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第3章

第32話 お姉ちゃんは12周目で折れる part12

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 踵を返した青年に手を伸ばし、声を振り絞る。

「あのっ。あなたのお名前は――」

「リリーナッ!」

 滑り込むように私と青年の間に割り込んだラウル王子。

「わたしの連れに何か用か?」

 彼は見たこともない顔で青年を威圧しながら、私を背中の後ろへと移動させた。
 思わぬ行動に驚きつつも彼の誤解を解くために服を掴む。

「違うの。その人は私を助けてくれたの!」

「そうなのか?」

 彼の背中を叩いて説明し、ようやく私の方を向いてくれた彼の胸を叩く。

「いつもいつも遅いのよ! このポンコツ王子!」

「ご、ごめん」

 決壊したダムのように涙と恨み言があふれて止められない。
 服を握りしめ、顔をうずくめながらしゃがみ込む。
 彼は私の脇に手を潜り込ませ、支えながら一緒に膝を折った。

「まさか。ラウル殿下?」

「ん? きみは誰だ?」

「覚えていないか。王子、大切な人の一人も守れないのに国民を守れるのか?」

「なに?」

 青年とラウル王子が険悪な雰囲気となる。
 二人とも私にとっては恩人だ。そんな二人に喧嘩なんてしてほしくない。
 ラウル王子の服を引っ張り、何度も顔を横に振っても彼の攻撃的な目の色は変わらなかった。

「きみに何が分かる?」

「父上のお言葉だ。忘れたとは言わせないぞ」

 その時、ラウル王子が表情を歪めた。
 私にも心当たりがある。彼自身ではなく、彼の中にあるラウル王子の記憶が呼び起こされているんだ。

「そうだ。確かに陛下の言葉だ。何故それをきみが……?」

 青年は私を気にしつつも、ラウル王子と目線を合わせるようにしゃがみ込み、不敵に笑った。

「そんなんだったらオレが代わっちまうぞ。お久しぶりですね、兄上。不出来な弟、クリスティアーノです」

「「クリスティアーノ!?」」

 合図したわけでもないのに声を揃えて、たった今知った探し人の名前を叫ぶ。
 ラウル王子よりも明るい髪の色に真っ黒な瞳。全然似てない兄弟だ。

 クリスティアーノは微笑み、私たちに手を貸してくれた。

「ありがとうございます」

「あなたはリリーナというのですか? まさか、リリーナ・アッシュスタイン?」

 肯定するとクリスティアーノは辺りを見渡し、遠慮がちに問いかけた。

「セレナ・アッシュスタインは一緒ではないのですか?」

 思い出した。
 11周目でセレナを助けてくれた時もクリスティアーノは妹《セレナ》の名前を知っていた。
 リリーナの記憶を辿ってもクリスティアーノに関するものは一切存在しない。
 過去のセレナの言葉と繋ぎ合わせるなら、リリーナがいない場所で子供の頃に二人は出会っていることになる。

「私もどこにいるのか分かりません。クリスティアーノさんはセレナをご存じなのですか?」

「もう随分昔のことです。子供の頃に一度だけ社交界でお会いしました。大人達に内緒でこっそりと会場を抜け出し、お城を探険したり、お話したり。楽しかった良い思い出です」

 懐かしむように空を見上げながら語るクリスティアーノ。
 ただ上を向いている姿も絵になっていた。

「思い出した。あの時か……」

 必死に記憶を呼び起こしていた私の中に一つの思い出が蘇る。
 セレナとリリーナがまだ6歳の時にお城で行われたパーティーに参加したことがある。私はずっと両親の近くにいたが、好奇心旺盛なセレナは途中でどこかに消えてしまった。
 後に大事となり、大人たちが捜索するとお城の一室で眠っていたらしい。

 あの時の話を詳しくセレナに聞いたことはない。父にこっぴどく叱られていたからセレナ自身も思い出したくないのかもしれない、と子供ながらに遠慮していた。
 そんな記憶が頭の中に浮かび上がった。

「違ったなら謝ります。セレナはあなたのことをリスティと呼んでいましたか?」

「あぁ! 懐かしいな。女みたいだから止めてくれって言ったんだけど、最後まで止めてくれなかったな」

 これではっきりした。
 11周目でセレナを助けて、12周目で私を助けてくれたこの青年こそがセレナの初恋の相手であり、今でも想い続けている男性だ。

「お願いです、セレナを一緒に探してください! あの子はまだあなたのことが好きなの。だから協力してちょうだい! 私たちには時間がないの!」

 困った顔のまま愛想笑いを浮かべたクリスティアーノだったが、実兄じっけいであるラウル王子も一緒にお願いしてくれたことで渋々協力してくれた。

「セレナはどこにいるのか分からないと言いましたね。どうするのですか?」

 クリスティアーノの言う通りだ。
 セレナを見つけ出せないなら今回の失敗を次回に生かすしかない。しかし、私は次も全力で戦える気がしなかった。
 この12周目で物語を終えることができるならそうしたかった。

「セレナーッ! どこにいるんだ! 俺の声が聞こえたら出てきて欲しい!」

 突如、大声を出し始めたラウル王子に驚く。
 彼は気が狂ってしまったのか、と思うほどに叫び続けた。
 やがて町の人たちがラウル王子に続いて、セレナの名前を呼び始める。
 これこそ、悪あがきだ。
 それでも藁にも縋る思いで私も一緒になって叫んだ。

「セレナ! お願い! もう一度、私の話を聞いて!」

 どれくらいの時間が経っただろうか。
 声が枯れて喉の痛みを自覚したとき、空が陰り、聞き慣れない高圧的な笑い声が頭上から聞こえた。
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