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九夜 死霊の迷霧(めいむ)
九夜 死霊の迷霧 15
しおりを挟む「ぼく、死霊といっしょに寝るのって、はじめてだ」
明け方近く、舜は、一条と共にベッドに入り、まじまじとその顔を覗き込んだ。
子供、というのは、珍しいものには何でも興味を持つのである。
しかも、舜の場合、死霊とは恐ろしいものである、という一般的な先入観もないため、この一時をただ、愉しんでいるだけだったり、する。
「……ぼくは、自分が死んでしまったことを、認めたくなかったんだ」
一条は言った。
黄帝に成仏をすすめられ、自分が死霊であることを隠しておくことも出来なかったので、今、こういう状況になっている訳である。
「それでも、一年も経つと、どうしても認めない訳にはいかなくなって……。それを認めようとすると、今度は、『どうしてぼくが死ななきゃならないんだ』『ぼくはまだ何も、自分のしたいことをしていないじゃないか』って、色々な心残りが蘇って来て、その思いのままに、地上にしがみついて……。それで、滝をぼくのものにしよう、と思って……」
滝を手に入れるためには、殺して、一条との間にある、生と死の壁を取り除く他、方法がなかったのだ。
「ふーん」
舜は、他人事のように――いや、他人事なのだが、その話を聞いていた。
「滝は、ずっとアメリカで暮らしていて、ぼくが死んだことも知らなかったから――だから、ここまで連れて来て、あの時、君が見たように、彼を崖から突き落として、殺そうと思ってたんだ」
やっぱり殺そうとしてたんじゃないか、と舜は言いたくなったが、まあ、それは最初から判っていたことなので、後で黄帝にだけ文句を言ってやる、と決めて、
「ぼく、自分を殺した奴と、仲良くしたくない」
何しろ、いつも怪我を負わされている黄帝とも、仲良くしたくないくらいである。
「……そうだな。だけど、ぼくには、そんなことも判らなくなっていたんだ」
そんな簡単なことさえも。
「今も、その人、殺したい?」
舜は訊いた。
「さあ……。よく判らない。――でも、成仏できてない、ってことは、殺したいのかも知れない」
「じゃあ、代わりに、ぼくのとーさま、連れて行ってもいいよ」
「へ……?」
「ぼく、かーさまだけでいいもん」
ここまで息子に嫌われてしまう父親も、父親である。
まあ、今までのことからして、それも無理のないことなのだろうが。
「……あの方は、厳しい方みたいだね」
一条は言った。
「いつも、ぼくのこと、イジメる。今日だって、ぼくを突き落としたりしたし――」
おや、いつの間にか、黄帝に突き落とされてしまったことになっている。
一条がそれを信じたかどうかは判らないが、一応、ギョっ、と目を見開いてから、
「……君が落ちて来てくれたお陰で、ぼくは滝を殺さずに済んだんだ」
と、静かに言った。
「でも、ものすごぉく、いたかった」
まあ、それはそうだろう。リュックの上に落ちたとはいえ、普通なら、死んでいて当然の怪我だったのだ。骨は折れ、多分、内臓も潰れていた。
「変わってるな……君の家族は。ぼくが想像してた吸血鬼とは、全然違う」
だが、こんな吸血鬼がいたら、楽しいかも知れない。――いや、実際にこうして目の前にいるのだが。
「街にいない?」
「ああ、いない。逢えて良かった。滝にも……逢わせてやりたかった。――まあ、死霊に取り憑かれただけでも、凄いかな」
一条は、そう言って、知らず知らずの内に、笑っていた。
確かに一条は、笑っていたのだ。
死霊になって、まだ笑えることが、不思議だった。
「ぼくのとーさま、嫌いじゃない?」
ぐっ、と詰め寄るようにして、舜は訊いた。
「ん? どうして?」
「だって、おじさんを見殺しにしたもん」
黄帝が見つけた時には、一条はまだ生きていたはずなのだ。
それに――話は変わるが、一条としては、『おじさん』ではなく、せめて『おにーさん』と呼んで欲しい。
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