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第二章 小学生編

※※※(猪塚視点)

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まさか頭突きをされるとは思わなかった。
今までどんな女の子にも怖がられてた僕が、男を嫌い震えている女の子に頭突きされる。
自分の状況が可笑しくて、ついついその場で腹を抱えて笑ってしまった。
『あははッ!!凄いッ。白鳥さん、可愛い。可愛すぎるっ!!』
手に入れたい。あの子が欲しい。始めて彼女を見た時以上に僕の心の中には彼女への欲求が高まっていた。
初めて彼女を見たのは、クラスでの授業がつまらなくて保健室へ逃げ込んだ時の事だった。
保険医の年寄り先生である沖名(おきな)先生は、言葉が通じない僕がクラスで癇癪を起して保健室へ逃げ込んで以来、何かあると「ほっほっほ」と笑って匿ってくれている。
その日も、僕はクラスでの居場所がなく、行く当てもなかったので保健室のベッドの上でごろごろしていた。
すると、コンコンとノックの音がして、ドアが開く音がした。
僕は動きを止め、カーテンで仕切られていたベッドの上で体を小さくして、耳に意識を集中した。
たまに担任の先生がわざわざ迎えに来る事があったから。戻りたくもない教室に戻らされるのは勘弁してほしい。
こうしてベッドの上にいて、寝たふりをしていると、沖名先生が適当に言い訳をつけて先生を追い返してくれるので、僕はただただじっと耳を澄ます。
相手によって対応を考えなければならないから。
パタパタパタ。
歩く足音からして先生ではないようだ。
「座りなさい」
沖名先生の震える声が聞こえて、先生が歩く音がする。
そっとカーテンの影から覗くと、金髪の女の子が椅子に座っていて、沖名先生は薬品棚から薬を取り出そうとしていた。
……遅い。
良く考えてみると沖名先生はもうかなりの高齢だし、何もかもスローペース。
背中しか見えないけど頬をハンカチで抑えてる所を見る限り、彼女は怪我をしてるんだろう。
だとしたら、手当ては早い方がいい。
なのに、先生は遅い。もしかしてカタツムリの方が速いんじゃないかと思ってしまう程遅い。
―――焦れた。
カーテンを音を立てて開けて、
「なにしてんだ、爺。とっとと薬出せよっ。俺にやらせるのか?あぁ?(何してるの?先生。速く薬を出そうよ。僕がやるから、ね?)」
誠心誠意伝えると「ほっほっほ」と先生は笑って場所を開けた。
これ?と指確認しつつ、必要な物を医療トレイの上に置いていく。
全部用意したら、先生の手を引っ張って、彼女の前にある先生の椅子に座らせた。
机の上にトレイを置いて、彼女の方を見て僕は心底先にトレイを置いといて良かったと思った。
頬に傷を負った彼女が、とても可愛かったから。
もしトレイを持っていたら、確実に落としていた。それくらい僕は彼女に見惚れていた。
水色の潤んだ瞳。綺麗な金色を映えさせる白い肌。守りたくなるような華奢な体。どれ一つとっても可愛くて、見ているだけで顔が火照ってくる。
彼女をもっと見ていたい。
無意識に先生の横に置いてある椅子に座っていた。
真正面から彼女を見ると、口の端から血が流れた痕があった。どうして、こんな怪我をしたか分からないけど、でも…。
『痛そう…。折角可愛い顔してるのに…』
思わず口から漏らしてしまう。
彼女はきっと聞いた事のない僕の言葉に驚いたんだろう。
ぴくりと体を震わせた。
しかし、そんな彼女をお構いなしに沖名先生が力技で横を向かせた。
あ、目線があった。
他の人達には怖がられてるけれど、それは僕の本意じゃないんだ。
だから、僕は何も話さず微笑んでみる。すると、彼女もその水色の瞳に優しさを滲ませた。
やっぱり、この子は可愛い。
『ほんとに可愛い子だな…。名前、何て言うんだろう…』
絶対分かられないのを良い事に呟く。
きっと聞いても答えてくれないだろうから、せめてその容姿だけでも脳内に記憶して、後でクラスと名前を調べよう。
