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14 そのキスの温度は
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ちょうどその時、頼んでいたコーヒーが運ばれてきた。
それを受け取ってテーブルに並べて……とやっているうちに、蓮の問いは淡い湯気と共にかき消され、口にするタイミングを逃した。
そこで話は途切れてしまい、あとは目の前のコーヒーが主役になる時間となった。
お互いの珈琲の香りを嗅いでその違いを楽しんだり、スプーンでひと匙掬って味の感想を言い合ったりしているうちに、流れるように時は過ぎていった――……
「――今日は、本当にありがとう」
「いやいや!こっちこそ付き合ってもらって楽しかったよ。ありがとね、泉水さん」
『ツキナギ』訪問を終えて、2人は桜木町駅まで戻ってきた。
満ち足りた様子で微笑んでいる泉水を前にして蓮も嬉しかったし、夢のように楽しい時間を過ごせたので基本的には大満足だ。
――が。
「泉水さん、あのさ」
「ん?」
「あの――」
何?と邪気など一切無さそうな澄んだ瞳で見詰め返されると、うっと言葉に詰まる。言いたいことが出てこない。
「……良かったら、また――誘ってもいい?俺もパンとかコーヒーが好きだからさ。食べ歩きに付き合ってくれたらありがたいなって」
「もちろん!月曜日限定になっちゃうけど、蓮くんの都合が良ければぜひ」
「本当?じゃあ、またお店を探しておくよ」
「うん。ありがとう」
結局、当たり障りのない会話で終わってしまう。
「じゃあ、またお店で」
手を上げて、泉水が体の向きを変えた。
蓮の傍から離れていく。
人混みにまぎれるその背中を見送って――蓮はその場からしばらく動けなかった。
はあぁ、と溜息を吐き、天を仰ぐ。
(これはまぁ、ミッションとしては成功……なんだけど)
少なくとも、自分は泉水にとって一緒に出かけても良い相手なんだと分かった。
それはかなり重要なことだと思う。
だが、それにしても情けない。
思っていることも満足に言えないとは。
あのキスにしても、驚いて言い訳をしたあとはどうにもこうにも自分のペースに出来なくて……まるで上手くいかなかった。
完璧に負けていると認めざるを得ないこの状況は、いっそ清々しくもある。
そして今回のバグった行動の原因を思うと、自分のキャラに合わない我慢のしすぎは脳と体に良くないなぁと、つくづく感じて。
『別に嫌ではないし……』
泉水の声が甦って、脳内でこだまする。
自分の唇が触れた肌。
少し冷たくてこちらの熱を伝える隙もないキス。
(俺が本当に欲しいのは、もっと、熱くて。
どちらの熱か分からなくなるような――)
……息が出来なくなるようなキスを想像してしまうと、自分の熱をますます持て余す羽目になった。もうそろそろ、大人しい弟分でいるのも限界かもしれない。
――まあ今日のところはいいか、と。
頭を掻いて、蓮は歩き出した。
今は、あの人が目の前で真剣に悩んでいた顔とか、コーヒーを味わってうっとりしていた顔だとか。
沢山のお土産ができたのでそれだけでも充分悪くない、と思った。
* * *
(――蓮くんのアレ、何だったんだろう……)
一人になってから、泉水はゆっくりとあの場面を思い出していた。
突然のキス。
指にするキス…って男同士でも普通?
僕が過剰反応してるのか??
ホストの習性と笑っていたけれど、僕には余りにも非日常すぎて軽く目眩がしたし、急にドキッとさせられて……何だか悔しかった。
あれが日常茶飯事だとしたら、もう本当に罪作りすぎる。
一瞬、声も出なくて反応も出来なかった。
思い出せば、包み込むような手の温度も、そっと慈しむような唇の触れ方も。
軽いノリというよりは、とても大切にされていると思ってしまいたくなるような感じで……。
急に顔が熱くなるのが分かった。
これでは本当に女子の反応ではないか。
あの時はびっくりし過ぎて、そのままスルーするしかなかった。
どういう意味?と追求した所で「ふざけてた」とか「真剣だ」とか、どちらの反応を返されても困っただろう。
いつもの蓮は考えていることが分かりやすいと思う。表情に素直に出るからだ。
でも今回のあれは……本当によく分からなかった。
キスした瞬間の真剣な表情。
こちらを見詰める眼差しに吸い込まれそうな気がした。
我に返った時の慌てかたを見ると、本当に無意識だったのかなと思えた。
(……精一杯、普通に振る舞ったつもりだけど)
動揺を見せたくないと思ったのは、年上のつまらない意地だったかもしれない。
舞い上がって慌てるなんて、彼のお客の女の子と同じだと思われたくなかった。
あの後はお互いそのことに触れないまま、それでも普通に会話が盛り上がっていたし問題はなかったはずだ。
……蓮の言う通り「職業病」と思っておけばいいのだろう。多分。
そんなことを自然にやってくるなんて困った年下だなと思うけど、指に唇が少し触れただけのことだ。気にしすぎて今の雰囲気を壊したくない。
とにかく、今回の外出は本当に楽しかった。
自分のこだわりぶりに呆れられるかと思ったが、こちらが最大限楽しめるように自然に気を遣ってくれて、そういう所は本当に困った年下どころか大人だなと感じる。
蓮のおかげだ。
また一緒に出かけられたら嬉しい――と。
単純にそう思い、蓮の笑顔や慌てた顔が次々と頭に浮かんだ。
念願のお店に行けたことより彼のことばかり考えている自分に、少し驚く。
