いなら暖房強くしますけどどうしますか?」

『サムイ…… サムイヨ……』

「いいえ大丈夫よ、板倉さんにはなにか聞こえましたか?」

「お嬢が寒いって言ったような気がしたもんで。
 空耳みたいですね、すんません」

 だが八早月は空耳でないことをわかっていた。現段階で妖かどうかまではわからないが、現世に有らざる者の声であることは間違いない。すぐさま真宵とみくずに命じ、周囲の探索を始めた。

 そして例によって置いてきぼりを喰らった巳女みめは、珍しく八早月の膝に乗り落ち込んでいる様子をありありと見せるのだった。
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