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エデンの王子様

仮定であっても距離を置くようなことは言わないで

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 アーノルドの話を要約すると『ジェラルドの番に我が子を』と声高に主張しているのは、当主の末弟であり、ジェラルドの叔父だ。彼には番のいないオメガの子がおり、その子をジェラルドに結びつけたいという願望があるようだ。

(番のいないオメガか……)

 レオンは眉を寄せた。同じ学年のオメガとは深い付き合いをしているが、クイン家の縁者がいるという話は聞いたことがない。
 この国の番政策では、エデン卒業後一年間で番を決めなければならないため、上の学年の者たちは既に相手がいるだろう。レオンを欠陥品扱いするとしても、その代わりに本家の息子に未亡人を勧める可能性は低いと思われる。したがって、そのオメガはレオンよりも若いはず。下の学年ならばエデン在籍中だから、その子の卒業まで時間的な余裕はあるはずだ。
 レオンが考え込んでいると、ジェラルドが口を開いた。

「父上は私がどれだけレオンを求めていたか知っている。これで叔父にいいようにされるなら、私は二度と本邸に立ち入らない」

 彼の表情は険しい。アーノルドは慌てたように両手を振りながら訴えた。

「ジェリー、お願いだから仮定であっても距離を置くようなことは言わないでくれ……!」

 アーノルドは先程までの次代たる落ち着きをどこかに放り投げ、弟にすがった。その豹変ぶりにレオンは驚いてしまう。

(そういえば、ジェラルドの父親や兄も彼へ感情を拗らせてるんだったか)

 ノアが教えてくれた情報によれば、アーノルドの初恋相手はジェラルドの母であるミラだった。彼はミラによく似たジェラルドが可愛くて仕方ないらしいと聞いていたが、あまりに普通の兄として振る舞っていたので、その話をすっかり忘れていた。
 ジェラルドは重いため息をついた。

「兄上、幼子のような呼び方は止めてくれと言ったはずだ」
「す、すまない、ジェラルド……取り乱してしまって」
「貴方が兄として向き合ってくれるなら、時々は帰ってきてもいいと約束した。それは守るつもりでいる」

 ジェラルドの言葉に、アーノルドの顔がパッと明るくなる。
 この短いやり取りから、レオンは兄弟の関係性を察した。『時々は帰ってきてもいい』という曖昧な約束でも、アーノルドは何となく満足しているのだ。ちなみにレオンと一緒に暮らし始めてから本邸に戻ったのは、事件の調査資料を探すための一度だけだ。

(少ない蜜で満足できるように躾けられている……言い方は悪いかもしれないが、そんな感じだろうな)

 ジェラルドはレオンが自分達の会話に違和感を抱いていないか気になったのか、ちらりと視線を向けてきた。レオンは問題ないと小さく首を振る。ジェラルドはほっとした様子を見せたが、すぐに表情を引き締め、立ち上がった。

「父上のところに行く。挨拶を済ませたら、そのまま帰る」
「えっ、早いね……。泊まっていけばいいのに」
「叔父がどう動くのか現状判断できない。諸問題が片付いたら、ゆっくり遊びに来ようと思う」

 それは暗に、事態が収まらない限り、ここには来ないという意思表明だった。アーノルドは正しくその意味を理解したのだろう。彼は神妙な顔をして頷いた。アーノルドに見送られながら、レオンとジェラルドは次代の執務室を後にした。




 執事長の案内でレオンとジェラルドは廊下を進んだ。目的地と思われる場所は、本館から少し離れていたので、別館なのかもしれない。渡り廊下を越えた先の内装は落ち着いており、どことなくジェラルド邸の装飾と似ていた。

 ふと、レオンは目の前を歩くジェラルドの背中を見つめた。彼は背筋を伸ばし、颯爽と歩いている。歩き方ひとつ取ってみても、ジェラルドの立ち居振る舞いは洗練されており、アルファ特有の威厳が感じられる。こんな彼にも〝ジェリー〟と呼ばれていた幼い頃があったのだ、と不思議な気持ちになった。

(子供の頃のジェラルドか)

 想像がつかないけれど、アーノルドがあそこまで愛着するほど可愛かったのだろう。落ち着いたら彼にジェラルドの子供時代の話を聞いてみたいな、とレオンは微笑んだ。

 そのうちに、目的地に到着したようだ。扉の前で歩みを止め、執事長が恭しい態度でノックをする。中から入室を許可する声が聞こえたため、執事長が扉を開けた。
 部屋から出てきたのは壮年の男性とレオンと同世代のオメガ男性だった。執事長がその二人に応対する様子から察するに、彼らが先程話に出ていたジェラルドの叔父とその息子だろう。息子の方はエデンで面識がある。確か一学年上に在籍していたはずだ。年上なのに番契約を済ませていないということを奇妙に感じる。

(顔色が悪いな……)

 息子の方はレオンを見て、顔が真っ青になり、さらに真っ白になっていく。レオンからジェラルドを奪おうとする相手を心配するのも人が良すぎるかもしれないが、彼の様子を見ていると気を失いそうな感じがして怖い。思わずレオンは手を伸ばし、彼の身体を支えてしまった。

「大丈夫か?」
「あ……あ……」

 彼は魚のように口をパクパクさせた後、本当に気を失ってしまった。

「具合が悪いのかもしれない。頼めるかな?」

 レオンが執事長に尋ねると、彼は一瞬目を丸くしたが、すぐに表情を戻し「かしこまりました」と答えた。
 レオンは己の腕の中でぐったりしている青年を見下ろした。オメガらしい愛らしい顔は、伏せられた長いまつ毛のせいもあってまるで人形のようだし、華奢な身体はレオンの腕にすっぽりと収まってしまう。自分にはない魅力があり、正直なところ羨ましく思った。

 間を置かず、使用人たちが集まり、彼を運んでいく。その様子を見送っていると、背後から声がかかった。

「息子への対応、感謝する」

 振り返ると、ジェラルドの叔父が立っており、彼は眉間にシワを寄せながらも礼を口にした。明らかにレオンに対して敵意を抱いていることが分かるが、それはそれ。貴族としての礼儀はきちんとしているようだ。その後、彼はすぐに踵を返し、息子が運ばれた先へ歩いて行った。

「なんだったんだ……」

 突然巻き込まれた事態にポカンとしつつ、ジェラルドに視線を向けると、彼は叔父の向かった方向を睨みつけていた。
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