明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

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心霊探偵はエレガントに〜karma〜

夕闇を翔る死装束/6

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「なに?」

 二、三歩あとずさると、様々な音がキュルキュルとねじれるよう高くなってゆき、景色が猛スピードで巻き戻されていき、ゆっくりになり、通常の速度に戻った。

「どこ?」

 暗い人気のない夜道で、ぼうぼうと伸びている草むらに、瞬の小さな背丈は完全に隠されてしまった。

「ぎゃぁぁぁっっ!!!!」

 視界が不良な中で、濁り切った断末魔が急に響き渡り、

「えぇっ!?」

 瞬が目を大きく見開くと、吹き抜けてゆく風は血生臭かった。

 様々な音と声が高音で渦を巻きながら景色が早送りされ、再び速度がゆっくりになると、真正面に茶色の壁が突然広がった。

「ん、なに?」

 答えるものは誰もおらず、

「きゃぁぁぁっっ!!!!」

 さっきとは違う感じで悲鳴が上がった。しかも、それは何重にも重なり合って聞こえた。瞬の体は空から猛スピードで離れてゆく。

 そのままいくつも記憶が後ろへ向かってなだれ込んでくるように、音と空間が霊の影響に操られていった。

「……して……る……い……ふふ……てよ。……の――」
「……あが……むっ……けで……とう。……まみ――」
「……がよ……たた……すく……その……あ……はは――」

 次々と人の話し声が重なり増えてゆき、瞬を消し去るような轟音ごうおんとなってゆく。耳をふさいでも、それは自身の内から響いていて、どうすることもできず、風船が膨らみすぎて破裂してしまうような緊迫感だったが、不意に静かになった。

 そうして気がつくと、瞬は死装束の女の前に立っていた。さっきと同じ位置――ベルダージュ荘の玄関前に敷かれた石畳の上だった。

「助けて……」

 幽霊からか細い声が聞こえた途端、死装束を着た女の霊はゆらゆらと煙のように消え去ってしまった。

 霊界は心の世界――。

 幼い瞬には防御方法もなく、子供の澄んだ心へ相手の感情が土足で踏み込んできてしまい、柔らかな頬に涙が一粒伝った。

「かなしい……」

 雫を手の甲で拭いながら、

「だれなんだろう?」

 幼い声が夕闇に舞った時、背後から芝生を踏む音をともないながら、優雅な声が切迫した様子で近づいてきた。

「瞬っ!」
「あ、るりちゃん!」

 瞬はほぼ同時に慌てて振り返り、持っていたカゴは地面へと落ちて、中に入っていたイチゴがいくつか石畳の上へ飛び跳ね散らばる。

 走り出そうとする瞬は、瑠璃色の貴族服を着た大人の腕で捕まえられ、軽々と持ち上げられた。

 急に高くなった視界に少しびっくりして、すぐ近くにいた人の名を呼ぶ。

「……せんせい?」
「瑠璃さんは今はまだ眠っていますよ」

 小さな子供を大切に包むようにして、崇剛はひまわり色の髪に神経質な頬を寄せ、瞬の存在をしっかりと感じた。目を閉じて千里眼を使い、瞬に穢れがないか見てゆく。

「そうですね……何もありません。無事でよかったです」

 崇剛の細い手が瞬の柔らかなウェーブ髪を優しくなでながら、先の尖った氷柱のように瞳を鋭くする。

(可能性の導き出し方を間違ったのかもしれない……)

 神父はそう思って、神の御前みまえでするように、小さな子供へ向かって懺悔した。

「間に合いませんでした。私を許してくれますか?」

 心霊現象に出会う前に救いたかったのだ。それなのに、数秒遅れてしまった。ひとつ間違えば、大人とか子供とかは関係なく、尊い存在を守れなかったかもしれない。そう思うと、崇剛は自身を責めるのだ。

「ゆるす……?」

 不思議そうに首を傾げた、瞬の純真無垢なベビーブルーの瞳には、崇剛がダガーをさっき刺した樫の木が映っていた。

 生きている証拠の、小さな鼓動が夕風に混じって、崇剛の耳に届く。

(あなたは純粋で、優しいという傾向が高いです。こちらの話をこれ以上するのは、あなたを逆に苦しませることとなります。ですから、こちらの話は終わりにしましょう)

 すれ違う位置で抱きしめていた瞬を体から少し離し、崇剛は優雅に微笑みながらゆっくりと首を横へ振って、優しさという嘘をついた。

「何でもありませんよ」
「……?」

 そっと地面に下ろされ、自由を取り戻した瞬は目をパチパチしばたかせた。崇剛は優雅に片膝を立ててしゃがみ込み、子供と同じ目線になる。

「何か見ましたか?」
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