じーっと、治療されてる彼女の姿を目に焼き付ける。
手当てが終わると、体育が終わるまで保健室にいるらしく、彼女はソファへと移動して座った。
さっきまで僕が眺めていた事に対するお返しのように彼女は僕を眺める。
いたたまれなくなって、
「あん?何見てんだよっ。(あの?あまり見ないでっ)」
と素直に伝えた。すると、予想外の事が起きた。
『名前を聞いていたから、自己紹介しようと思って。白鳥美鈴です。一年です』
彼女は僕の言葉。イタリア語で自己紹介をしてくれたのだ。
驚きに目を見開き、口がぽかんと開いてしまう。
まさか、…今のは聞き間違い?僕の言葉が通じる訳ない。
僕が信じられないでいると、彼女は微笑みながらもう一度話しかけてくれた。
『私もお名前を聞いても宜しいですか?』
僕の名前を聞きたいと、小さく首を傾げて言ってくれる。
嬉しいっ。あまりに嬉しくて心が震えた。
この学校は先生ですら僕の言葉を聞きとってくれなかった。僕が話しかけると愛想笑いをして逃げる様に去ってしまう。
でも、彼女は僕の呟きを聞きとって、自己紹介してくれて、更に僕の名前を聞いてくれた。
嬉しくて嬉しくて、僕は何度も首を振って頷いた。そして、勿論自己紹介をした。
『かなめっ!猪塚要っ!』
彼女ともっと会話をしたくて、今この状況が夢じゃないと確信したくて、僕は彼女の横に正座して座る。ソファの上に靴を履いたまま正座だけどこの際気にしてられない。
もっともっと聞かなきゃっ!!
『ねぇねぇっ、白鳥さんっ!僕の言葉分かるのっ!?』
迫る様に聞いたからか、彼女…白鳥さんは、僕から少し距離をとって頷いた。
ほんとに、ほんとに分かるんだっ!理解してくれてるんだっ!
嬉しさのあまり、僕は彼女にさらに迫る。この感動をどうにかして伝えたいんだっ。
『どうしようっ、嬉しいっ!家族以外で初めてだっ!僕の言葉を分かってくれるのっ!』
どうしたら伝わるかなっ!?
僕が白鳥さんとこうして話せることが、こんなに嬉しいんだってことっ。
少しずつ距離を開ける白鳥さんの距離を僕は一気に縮めていく。すると、白鳥さんは少し青白い顔をして僕に言った。
『あ、あの、猪塚先輩?ちょっと離れていただけると嬉しいんですが』
離れて欲しい?
『どうしてっ!?』
意味が分からず素直に聞き返す。僕は白鳥さんに触れたい。
話が通じた喜びを全身で表現したい。だって、両親も嬉しい事や楽しい事があった時はこうして伝えてる。勿論僕だって家でそうしてる。だから、白鳥さんとも分かち合いたい。
それに…白鳥さん。女の子だからかな?…良い匂いがする。
離れていく白鳥さんとの距離を僕はじりじりと詰めていく。
『お、お願いですから、離れてください』
うっ…。上目遣いでお願いとか、可愛すぎるんですけど。
あー、もう駄目だ。我慢できないっ。
『可愛いっ!』
抱き締めたいっ!
堪らなくなって抱き締めようと腕を伸ばすと、彼女は立ち上がり保健室の隅へ逃げてしまった。
え?そんなに逃げるっ?
ただ、抱き締め合いたいだけなのにっ!?
『白鳥さんっ?どうしたのっ?』
僕も立ち上がり、彼女に近寄ると、白鳥さんは必死に頭を振って僕を拒否した。
近くに来るな、と。寄らないで、と。全身で訴えている。
折角、こうして話が出来る人を見つけたのに、僕はまた怯えられなきゃいけないの?
それは、―――嫌だ。
僕は白鳥さんと仲良くなりたいっ。だから、
『白鳥さん、僕、君を抱き締めたい』
素直に本音をぶつける事にした。
彼女にゆっくりと近づき、もう少しで怯える彼女に触れられる。そんな時。

―――キーンコーンカーンコーン…。

チャイムが鳴った。
思わず、その音に意識をやったその隙に、

「し、失礼しましたっ」

彼女は足早に保健室を出て行ってしまった。
残された僕は、がっくりと肩を落とす。
「青春じゃのぉー…ほっほっほ」
沖名先生の声が耳に届き僕はその場にしゃがみ込んだ。
逃げられた…。やっと話が通じる人が見つかったのに、また逃げられたんだ…。
「ふむ…。今の子は…一年ダリア組の白鳥美鈴、じゃったかの。ふむふむ…」
一年ダリア組…?
