上 下
356 / 572

第343話 彼は至る

しおりを挟む
 勇者神アレクリアルの元まで行われるパレードは長く、長く続いた。正直徒歩で行くのはしんどくなる距離だ。しかしミチナガの後に続く騎士たちはそんな疲労などまるで感じない。旗を掲げる手をぶれることなく高々とあげている。

 騎士たちはミチナガを直視することができなかった。自分たちの王の放つオーラに、その輝きに目がくらみそうになった。そんな騎士たちは皆天を仰いでいる。感激のあまり自分たちの瞳から溢れ出した涙を地面に落とさないため、泣きじゃくる騎士だと悟られないために鎧兜の中で声も出さずに涙した。

 その光景はリアルタイムでセキヤ国でも流されていた。皆その姿に感動し喜んでいる。自分たちの王様がここまで至ったのだと感激している。これほどの王の治める国の民になれたことを喜んでいる。

 そんな頃、すでにミチナガの足には限界が来ていた。徒歩で行くなどと言わなければよかったと後悔している。ただでさえ今日の衣装は重たいのに、こんな重い衣装を着て後何キロか歩かなければならないなど苦痛でしかない。

 しかしそれを表に出さず、必死に隠して歩き続けるミチナガの元へ一頭の馬がやって来た。豪華な装飾を施された馬の上にはドルイドの姿がある。どうやらミチナガの疲労を察してどこか人気のない路地裏で馬を用意してくれたらしい。

 しかしミチナガは現れた馬に焦りを見せる。なぜならミチナガは乗馬経験がほとんどない。一度マックたちと旅をしていた時に軽く乗ったくらいだ。その時にあまりにも尻が痛くなってもう乗らないと決めていたが、背に腹は変えられないかもしれない。

 しかしもう一つ問題がある。馬の正しい乗り方を忘れたのだ。そもそもどうやって馬上に上がれば良いかもわからない。それに随分と立派な馬を用意してくれたものだ。ポニーくらいなら簡単に乗れそうなのにこれじゃあまるで乗れる気がしない。

「陛下、僭越ながらお手を…」

「あ…ああ、ありがとうイシュディーン。」

 なんとか気を利かせてくれたイシュディーンに手を借りることで馬に乗ることに成功したミチナガであったが、次の問題が発生した。手綱捌きなどのやり方がまるでわからない。このままイシュディーンに馬を引いてもらおうかと思ったが、突如馬が歩き出した。

 顔色が変わりそうなミチナガに対し、ドルイドはなんてことはないと自ら手綱をさばいて馬を進ませた。使い魔に手綱を任せるというのは如何なものかと思ったが、観衆をちらりと見ると驚きを見せていた。

「あ、あれって精霊だよな…しかも高位の…」

「ま、間違いねぇよ…すげぇ…おとぎ話に出てくる英雄様だ…」

 どうやらかなりウケは良いらしい。ミチナガからしてみれば使い魔なのだが、ドルイドから溢れ出る精霊の力を見た人々は精霊だと認識する。その精霊の中でも森の大精霊を師にもつドルイドは人々の格好の的だ。ミチナガよりも人気がありそうだ。

 そのことに気がついたポチはすぐに連絡を取る。そしてもう二人の使い魔も呼び出した。花の大精霊を師にもつ使い魔のフラワー、草の大精霊を師にもつファーマー。この二人もすでに内包する精霊の力の質は大精霊と同じだ。

 さらに聖霊蜂、そしてナイトたちが救った糸の村の地中で育てていた地喰い芋虫改め、聖霊芋虫も出てきた。糸の村で育ててきた地喰い芋虫はもともと世界樹の葉を食べて育ってきた聖霊芋虫であった。

 しかし世界樹失われた後は糸の村にたまたま来ていた聖霊芋虫が長い年月をかけて変化し、地喰い芋虫となった。それを使い魔たちはスマホの中で品種改良を行い、本来の姿を取り戻させたのだ。今やこの世界には存在しない聖霊を目の当たりにした人々は理解できず、ただ物凄い精霊と認識していた。

