年下の彼は性格が悪い

なかむ楽

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6、八千代17(11)歳、菊華23(17)歳─初春

36.少年よ、大志を抱け②

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 菊華の母方の祖父母は、静岡の田園風景広がるのどかな町で暮らしている。子供たちだけ先に祖父母の元へ向かい、大人たちはお盆休み入り次第来ることになった。

 新幹線から在来線へ。駅を出たらタクシーで。街の景色はのどかな田園に変わった。
 近い海外より時間をかけてたどり着けば、見上げるほど大きな門構えが出迎えた。
 大掛かりな映画のセットのように見える洋館と広すぎる日本庭園。玄関ポーチ横の広い柵で暮らすラブラドールレトリバーは元警察犬だという。
 やや緊張の面持ちの八千代に、菊華は笑ってみせた。
 
「やっくん。名探偵とか出てきそうって思ったでしょ?」
「そこまでは思ってないよ」
「私が小学生の時ね、あっちの蔵でひとり名探偵ごっこしたんだよ」

 庭の池の向こうには、立派な土蔵が二棟並んでいる。菊華はそこを指さした。

「中で繰り広げられた『ぬいぐるみたち密室殺人事件』を小学生名探偵キッカが解決したのだよ、アケチくん」

 そう胸を張って説明した女子高生に、八千代は呆れてしまった。
 これだから菊華は、年齢イコール彼氏いない歴なのだと。



 屋敷の中は、外観からの予想を裏切らないものだった。広い玄関ホールに置かれたアンティークな花置きには、夏を代表する生花が大きな花瓶に生けられているのが目に入った。
 この玄関から直線上にある階段には絨毯が敷かれ、天井からはアンティーク調のシャンデリアが下がっている。
 家事代行サービスではない通いのお手伝いさんや、庭師さんを八千代は初めて目にした。
 本当に名探偵が出てきそうだと思いながら、絨毯が敷かれた廊下を菊華と進んだ。

 案内された二階の客間も、ペンションのひと部屋みたいだった。ベッドと文机にタンス、エアコンが揃えられた瀟洒な部屋はなんだか落ち着かない。こんな客間がいくつもあるのだというから驚きだ。
 旅行バッグから充電器を出して、携帯ゲーム機とスマートフォンを繋いだ頃、ドアノックの後で菊華が顔を見せた。

「やっくん。おじいちゃんが家に戻って来たんだって。挨拶をしに行こう?」




 重厚感のあるヨーロッパ風リビングは、名探偵が推理を言って聞かせるような印象を受けた。大きな暖炉の前に置かれた、どっしりとしたソファに座り、艶やかなアンティークテーブルを囲い四人でお茶を飲む。

 八千代が来るのを楽しみにしていた菊華の祖父おじいさんは、焼津漁港まで張り切って車を走らせ魚を買ってきたのだと、快活に笑う。
 菊華の祖母おばあさんが作ったケーキは、菊華が作るものと同じでスポンジケーキが少し固めだが、甘さが優しくておいしい。
 小さな頃はよくふたりでお菓子を作っていたのよと、笑う菊華とおばあさんに、八千代の心が和んだ。


 夕食の準備の間、八千代はおじいさんと愛犬の散歩に行くことになった。
 まだ陽が沈みきっていない夏暮れのパノラマの空の下、稲の緑波打つ農道をふたりと一匹が長い影を連れてのんびり歩く。

「静岡のこっちは風がよく吹くんだよ」

 風にそよぐ潮騒のような稲の音とアキアカネの大群。その遥か上空の飛行機雲は、長く伸びて空より濃い夕焼け色を引いている。
 蝉の鳴き声もガチャガチャうるさいだけではないし、カエルの鳴き声もあちこちからする。
 八千代がよく知る田舎は、山の中のキャンプ場だ。山の中はこんなに広大な空ではないから、とても清々しい気分になった。排気ガスとは無縁の風も心地いい。

「昔ほどじゃないけど、まだ星もうんときれいなんだよ。夏休みの自由研究に天体観測はどうだい? 蔵に天体望遠鏡があるから、明日探して使おうか」

 本当は自由研究も終わらせているのだが、「はい」と答えた。今年の自由研究は二点提出すればいいだけだ。
 澄まし顔で夜空への期待を隠して、夏の匂いをたっぷり含んだ空気を胸いっぱい吸い込んだ。

 その日の夜は、おじいさんからチェスのルール教わりながら、遅くまで駒と盤をふたりで睨み合った。勝敗は一度勝たせてもらい五敗した。おじいさんの圧倒的な勝利だったが、細かく教えてもらえたのが楽しかった。
 客間の窓からまたたく星空は、どれが夏の大三角かわからないぐらいの満天だった。暇つぶしの携帯ゲームは電源が落ちたままだ。
 教わったチェスの面白さと夜空に満足して、ベッドに横になった。


 □


 翌朝目を覚ますと、スヤスヤ寝ている菊華の顔のドアップが目に飛び込んできた。
 寝ぼけて入ってきたのか寂しかったのか。どちらにせよ、ひとつ溜め息を零した。

 雷や嵐の日にはこうやって寝ているし、八千代が幼稚園の時だが一緒に風呂にも入ったこともあった。
 姉弟みたいに近い存在ではあるが、八千代にとって菊華は姉ではない。こんなに手のかかる姉はいらないのだ。



 それが八千代の中で変わるのは、この後の出来事だった。


 暑い昼中は、おばあさんに付き合って四人で買い物に行き、帰宅後に蔵で天体望遠鏡を探すことになった。
 二つある蔵のうちのどちらかに置いてあるからと、おじいさんとは別れて探すことになった。


 蔵なんか物置の広い版だと八千代は思っていた。しかし、実際は入口のスイッチを押してもぶら下がった裸電球は薄暗い。
 整理整頓された古い物と薄暗闇は、まだ小学五年生の八千代に妙な圧迫感を与えた。それに、埃を含んだ空気が汗ばんだ身体にまとわり付いてあまりいい気がしない。

 ざっと一階を探しても、天体望遠鏡は見当たらなかった。ハシゴのような急な階段を昇り、より空気の動きが緩慢な二階で目当てを探す。
 おばけ屋敷やホラーハウスとは違う、人が使っていた古い物に囲まれるのは、誰もいない学校よりも不気味に思えた。
 歩くたびにぎしぎし軋む板床が恐怖心を煽る。十一歳の冒険心の前にあるのは、暗闇に対する怖さと、ひとりぼっちの心細さだ。友達か菊華と一緒なら強がれたのに。

 見渡せる場所と背が届く範囲をしばらく探したが、天体望遠鏡は見つからなった。
 ネズミや変な虫と遭遇する前に、蔵から出ようと下へ降りようとした。その時、菊華の叫び声が一階から聞こえた。
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