そう言えば、彼女は一年ですって言ってた。
そうだよ、逃げられたなら追い掛ければいい。折角見つけたイタリア語の話せる女の子。
しかも、とってもとっても可愛い女の子っ!
怯えられたなら誤解を解けばいいだけっ!
僕は、保健室を飛び出した。しかし、途中で何故か柔道部の先輩でもある白鳥先輩に捕まり強制的に僕の教室へと投げ込まれた。
白鳥先輩は、笑顔なのに恐ろしく怖かった。
でも、僕はめげないっ!
給食当番ではなかったのを良い事に、白鳥さんの教室へと走る。
息を切らしつつ一年ダリア組である事を確認して、ドアを勢いよく開けた。
『白鳥さんっ!デートに行こうっ!!』
腹を割って話すには二人っきりが好ましい。だったらデートに行くのが一番いいっ!
ドアを開けると同時に叫び中を見渡す。
あれ?いない?
でも沖名先生はダリア組って言ってたよね。うん。言ってた。
教室の端から端まで見ていくと、一人の小さな女の子の後ろに探していた金色を発見する。
『白鳥さん、見つけたっ』
僕は急いで白鳥さんに駆け寄ると、白鳥さんはその女の子に抱き着き増々隠れてしまう。
出て来て欲しい。もう一度僕と会話をして欲しい。そう思って、
『白鳥さんっ、僕とデートに行こうっ!』
お誘いをかける。すると、白鳥さんは必死に顔を振って、
『む、無理です。無理無理っ』
断って来た。なんで無理?ただ二人で何処か行こうって言ってるだけなのに。
『どうして?』
問いかける。それにずっと気になってる事がある。
『それに、何で隠れてるの?出ておいでよ。君が抱きしめる相手は僕がいい』
本音を混ぜて問いかける。さっき僕が抱きしめようとしたら嫌がったのに、どうして?
僕も君を抱き締めたい。抱きしめて欲しい。
じっと彼女を見詰めると、何やら目の前の女の子とひそひそ話し出した。
何を話してるか聞き取れないし、気にするのは止めにする。
ただ、女の子が「帰ろうっ!」と断言したのは聞き取れた。この際この女の子が一緒でも構わない。
白鳥さんと話したい。
『白鳥さん、帰るのっ!?じゃあ、僕もっ』
付いて行くっ!
そう断言する前に、
「猪塚っ!」
恐ろしい声が教室に響いた。柔道部最強の先輩の声。柔道の顧問の先生すら投げ飛ばす白鳥先輩の声。
そっと、視線だけで声のした方を窺い見ると、
「ちょっとこっち来い」
無表情で壁に凭れかかり、腕を組んだ指先だけでこっちに来いと言っていた。
…今行ったら確実にシめられる。
「あぁ、白鳥先輩がなんでここにいんだよっ!?(ううっ、どうして白鳥先輩がここにいるんですかっ!?)」
僕は穏便にすまそうと、そっと伺いをたてる。
すると、白鳥先輩はとても怖い笑顔で、
「どうして?おかしな事を言うなぁ。ここは『僕の大事な妹』のクラスだ。…部活で僕は言わなかったかな?妹に手を出したら殺すって」
えぇっ!?この子が白鳥先輩の妹っ!?嘘っ!?えっ、だって、顔似てないしっ!?
白鳥先輩は綺麗系、白鳥さんは可愛い系。顔の種類が違うしっ!
てっきり苗字が同じだけの他人だと…。
確かに白鳥先輩は、去年の三月の部活中に、
『世界中のどんな女の子より可愛い妹が来年入学してくるんだ。学校に一緒に通えるのは嬉しいけど、男に目を付けられるのが心配で心配で。…あぁ、そうそう。僕の妹に手を出したら、殺すよ。皆も先輩も先生も覚えといてね』
って断言してたっ!先生や先輩にすら牽制してたっ!
その妹が、彼女?
