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5.元聖女は自分のことを知る決心をしました。
138.
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「国王陛下! 何を血迷ったことを……」
国王様の言葉を受けて、大司教様は顔色を蒼白にして右手だけでで頭を抱えた。
エイダン様は勝ち誇ったように鼻で笑うと、兵士さんたちに命令した。
「聞こえなかったか? 父上はお前を解任すると言ったのだ。――兵士たちよ、ミハイル元大司教を捕らえよ。魔法使いたちに引き渡すまで逃がすわけにいかないからな」
兵士たちは俯いたままの国王様とエイダン様を順番に見てから、エイダン様に向かって「はっ」と声を揃えて答えると、だだだっと大司教様に向かって走り出した。
「――ふざけるな!」
叫んだ大司教様は大神殿の崩れた壁の穴に向かって駆け出す。それをライガが通せんぼして止めた。駆けつけた兵士さんたちは大司教様を取り押さえた。
――大司教様、捕まってしまいました……。
私はその様子を見ながら、混乱する頭を整理していた。
エイダン様、大司教様が私を密売人――、あのノアくんを攫った人たちの元締めの人のさらに元締めの、レイヴィスって人から買ったって言ってましたよね?
レイヴィスって人はライガを売ってた人でもあって、それってつまり、私とライガは同じ人から売られてた?
大司教様、私の親はミアラって村の宿屋の夫婦って言っていませんでした?
どういうことですか?
頭の中で疑問符が回転する。
エイダン様はざわざわとしている神官たちの方へ近づいて行った。
「――――エイダン、奥の黒髪の男と、茶色い髪の女、それから太めの金髪の男は大司教のやってたことについて詳しく知ってそうだよ」
ステファンが耳打ちすると、エイダン様は頷いてから神官たちに声をかけた。
「お前たち! 竜は今ここにいるので全部か?」
「はい――、全部で10匹ですので、全てです……」
「では、もうこれ以上、襲ってくるのはいないだろうか」
エイダン様は私に聞いた。
はっとして、振り返って祭壇の奥、祈りの間から天井に向かって立っている女神像見ると、真っ赤になっていた色は消えて、白く輝いていた。――さっき祈った効果で、白く光ってるんだろうか。
私は改めて自分がしでかした事の大きさに気付いて、うつむいた。
「――――すいません、私が火竜に、大司教様を黙らせてって祈ったらこんなことに――。他の竜が来るなんて思ってなくて……」
「気にするな。幸い怪我人は出ているが死んでいる者はいなさそうだし。――むしろ大神殿が壊れて良かった。父上に大司教が諸悪の根源だと早く理解してもらえたからな」
エイダン様はふっと笑うと、神官たちに呼びかけた。
「お前たち! お前たちからも後から話を聞かせてもらうからな! ――だが、今は怪我人の救護を! 王宮へ運んで治療してくれ!」
彼らは頷くと、床に倒れたままの人たちを助けに向かった。
てきぱきと命令を連呼するエイダン様を見ながら、私はステファンに聞いた。
「ステファン、私って――、レイヴィスって人から大司教様に売られたんですか?」
ステファンは頷くと、口を開いた。
「そのことなんだけど、レイラ、君の父親は――」
その時、ぐらりと視界が揺れた。
意識が遠のく。あ、これ、最初にステファンたちと会った時にもなった魔法の使い過ぎのやつです――――。
***
暗闇の中で、私は『お父さん』の声を聞いていた。
『レイラはお母さんに似てきたね』
私を見つめて、『お父さん』はそう呟く。
『おかあさん…………どこにいるの』
『お母さんはお前とお父さんの心の中に、いるんだよ』
そして、お父さんは私の髪を撫でて部屋を出て行く。
『レイラ、いい子だから待っていなさい。お父さんが戻って来るまで、待っているんだよ』
だけどお父さんはいつになっても戻ってこなくて、我慢できなくなって、泣いていたら、
耳が長くない、大人が二人来て、私をどこかへ連れて行って、それから、泣くと頭をぶってくるおじさんのところに連れて行かれた。
それから――、そのおじさんのところに、別のおじさん、白い服を着たおじさんが来た。
『安くしとくよ、魔力だけはあるんだこいつは。魔法らしい魔法を覚えてるわけじゃない。耳を切っちまえば、変なことはできなくなるんじゃねぇか。気に入らなきゃ処分すりりゃいい』
『確かに――魔力は――十分だが……。わかった、試しに買ってみよう』
私を持ち上げて、そう言ったそのおじさんは大司教様だ。
そして、大司教様は大きい鋏を持って来て――。
「きゃぁぁあああ!」
悲鳴を開けて飛び起きる。そしたらふかふかした感触に身体が弾んだ。
「レイラ! 大丈夫!?」
「大丈夫か?」
