上 下
166 / 217
7.元聖女は辺境の地を訪れました。

164.(ステファン視点)(2020.11.3後半改変)

しおりを挟む
 エドラヒルさんの言葉に、僕は大きく頷いた。
 
「辺境民は魔法が使える人も多いんだ。普段から魔物を自分たちで狩って喰らって生活しているし……魔物も人を襲うけど、集落を潰すほどの被害を起こすことは少ないよ。マーゼンスの領地には辺境警備の騎士団があって、辺境地と領地の間を警備してるけど、僕が覚えてる限りじゃ、彼らが大規模に動くことなんて、そうそうないよ」

 エドラヒルさんは「いや」と呟く。

「30年ほど前にも同じようなことがあったがな。オーガの軍勢が発生し、アスガルドの北部……今のマーゼンス辺境伯領に侵入し、土地を奪った。その時は、マーゼンス辺境伯殿が鬼共を駆逐し、土地を取り返したが、アスガルドの民にも大きな被害があったと聞く」

 ……僕が生まれる前の話だ。

 僕の父さん――レオン=マーゼンスは、もともと辺境警備に回されていた辺境騎士団の兵士だったけど、鬼が今の辺境伯領を襲ったときに、土地を奪還した功績で辺境伯に命じられた。
 その時にアスガルドの土地に流れ込んだ魔物は父さんたちが数年かけて殲滅せんめつさせて、それ以後はそんな風に魔物が押し寄せるなんてことはなく、領地はずっと平和だった。

 魔物の多く発生する土地ではあるけど、そんな鬼の軍勢が発生してるなんて、想像してなかった。いや、父さんや弟や妹がいれば、そんな大変な事態になることなんてないだろうけど。あの人たちは、強さのネジが飛んでるから。

「――大丈夫ですか?」

 ふと声をかけられて、僕はレイラの緑の瞳が自分の顔をじっと見つめていることに気付いた。

「ああ、うん、全然大丈夫だよ」

 慌てて笑顔を作ると、ライガが背中をどんっと叩いた。

「顔、強張ってたぜ。で、どうする。道は封鎖されてるし、……開けてもらえるまで待つか? いつになるかわかんねぇけど」

僕は唸った。
 どうしようか。無理に通るわけにもいかないし……。

「……お家が心配ですよね……」

 レイラの言葉に返事に詰まる。
 心配は、心配だけど……。
 そんな大変な有事の時に家に戻ったら迷惑もいいところじゃないか?
 それこそ何しに来たんだって話だよね。
 たいして戦力にもならない僕が帰ったところで……、何かができるわけじゃない。

 エドラヒルさんはため息を吐くと、眉間を寄せた。

「心配なのならば、家に帰ったら良いではないか。鬼退治なら私も協力してやろう。魔物の中でもあれは嫌いだ。醜いし食えないし。名乗って道を通してもらえ。マーゼンス辺境伯殿の息子であれば彼らも止めないだろう」

「名乗れないですよ。何の証明もないし。大体、僕は行方不明ってことにでもなってるでしょうから、変に人に伝わったら混乱させてしまいます」

 家に戻るっていうのは、できれば人に知られたくなかった。
 アスガルドの家督相続は長男に継ぐ決まりになっている。
 行方知れずで生死不明なら弟に継がれるだろうけど、僕生きてて家に戻ったとかっていう話になると、そのあたりの話が混乱しそうだ。

「面倒だな」

 エドラヒルさんは肩をすくめてフードをとると、馬車に乗り込んで、「もう一度門へ行け」と言った。

「いや、でも」

「いいから行け」

 言われるまま、門へ馬車を進めると、先ほどの兵士が困ったような顔で近づいてきた。

「――――お前たち、道は封鎖していると――、お前、エルフか?」

 彼は、フードをとったエドラヒルさんを見ると、驚いた顔をした。

「そうだ。魔法使いギルド所属のエドラヒルと言う。魔法都市ロンバルドから来た。辺境伯領を通ってエルフの森に里帰りするつもりで来たのだが――お前たち、辺境地で鬼が発生しているという話、魔法使いギルドに伝わってきていないが?」

「それは――、我が国の問題ですから。今はまだ、戦闘状態になっているわけではありませんし」

 敬語になった兵士は言葉を濁した。
 アスガルドはキアーラと同じく、魔術師ギルドも冒険者ギルドも置いていない。
 辺境に近く、もともと魔法が使える人間が多かったこともあって、僕の父さんみたいに魔法を使う剣士なんかの魔法使いギルドとは違う独自の魔法文化があるので、魔術師ギルドの介入を嫌っているところがある。

 今回の鬼発生の件も、たぶん大事にしたくなくて、辺境伯領地で何とかできると、そこで封じ込めようとしてるんだろう。

「30年前もお前たちはそうやって魔法使いギルドの介入を拒んで、魔物に土地を奪われたのではないか。全く、人間は学ばないな。すぐにでもロンバルドの魔法使いギルドに知らせを出せ。お前たちがやらないなら私が送るが」

「そんなことを勝手にされては、困ります!」

「では、お前たちが使いを出せ。私はこのまま辺境伯領地へ向かう。故郷の森に帰る用事があるのだ」

「……お通しはできません。エルフの里に帰られるのなら、我が国を通らず、辺境地よりお帰りになったら良いでしょう」

 兵士は、後ろを振り向き、門のところに待機していた仲間の兵士たちを呼んだ。
 ざざっと、兵士の一団が前に立ちはだかる。

 エドラヒルさんはぐぐぐと何か言いたげな顔で押し黙った。
 ――上から、人を通すなと命令が出ているんだろう。仕方がない。
 僕は彼の肩を叩くと首を振った。

「仕方ないです。国外へ出て、辺境地を回って行きましょう」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄されましたが、幼馴染の彼は諦めませんでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,968pt お気に入り:281

ある公爵令嬢の生涯

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,466pt お気に入り:16,124

1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,219pt お気に入り:3,762

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14,158pt お気に入り:3,343

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:106,529pt お気に入り:3,109

ボクは55歳の転生皇子さま!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:2,533

処理中です...