じっと視線を彼女に向ける。
『白鳥先輩の、妹…?』
思わず呟くと、彼女はしっかりと、肯定した。
隠れながらも上目遣いで頷く彼女は可愛い。
確かに世界中のどんな女の子より可愛いってのは納得出来る。
白鳥先輩の愛してやまない可愛い可愛い妹。
『そっか。だからそんなに可愛いんだっ!』
それだけ愛情注がれてるのなら納得。でもこんなに可愛いと白鳥先輩も大変だよね。
だっていつかは白鳥さんだってお嫁に行っちゃうでしょ?
『白鳥先輩が義理のお兄さんかー…』
大変だろうなぁ。でももし白鳥先輩を納得させることが出来たなら、
『うん。幸せな家庭になるねっ!!』
これは保証できるっ!あの白鳥先輩を負かす事が出来ただけで凄いと思うしっ。
僕は…どうだろう?勝てるかな?あの先輩に。
今から必死に勉強して修行すれば、…いや、待って。いっそのこと…。
『僕白鳥家に婿養子…?』
婿に入れば嫁に貰うって形じゃなくなるよね?あ、いや、でも…。
『いや、でも出来れば白鳥さんをお嫁に貰いたいな…。白鳥さんの花嫁姿?』
純白のドレス姿。え?絶対似合う。絶対絶対可愛いっ!!
『絶対可愛いよねっ!!』
これは僕でも断言できるよっ!!
っといけないいけない。すっかり話がそれちゃった。
とにかく白鳥先輩も怒ってる事だし、早く話をつけちゃおうっ。
『それはそれとして、デートに行こうっ!!』
目の前のこの子も一緒で構わないからっ!!
この子も小さくて可愛いしねっ!!
両手を伸ばして彼女ごと白鳥さんを掴まえようと腕を伸ばしたら、突然頭にべしっと叩かれた衝撃と圧を感じた。
「…鈴。今何となく腹が立つ様な事、言ってなかった?こいつ」
い、痛い…っ。指にすっごい力入ってる。爪が刺さってる。痛いイタイっ!!
頭を鷲掴みにされてるっ!?
「教えてくれる?」
僕の痛みなんて全く気にも留めず、白鳥先輩は白鳥さんと話をしている。
あの、痛すぎて内容が聞き取れないんですけどっ!?
頭が痛いーっ!
そして背後から来る冷ややかな空気が恐ろしく怖いーっ!!
「…良い度胸してるな。猪塚。…今日は特別に、念入りに、鍛え上げてやるよ。僕直々に」
ドスが効いてる声に僕は震えあがる。
言葉が出て来ない。振り向けない。
「それに、君は二年だろう?午後の授業がある筈だ。行くぞ」
え?えっ?えっ!?
頭に刺さる指がそのまま僕を後方へ引っ張る。
痛くて暴れてその指から逃れようとしても全然出来ない。
い、一体どっからこんな力がっ!?
白鳥先輩って僕の一個上だよねっ?同じ小学生だよねっ!?
引っ張られてどんどん遠ざかる白鳥さんに僕は両手を伸ばして助けを求めるけど、それは白鳥先輩を更に怒らせてしまったらしい。
そのまま僕の教室へと投げ入れられてしまった。
泣く泣く給食を食べて、午後の授業を受けていざ放課後。
今日の部活はサボろうかな?
