これは報われない恋だ。

朝陽天満

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523、覚悟を決めないと

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 クラッシュの店に顔を出すと、2、3人のプレイヤーが物色していた。

 クラッシュはというと。



「店主さーん。ランクSのハイポーションなくなったよ? いつ入る?」

「うん。毎度アリ」

「店主さん。これ、ください。200ガルでいいの?」

「うん。毎度アリ」

「店主さん。今度ご飯食べに行こ?」

「うん。毎度アリ」



 この調子である。

 今日のクラッシュはおかしい。

 慌ててカウンターの中に入って、クラッシュの横に立って対応する。

 ハイポーションは持ってたものを。出された商品の料金をいただき、デートの誘いはまた今度声をかけてと断り。

 一通りのことをこなすと、俺は慌てて入り口の札を「閉店」にしてきた。

 だってクラッシュ、対応できてないんだもん。



「クラッシュ、どうしたの? クラッシュ。ねえ」

「うん」

「ちょっと、クラッシュ!」



 肩を掴んで思いっきり揺さぶると、クラッシュはハッとしたように、ようやく俺をしっかりと見た。



「アレ、マック? どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ。そっちこそどうしたんだよ。すっごくさっきからぼんやりしてたよ」



 ため息とともにそう言うと、クラッシュは視線を彷徨わせた後、「ああ、うん」と生返事をした。



「一応お店閉めておいたからさ。疲れてる?」

「……疲れてるわけじゃないんだ」



 クラッシュはありがとう、と礼を言うと、溜め息を吐いて俺を奥の部屋に誘った。



「……ちょっと考えちゃって」

「考えるって何を? って俺が訊いてもいい?」



 クラッシュを椅子に座らせて、魔法陣魔法で素早くお茶を用意する。

 インベントリから食べるものを取り出してお茶と共にクラッシュの前に置くと、クラッシュは少しだけ目を輝かせてさっそく手を伸ばした。

 一通り食べて、お茶を飲んだら、少しは落ち着いたらしい。

 クラッシュが「あのさ」と口を開いた。



「魔王って……まだ生きてるんでしょ」

「え」

「でもって、セイジさんはそれを倒そうとしてあのシークレットダンジョンに入ってるんでしょ」

「クラッシュ……?」

「あの、穢れた大陸に、また行くってことでしょ」

「……」



 どうしてそんなことを言い出したのかわからず黙り込むと、クラッシュはじっと俺を見て、腰のカバンからゴソゴソと何かを取り出した。

 それをコロン、とテーブルに置く。

 それは、前に王宮からそれぞれ必要な人の元に跳んでいった、大陸の遺物だった。

 そういえばなぜかクラッシュの元にこれが飛んできたんだった。その時はそんなもんかな、なんて終わってたけど。それよりもヴィデロさんの元に何かが飛んできたことの方が重大だったけど、どう見てもクリアオーブなこれ、実は無視してちゃダメな物だった。もうすっかりクラッシュはセイジさんに渡したもんだと思ってたよ。



「昨日、セイジさんがたんまりと戦利品を抱えてここに来たんだ。結構久しぶりに顔を見たから嬉しかったんだけどさ、ぼろっぼろの姿で、満面の笑みを浮かべたセイジさんが、なんか……」

「それって……もしかして」

「うん。昨日入ったところは、当たりの場所だったって。残り一つだって」

「ってことは」



 これを渡したら、セイジさんがクリアオーブをそろえてしまうってことか。



「これを渡したら、きっとセイジさんと母さんとアルさんは、またあの穢れた大陸に行っちゃう」

「クラッシュ……」

「そしたら俺は、どんな気持ちで待ってればいい? 俺の魔力って、母さん並とか言われたけど、俺も行けるのかな。でも、アルさんですら倒しきれなかった魔王相手に、俺足手まといにしかならないじゃん。昔も今も、待ってることしかできないのかな」



 クリアオーブを指で弄びながら、クラッシュがポツリと零す。

 そうだよね。クラッシュは魔大陸に行けるかどうかすらわからないんだよね。行って魔物になっちゃいました、なんてなったら目も当てられない。

 あとひとつ。しかもそれは、ここにある、って。

 俺まだ蘇生薬ランクS作れないよ。ギリギリAがごくまれに作れる程度だよ。



「……って思ったらさ、なんか、目の前が真っ暗になっちゃって。これ、ほんとはさっさとセイジさんに渡せればいいんだけど、渡せないんだ、怖くて。でも俺がこれを持ってる限り、セイジさんはこれを手に入れようとして、またあの危ないダンジョンに乗り込んでいかないといけないのかと思うと、どうしたらいいのかわからないんだ。どうすればいいと思う、マック」



