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最終章 カナリア・ブルスタットはいかがでしょうか

39 ヒルダと女の戦い

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「旅芸人の団長さんが亡くなった!?」

 エマが買い物から帰ってくると、街で噂になっていると教えてくれた。
 昨日、旅芸人から芸を披露してもらいとても素晴らしく、また観たいと思っていたのに、突然の悲しいお知らせだった。
 旅芸人の人たちも急なことに戸惑っているらしい。
 せっかく国王陛下にも認められて、これからどんどん評判を上げていくだろうと思っていたのに、あまりにもおかしな話だ。

「誰かに殺されたのではなくて?」
「どうにも遺書があったらしく、その字は間違いなく団長さんの筆跡だろうです」

 本来なら気の毒で終わっている話だが、私は昨日聞いたことが耳に蘇ってくる。

 ──ヒルダ様そっくりの方って一体……。

 ヒルダにそっくりの子供が居たのは旧フーガ族の領地だ。
 だがヒルダは東の大領地の令嬢であり、全く関係が無いはずだ。


「エマ、少しお使いを頼めるかしら?」
「かしこまりました!」


 エマに旅芸人で条件に当てはまる者を呼んでもらった。
 それから少し待つと、すぐにエマはその人物を呼んできた。
 客室へ招待して話を伺う。

「突然お呼び出して申し訳ございません。葬儀でお忙しいでしょうに」

 呼んだのは、団長と初期から旅芸人の一団を作ったトーマスだった。
 少しふくよかな体つきをしており、緊張した様子で呼ばれたことを不思議に思っているようだった。

「いいえ! お気にならないでください! 葬儀は明日行う予定ですので! 一体、私めにどのようなお話でしょうか?」

 恐る恐るトーマスは尋ねてきた。
 急に呼ばれたら相手も警戒するのは当たり前であり、ここは単刀直入で聞くことにする。


「実はこの方に見覚えありますか?」

 私はヒルダの肖像画を見せた。
 するとトーマスは知っていると頷く。

「昔に団長と行商していた時に会ったことがあります。とても目を引く綺麗な紫の髪でしたからよく覚えています」
「そうでしたか。ちなみにどこで会いましたでしょうか」
「確か……フーガ族の村だったような……それがいかがなさったのですか?」

 やはり北西と言っていた場所はフーガ族の故郷だったんだ。
 するとこれまでのことがどんどん結び付いていく。
 あまりにも恐ろしいことが。

「カナリア様、大丈夫ですか?」

 エマの声でハッとなった。
 自分の考えに没頭してしまっていた。

「ごめんなさい。トーマス様、お礼をご用意しております。どうか今日のことはこれで他言無用でお願いします」
「えっ……一体どういう」
「トーマス様、貴方様の身を守るためにもどうかご内密に」


 私は少しだけ脅すと息をのんで押し黙った。
 おそらく団長はヒルダを見て、口走ったために殺されたのだ。
 トーマスを帰してから急いで私はシリウスの執務室へ向かった。

「シリウス、少しだけお時間頂いてもよろしいですか?」
「ああ。どうしたんだ、そんなに慌てて」
「至急お調べしてもらいたいことがありましたの」
「それはもしや君の家族の件か?」


 私は頷いて、人払いをしてもらった。
 エマにも出てもらい、二人っきりになったところで私は話を切り出した。

「おそらくヒルダ様は元フーガ族の民です」
「ヒルダが? そんなわけがないだろ。彼女はバーミアン侯爵の一人娘だぞ」


 彼は私の言葉を否定する。
 そう、わざわざ養子にして偽る理由がない。
 だが──。

「私も彼女の経歴については簡単に把握してます。ですが昔は病気がちであまり外に出られなかったと聞いています。突然人が変わったように前向きになって、急に社交界でも有名になり、ダミアン様の心を射止めたと……ただ偶然にも、その時期はフーガ族を追い出したタイミングと被ります」


 あくまでもまだこれは私の推測だ。
 だがどんどん自分の中で確信を得ていく。

「おそらくはバーミアン侯爵の本物のヒルダ様はもうすでに亡くなられ、それに似ていたフーガ族のヒルダ様が成り代わったのではないでしょうか。誰も本物のヒルダ様を見たこと無いのでしたら、バレるはずがありませんもの」

 このままではバーミアン家に跡継ぎがいなくなることを恐れて、ヒルダを誘拐して自分の子にしたのだろう。
 シリウスは悩み、私の話した内容について真剣に考えてくれている。
 だが他にもいくつかそれを示唆するものがある。

「鉛の皿……あれもここ最近話題になったそうですね。あれを最初にこの家に持ち込んだのは誰ですか?」
「ヒルダだ……」

 やはりと私は自分の推測に裏付けがされていく。
 おそらくはさらに黒幕がいるはずだ。

「王族の皆さんを苦しめる動機は十分にあります。フーガ族達の怒りは私も目にしました。もし故郷の家族をそれによって失ったとしたら、一生王族を許してはおけないでしょうね」


 ヒルダは王族達を皆殺しにするつもりだったのだ。
 少しずつ苦しめながら、恨みを晴らすために。

「おそらくガストン伯爵の内通者は彼女です」

 ガストンに協力を持ちかけて、これほど手の掛かる陰謀を張り巡らせたのだ。
 ヒルダは国王夫妻の仲に亀裂を運び、そしてガストンは邪魔な私の父を始末できる。
 シリウスは私の側へ近寄り抱きしめた。

