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本編
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しおりを挟むそもそも、どうしてリリーがアルバンに監禁され愛されることになったのか。それを語るには、ほんの数日前に遡ることになる。
その日は歴史ある伯爵家、ザイガー伯爵家にてパーティーが開かれていた。それは、伯爵家の嫡男であるヘルマンの誕生日を祝ったものであり、それはそれは盛大なパーティーが開かれていた。ザイガー伯爵家の財政は、最近傾いている。そんな噂が出回るほどに、ザイガー伯爵家にお金はなかったのだが、当主である伯爵は見栄を張り、盛大なパーティーを開いたのだ。
そして、当主にはとある目論見があった。それは……ドーレス子爵家の財産だ。ドーレス子爵家は歴史こそ浅いものの、節約家な当主夫妻によりお金が潤っている。さらに、ドーレス子爵家は爵位が上の貴族との繋がりを求めていた。なぜならば、そうしなければいつまで経っても自分たちは「成金貴族」としか見られない。それを危惧しての、行動だった。
利害の一致。それが、ドーレス子爵家の長女であるリリーと、ザイガー伯爵家の嫡男であるヘルマンが婚約することになった理由である。たった、それだけ。だが、リリーは割り切っていた。好きな人がいるわけでもない。恋人がいるわけでもない。だったら、家のために結婚した方が良いに決まっている。……たとえ、自分が愛されない妻になることが確定したとしても。
しかし、リリーのその我慢は結局無駄に終わったのだ。
パーティーが開かれ、しばらくしたころ。主役であるヘルマンがパーティー会場に現れた。……隣に、リリーの見知らぬ女性を連れて。
それを見たとき、リリーはどうしたらいいかが分からなかった。何故、自分のことを放置して彼は隣に別の女性を連れているのだろうか。どうして、そんなにも仲睦まじそうなのだろうか。どうして、腕を組んで歩いているのだろうか。そんな疑問が、リリーの頭の中に浮かんでいく。だからこそ、リリーはヘルマンと見知らぬ女性を茫然と見つめることしか出来なかった。そして、そんなリリーを見つけたヘルマンは……リリーに侮蔑の表情を向けたのだ。
「リリー・ドーレス! 貴様との婚約は今日で破棄だ!」
そして、高らかにヘルマンはそう宣言した。その言葉を聞いた周囲は、静まり返ることしか出来なかった。今、ヘルマンは何と言ったのだろうか。ヘルマンは、何故リリーとの婚約破棄を宣言したのか。それは、誰も予想していなかったことだった。もちろん、ドーレス子爵もザイガー伯爵も。それに、この宣言はザイガー伯爵家にとって破滅の一歩を辿ることだと、伯爵はわかっていた。そのため、伯爵はヘルマンに殴る勢いで近づいたのだ。
「ヘルマン! お前、この婚約の意味が分かっているのか!」
無駄遣いの激しい妻と、二人の娘。さらには見栄っ張りな伯爵とヘルマン。そんな五人の出費により、伯爵家にはお金がない。もう、これ以上贅沢など出来そうにない。そのこともあり、ドーレス子爵家に援助を求めたのだ。歴史ある伯爵家であるということを、利用して。
「えぇ、分かっていますよ。でも、それは所詮その女の家がザイガー伯爵家との繋がりを持ちたいがために、持ち掛けてきたものでしょう? でも、俺はそんな意地の悪い女と結婚する気はない。俺は……彼女と、マリアと結婚するんだ」
ヘルマンはそんなことを言うと、隣に連れた女性に視線を向けた。その「マリア」と呼ばれた女性は、ふわふわとした金色の長い髪と、青色のおっとりとして見える瞳を持つ美しい女性だ。そのこともあってか、伯爵の決意が揺らぐ。こんなにも美しい娘を持てるのならば、お金などどうでもいいのではないか。そう、思ってしまうのだ。なんといっても、ザイガー伯爵家の夫人と娘は、社交界で「不細工」と囁かれていたためである。
「初めまして、お義父様。私、マリアと申します」
女性、マリアはそう言って素朴に微笑む。その時、伯爵の中で何かが崩れ去った。そう、お金がなかろうと、すべてどうでもいいのだ、と。まだ、没落したわけではないのだ、と。
「それに、リリーはマリアを虐めたんだぞ! マリアが男爵家の令嬢だから、俺に近づくな、とか言ってな!」
ヘルマンが高らかにそう宣言すると、リリーに向けられる視線が厳しくなる。それはきっと、マリアが庇護欲を掻き立てるほど弱々しく見えたからだろう。
だが、リリーは決してマリアを虐めてなどいない。そもそもの話、マリアとリリーは今日が初対面だ。しかも、リリーにマリアを虐めることが出来るような意地の汚さや、気の強さはない。りりーは、おっとりとした娘だったからだ。
「……ヘルマン様。私、マリア様を虐めてなんて……」
リリーは、そう言う。その罪は冤罪だ、と主張した。しかし、ヘルマンは「お前の主張など知るか」と吐き捨てると、リリーに冷たい視線を向けた。それは、最大限の侮辱が込められた、愛情など微塵も感じられないほどの冷たい視線だった。
「マリアが虐められたと言っているんだから、お前は虐めたんだ。あぁ、これでようやく厄介払いが出来る。……お前は元々口うるさくて、鬱陶しかったんだよ」
「ヘルマン様!」
リリーの呼びかけに振りむくこともなく、ヘルマンはマリアと微笑み合う。まるで「完全勝利」とでも言いたげなほどに。それを見たとき、リリーはどうしようもない感情に襲われた。
伯爵は茫然としており、頼りにはならないだろう。自分の父親は優しい性格の為、こういう時には頼りにならない。出来ることは……この婚約破棄を受け入れることだけ。リリーは、そう思ってしまった。
ヘルマンはリリーを放ってマリアと仲睦まじく歩いていく。残されたリリーはただ俯き、涙をこらえることしか出来なかった。
――今までの自分の苦労は、いったい何だったのだろうか。
そう思うと、悔しかったのだ。どうしようもない感情が、リリーの中に渦巻いて消えない。あと三ヶ月で正式な夫婦となるはずだったのだ。さらに、リリーはこれからきっと嫁ぐことは出来なくなるだろう。婚約を破棄された傷物の娘を娶りたい、と言う物好きはいないだろうから。
(何よ、何なのよ!)
リリーは心の中でそうヘルマンを罵倒し、パーティー会場から早足で出ていくことにした。しかし、その足取りはどこか重苦しかった。
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