 どうしたらいいんだろう。俺もわからない。

 でも。



「俺は、一緒に行ってくるから。出来る限りセイジさんをサポートするよ。それに、高橋たちもいるし、『白金の獅子』の人たちもいるから。前よりはすごく有利じゃないかなと思う」

「マックは魔力そこまで高くないのに行けるの?」



 俺の言葉に、クラッシュが首を傾げた。



「俺たち異邦人の身体は、いわば魔素で出来た偽物の身体、なんだって。前にそう聞いたよ。だからこそ、魔大陸の高濃度の魔素にも耐えられるんだって。だから、俺の場合は魔力が低くても魔大陸に行くこと自体はなんてことないんだ。壁向こうでも証明済み」

「そっか。そうなんだ……いいな、異邦人。俺も、異邦人になりたい」

「前にヴィデロさんにも同じ様な事を言われたことあるよ」

「そりゃ言うよ。マックも魔大陸に行くって、ヴィデロは知ってるんじゃない? ついて行きたいってごねられなかった?」

「そりゃもう盛大に」



 どこまで行けるか試すために壁の向こうにまで行っちゃう人だから。でも、それでも長くは持たなくて。

 クラッシュと笑いながら、少しだけ胸がギリッと痛んだ。

 きっとクラッシュも同じ痛みを味わってるんじゃないかな。笑い顔も少しだけ苦いのが混じってる。



「俺も行きたいけど、それはわがまま以外の何物でもないよね……俺が付いてったことでさらに母さんたちを危険にさらしちゃったら元も子もないし。待ってるだけってホント辛い。辛いんだよマック。その辛さをわかって心して行ってきてよね。これは……俺の覚悟が決まったらセイジさんに渡すからさ」

「……うん」



 クラッシュの警告にも似たお願いは、俺の心に刺さった。

 待ってるだけって辛い。辛いよね。何も出来ないのはほんと、辛い。幸いにも俺は何かを出来る方に分類されたから、でも、そのせいでその辛さをヴィデロさんは味わうわけで。

 要は俺たちが無事魔王を倒してサラさんを助けて全員で帰ってくればいいだけの話なんだけど。それがなかなか難しい。ラスボスの強さどれだけなのか想像もつかないよ。

 雄太のことを一撃でHP1に減らしちゃうような攻撃力と攻撃技術の塊のような勇者が一度撤退してるくらいのラスボスなんだから。

 これが本当のゲームだったら、こうでなきゃ面白くないとか思うかもしれないけど、でも。面白くなくてもなんでもいいから、激甘楽勝モードになってくれないかな。なんて、無理なのは承知でついつい思っちゃう甘ちゃんな俺がいる。

 俺たちはまだ死に戻りするから何度でも挑んでいけるけど、セイジさんやエミリさんはそうじゃないから余計に。どっちもクラッシュにとってとても大事な人で。勇者も王女様にとってとても大事な人で。サラさんはそれこそ命を懸けてセイジさんが助けに行くくらいセイジさんにとって大事な人で。誰かにとっての大事な人たちだからこそ、死なせるわけにいかないから、一緒に行く俺たちの責任は重大だ。緊張する。



「ってことは、こうしちゃいられない。俺も早く蘇生薬ランクS作れるようにならないと」

「蘇生薬か。またセイジさんが倒れたら蘇生薬使って欲しい。あと、母さんとアルさんの時も」



 試練の神殿で倒れたセイジさんを思い出してるんだろうクラッシュは、まっすぐ俺を見てお願い、と頭を下げた。もちろん何本でも使うよ。出し惜しみしない。

 そしてずっと未クリア状態だったセイジさんからのクエストも、しっかりとクリアしないと。

 そうと決まれば、やっぱり冬休み中は調薬一択、だよな。



「いくらでも助けられるように、たくさん作るから」

「ありがとう。マックだけが頼りだよ」

「俺だけじゃないけどね。下手すると一番足手まといだからさ。何せ戦闘手段を持ってないもん」



 そうだね、とようやくクラッシュの顔にいつもの笑顔が戻った。

 雄太たちはレベルどれくらいまで上がったんだろう。調薬もそうだし、もしかしてパーソナルレベルも上げないとやっていけないかな。俺を守りながらなんて、絶対に戦闘が不利にしかならないしね。

 決意を新たにしながら、俺はクラッシュと共に食後のお茶を楽しんだ。

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