そして心の中で「蓮」と呼び捨てにしていることに、今さらながら気が付くのだった。
それを受け取ってテーブルに並べて……とやっているうちに、蓮の問いは淡い湯気と共にかき消され、口にするタイミングを逃した。
そこで話は途切れてしまい、あとは目の前のコーヒーが主役になる時間となった。
お互いの珈琲の香りを嗅いでその違いを楽しんだり、スプーンでひと匙掬って味の感想を言い合ったりしているうちに、流れるように時は過ぎていった――……
「――今日は、本当にありがとう」
「いやいや!こっちこそ付き合ってもらって楽しかったよ。ありがとね、泉水さん」
『ツキナギ』訪問を終えて、2人は桜木町駅まで戻ってきた。
満ち足りた様子で微笑んでいる泉水を前にして蓮も嬉しかったし、夢のように楽しい時間を過ごせたので基本的には大満足だ。
――が。
「泉水さん、あのさ」
「ん?」
「あの――」
何?と邪気など一切無さそうな澄んだ瞳で見詰め返されると、うっと言葉に詰まる。言いたいことが出てこない。
「……良かったら、また――誘ってもいい?俺もパンとかコーヒーが好きだからさ。食べ歩きに付き合ってくれたらありがたいなって」
「もちろん!月曜日限定になっちゃうけど、蓮くんの都合が良ければぜひ」
「本当?じゃあ、またお店を探しておくよ」
「うん。ありがとう」
結局、当たり障りのない会話で終わってしまう。
「じゃあ、またお店で」
手を上げて、泉水が体の向きを変えた。
蓮の傍から離れていく。
人混みにまぎれるその背中を見送って――蓮はその場からしばらく動けなかった。
はあぁ、と溜息を吐き、天を仰ぐ。
(これはまぁ、ミッションとしては成功……なんだけど)
少なくとも、自分は泉水にとって一緒に出かけても良い相手なんだと分かった。
それはかなり重要なことだと思う。
だが、それにしても情けない。
思っていることも満足に言えないとは。
あのキスにしても、驚いて言い訳をしたあとはどうにもこうにも自分のペースに出来なくて……まるで上手くいかなかった。
完璧に負けていると認めざるを得ないこの状況は、いっそ清々しくもある。
そして今回のバグった行動の原因を思うと、自分のキャラに合わない我慢のしすぎは脳と体に良くないなぁと、つくづく感じて。
『別に嫌ではないし……』
泉水の声が甦って、脳内でこだまする。
自分の唇が触れた肌。
少し冷たくてこちらの熱を伝える隙もないキス。
(俺が本当に欲しいのは、もっと、熱くて。
どちらの熱か分からなくなるような――)
……息が出来なくなるようなキスを想像してしまうと、自分の熱をますます持て余す羽目になった。もうそろそろ、大人しい弟分でいるのも限界かもしれない。
――まあ今日のところはいいか、と。
頭を掻いて、蓮は歩き出した。
今は、あの人が目の前で真剣に悩んでいた顔とか、コーヒーを味わってうっとりしていた顔だとか。
沢山のお土産ができたのでそれだけでも充分悪くない、と思った。
* * *
(――蓮くんのアレ、何だったんだろう……)
一人になってから、泉水はゆっくりとあの場面を思い出していた。
突然のキス。
指にするキス…って男同士でも普通?
僕が過剰反応してるのか??
ホストの習性と笑っていたけれど、僕には余りにも非日常すぎて軽く目眩がしたし、急にドキッとさせられて……何だか悔しかった。
あれが日常茶飯事だとしたら、もう本当に罪作りすぎる。
一瞬、声も出なくて反応も出来なかった。
思い出せば、包み込むような手の温度も、そっと慈しむような唇の触れ方も。
軽いノリというよりは、とても大切にされていると思ってしまいたくなるような感じで……。
急に顔が熱くなるのが分かった。
これでは本当に女子の反応ではないか。
あの時はびっくりし過ぎて、そのままスルーするしかなかった。
どういう意味?と追求した所で「ふざけてた」とか「真剣だ」とか、どちらの反応を返されても困っただろう。
いつもの蓮は考えていることが分かりやすいと思う。表情に素直に出るからだ。
でも今回のあれは……本当によく分からなかった。
キスした瞬間の真剣な表情。
こちらを見詰める眼差しに吸い込まれそうな気がした。
我に返った時の慌てかたを見ると、本当に無意識だったのかなと思えた。
(……精一杯、普通に振る舞ったつもりだけど)
動揺を見せたくないと思ったのは、年上のつまらない意地だったかもしれない。
舞い上がって慌てるなんて、彼のお客の女の子と同じだと思われたくなかった。
あの後はお互いそのことに触れないまま、それでも普通に会話が盛り上がっていたし問題はなかったはずだ。
……蓮の言う通り「職業病」と思っておけばいいのだろう。多分。
そんなことを自然にやってくるなんて困った年下だなと思うけど、指に唇が少し触れただけのことだ。気にしすぎて今の雰囲気を壊したくない。
とにかく、今回の外出は本当に楽しかった。
自分のこだわりぶりに呆れられるかと思ったが、こちらが最大限楽しめるように自然に気を遣ってくれて、そういう所は本当に困った年下どころか大人だなと感じる。
蓮のおかげだ。
また一緒に出かけられたら嬉しい――と。
単純にそう思い、蓮の笑顔や慌てた顔が次々と頭に浮かんだ。
念願のお店に行けたことより彼のことばかり考えている自分に、少し驚く。
そして心の中で「蓮」と呼び捨てにしていることに、今さらながら気が付くのだった。
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