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43話 正ヒロイン=敵国のスパイ

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「あら、ばれちゃったの?」
「ルーラ嬢」

 仮面をとったシャーリーの妹ルーラはヴォルムと相対していた。
 騒がしい戦場の中、ここだけ静かに感じる。

「ルーレとルーラの名前の違和感で気づくべきだったわ」

 似すぎているのに兄妹きょうだいでもない。

「ただの記号」
「ディーナお嬢様の仰る通りですよ。我々の役割と階級に合わせた記号を振っているにすぎない」
「ルーレ」

 まだ私をお嬢様と呼ぶなんて優しいのね。

「三国を崩すために潜入したセモツ国のスパイ、でしょ?」
「……」

 ヴェルディスの言っていた捕らえて欲しいスパイ。挙げ句、ファンティヴェウメシイ王国に行った時のヴェルディスの手紙……スパイの件は後でいいというのは今日この日の未来がみえたからだ。
 三国を乗っ取り魔法大国ネカルタスを手中におさめるため、三国間で戦争を起こす。
 ゆらりとルーレとフォルクスが立ち上がる。オリゲも距離をとった。

「やめておきなさい。三人とも私のことよく知ってるでしょ。殴るよ?」

 情があっても殴る時は殴る。

「我々は戻る事が出来ません。失敗は死です」
「んん? そう?」

 その理屈で言うなら、と言いかけて終わる。三人が私に向かって駆けた。やる気ね。

「ディーナ様!」
「お任せ」

 まずはオリゲ。両手に短剣を握り低い姿勢で懐に入って来る。拳を使う私が得意とする間合い。右手からの突きを避けて脇にオリゲの腕を挟む。もう片方も突きだったので膝と肘で挟んで剣を落とした。脇で締めて剣も離させ、彼女の両腕を私の両手が掴む。ぐいっとこちらに引き寄せ他の武器が出る前に膝を打ち込んだ。

「一人」

 フォルスクがオリゲの影に隠れていた。左目を刺される間際で身体を後ろに反ってギリギリで避ける。靴に仕込んだナイフが蹴り上げてくるのを瞬時に姿勢を低く身体を前のめりにし自身の左腕を横から当て押し返した。上から降ってくる剣を左手を上げてフォルクスの手首を掴む。開いた身体ど真ん中に私の右拳がめり込んだ。

「二人」

 私とフォルスクの間に入るように突きが入って来る。その剣が右に一線され私の首に入ろうとするところで一歩後ろに下がって避けた。身体を九十度こちらに向き直り両手に剣を抱えたルーレが突っ込んでくる。
 二人と違いルーレの剣捌きは非常に速い。振り下ろされるかと思いきや、フェイントをかけ突いてくる。次の突くとみせかけ一線してくるのを真上から拳で叩き落した。もう片方は振り下ろす剣。落とした剣を蹴り上げてぶつけさせる。次に足を払いよろけたところ、顔面に拳を叩きこんで勢いで地面に埋めた。

「三人」

 終わりだ。唸り動けなくなる三人を見る。

「捕まってくれるわね?」

 どちらにしろ逃げ場はない。意識があるかないかの差だ。

「……ディーナお嬢様は殴りはすれど殺しはしないのでしたね」
「そうね」

 この一帯が法を元に国際裁判所における判決で罪悪を決める限りそこまではしない。拳で殴り合うのは好きだけど、あくまでコミュニケーションツールの一つ。私はこの拳で誰かの命を握ろうと思わないのを三人は知ってるはずだ。

「きちんと裁かれてきなよ」
「……」
「で、全部終わったら私のとこおいで」
「……は?」

 三人して驚いている。なんでよ。

「王太子殿下のとこは戻れないでしょ? その感じだとセモツに戻れば命はない。なら私のところで働けばいいのよ。いい領地もらう予定だから仕事もそこそこまったりできるわよ。お給金あがるよう経営につとめるし」

「……正気ですか?」

 フォルクスの声が震えていた。

「元々境界線かも? なんて」
「……」
「ちょっとここ笑うところなんだけど」

 他の仮面の人間が割り込んでくるのに拳を叩き込み続ける。三人と比べるとそう強くないわね。

「私、本気よ?」
「……ディーナお嬢様はそういう方でしょうね」

 眉を八の字にしてオリゲが微かに笑った。

「ルーレは何か言うことある?」
「……いえ。何を申し上げてもディーナお嬢様の意志は変わらないでしょう」
「まあね」

 よく分かってる。

「フォルクスの淹れるお茶美味しいし、侍従なのに庭師の仕事もできるよね」
「……」
「オリゲは服と髪型のセンスいいから外交の時助かってる。ソフィーとも仲良くしてくれてるし」
「……」
「ルーレは書類や手紙の仕分けが細かくて重要度も分かってたから仕事すごい楽だったし」

 必要な人材でしょ? と笑った。そこですべて決まった。

「……ディーナお嬢様には勝てません」
「そしたら、」
「なあに? 最悪なんだけど」

 よし、と思ったところに水を差す。

「ルーラお嬢さんはどうする? 私と戦う?」

 もうほとんど制圧してるからセモツにとっては負け戦。なのにルーラは飄々としたまま小瓶を出した。魔法薬はきかないのに頑張るのね。

「予備で持ってきてよかった」
「「「!」」」

 側にいる三人の顔色が変わった。

「ディーナお嬢様いけません。あれは致死量です」

 濃度が濃いものらしい。
 緊張が走る。けどルーラは既に薬瓶の蓋を開け投擲する体勢をとっていた。
 下手に拳をふるえない。割れて飛散したら周囲にどんな影響が及ぶか分からないから、うまくキャッチするのが最善? 蓋あいてるから溢れてくるのを躱しながら? わお、ひりひりするね!

「ディーナ様!」
「ヴォルム!」

 振り上げたルーラの腕をヴォルムが止めた。

「離して」
「それをこちらに渡しなさい」
「嫌よ、もうっ」
「!」

 ルーラが動く手首を使って薬瓶を投げた。ほんのわずか、ヴォルムにかかる。
 一瞬にして血の気が引いた。
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