 だがそれだけでもわかるのならば十分だ。今やミチナガは複数の高位精霊と聖霊に囲まれている。一目見ただけで神聖さが伝わってくる。それだけで人々は夢を見ているような気分になる。神聖なる王がそこにいると認識する。

 さらに人々は空気というか、雰囲気が変わったことに気がつく。まるで目には見えない何かがいるようなそんな気さえする。そんな人々の見立ては間違っていない。その存在に気がついたのは幾人かの子供達だ。

「お母さん何かいるよ?」

「羽がある!妖精さんだ!」

「そんなバカな…妖精は人里にはやって来られないはず…」

 ほとんどの人々は見えない。しかし多少の素養のある子供だけにはその姿を見ることができる。そんな汚れなき子供の目にはミチナガの周囲を楽しげに飛び回る幾人もの妖精の姿が見える。

『ポチ・あらら、妖精たちが集まってきちゃった。せっかくの人の世界を満喫するんじゃなかったの?』

「仕方ないわ。今日はみんな出かけているんだもの。」

「それにこんなに精霊が集まっているんじゃ一目見ておきたいわ。」

「それに聖霊がいるから居心地も良いの。」

 集まってきた妖精はミチナガとともに妖精の国からやってきた妖精たちだ。この英雄の国についてからは自由に行動する予定であったのだが、どうやら面白そうだと集まってきたらしい。そんな妖精たちのおかげでミチナガの神聖さは増していく。

 そんなミチナガたちのパレードが終わる頃には、ミチナガは人々の羨望を一身に集めていた。先に英雄の国の王城で待っている4人も出発前のミチナガとはまるで別人になっていることに気がつき驚愕している。そしてミチナガが目の前にやってきた時、4人は臣下の礼をとった。

「待たせたな。それじゃあ…とりあえず手を貸して?」

 格好のつかないミチナガに思わず笑いが起きる。再びイシュディーンが手を貸して馬上から降りると軽く伸びをする。今日は馬を走らせたわけではないのでそこまで足腰に疲労は溜まっていない。

「よし、それじゃあ行こうか。みんなで…っていうわけにもいかないな。とりあえずこの5人と…何人かついてきてくれ。」

 ミチナガは言った後に思ったが、かの勇者神に一目会えるのならばと行きたいものが殺到すると思われた。しかしミチナガの予想とは異なり、歩を進めたのはわずか数人だ。事前にそういう取り決めがされていたのかと思われたが、そうではない。足を動かせるものが数人しかいなかったのだ。

 目の前にいるのはミチナガ商会に所属する4人の魔帝クラスと1人の魔王クラス。そしてこれから先にはより多くの魔帝クラス、魔王クラスがいるだろう。そこに対するプレッシャーや、ミチナガたちのオーラに負けて歩を進められないのだ。

 しかしそこにいたものたちは思う。いつの日かあそこに付き従い、王の剣であることを示すのだと。自分たちの前を進んでいく彼らにつき従えるくらいの騎士になろうと。

 勇者神の王城を進むミチナガたちの左右には幾人もの人々が並んでいる。彼らは勇者神の下で働く文官や役人だ。そんな彼らはミチナガたちを見て、小声で何やら会話をしている。

「あれがミチナガ商会の…」

「リッキーくんだ。あとで息子用に写真撮ってもらお。」

「あ、アンドリュー様!儂もあとでサインもらおっと。」

 何やら色めき立つ彼らに見られながらミチナガたちは進む。ミチナガがここを通るのは前に伯爵の地位を賜った時以来だ。あの時は緊張しすぎて周りをよく見られなかったが、こうして改めて装飾を見ると細かいところまで手が込んでいるのがわかる。そんなところを見ているとついに勇者神アレクリアルの元までたどり着いた。

 アレクリアルの周囲には12英雄のうち5人が並んでいる。そんなアレクリアルを見てミチナガは気がついた。初めて会った時もすごいとは思っていたが、あの時よりも自分が偉くなってから会うとその凄さがよくわかる。未だアレクリアルは遥か高みにいる。

 初めて会った時はなんとなくでしかわからなかったその凄さが、今ならより深く理解できる。そして理解したミチナガは心の底から尊敬し、膝をついて最敬礼の形をとった。その様子を見ていたアレクリアルはゴクリと唾を飲み込み、笑みを見せる。

