152 / 967
リレーするキスのパズルピース
同僚と恋人/8
しおりを挟む
デジタル頭脳ではきっちりカウント済み。蓮の天使のように綺麗な顔は怒りで歪み、気まずそうに咳払いをして、こっちもこっちで言い返した。
「んんっ! わからないから答えられない」
本人がわからない以上追求するわけにもいかず、光命は相づちを打ち、別の質問を投げかけた。
「そうですか。他には何か思うところはありましたか?」
夕闇が広がり始めた店外に、ランプのオレンジ色の炎が一斉に灯った。2人の頬をユラユラと影を低く高くしながら照らす。
「お前が他のやつに、悪戯しているのを見たことがあった」
手首につけた香水をかいで、様々な香りのシンフォニーに身を委ね、光命は否定もせず疑問形。
「どのような内容ですか?」
「言葉をすり替えていた。相手が混乱するような言葉をわざと次々に言って、相手が戸惑っている内に、自分が決めると言って、取り消しはできないと約束させて、いつも相手を自分の思った通りに罠にはめていた」
策という鎖でぐるぐる巻きにした上に、突き落とすような冷血無情な罠。それなのに、くすくすと笑いもせずに、優雅に微笑んでいる光命。彼はおどけた感じで、こんな言葉を口にした。
「おや? そちらを見られていたとは知りませんでしたよ」
「いつも見ていた。そして、最後に光は、その人間が望んでいることを叶えてやっていた。プレゼントをしたり、相手を思いやる言葉を投げかけたりだ」
人が幸せになることをするためにしていることであって、決して自分ひとりが楽しむためにしていることではなかった。神経質な指先は、夜色と交わるオレンジの光を、ティーカップの縁でなぞる。
「他には何かありますか?」
「話したいと思った」
「えぇ」
「だから、お前に話そうとしたら、お前が先に話しかけてきた」
ここまで、同僚同士の普通の話だった。行きつけのカフェにきて、お互いの好きな飲み物を注文して、潮騒という癒しの中で、語る昔話。だが、次の光命の言葉で今までの会話が何だったのかが、明らかになった。
「えぇ、あなたの視線がいつも私に向かってきていましたからね、私に気があるのだと以前から知っていましたよ」
さっきからの会話のオチがやってきて、テーブルの端で黙って聞いていたサボテンが笑い声をもらした気がした。
「……………………」
動きもしない銀の長い前髪の前で、光命はくすりと笑った。悪戯が成功したために。
「返事がないということは、今頃気づいたと思っている……という可能性が99.99%」
蓮は組んでいた両腕をといて、手でテーブルの上を力任せにバンと叩いた。
「なぜ、お前らは嘘をつく? さっき、見られていたと知らないと言っていた」
テーブルごと全てを切り刻みそうな鋭利なスミレ色の瞳は、怒りでプルプルと揺れていた。
中性的な唇につけられたティーカップが、ソーサーという玉座にカチャッと戻ってきた。光命は頬杖をついて、自分の思惑通り怒って、きちんと反応している相手を、楽しげに見つめた。
「策士は罠を成功させるためならば、どのような嘘でもつきます。ですから、孔明も月も焉貴も、必要ならば嘘をつくのです」
全てを洗い流すように、コップに入った水を一気に飲み込んだ。蓮は怒りを収め、ナプキンで綺麗に口元を拭いて、態度デカデカでこんなことを言う。
「いい。許してやる」
サファイアブルーの宝石がついた指輪は、中性的な唇に口づけさせられ、くすくすという笑い声を間近で聞かされた。
「おかしな人ですね、あなたは。許しは誰も乞うていません」
「んんっ! お前もあれと同じことを言うとはどういうつもりだ!」
気まずそうに咳払いをした蓮の人差し指は勢いよく、テーブルの向こうで笑っている男に突きつけられた。
あれ。それが誰かわかるふたり。急にまわりから切り取られてしまったような世界で見つめ合う。冷静な水色の瞳と鋭利なスミレ色のそれは。あれの面影をそれぞれの脳裏に浮かべながら奏でられる、共有という五線譜の和音のような絶妙な交響曲。
やがて、光命の唇が結婚指輪に軽く触れて、目の前にいる男に言葉を返した。
「私と彼女は似ているのですから、仕方がないではありませんか」
「……………………」
あれとこの男は似ている。何とも言い返せない理由。蓮は組んでいた足をといて、気まずそうに視線を外へ向けた。
ピンクとオレンジと紫が混じった夕闇の幻想的な空。こんな綺麗な色にも気づかないほど、必死で生きてきた、あの女の長い髪が、どこかずれている瞳が、まるですぐ後ろで背中合わせで立っているように近く感じた。
しばらく黙り込んだ光命と蓮。彼らのまわりには様々な音が、あれのいない空間で響いていた。食器のぶつかる音。他の客の話し声。打ち寄せる波音。店内に流れるBGM。
「んんっ! わからないから答えられない」
本人がわからない以上追求するわけにもいかず、光命は相づちを打ち、別の質問を投げかけた。
