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芝居

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 卒業記念祝賀パーティにて

 「公爵令嬢アイリス・ライジング、貴様とは今をもって婚約を破棄させてもらおう。」

 高らかに宣言されたのは、チャールズ王太子殿下、その隣にはピンクブロンドの女性、男爵令嬢のリリアーヌがいる。

 「理由は、なんでございましょうか?」

 「このリリアーヌをさんざん虐めてきたと聞いておるが、私の婚約者でありながら、ずいぶんと私に恥をかかせてくれたな?」

 「わたくし、そんなことしておりません。」

 「嘘ですわ!嫌がらせを言われたり、大勢で取り囲まれて、教科書を破られたりしましたわ!」

 「だいたい、リリアーヌ様とわたくしでは、クラスが違いますでしょ?お会いする機会もめったになくて、たぶん、今日初めてお会いするはずですが……。」

 「それは、私が田舎者でバカクラスだと言われているのと同じです。」

 「いえいえ、決してそんな意味ではございませんわ。とにかく、あなた様とお会いするのは今日が初対面だと思いますが……。」

 「そんなことは、どうでもいいんだ。アイリスと婚約破棄して、リリアーヌと婚約するのは決定事項だから。君が虐めていようがいまいがどうでもいいんだ。」

 男爵令嬢リリアーヌは、男爵の庶子でつい先ごろ、市井で暮らしていた娘を跡取りが死んだとかで引き取って、この学園に編入されたのである。

 学園に来てからのリリアーヌは天真爛漫な感情をそのまま出す娘で、男子学生のマドンナ的な存在となった。笑いたいときは、扇子などで隠さず、大口を開けて笑い、泣きたいときは、人目を忍ばず大泣きするといった具合だ。

 明るい華やかな雰囲気を持っていて、殿下は相当の御執心のようだった。殿下とは、5歳のお妃選定会で選ばれ、以後、何度も「愛している」と仰ってくださいましたが口先だけの言葉だとは、気づいていました。お妃教育も大変で、何度も投げ出そうと思ったか数えきれません。それでも、やり切ったのは、わたくしは殿下を愛していたからです。今、その愛を踏みにじろうとされています。

 お妃教育では、感情を表に出してはいけない。ということが大切なのです。王妃たるもの感情を表に出すなど言語道断。すぐに国際問題や外交問題に発展しかねないからです。そのためにあるのが、扇子という小道具です。いかに完ぺきに淑女教育をされていても、人間です。どうしても、感情が表に出る時があります。それを隠すため扇子を持ち歩き、普段から口元を隠します。

 今回のことは、アイリスにとっては、寝耳に水の出来事で、「はい、そうですか。」と引き下がれるものではありません。どうしても納得がいかないので、つい口ごたえをしてしまいます。

 「納得がいきませんわ。わたくしは、チャールズ様を心底、お慕い申し上げておりました。あなた様は口では、愛の言葉を囁きながら、わたくしには不自由を強いて、わたくしは、5歳の頃より誰にも甘えられないのです。ひどいです。チャールズ様は酷いです。最後に、あなたを愛していました。でも、もう……。」

 「アイリス、愛している。婚約は破棄しない。君の気持ちを確かめたくて、一芝居打ったのだ。」

 急に抱きしめられ、「ごめんね。」を繰り返される。

 「でも、わたくし王太子妃として、言ってはいけない、はしたないことを申しました。王太子妃は自分の感情を表に出してはいけない。ですから、もう、結婚できません。婚約破棄で結構です。」

 「違う。君は、今も昔もよくやってくれていた。愛している。俺の前では、素でいてほしいんだ。そのままの君がいいんだ。婚約破棄はしない。」

 「でも、わたくし……。」

 「ちょっと;お、それじゃあ、私はどうなんのよ。チャールズは私を愛しているんでしょ。アイリスに騙されてんじゃないわよ。」

 「誰がお前みたいな阿婆擦れを愛するか!冗談じゃない!お前は小道具だったんだよ。衛兵!誰か!この頭のおかしな女を連れていけ!」

 「ちょっとぉ、話が違うじゃないのぉ!私はヒロインなのよ。アイリスは悪役令嬢で、なのに全然虐めてこないし、チャールズと結婚するのは私よ!」

 ギャーギャー訳の分からないことを言いながら、リリアーヌは連れていかれた。

 「アイリス、私と結婚してくれるね。」跪いてキスしてくるが、やっぱり腑に落ちない。

 「お断りします。」

 「え?どうして?」

 「こんな人の心を確かめるようなやり方、納得いきません。今日限りでチャールズ様と決別いたします。さようなら。」

 一度も振り返らず、公爵邸に戻り、自室で大泣きした。「あんな男とは、思わなかった。」

 それから、隣国のリチャード王太子殿下から縁談があり、乗り気になる。以前、友好親善パーティで案内役を務めたのだが、その時の印象が気に入られて、今回の縁談になった。

 リチャード様には、この前の卒業パーティでの出来事をすべて話し、婚約破棄の手続きが滞っていること、もし破棄もしくは解消ができなければ、既成事実を作ってしまおうということまで、二人の話し合いは続く。

 「アイリス」

 「リチャード様」

 ついに二人は既成事実に突入。けっこう二人ともノリノリで喜んで組んず解れず、愛し合う日々。

 両国の国王陛下も公認の仲になり、ゴールイン。

 その頃、チャールズは……、なぜだ?アイリスの心を解放しようとしただけなのに……なぜ、嫌われたのかもわからない様子で、悶々としていた。
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