慌てたようなステファンとライガの顔があった。
私はあたりを見回して、額の汗を拭うと、もう一度その場に弾んだ。
――何だか豪華な部屋のとんでもなくふかふかしたベッドにいます。上には天蓋がついたベッドです。お姫様の寝てそうなベッド――。
「ここ、どこ?」
「王宮だよ。エイダンがここを使えって」
「大丈夫か? 水でも飲むか?」
「ありがとう。飲みます」
差し出された水を一気に飲んで咳き込むと、ステファンがハンカチをくれた。
「魔力の使い過ぎかな。ゆっくり休んだらいいよ。神殿の怪我人とかは、大体片付いたみたいだから。大司教はサミュエルさんたちが到着するまで牢屋に入れとくって」
「――そうですか」
私は俯くと、呟いた。
「――私の耳切ったの、大司教様でした」
「夢かなんか見てた?」
私は耳を押さえて俯く。ジョキンっという金属音が耳元で反響している気がした。
ふと、大きい手が私の手の上に添えられた。それから、安心する声が。
「――もう大丈夫だよ」
私は手を耳から離して、顔を覆った。ぼたぼたと涙が落ちてくる。
「――ありがとうございます。来てくれて」
さっきもらったハンカチで目元を拭って鼻をかんで、ようやく顔を上げると、ステファンが深く頭を下げていた。
「――あんなことになってるなんて気づかなくて、遅くなってごめんね。あと、レイラがこの前の闘技会のこと気にしてるのわかってたのに、そのままにしてごめん」
ライガがぽんぽんっと背中を叩く。
「俺は気にしてねぇからよ、お前も気にすんなよ」
「だって――、もしかしたらライガがステファン食べちゃってたかもって思ったら――、私のせいでそんなことになったら――」
ステファンは胸を叩くと、笑って言った。
「食べられる前にこいつくらい止められるから大丈夫だよ。今まで戦った分で僕の方が勝ちが多いから」
「――――お前の実家にいたときの話だろ? 今はわかんねぇぞ」
「話の腰を折るなよ」
ライガを肘で小突いてから、ステファンは私に向き直る。
「とにかく、そんなことにならなかったからいいんだよ、レイラ」
一瞬黙って、ステファンがゆっくりと言葉を続けた。。
「それより、君が急にいなくなって、寂しかったよ。僕の魔物話を真剣に聞いてくれる人、他にいないしさ。僕は君がいた方が、楽しいよ」
私はまたハンカチを顔に押し当てた。さっき目元を拭いて鼻をかんだハンカチは生温かく湿っていて気持ち悪かったけど、人前に出せる顔じゃないからそうせざるおえなかった。
「――ありがとう」
そのとき、ジャラリという音がした。ハンカチをどけると、ライガが私の手に、あの宿屋に置きっぱなしにしていった緑の傷だらけの石がついたペンダントを握らせていた。
「これ置き忘れてたから、返すぜ。――これ見たら、俺も思い出してな。覚えてるかわかんねぇが、俺、レイヴィスのところにいたときにお前の面倒見てたみたいだぜ。お前が勝手に『ぎん』とか名前つけてたの、俺だ」
私は何度も瞬いた。
そう、あの頭をぶってくるおじさんのところには銀色の毛の犬、二足歩行の犬がいた。
銀色の毛だったから、『ぎん』って呼んでた――。記憶が、繋がる。
「あの犬……ライガ?」
「犬じゃねぇけどな。だから、お前はある意味、実の妹みたいなもんだ。困ってたらいつでも助けてやるからよ、相談しろよ」
顔を出すと、ライガは頭をぼりぼりと掻いて唸っている。
その様子に思わず笑うと、ステファンも笑った。
「――君が自分のことを知りたいって思うなら、協力するよ」
「ありがとう――ございます」
何回ありがとうって言ったかな。でも何回言っても言い足りない。
私はそう笑ってから聞いた。
「ステファン、倒れる前、私のお父さんがって言いかけたのは――」
ああ、とステファンは頷いて私を見つめて言った。
「君のお父さんはの行方はきっと、エルフが知ってると思う」
国王様の言葉を受けて、大司教様は顔色を蒼白にして右手だけでで頭を抱えた。
エイダン様は勝ち誇ったように鼻で笑うと、兵士さんたちに命令した。
「聞こえなかったか? 父上はお前を解任すると言ったのだ。――兵士たちよ、ミハイル元大司教を捕らえよ。魔法使いたちに引き渡すまで逃がすわけにいかないからな」
兵士たちは俯いたままの国王様とエイダン様を順番に見てから、エイダン様に向かって「はっ」と声を揃えて答えると、だだだっと大司教様に向かって走り出した。
「――ふざけるな!」
叫んだ大司教様は大神殿の崩れた壁の穴に向かって駆け出す。それをライガが通せんぼして止めた。駆けつけた兵士さんたちは大司教様を取り押さえた。
――大司教様、捕まってしまいました……。
私はその様子を見ながら、混乱する頭を整理していた。
エイダン様、大司教様が私を密売人――、あのノアくんを攫った人たちの元締めの人のさらに元締めの、レイヴィスって人から買ったって言ってましたよね?
レイヴィスって人はライガを売ってた人でもあって、それってつまり、私とライガは同じ人から売られてた?
大司教様、私の親はミアラって村の宿屋の夫婦って言っていませんでした?
どういうことですか?
頭の中で疑問符が回転する。
エイダン様はざわざわとしている神官たちの方へ近づいて行った。
「――――エイダン、奥の黒髪の男と、茶色い髪の女、それから太めの金髪の男は大司教のやってたことについて詳しく知ってそうだよ」
ステファンが耳打ちすると、エイダン様は頷いてから神官たちに声をかけた。
「お前たち! 竜は今ここにいるので全部か?」
「はい――、全部で10匹ですので、全てです……」
「では、もうこれ以上、襲ってくるのはいないだろうか」
エイダン様は私に聞いた。
はっとして、振り返って祭壇の奥、祈りの間から天井に向かって立っている女神像見ると、真っ赤になっていた色は消えて、白く輝いていた。――さっき祈った効果で、白く光ってるんだろうか。
私は改めて自分がしでかした事の大きさに気付いて、うつむいた。
「――――すいません、私が火竜に、大司教様を黙らせてって祈ったらこんなことに――。他の竜が来るなんて思ってなくて……」
「気にするな。幸い怪我人は出ているが死んでいる者はいなさそうだし。――むしろ大神殿が壊れて良かった。父上に大司教が諸悪の根源だと早く理解してもらえたからな」
エイダン様はふっと笑うと、神官たちに呼びかけた。
「お前たち! お前たちからも後から話を聞かせてもらうからな! ――だが、今は怪我人の救護を! 王宮へ運んで治療してくれ!」
彼らは頷くと、床に倒れたままの人たちを助けに向かった。
てきぱきと命令を連呼するエイダン様を見ながら、私はステファンに聞いた。
「ステファン、私って――、レイヴィスって人から大司教様に売られたんですか?」
ステファンは頷くと、口を開いた。
「そのことなんだけど、レイラ、君の父親は――」
その時、ぐらりと視界が揺れた。
意識が遠のく。あ、これ、最初にステファンたちと会った時にもなった魔法の使い過ぎのやつです――――。
***
暗闇の中で、私は『お父さん』の声を聞いていた。
『レイラはお母さんに似てきたね』
私を見つめて、『お父さん』はそう呟く。
『おかあさん…………どこにいるの』
『お母さんはお前とお父さんの心の中に、いるんだよ』
そして、お父さんは私の髪を撫でて部屋を出て行く。
『レイラ、いい子だから待っていなさい。お父さんが戻って来るまで、待っているんだよ』
だけどお父さんはいつになっても戻ってこなくて、我慢できなくなって、泣いていたら、
耳が長くない、大人が二人来て、私をどこかへ連れて行って、それから、泣くと頭をぶってくるおじさんのところに連れて行かれた。
それから――、そのおじさんのところに、別のおじさん、白い服を着たおじさんが来た。
『安くしとくよ、魔力だけはあるんだこいつは。魔法らしい魔法を覚えてるわけじゃない。耳を切っちまえば、変なことはできなくなるんじゃねぇか。気に入らなきゃ処分すりりゃいい』
『確かに――魔力は――十分だが……。わかった、試しに買ってみよう』
私を持ち上げて、そう言ったそのおじさんは大司教様だ。
そして、大司教様は大きい鋏を持って来て――。
「きゃぁぁあああ!」
悲鳴を開けて飛び起きる。そしたらふかふかした感触に身体が弾んだ。
「レイラ! 大丈夫!?」
「大丈夫か?」
慌てたようなステファンとライガの顔があった。
私はあたりを見回して、額の汗を拭うと、もう一度その場に弾んだ。
――何だか豪華な部屋のとんでもなくふかふかしたベッドにいます。上には天蓋がついたベッドです。お姫様の寝てそうなベッド――。
「ここ、どこ?」
「王宮だよ。エイダンがここを使えって」
「大丈夫か? 水でも飲むか?」
「ありがとう。飲みます」
差し出された水を一気に飲んで咳き込むと、ステファンがハンカチをくれた。
「魔力の使い過ぎかな。ゆっくり休んだらいいよ。神殿の怪我人とかは、大体片付いたみたいだから。大司教はサミュエルさんたちが到着するまで牢屋に入れとくって」
「――そうですか」
私は俯くと、呟いた。
「――私の耳切ったの、大司教様でした」
「夢かなんか見てた?」
私は耳を押さえて俯く。ジョキンっという金属音が耳元で反響している気がした。
ふと、大きい手が私の手の上に添えられた。それから、安心する声が。
「――もう大丈夫だよ」
私は手を耳から離して、顔を覆った。ぼたぼたと涙が落ちてくる。
「――ありがとうございます。来てくれて」
さっきもらったハンカチで目元を拭って鼻をかんで、ようやく顔を上げると、ステファンが深く頭を下げていた。
「――あんなことになってるなんて気づかなくて、遅くなってごめんね。あと、レイラがこの前の闘技会のこと気にしてるのわかってたのに、そのままにしてごめん」
ライガがぽんぽんっと背中を叩く。
「俺は気にしてねぇからよ、お前も気にすんなよ」
「だって――、もしかしたらライガがステファン食べちゃってたかもって思ったら――、私のせいでそんなことになったら――」
ステファンは胸を叩くと、笑って言った。
「食べられる前にこいつくらい止められるから大丈夫だよ。今まで戦った分で僕の方が勝ちが多いから」
「――――お前の実家にいたときの話だろ? 今はわかんねぇぞ」
「話の腰を折るなよ」
ライガを肘で小突いてから、ステファンは私に向き直る。
「とにかく、そんなことにならなかったからいいんだよ、レイラ」
一瞬黙って、ステファンがゆっくりと言葉を続けた。。
「それより、君が急にいなくなって、寂しかったよ。僕の魔物話を真剣に聞いてくれる人、他にいないしさ。僕は君がいた方が、楽しいよ」
私はまたハンカチを顔に押し当てた。さっき目元を拭いて鼻をかんだハンカチは生温かく湿っていて気持ち悪かったけど、人前に出せる顔じゃないからそうせざるおえなかった。
「――ありがとう」
そのとき、ジャラリという音がした。ハンカチをどけると、ライガが私の手に、あの宿屋に置きっぱなしにしていった緑の傷だらけの石がついたペンダントを握らせていた。
「これ置き忘れてたから、返すぜ。――これ見たら、俺も思い出してな。覚えてるかわかんねぇが、俺、レイヴィスのところにいたときにお前の面倒見てたみたいだぜ。お前が勝手に『ぎん』とか名前つけてたの、俺だ」
私は何度も瞬いた。
そう、あの頭をぶってくるおじさんのところには銀色の毛の犬、二足歩行の犬がいた。
銀色の毛だったから、『ぎん』って呼んでた――。記憶が、繋がる。
「あの犬……ライガ?」
「犬じゃねぇけどな。だから、お前はある意味、実の妹みたいなもんだ。困ってたらいつでも助けてやるからよ、相談しろよ」
顔を出すと、ライガは頭をぼりぼりと掻いて唸っている。
その様子に思わず笑うと、ステファンも笑った。
「――君が自分のことを知りたいって思うなら、協力するよ」
「ありがとう――ございます」
何回ありがとうって言ったかな。でも何回言っても言い足りない。
私はそう笑ってから聞いた。
「ステファン、倒れる前、私のお父さんがって言いかけたのは――」
ああ、とステファンは頷いて私を見つめて言った。
「君のお父さんはの行方はきっと、エルフが知ってると思う」
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