流石に白鳥先輩の直々ご指導は勘弁して貰いたい。
なんて、僕の心を読み取ったかのように、
「行くぞ、猪塚」
魔王様が出迎えに来た。
うぅ…逃げ道がない。
引き摺られるように、柔道場へ連れていかれると、問答無用で白鳥先輩と組まされる。
それからはもう、僕はまるでおもちゃか人形かって具合に投げ飛ばされた。
顧問の先生もまだ来ていないと言うのに、僕は既にボロボロである。
畳の上で大の字になって息を切らす僕を汗一つかかずに見下す白鳥先輩。…モンスターだ…。
「白鳥先輩…ひでぇ…(白鳥先輩…酷い…)」
「酷くない。君が僕の忠告を聞かずに妹に近づいたのが悪い」
『だってっ!だってっ!初めて僕と会話できる女の子だったんだ…』
僕が思わずイタリア語で呟くと、ふぅと溜息をついた先輩が僕の横に座った。
「…鈴と会話が出来たのが嬉しかったんだろ?」
確信をついてきた問いに、僕は目を見開く。
白鳥先輩は僕の驚きに苦笑した。
「猪塚。僕はお前が言葉が通じず、悩んでいた事を知ってる。小学生だとイタリア語が話せる奴なんてそうそういないしな。だから、鈴が入学して来たら遅かれ早かれ必ずお前は鈴に気付くだろうとも思ってた。鈴は、あぁ見えて僕より頭がいいから」
「お前よりっ!?(貴方よりっ!?)」
「そうだ。そして鈴のあの外見。…可愛いだろ?」
言われて起き上がり必死に頷く。
「どんな男も一度は振り向きたくなる程可愛いだろ?惚れる位可愛いだろ?しかも、自分の事を何も言わずとも理解してくれるなんて惚れて当然だろ?」
正座してぶんぶんと音が鳴りそうな程頭を上下に振る。
すると、白鳥先輩は苦笑を深めて言った。
「猪塚。僕はね。例え猪塚がイタリア語が通じる相手と話したいだけとは言え、鈴に近寄らせる事を許す訳にはいかないんだ。……鈴は男を怖がっているから」
男を怖がっている?
「男性恐怖症と言ってもいい。―――妹に怖い思いをさせたい兄がどこにいる?」
それは、確かに。僕に兄妹はいないけど、でもその気持ちは理解出来る。
でもでも、白鳥さんともっと話をしたい。この気持ちだけは白鳥先輩にいくら言われても止められない。
だから白鳥先輩にそれを理解して貰おうと口を開いた、その時。
「ここが柔道部か…」
がらりと道場のドアが開けられ、そこに土足で上がりこむ…あれは一年生か?
「こんな、汗くさいところは、僕達にはカンケイないな」
「そうだね。庶民はこれだから」
なんだこいつら。畳の上を土足であがって、しかもうろちょろと。何しに来たんだ?
「あぁ、まったく。今日は最悪な日だっ」
「まったくですね、あくとさまっ。あの庶民の女二人がでしゃばらなければ、庶民派のあいつをだまらせられたものをっ!」
「そうですよっ!あくとさまがどれだけトウトイお方か思い知らせられたものをっ!」
何か腹立つな。僕も何気に貴族派だけど、こんなに馬鹿ではなかったし金じゃなく一般できちんと試験を受けて入学してる。少なくともこうじゃなかった。
大体こいつら何組だよ。貴族派の連中が良くやる事だから白鳥先輩は気にした様子はない。その様子をかっこいいなと思いながら、それでも気になって僕はそっと名札を見る。
一年、ダリア組…?まさか…。
「先輩っ。白鳥先輩っ」
「ん?どうした?」
「あいつら、一年ダリア組だっ」
白鳥先輩の耳にこっそりと囁くと、先輩は直ぐにそちらへと視線をやった。
そんな鋭い視線に気付かずに奴らは話を続ける。
「そもそも、あの女っ、白鳥がなぜ庶民派の花崎をかばったのかわからないっ」
「せっかく、あくとさまが庶民派でなまいきな花崎の目をねらってなげたのにっ」
「まったくですっ。ですが、あくとさま?もし、花崎のいうことが本当ならば、白鳥に手をだすのは危険では?」
「あんなのウソに決まってるだろうっ。ウソつき女達にはもっとちゃんとしたセイサイをくださなければっ」
「流石あくとさまっ!」
「どのようになさいますかっ!?」
「そうだな。ぼくのげぼくにしてやろうっ。ハイと言うまでなぐってやれば」

―――バキッ!

一体何の音っ!?
驚いて音のした方を見ると、そこにはモンスターが再来していた。
隣にいたはずの白鳥先輩が、そいつらの目の前に立ち、手にしていたペンを握り潰している。
「あぁ、いけない。ごめんね。折角部活動見学に来てくれたのに、届を出す為のペンを折っちゃった。今新しいペンを出すからちょっと待っててね」
道場の入口にある戸棚からペンを取り出し、白鳥先輩はにこにこ微笑みながらその貴族派一年生にペンを差し出す。
背後に超ド級の悪魔を背負いながら。
「ぼ、ぼくたちはっ」
震えてる。怖くて当然だよね。でも、こればっかりは僕も腹が立つから止めないし、白鳥先輩の味方する。
だって、こいつら間違いなく、白鳥さんの頬を傷つけた奴らだ。
一年ダリア組は白鳥さんのクラス。そして、僕が教室へ行ってざっと見た限りでも庶民派は彼女達二人しかいない。
事情を良く知らない僕ですら分かるんだ。だったら、白鳥さんから詳しく聞いているだろう、白鳥先輩は。
「どうしたんだい?ほら、早く書きなよ。…さっさと書けよ。鈴の分も含めててめぇらの息の根止めてやる」
こ、こわっ!?
白鳥先輩の整った顔でそんな事言われたら誰だって青褪める。
関係ない僕ですら震えあがった。
その後の事は思い出したくない。ただ…その一年生三人組の指が可笑しな方向を向いていたと言う事だけは言って置く。
そして、翌日。
僕は白鳥先輩にばれないように、白鳥さんに突撃をかけた。
なのにあっさりバレて、教室にぽいと投げられてしまう。なんでだ?なんでバレた?
もうこうなったら、授業中に突撃するっ!
そうすれば白鳥先輩にばれずに済むっ!
スケッチブックを持ってたから多分次は美術だ。しかも去年の今の授業を思い出すに、校外写生だ。
これはチャンスだろうっ。
僕はこっそりと授業を抜け出し、保健室へ行くと、沖名先生にベッドで寝かせて貰う様に頼み、カーテンで閉め切って寝てるように見せかけ、開いた窓から更にこっそりと脱け出した。
どこにいるだろう?
こそこそと探し回っていると、彼女を見つけ、グラウンドへ向かう姿が目に入った。
きっとグラウンドのあの大きな木へ向かうんだ。
だったら先回りしようっ!
急いでそこへ向かい、木の影に隠れて彼女を待つ。
彼女は僕に気付かずに木の下に座ると、スケッチブックを開いて空を見上げた。
釣られて見上げてみると、心地よい木漏れ日を感じる。
なるほど、これを描きたいのか。
鉛筆を持ち描き始めた、彼女の絵を背後からこっそりと覗き、その上手さに思わず、
『白鳥さん、絵も上手いんだっ!』
声を上げていた。
突然背後に人がいたら驚くよね。ましてや、男の僕だし。
当然、白鳥さんは驚き振り返る。
『な、なんでっ!?先輩授業はっ!?』
『サボった』
驚く白鳥さんにはっきりと答えて置く。
すると白鳥さんは驚きより呆れに表情を変えた。
僕に対する警戒が少し解けた?だとしたら嬉しい。
どうか、このまま…。
『ねぇ。白鳥さん。触れたりしないから、横に、座っても良い?』
あんまりくっつかない程度に側に近寄り、しゃがみ込んでお伺いをたてる。
すると、彼女は小さく頷いて、距離をあけるならとOKしてくれた。
僕はそれにしっかりと頷き、少しの距離を開けて隣に座った。
じっと彼女を眺めていると、授業中の所為か、絵を描く。
彼女の手で描かれる木漏れ日はとても綺麗で、白黒でも暖かさを感じる。
そんな風に描き出す彼女もまたとても綺麗で、ずっと見ていたくなり、僕は体育座りをしてその膝の上に頭を乗せてただただ彼女を見た。
どうしたら、そんな風に優しくなれるんだろう。どうしたら、皆と打ち解けられる?
あの硬派な白鳥先輩ですら狂わせるほどの魅力を持てる?
『ねぇ、白鳥さん』
思わず話しかけると、彼女はすぐ返事をくれて僕の方を向いてくれた。
頬のガーゼが痛々しいけど、でも彼女の美しさは変わらない。
『どうしたら、君みたいになれるかな?僕も皆と話したり遊んだりしたいんだ。でも…皆僕の顔を見ると逃げて行く。話しかけると怯えた顔をするんだ。皆、僕を怖がる。僕は皆と仲良くしたいのに…』
君以外とはこうしてまともに話すら出来ないんだ。僕を理解してくれる人はいる。けれど、会話をしてくれる人はいない。
言ってて悲しくなってくる。思わず泣きそうで、僕はぐっと下唇を噛んだ。
すると、白鳥さんは優しい瞳でその顔に笑みを浮かべた。
『それはですね、先輩。貴方が日本語を間違って覚えてるからですよ』
……ん?
ちょっと待って。それは一体どういう事?
突然の指摘に僕は一時停止する。
錆びたロボットみたいに、ギギギっと膝に乗せてた頭を上げる。
すると彼女は、笑みを浮かべたまま、僕に日本語で話しかけてくれと言ってきた。
頷き、僕は彼女に話しかけてみる。
「おい。こら、白鳥っ。こっちむけっ(ねぇ、ちょっと、白鳥さん。こっちむいて?)」
言うと、彼女は苦笑した。そして今度はイタリア語でもう一度同じ言葉を言えと言う。
だから、僕は素直にイタリア語で話しかける。
小さく頷き、彼女はお礼を言ってくれた。
『では猪塚先輩。私が今猪塚先輩に話しかけられた日本語をイタリア語に直訳しますね?』
直訳。さっき白鳥さんは僕が日本語を間違って覚えていると言っていた。
って事は…?
僕は戦々恐々と彼女の言葉を待つ。
『「おい、こら、白鳥っ。こっちむけっ」です』
『えっ!?』
う、嘘だっ!!だって、だって僕がイタリアにいた頃にお父さんと見た日本のドラマでそう話してた筈だっ!
しかし、じっとこちらを見詰める白鳥さんの瞳を見て、少し心を落ち着けて冷静に考えてみる。
お父さんが見てたドラマって何だった?確か、何時も警察と戦っている…ジャパーニーズマフィア…?
…まさか。
『猪塚先輩の日本語は本当に言葉遣いが怖いんです。喧嘩売られてるって思っちゃうんですよ』
…確定だ。僕はかなりキツイ言葉で話していたようだ。そう言えば、最初話しかけて来てくれた子達も僕が話すと顔を顰めて最終的に遠ざかってしまう。原因は僕の言葉にあったんだ。
しかも、僕はこの通り目つきがキツイ。これは自分でも自覚している。それに言葉のキツサが加わったら、もうアウトだ。
あぁ、もう、落ち込みそう。
『こうして話してるとそんな事ないって分かりますけどね。それでも初めて話しかけられてそんな風に話かけられたら誰だって怖いと思いませんか?』
『…怖いね…。うわぁー…僕、そんな風に喋ってたのぉー…?…うわぁー…』
正直自分に引くレベルだ。
あまりの自分の痛さと恥ずかしさに頭を抱える。穴があったら入りたい。むしろ僕が掘るから入っていいかな…。
そっと彼女を窺い見ると、やっぱり優しい笑顔で微笑んでくれている。
ますます恥ずかしさが込み上げる。
でも…そうか。彼女は僕の間違いに気付いていて、それでもこうして会話してくれて、間違いを指摘してくれる。
その事実が何故だろう、堪らなく嬉しい。
やっぱり僕は彼女ともっともっと話したいっ!白鳥さんと一緒にいたいっ!
どうしたらいい?彼女は男が苦手だって言ってた。それに白鳥先輩の目もある。
どうしたら彼女ともっと一緒にいられるっ!?
僕は必死に脳内を動かし考える。
彼女と僕が一緒にいられる方法…。僕達は今学生だ。だから、学校へ通う間は自由に動けない。それは何故か。授業があるからだ。
授業。それは知識を得る為のもの。知識を得る為…そうだっ!
『ねぇ、白鳥さん。お願いがあるんだけど、聞いてくれる?』
なるべく驚かさないように、優しく丁寧に、問いかける。すると彼女は、ちょっとした怯えを瞳に混じらせ、
『…ものによります』
と小さく呟いた。断られる可能性もある、か。少し悲しくなる。
僕が落ち込んだのが分かったのか、彼女は少し明るくお願いの内容を聞いてきた。
聞くだけは聞いてくれるのかと嬉しくて笑みが浮かぶ。
『僕に日本語を教えてくれない?』
『私がですか?』
ここには白鳥さんしかいないよ?
当然彼女に僕は言ったんだ。大きく頷く。
『うん。白鳥さんに教わりたい』
彼女の側にいたいってのも勿論ある。あと僕に日本語を教えれるのはこの学校で唯一白鳥さんだけってのもある。これは結構いいアイディアだと思う。
『って言っても、猪塚先輩、私一年生ですよ?午前中で帰っちゃいますし、正直家帰ってからの方が家事とかで忙しかったりしますし。先輩だって部活あったりしますよね?時間的に難しいんじゃないですか?』
…すっかり忘れてた。白鳥さんって僕より年下だった。いつ教えて貰うんだ、僕。けど、ここで折れる訳にはいかない。
そうだ。なら、授業中にでも教えて貰うっ!!先生にだって頭を下げるっ!!
『一週間に一時間だけどうにかして貰うっ!だからっ!』
だから、一緒にいたいっ!!
僕の熱意が伝わったのか、それとも諦めたのか、彼女は苦笑して言った。
『分かりました。先生を説得出来たなら、私で良ければ、お勉強にお付き合い致します』
やったっ!やったやったっ!!
彼女が頷いたっ!!これでもっと彼女と一緒にいられるっ!!
心でガッツポーズを。顔には笑顔が浮かぶ。
『ありがとうっ!白鳥さんっ!』
歓喜状態の僕に彼女は少し驚きながら…、それから、壮絶な可愛さで微笑んだ。

―――可愛い。

―――――触れたい。

―――――――欲しいっ。

体に走った衝動のまま、僕は彼女を抱きしめていた。
腕の中で怯えたように震えるその姿ですら、可愛い。
やっと捕らえた、触れた。
心の中が、可愛い彼女一色になる。
細い…小さくて…ふわふわしてて…良い匂いが、する…。
腕の中で軽く抵抗する彼女をぎゅっときつく抱きしめ耳元に口を近づけた。
『震えてるの…?可愛い』
囁くと更にその体は震える。
今、どんな表情をしてるんだろう…。
隠された顔を見たくて、顎に手をあて上向かせる。
彼女は怯えていた。視線が混じり合い彼女の震える唇が何か言葉を紡いでいる。
もっと触れたい。その唇を塞いでしまいたい。吐息すら全てを奪ってしまいたい。
……―――触れても、いいかな?
そっと彼女に顔を近づけ、そして…―――頭突きをくらった。
逃走する彼女を見て、愛しさに、自分の馬鹿さに、笑いが込み上げ腹を抱えて転がる。
一頻り笑って、僕は空を見上げた。
木漏れ日が暖かく僕を照らす。
この学校に通ってこんなに穏やかな気持ちと、誰かをこんなに可愛いと、愛しいと感じる事になるなんて思わなかった。
『でも…。悪くない。うん悪くないっ』
反動をつけて勢いよく跳ねて立ち上がる。
まずは先生に話をつけに行かないとっ!
彼女と、白鳥さんと一緒にいる為に僕は早速行動を起こした。
そして、職員室へ駆け込んで、滅茶苦茶怒られた。
…授業サボってるのがしっかりばれてしまった為だ。次はもう少し考えて行動しよう。
教室へ戻って、残りの時間授業を受けて、チャイムが鳴ったと同時に職員室へ戻ろうとする先生をとっ捕まえて必死に説得する。
最初はそんなの無理だと突っぱねられたけれど、日数を経て、両親の協力を得て、一週間が経過して僕は先生を口説き落とした。
一週間白鳥さんに会えずにいたから、その鬱憤をはらすかのように、僕は白鳥さんの教室へ特攻した。
『白鳥さんっ!先生と交渉してきたよっ!!』
朝から教室へ特攻した所為か、白鳥さんが目を白黒させている。
『ほ、本気で…?』
『勿論っ。毎週水曜日。白鳥さんは国語の時間に被る様にお願いしたから、今日は今からだねっ!』
『うそー?』
『さ、行こうっ!』
僕はいきいきと彼女を引き連れ空き教室へ行き、驚いて足を止める事になる。
―――僕の予定ではいるはずのないモンスターがそこにいたのだから。
白鳥さんを手に入れる為にはどれだけのハードルを越える必要があるんだろう。
取りあえず、一つ目のハードルは目の前の怒れるモンスターなんだろうな、と。
僕は盛大に戦いへの覚悟を決めるのだった。
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