「俺の家族がすまない。カナリアも言いづらかっただろ? 後は任せろ」

 シリウスは私の言葉を信じてくれた。

「これからバーミアン侯爵へ話を聞いてくる。国家反逆を匂わせてな」

 シリウスは私の頭を撫でて、帰ってくるまで待っておくように言う。
 だが彼が出ていってからが本番だ。
 もしシリウスがバーミアン侯爵の元へ向かったことは知られると、本当に全ての証拠が消されるかもしれない。
 そう、彼女は言っていたのだ。


 自分は用心深いと──。


 エマを連れて、王城へと向かった。
 ダミアン王子は王位継承が一位ということもあり、住まいは王城になっている。
 そのためヒルダもまた王城に部屋を持っているのだ。
 ヒルダの部屋の前で一人の近衛兵が見張りをしていた。

「エマ、なるべく長く引き離せる?」
「はい! ですが本当に大丈夫でしょうか。シリウス様を待たれた方がいいのではありませんか」
「そうね。でもそれをして二度と証拠が見つからないことの方が一大事よ」

 私が絶対に意見を曲げないことを知っているエマはもう何も言わない。
 突然エマは胸元を少し広げて、谷間がよく見えるようにした。


「え……ちょっと、待ちなさい!」


 私が止めるのを聞かずにエマは近衛兵の元まで歩いていく。
 もしやエマがやろうとしているのは──。

「あのぉ、すみません」

 エマが近衛兵に話しかける。

「なん……だ?」

 近衛兵の言葉が一瞬だが間ができる。
 明らかに視線がエマの胸の方へ目がいっており、目がやばくなっている。


「まだ来たばかりで道に迷ってしまって……お礼はしますから、道をおしえてくださいませんか?」

 エマは上目遣いで尋ねると、近衛兵は一瞬だけ考えてからすぐに了承した。

「いいだろ! どうせ鍵が掛かっているしな。俺が案内してやる!」
「わーい! ありがとうございます!」

 エマはこれまで聞いたことがない猫撫で声で近衛兵を部屋から引き離した。
 どこでそのようなことを覚えたのだろう。
 だが彼女が私のため時間を稼いでくれたのだからこれを無駄にはできない。


「これくらいの鍵ならいけるわね」

 ヴィヴィから聞きたくもない盗賊のテクニックを教わった。
 まさかこんなところで役立つとは思わなかったが、簡単に鍵を解除した。
 部屋に入ると、思ったよりも質素な部屋だった。
 彼女の性格ならもっと派手にしていると思っていたが、それは仮面を被った姿なのだろう。


「どこかにあるはずよね、でも令嬢が隠す場所なんてどこも同じよ」


 私はお母様から前に教わっている。自分の大事な物は隠し部屋に置くようにと。
 そしてこの部屋は結婚前の王妃様の部屋なのだ。私は事前に王妃様からも教えてもらったのだ。

「確か、ここの床にあったはずよ」

 カーペットを捲り、指を床に這わせると、少しだけ触り心地の違う場所があった。
 強く押すと、鍵が露わになって、ピッキングで開けた。
 するとそこからは大量の手紙が入れられていた。
 手に取って中身を見ると、ガストンと密約がいくつも書かれている。
 おそらくはもしガストンから脅されてもいいように、証拠は残していたのだろう。

「やっぱりガストン伯爵のことも信用していなかったわね。これだけ証拠があれば……」

 パタン──。

 扉が閉まる音が聞こえた。

「やっぱり来たのね」

 私はすぐに腰から自衛用の薬品瓶を取り出そうとしたが、それよりも早くヒルダに距離を詰められて首を掴まれて、壁に押し付けられた。

「がぁ……ひ、るだ……!?」

 隙間に指を入れることでどうにか窒息を防いでいるが、このままでは時間の問題だ。

「やっぱり……貴女はフーガ族な、のね」

 ヒルダはニッと笑って答える。

「ええ、そうよ。やっぱり旅芸人を殺しても遅かったかしら」

 どんどん絞める力が強くなった。

「もう少しで私を追い出せたのにね。一人でノコノコ来てくれたおかげで、秘密裏に始末出来るわ」

 息がどんどん苦しくなる。
 だが彼女は思い違いをしている。

「私は……別に貴女を……追い出す、つもりは……ない」

 彼女は一瞬理解できないという顔をするが、さらに怒りを込めて力を込めてくる。

「ふざけないで! 憎いでしょ! 家族を殺されて、故郷からも追い出されて!」

 憎い。それは偽らざる気持ちだ。
 この女のせいで私は全てを失い、そして何度も危ない目にあった。
 でも──。


「貴女だって、そうなんでしょ? 急に貴族の娘になって、大変だったはずよ。そして故郷は無くなって……本当の家族も……」


 平民だった彼女が貴族になって、今の彼女になったのなら生半可な努力ではなかったはずだ。
 おそらくは王族や貴族への恨みを晴らすためだけにここまで頑張ってきたはずだ。
 ヒルダの顔はどんどん怒りで激昂していく。

「あんたなんかに、私の何がッ! 分かるって言うの!」

 もう私の息が続かない。
 意識が朦朧としてきて、鈍い音が聞こえた。
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