「面をあげよ。セキヤミチナガ伯爵。いや…セキヤ王。久しいな。」

「申し訳ございません。本来は1年後のはずがさらに数年先延ばしになってしまいました。これも私の未熟の致すところ。平にご容赦ください。」

「未熟…か。わずか数年で火の国の動乱を抑え、10万を超える火の国の民を養える国を作り、はたまたダエーワに占領されていた国を救い、そのダエーワを滅ぼしたことを未熟というか。人によっては一生を費やす…いや一生を費やしても成し遂げられぬことを成し遂げて未熟というか。ククク…フハハハハハハハハ……」

 アレクリアルは大笑いする。周りの12英雄たちも同じく笑う。しばらく続いたその笑いは収まり、アレクリアルは立ち上がった。

「見違えるようだ。伯爵の地位を授けた時とはまるで違う。何がお前を成長させた。何がお前をそこまで至らせた。」

「人です。私は多くの者たちによってここまで成長しました。我が国の民、そして私と共に立つ彼らが私を成長させてくれました。」

「人民のための王か。お前らしいな。なんとも甘く…為政者には向きそうにない。しかしお前ほどの王は見たことがない。私の考えを改めなくてはならないな。お前の功績から新たな爵位を考え、書状を用意しておいた。だが…これも改めよう。」

 アレクリアルはミチナガに渡す予定であった書状を燃やした。そのことで一瞬のざわめきが起こるが、すぐに収まった。そして神剣を片手にミチナガの前まで降りて来た。

「己が為でなく人のために力を振るう。誰かのために戦う。誰かのため…自身よりも人のために怒る。私がこの世で最も尊敬する方もそうしていた。為政者には向かない、王には向かない、だがそれでも彼は王であった。世界で最高の王であった。そして…今もなお、人々の心の中で生き続ける英雄である。世界最高の大英雄である!!」

 ミチナガはアレクリアルを見る。今の言葉はおそらく、いや間違いなく初代勇者王を表す言葉である。なぜ今その言葉を言うのか、なぜそんな表情でこちらを見るのか、ミチナガは混乱してその理由が思いつかない。

「かの大英雄は言った!英雄の行いを世に残せと!英雄が死してなお語り継がれる英雄譚を残せと!!今の世を生きる我々はかの大英雄に捧げなければならない!英雄たちの物語を!消してはならない!英雄の行いを!!!」

 アレクリアルは神剣を抜いた。抜き放たれた神剣からは光が発せられる。まばゆい光は辺りを照らし、そしてミチナガを包み込んだ。アレクリアルは神剣をミチナガへ向ける。剣先を向けられるとゾッとする気持ちになるはずが、なぜか心地よい。ミチナガは神剣から何かを感じた。心地よい何かを。

「神剣も認めた!彼は英雄たる器だと!ならば我々も認めよう!今ここに勇者神アレクリアルが任命する。かの王、セキヤミチナガに新たな爵位、大公の地位を授ける。そして我が国の法に則り、セキヤミチナガ大公を英雄として認める!異論あるものは前にでよ!」

 ざわめきは起こらなかった。周囲の人々の瞳にはうっすらと涙が浮かぶ。皆も待っていたのだ。英雄の誕生を。こうして12英雄以外の英雄が生まれるのは一体いつぶりだろうか。その行いが英雄に達すると認められたのはいつぶりだろうか。

「異論あるものは一人もいない。皆も理解したはずだ。ならばここに讃えよう!英雄の誕生を!英雄ミチナガを!」

 割れんばかりの拍手が巻き起こる。この光景は使い魔たちを通して、ミチナガ商会を通して世界中に知らされた。英雄の誕生を、セキヤミチナガと言う商人が英雄に至ったと。

 こうして世界に新たなる英雄が誕生した。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

公爵様と行き遅れ~婚期を逃した令嬢が幸せになるまで~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:390pt お気に入り:24

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,062pt お気に入り:3,018

Switch jobs ~転移先で自由気ままな転職生活~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:448

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:32,968pt お気に入り:11,555

処理中です...