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 カティとトビアスは許嫁だ。親戚で家が隣で、幼い頃からしょっちゅう顔を合わせていた。
 カティは五歳年上のトビアスを「お兄様」と呼んで、兄のように慕っていた。成長するにつれ彼への気持ちは恋へと変化し、将来は彼と結婚できるのだと思うと嬉しくて堪らなかった。物腰が柔らかく端正で甘い風貌のトビアスはカティの理想の王子様だった。
 互いの親が盛り上がって勝手に二人を許嫁にしたのだが、カティはトビアスと結婚できることを心から喜んでいた。
 けれど、そんな風に思っていたのはカティだけだった。
 トビアスは決して、カティとの結婚を望んでいたわけではなかったのだ。
 トビアスはいつもカティに優しかった。カティを可愛がってはくれた。確かにカティに好意を抱いてはいた。
 しかしそれは、家族愛でしかなかったのだ。幼い頃から一緒に過ごしてきたせいか、彼にとってカティは妹のような存在で恋愛対象ではなかった。
 トビアスが同年代や年上の大人びた女性とデートをしている姿を見て、自分が彼に女として見られていないのだと気づいた。
 美しい女性と親しげに腕を組んで歩き、キスを交わすトビアスを、カティはただ見ていることしかできなかった。
 カティとトビアスは許嫁で、彼の行為は浮気になるのだが、それを責めることはできなかった。
 なにもトビアスは堂々と浮気をしているわけではない。ちゃんと隠れて女性と会っている。カティが彼の後をつけ回して、そんなことをするからそんな場面に遭遇してしまったのだ。幼い頃からトビアスの背中を追い回していたカティは、成長しても彼を見かければすぐに追いかけてしまう。
 そして現実を思い知らされたのだ。
 カティはトビアスが大好きで、トビアスもカティを好きでいてくれていると思っていた。それはとんだ思い違いだった。
 だからカティは努力した。彼に女として見てもらえるように。化粧をして、大人っぽい衣服を選んで身につけるようになった。言動にも気を付けた。トビアスの好みの女性に寄せ、子供っぽい口調や仕草を直した。
 けれど、それでも彼はカティを妹のようにしか見てくれなかった。デートはしても、抱き締めてはくれない。他の女性にはするのに、カティにはキスをしてくれない。トビアスのカティを見る瞳は、浮気相手を見つめる瞳とはまるで違った。
 それでも、トビアスはカティとの結婚を拒むことはなかった。というよりも、できなかったのだろう。二人の両親もカティも結婚に乗り気だったから。
 カティとトビアスの関係は少しも進展することはなく、そのまま結婚することになった。
 夫婦になれば、さすがに変わると思っていた。女として見てもらえると。
 けれど、そうはならなかった。
 カティとトビアスの寝室は別々で、彼がカティを抱くことはなかった。
 大切にはしてくれている。彼は変わらず優しくて、カティに冷たく当たることはない。
 しかし、女として愛されることはなかった。
 トビアスはカティに隠れて娼館へ行き、そうして性欲を発散させていた。隠していたって気づくものだ。
 惨めだった。結婚したのに、カティは彼に妻としては扱ってもらえなかった。トビアスはカティ相手ではキスすらしようとはしないのだ。
 結婚して一年が過ぎたところで、カティは彼に女として愛されることを諦めた。きっとこの先、トビアスの気持ちが変わることはない。カティはこれからもずっと、彼にとっては可愛い妹のままなのだ。
 見切りをつけたカティが手に入れたのは惚れ薬だった。
 魔女の営む店の商品だ。その店は心底商品を手に入れたいと望む者にしか見つけられない。そんな眉唾物の店を、カティは見つけられた。店を見つけるのは簡単ではないが、店内の商品の値段は良心的だ。溜め込んだお小遣いで、カティは望む薬を買うことができた。
 その薬を、躊躇うことなくトビアスに飲ませた。薬を盛られるだなんて疑いもしていない彼に飲ませるのは容易い。
 数時間で薬の効果はあらわれ、トビアスはカティを女として愛してくれるようになった。
 娼館へ足を運ぶことはなくなり、愛おしむようにカティだけを見つめ、抱き締め、愛を囁いてくれるようになった。

「可愛いカティ。愛してるよ」

 カティの頬を撫で、口癖のようにそう言ってくれるようになった。
 彼の微笑みも視線もなにもかも、カティだけに向けられるようになった。
 毎日愛する人に愛を注がれ、カティは穏やかで幸せなひとときを過ごした。

「眠そうですね、トビアス様」

 とある休日。カティは一緒にお茶を飲んでいたトビアスの眠そうな顔を見て微笑んだ。

「え、いや、そんなことは……」
「ふふ。無理をなさらないで下さい。ほら、横になって。どうぞ、私の膝に頭を乗せて下さい」

 戸惑うトビアスを促せば、彼は躊躇いつつもソファに横になりカティの膝に頭を乗せた。

「痛くはありませんか?」
「全然。寧ろ柔らかくて寝心地がいいよ。カティの方こそ重くない? 脚が痛くなってしまうんじゃ……」
「大丈夫ですよ。さぁ、このまま少し眠って下さい」

 髪を鋤くように頭を優しく撫でれば、トビアスは瞼を閉じ、やがて眠りに落ちていった。
 膝の上の彼の穏やかな寝顔を見つめる。
 彼の寝不足はカティのせいだ。同じベッドで眠るようになったが、カティは性行為を拒んでいた。抱き締め合い、キスは交わすが、それ以上のことは許していない。惚れ薬を飲んだトビアスは当然のようにカティの体を求めてきた。夫婦なのだから、おかしなことではない。
 けれど、カティは決して体を許さなかった。毎晩同じベッドで眠るだけ。トビアスも無理強いはしない。カティがやんわり断れば、すんなり身を引いてくれた。しかし娼館で発散することもできなくなったトビアスは、カティと同じベッドでただ眠るだけというのは辛いようだ。なかなか眠りに就けない、そんな日々を送っていることをカティは知っていた。
 トビアスはカティを愛しているから、カティが望まない限り抱くことはないだろう。
 紳士的で優しくて、妻の気持ちを尊重してくれる素敵な旦那様だ。
 トビアスの寝顔を見ているだけで、カティはとても穏やかで満ち足りた気持ちになれた。
 愛する人に愛される喜びを知ることができた。
 トビアスは心からカティを愛してくれる。他の女性に目を向けることなく、カティだけを見てくれる。
 もう幸せは充分味わった。これ以上は望まない。
 カティの本当の目的はこの先にあるのだから。




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