精術師と魔法使い

二ノ宮明季

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三章

3-112 こういう展開は、嫌いなんだってば

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「――彼の前に土の壁を」
「あんっ、邪魔なんですけどぉ?」

 ここであいつを妨害したのは、ディオンだった。精術でシュヴェルツェと観客席を隔てる大きな土の壁を作ったのだ。
 この隙にオレは距離を詰め、槍を向けながら息を整える。

「カラー、しっかりしろ!そんなヤツに負けたら駄目だ! このままじゃお前、殺されるんだぞ!」
「無駄無駄ー。カラーくんはすっかり自信を失くしちゃって、自分の殻に閉じ籠っちゃってますー」

 シュヴェルツェはクルリとこちらを向くと、また両手を広げた。

「もう、カラーくんごと私を殺すしかないよー? なんで、殺らないの? 人殺しになるのがそんなに嫌? パパとお揃いになれるのに?」
「うるさい!」

 槍を握る手に力がこもる。
 いっそ殺してしまったほうがいいのか? こいつを前にすると、感情や判断力がぐちゃぐちゃになる。
 もしかしたら、シュヴェルツェの言うように、外側事殺すのが正しい方法なのかもしれない。だって、ずっとそうやって倒してきたんだから。
 そんなわけが……いや、でも、テロペアのお祖父ちゃんだって言ってたし。間違いっていうのがオレの勘違いで、正しいかも。そうだ、きっと正しいんだ。
 シュヴェルツェを睨み付け、オレは改めて槍を構える。
 カラーはスティアを傷つけたんだ。だったら、シュヴェルツェごと殺してしまっても――

「なにやってんだバカ兄貴!」

 オレが黒い感情に飲み込まれそうになっていると、鮮烈な声が耳に入り、ハッとして顔を上げる。
 一瞬スティアかと思ったが、違う。男の子の声だ。
 観客席から緑色の髪の少年が走ってきて、先ほど出来た壁をよけて、こちらに入り込んだ。勿論管理官が止めようとしていたのだが、それらを全てひらりと躱してきたのだから、大した身体能力だ。

「クソ兄貴しっかりしろ! なんでこんな事になってんのかわからねえけど、兄貴はいつも正しい事をしてきたじゃねえか!」

 こいつは、確かカラーの弟……。そうだ、弟もいるのに、殺すわけにはいかない。
 それにさっきシュヴェルツェは言った。「自信を無くして自分の殻にこもった」って。だとすれば、シュヴェルツェが付け込んだカラーの負の感情は、そこだ。

「俺達の、弟達や妹達の面倒いつもみてくれたし。家は貧乏だからって、学生の時からバイトで稼いだ金全部家に入れて、もっと家族に楽させてやるんだって、必死に勉強して管理管になったんだろ!」

 もし。もしもこの説得でカラーからシュヴェルツェがいなくなってくれたら!
 オレは淡い期待を抱きながらカラーを見ると、シラーッとした視線を弟君へと向けていた。兄が弟に向ける視線じゃない。これは、シュヴェルツェの……「つまらない」という感情が強く入った視線だ。

「けど、管理管になったほんとの理由は、そんな事じゃないって、俺達ちゃんとわかってんだ。小せえ時に、兄貴を助けてくれた管理官に憧れたからだろ! あの管理官みたいに、自分も大事なヤツ等助けるヤツになりたかったからだろうが! それなのに、なにやってんだよバカ兄貴!」

 駄目だ。これ、きっと、カラーに届いてない!
 オレの背中には、嫌な汗が流れる。シュヴェルツェは小さくため息を吐くと、そのまま、何のためらいもなく、弟君の腹へとナイフを突き刺した。
 これは、さっきまで死を刻む悪魔ツェーレントイフェルが投げていたナイフの一本。今はこれが、弟君の腹へと深々と刺さっていた。

「だからさ、こういう展開嫌いだって言ったじゃん」

 弟君は膝をつく。駄目だ。これは、駄目だ。
 シュヴェルツェは更にナイフを取り出すと、追撃しようとする。

「止めろぉぉぉ!」

 オレは槍を振りかぶった。これ以上させてなるものか。もしもオレがカラーだったら、スティアに何本もナイフを刺したいか? いや、刺したくない。
 刺すくらいなら――!

「ぐっ」

 オレが思い切り振り下ろすよりも先に、カラーがくぐもった声を上げる。
 どういう、事だ? 驚いてオレの動きは止まった。
 カラーを凝視すると、どうやら手に持っていたナイフを自らのお腹に刺していた、という事が分かる。彼のお腹には血が滲み、ナイフは深々と刺さったまま膝をついていた。
 なんで、刺した……? シュヴェルツェがやったとは思えないタイミングに、オレは焦りと困惑を混ぜ込んだ感情に支配されそうになる。

「だ、からさ。こういう展開は、嫌いなんだってば」

 声はカラーで、でも、言葉はシュヴェルツェのものだ。

「うるせー! よくも俺の弟を!」

 次の瞬間には怒鳴り声。オレは困惑しながらも振りかぶっていた槍を、危なくないように下ろす。
 よく見れば、カラーの影からは真っ黒な蛇が徐々に姿を現していた。誰かに無理やり引きずり出されるように、ズルズルと出てくる様は、グロリオーサの時とはまるで違う。
 やがて頭まで出てきたシュヴェルツェは溜息を吐いた。

『えー? やったのは確かに私だけど、君は何も悪くないって言うつもり? さんざんやらかしておいて?』
「ああ? なに言ってやがる! 全部俺が悪いに決まってんだろ! 弟傷つけた事も、他の奴傷つけた事も、全部俺が弱かったせいだ! だったら、ケジメつけんのがせめてもの償いたろ!」

 シュヴェルツェは責めるようにカラーに語り掛けたが、腹にナイフを刺したままのカラーは怒鳴り返すと、自らの影から出ようとするシュヴェルツェを影へと押し戻そうとした。

「なにやってんだ!? 折角追い出すのに成功したのに!」
「うるせー! この蛇がまた俺ん中に入ったら、俺ごと殺せ!」

 な、何を言ってるんだ!?

「そんな事、出来るわけが――」
「いいからやれ、っつてんだよ! それしか方法がないんだろうが!」

 こいつは、自分自身の命をもってけじめをつけようとしている。色んな人を傷つけ、管理局に迷惑をかけてきたけじめを。
 オレの槍を持つ手が震える。
 やるしかないのか? それ以外方法がないのか? 弟の目の前で、その兄を殺さなきゃ駄目なのか? 本当に……?
 見たくない。怖い。傷つけたくない。殺したくない。
 でも、これがあいつの決意の形なら――!
 オレは目をぎゅっと瞑って、槍を再び振りかぶる。

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