「そうですか。他には何か思うところはありましたか?」
夕闇が広がり始めた店外に、ランプのオレンジ色の炎が一斉に灯った。2人の頬をユラユラと影を低く高くしながら照らす。
「お前が他のやつに、悪戯しているのを見たことがあった」
手首につけた香水をかいで、様々な香りのシンフォニーに身を委ね、光命は否定もせず疑問形。
「どのような内容ですか?」
「言葉をすり替えていた。相手が混乱するような言葉をわざと次々に言って、相手が戸惑っている内に、自分が決めると言って、取り消しはできないと約束させて、いつも相手を自分の思った通りに罠にはめていた」
策という鎖でぐるぐる巻きにした上に、突き落とすような冷血無情な罠。それなのに、くすくすと笑いもせずに、優雅に微笑んでいる光命。彼はおどけた感じで、こんな言葉を口にした。
「おや? そちらを見られていたとは知りませんでしたよ」
「いつも見ていた。そして、最後に光は、その人間が望んでいることを叶えてやっていた。プレゼントをしたり、相手を思いやる言葉を投げかけたりだ」
人が幸せになることをするためにしていることであって、決して自分ひとりが楽しむためにしていることではなかった。神経質な指先は、夜色と交わるオレンジの光を、ティーカップの縁でなぞる。
「他には何かありますか?」
「話したいと思った」
「えぇ」
「だから、お前に話そうとしたら、お前が先に話しかけてきた」
ここまで、同僚同士の普通の話だった。行きつけのカフェにきて、お互いの好きな飲み物を注文して、潮騒という癒しの中で、語る昔話。だが、次の光命の言葉で今までの会話が何だったのかが、明らかになった。
「えぇ、あなたの視線がいつも私に向かってきていましたからね、私に気があるのだと以前から知っていましたよ」
さっきからの会話のオチがやってきて、テーブルの端で黙って聞いていたサボテンが笑い声をもらした気がした。
「……………………」
動きもしない銀の長い前髪の前で、光命はくすりと笑った。悪戯が成功したために。
「返事がないということは、今頃気づいたと思っている……という可能性が99.99%」
蓮は組んでいた両腕をといて、手でテーブルの上を力任せにバンと叩いた。
「なぜ、お前らは嘘をつく? さっき、見られていたと知らないと言っていた」
テーブルごと全てを切り刻みそうな鋭利なスミレ色の瞳は、怒りでプルプルと揺れていた。
中性的な唇につけられたティーカップが、ソーサーという玉座にカチャッと戻ってきた。光命は頬杖をついて、自分の思惑通り怒って、きちんと反応している相手を、楽しげに見つめた。
「策士は罠を成功させるためならば、どのような嘘でもつきます。ですから、孔明も月も焉貴も、必要ならば嘘をつくのです」
全てを洗い流すように、コップに入った水を一気に飲み込んだ。蓮は怒りを収め、ナプキンで綺麗に口元を拭いて、態度デカデカでこんなことを言う。
「いい。許してやる」
サファイアブルーの宝石がついた指輪は、中性的な唇に口づけさせられ、くすくすという笑い声を間近で聞かされた。
「おかしな人ですね、あなたは。許しは誰も乞うていません」
「んんっ! お前もあれと同じことを言うとはどういうつもりだ!」
気まずそうに咳払いをした蓮の人差し指は勢いよく、テーブルの向こうで笑っている男に突きつけられた。
あれ。それが誰かわかるふたり。急にまわりから切り取られてしまったような世界で見つめ合う。冷静な水色の瞳と鋭利なスミレ色のそれは。あれの面影をそれぞれの脳裏に浮かべながら奏でられる、共有という五線譜の和音のような絶妙な交響曲。
やがて、光命の唇が結婚指輪に軽く触れて、目の前にいる男に言葉を返した。
「私と彼女は似ているのですから、仕方がないではありませんか」
「……………………」
あれとこの男は似ている。何とも言い返せない理由。蓮は組んでいた足をといて、気まずそうに視線を外へ向けた。
ピンクとオレンジと紫が混じった夕闇の幻想的な空。こんな綺麗な色にも気づかないほど、必死で生きてきた、あの女の長い髪が、どこかずれている瞳が、まるですぐ後ろで背中合わせで立っているように近く感じた。
しばらく黙り込んだ光命と蓮。彼らのまわりには様々な音が、あれのいない空間で響いていた。食器のぶつかる音。他の客の話し声。打ち寄せる波音。店内に流れるBGM。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!
奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。
ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。
ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる