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夜会と影

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夕刻、クラーラは藍色のボールガウンを身にまとった。
丁重に彼女の髪をセットするロゼッタは、誇らしげに言い放った。

「お似合いですよ、クラーラ様。さすがレナート様がお選びになったドレスなだけありますね」

「そう? ありがとう。仮にも伯爵夫人として振る舞うのだから、下手な恰好はできないものね」

トビアスが目覚めてから半年以上の月日が経ち。
クラーラは夜会に出る機会が多くなっていた。
最近はレナートと共に活動の拠点を王都へ移し、社交界での人脈作りに勤しんでいる。

最初は初々しく不安な交流も多かったレナートだが、徐々に本音と建前の使い分け覚えてきて、人のよさも相まってか評判になっているようだ。
もちろん、その隣に婚約者として立つクラーラも然り。
レナートは順調に領主としての箔をつけ始めている。

「……よし、こんなものかしら。それじゃあ行ってくるわね」

「はい、お気をつけて」

身だしなみを整えて、屋敷の執務室へ向かう。
ここは王都に構えたハルトリー家の別荘。
長らく主人が使うことのなかった屋敷だが、ようやく日の目を浴びることになった。
執務室の扉をノックすると、中から『どうぞ』と返事が。

「クラーラ、準備は終わったのかい? うん、今日も綺麗だ」

黒の燕尾服に白の蝶タイをつけたレナート。
彼は書類に落としていた視線を上げて微笑んだ。

「今日の夜会はトビアス様も同行されるのだったかしら」

「ああ。カーティスも領地から一緒に来る。もう二人は夜会の会場に到着してるんじゃないかな。俺たちも行こうか」

足しげく夜会に顔を出す二人は、今日も今日とて会場に足を運ぶ。
レナートの狙いは領地の安定と友好的な諸侯との連携強化。
国内でも要所を抑えるハルトリー辺境伯領の領主は、慎重な立ち回りを要求される。
今まで領地に籠もって信用を得られなかったぶん、今後はより一層活動を広げていく必要があるのだった。

馬車に乗り込んだ後、レナートは思い出したように言った。

「そういえば。さっき招待客の一部に変更があるかもしれない……と使者があったよ。俺の目的は主賓の侯爵と話すことだから、問題ないと思うけど」

「あら、そうなの? まあ誰が相手でも私たちのやるべきことは変わらないわ。誠実な態度で味方を増やす……これだけだもの」

最近はレナートも場慣れして、露骨な挙動不審はなくなった。
少なくとも大貴族や他家の令嬢を前にして強張ることはなくなっている。
婚約者が頼もしくなると同時に、自分の出る幕は少なくなりそうだと思うクラーラ。

会場に入場すると、すでに多くの貴族が揃っていた。
中にはトビアスの姿もあり、隣にはカーティスの姿も。
今日の彼は庭師としてではなく、フールドラン侯爵家の一員として参加している。

「兄さん!」

「トビアス、元気そうで何よりだ。領地の方で何か困ったことはないか?」

「大丈夫だよ。兄さんがいない間も、しっかり僕が領地を管理してるから。カーティスやジュストも色々と教えてくれてるからね」

「そうか……よかった。困ったことがあれば俺に言うんだからな?」

仲睦まじく話す兄弟をよそに、カーティスがクラーラへと歩み寄ってくる。
なぜかカーティスの表情は優れず、心なしか居心地が悪そうにしていた。
彼の異変を感じ取ったクラーラは兄弟から離れる。

「どうかなさって? 具合でも悪いの?」

「いえ……つかぬことをお聞きしますが、クラーラ様は今回の夜会の招待客をご存知で?」

「目は通してあります。でも、一部の招待客が変更になるかもしれないと聞いたわ」

「ええ、そうなのです。……あちらをご覧ください」

カーティスが示した方角。
そこには――

「嘘……どうして彼女がここに?」

姉のイザベラ。
彼女は会場の隅に一人で立ち、こちらを値踏みするように見ていた。
視線が合い、クラーラは慌てて目を逸らす。

リナルディ伯爵家の者が参加する夜会は避けるようにしていた。
姉のイザベラや母のルイーザの名前があったときには、必ず不参加としていたのだ。
今回も招待客のリストにイザベラの名前はなかったはず。

「運が悪かったのか、それとも何か作為的なものがあるのか。どちらにせよ、レナート様にもこのことはお伝えした方がよろしいでしょう。最悪、今からでも参加を辞退することもお考えを」

「ううん……それはできないわ。大切な夜会ですもの。リナルディ伯爵家を遠ざけているのは私のわがまま。少し向き合わないと」

「……お強い方ですね、あなたは。私を含め、困った時は周囲の者を頼ってくださいますよう」

「ええ、ありがとう。それじゃあ、レナートにも伝えてくるわね」

今のクラーラは孤独ではない。
頼もしい婚約者のみならず、味方は大勢いる。
この半年ばかりで作った友人も数知れず。
今回の夜会にも交流を深めた令嬢たちがいた。
だから自分の後ろ暗い事情と向き合う勇気だって湧いてくる。

深く呼吸をして、クラーラは平静を装った。
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