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Ⅱ ネルトネッテ伯爵領

5 ストローネ平原

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ネルトネッテ伯爵

粗末な簡易机の上で遺言状を書き終えた。
息子のネステならば堅実な性格なので、安心して後を任せられる。
心残りはマリアの行方がまだ判明していないことだ。
神殿にはまだ隠し通せているが、時間の問題だろう。

聖女が実の兄と駆落ちなんて、前代未聞の醜聞だ。
道端に生えている雑草以下の取るに足りない男と駆落ちなんて、マリアは何を考えていたのだろうか。
名前すら思い出せない、自分の血が流れていると思うだけでいらいらする思慮の浅い、人の機嫌をおどおどと窺うような子供だった。

自分が死んだ時には、竜の飛来のどさくさに紛れさせて病死届を出させる積りだ。
自分が万が一生き残れたら、我が家の至宝を台無しにした男を、この手で殴り殺すまでは諦めない積りだ。
マリアが公爵家や王家、最低でも神官長になってくれれば、我が家のステータスを数レベル上げることが出来たのだから。

隼便で遺言状を城に送る。
城に届く時が、丁度私がノーラ様の元に旅立つ時だろう。
後は伯爵、ネルトネッテ伯爵家の人間として見苦しいないように死ぬだけだ。
少し睡眠を取っておこう。

目を瞑ると親父から爵位を受け継いだ時の事が脳裏浮かぶ。
渡されたのは、竜の飛来で戦いに出向き、死んだ先祖の遺言状だった。
若かった自分は、万が一にも勝てない戦いに出向く不合理性を親父に質問した。
”ネルトネッテ伯爵家が戦った事実を作る為”が親父の答えだった。
その当時は合点が行かなかったが、今なら判る、平民を支配するためには、ネルトネッテ伯爵家が守るというポーズが必要なのだ。

この竜の飛来で王家は大きく力を削がれるだろう、キャノール国の動向次第では、ミランダ家に王権が移り、南部の時代が訪れるのかも知れない。
知己のある南部の領主も書き留めて送ってある。
マリアが居たならば、ネステの立ち回りがもう少し楽だったろうに、可哀そうなことをした。

”カンカンカン”

夜明け前に竜の飛来を知らせる半鐘が打ち鳴らされた。
起き上がって身支度を整える。
幕営を出ると、我が家の軍が列を整え待っていた。
自分は文の人間で、武の人間ではない。
それでも腹に力を込めて檄を飛ばす。

「竜を倒すぞ!」
『オー』

良かった、声が裏返らなかった。
指定された配置場所に付く。
後は狼煙を焚いて竜の気を引き、喰らいに舞い降りた竜に突進するだけだ。

北の地平に竜の黒く大きい影が見える。
情けないことに、膝の震えが止まらなかった。

ーーーーー

間に合った様だ、ストローネ平原に陣を敷いた国軍は、まだ竜に食われていない。
ワンコ達は、一旦周囲の岩峰に降り立ち周囲の岩を吸収して変身した。
身の丈二十メートルはありそうな、背中に翼を生やした戦乙女ワルキュールの石像に変わった。
俺は、氷の鎧を纏い巨大な氷の剣を握る。
そして竜に向かって飛び立った。

すれ違いざま、竜の耳の中に熱術で衝撃波を作り出す。
小さな、力の弱い魔術だが効果は十分だった。
平衡感覚を狂わせ、竜は錐揉み状態で墜落した。

マリアが土術で泥沼を作って竜を嵌め、泥を岩に変えて竜の動きを封じようとするが、竜の力は強く、作った岩を砕いてしまう。

「マリア、俺に任せろ」

磨術を使って竜が足を突こうとした場所の岩盤をツルツルにする。
まだ未熟なので狭い範囲した操作できないのだが、平衡感覚を失っているので、竜が転んで立ち上がれない程度の操作は可能だった。
立ち上がろうジタバタする竜を、ワンコ達の戦乙女がボコボコと斧やハンマーでタコ殴りにする。

動きが鈍くなった頃合いを見計らって、氷の大剣で急所に留めを刺す。
何回か経験しているので、要領は判っている。
今回は筋力が増しているので、意外に楽だ。

”ギャー”

大きな叫び声を上げて竜が動かなくなった。
頭に中でファンファーレが鳴り響き、俺はレベルアップした。
やれやれ、討伐終了だ。

一応勝利宣言で、氷の大剣を掲げてポーズを取る。
国軍から歓声が上がった。

解体作業が面倒臭いので逃げ出そうとしたら、赤い鎧を纏った人が馬に乗って走り寄って来た。

「天使殿、氷の戦士殿。礼が言いたい、降りて来てくださらぬか」

ーーーーー
ネルトネッテ伯爵

夢を見ているようだった。
夜明け前の闇の中、東の岩峰に降り立った光り輝く天使が、氷の戦士と戦乙女を率いて竜を倒してしまったのだ。
物凄い迫力だった、立ち上がれない竜に下される鉄槌の地響きがここまで伝わって来た。
止め差してから氷の戦士が掲げた大剣に併せて、思わず拳を突き上げて声を上げてしまった。

覚めぬ感動を味わっていたら、先頭の赤竜隊長から使いの使者が送られて来た。
重要な内容らしく、送られて来たのは、親友でもある隣領のサグラーレ伯だった。

「隠していたのか、水臭いぞ」
「何をだ」
「まだ恍けるのか、将軍がお呼びだ。お前にも礼が言いたいそうだ」

訳の判らないままサグラーレの後に付いて赤竜隊長の天幕に入ると、そこには赤黒両隊長と談笑するマリアとマリアを攫って行った馬鹿息子の姿があった。
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