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毒に冒された身体 ※
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その後、急いでダールベルク家へと運びこまれ、医師の診察を受けたルドガーは、毒針が刺さったことによるショック症状であったことが判った。幸いにもその場にいたアロイスが毒を吸いだしたことと、解毒剤を飲ませたことにより大事には至っていない。
しかし、ルドガーの意識はすでに半日戻らず、熱が高い状態である。熱さえ下がってしまえば問題ないが、早いうちに下がるかどうかが問題だった。
毒針を吹いたカミラについては、その場で拘束され、騎士隊に引き渡されている。事情聴取はこれからなので、落馬事故などについての詳細はまだわかっていない状態だ。
そして今は、ルドガーが横になるベッドの横で、泣き腫らしたヴィルヘルミーナが付き添っている。
(わたくしが、あんな茶会に出なければ、ルドガーが倒れることもなかったのに)
ぎゅう、っと拳を握りこんで、ヴィルヘルミーナは自身の行動を嘆く。
彼女がカミラ・ジーベルのお茶会に行ったのは『ルド様のことで話がある』と呼び出されたからだった。カミラは、婚約直前に『あなたみたいな可愛げのない女はルド様に不釣り合い』と暴言を吐いてきた張本人である。冷静に考えれば、ルドガーはヴィルヘルミーナのことを愛してくれていた。そこに疑う余地はなかったはずだ。けれど、ルドガーが『距離を置こう』と告げた真意を知らず『可愛げがない』と暴言で呪いをかけられていた彼女は、不安にかられてカミラの呼び出しに応じてしまったのだ。
ヴィルヘルミーナはまだ、落馬事故を起こした犯人がカミラであることを知らない。だから油断を生んだのだろう。だが、ルドガーと婚約するからといってヴィルヘルミーナに嫌味をわざわざ言ってきた女が、嫌がらせをしてこないわけがなかったのに。
(わたくしは、また冷静になれなかったわ……)
そのせいでルドガーはヴィルヘルミーナを庇うことになり、結果として今の状況になった。
「ごめんなさい、わたくしのせいで……」
呟いた声は涙で掠れている。
「う……」
「ルドガー!?」
ルドガーがうめき声をあげたのに、ヴィルヘルミーナは椅子から立ち上がって彼の顔を覗き込む。しかし彼は目を閉じたまま、苦しげに眉間に皺を寄せた。
「ミー、な……はやく、逃げ……ミーナ」
ルドガーが口走ったうわごとに、ヴィルヘルミーナは息を呑む。
(夢の中でまで、わたくしを守ろうと……?)
喜びが胸を衝いた瞬間、彼女は暗い表情になる。
(ミーナ、って呼んだわ。『ヴィルヘルミーナ』じゃなくて。記憶がないときの、素直なミーナが、やっぱり好きなんだわ)
「……ミーナ! 怪我は……」
辛そうに繰り返し漏らすルドガーに、ヴィルヘルミーナは再び顔をくしゃりと歪める。
(それがなんだっていうのよ。ルドガーは、わたくしを約束通り守ってくれたのに……!)
ヴィルヘルミーナはルドガーの手を握って、必死に声をかけた。
「ルドガー、わたくしは無事よ。大丈夫なの。大丈夫だから……」
(だから、早く目を覚まして)
あとは嗚咽になって、声にならない。握った手は、熱で熱い。まだ彼はうわごとでヴィルヘルミーナの安否を心配している。彼女はルドガーの手を握りながら、ひたすらに声をかけ続けるのだった。
***
ルドガーの意識が戻ったのは、明け方近い頃だった。うっすらと目を開けかけて、まだ重たい瞼は開かず、起き上がれないほどではないが熱の残ったけだるい身体はそのまま再び眠りの闇に落ちそうになる。
ぴくりと動いた手に、暖かいものが当たっているのに気付いて、ルドガーは目を開けた。そこにはベッドに縋って、ルドガーの手を握ったまま眠っているヴィルヘルミーナがいる。
(……なんでここにミーナが……?)
ぼんやりと思って、視界を回し、自分の部屋で横になっていることに気付いたルドガーは訝しむ。婚約を悔いた彼女が、自分の部屋になんかいるわけがない。そうは思ったが、ルドガーはすぐに口元を笑ませて目を閉じた。
(なんだ夢か……いいな)
無意識に彼女の手を握り返したルドガーは、まだ微熱の残ったふわふわとした頭で考える。
(ここにいてくれるなら、ずっと守れるから安心だな)
意識が混濁しているので、彼は倒れる前にカミラからヴィルヘルミーナを守り切ったことを覚えていないのだろう。未だ外敵からヴィルヘルミーナを守らねばならないという気持ちが強かった。
握りこんだ手のぬくもりに安心しながら、眠りに落ちかけた刹那、不意に暖かさと重みが消える。ヴィルヘルミーナが手を離したのだ。
「行くな!」
焦りで叫んだルドガーは、目を閉じたままに手を振って彼女を捕まえ、そのままベッドへと引きずり込む。
「え、ル、ルド……」
焦ったようなヴィルヘルミーナの声を聞きながら、ルドガーはぎゅうっと彼女の身体を抱きしめる。
「傍に……傍にいてくれ。行くな。俺に、守らせてくれ」
目をつむったまま、うわごとのように繰り返して、ヴィルヘルミーナが逃げていかないようにと必死だ。抱きしめられたヴィルヘルミーナは、彼の胸の上でもぞもぞと顔を動かすと、ルドガーの顔を見て、驚いたような顔をしながらも、抱きしめ返してきた。
「……ルドガー。……ルド、わたくしは、大丈夫よ。あなたが守ってくれたから、怪我はないの」
優しい声で返されて、はた、とルドガーは止まる。閉じていた視界を開けば、困ったように微笑んでいるヴィルヘルミーナと目が合った。
「…………ヴィルヘル、ミーナ?」
「目が覚めたのね」
自分の胸の上に乗った彼女が、そっと手を伸ばしてきて頬に触れる。その細い指が触れるのが心地いいが、ルドガーは朦朧としながらもその手を捕まえる。
(そうだ、彼女はカップを落として、それで)
「怪我はないのか? 火傷は?」
触れていた手は綺麗なものだが、安心はできない。
「大丈夫よ」
「見せてくれ」
「え?」
ヴィルヘルミーナがまばたきをしたその一瞬に、ルドガーは身体を起こすと、彼女をあっという間に組み敷いた。そして袖をめくって彼女の腕を確認し、スカートをめくり太ももをあらためる。滑らかな肌のどこにも怪我はなく、ほっと息を吐いた。
「ル、ルド……わたくしは、怪我はないって……」
顔を赤くしたヴィルヘルミーナが肩を押しながら言ってくるのに、ルドガーは眉間に皺を寄せた。組み敷いた姿勢は微熱の残った身体には辛い。
「本当か? お前は、意地っ張りで、すぐ強がるだろう。ちゃんと確認しないと安心できない」
ぽす、と頭を落として、そのままルドガーはヴィルヘルミーナを抱きしめてぼやく。
「……可愛げがない女で悪かったわね」
むっとした声が耳に届いて、ルドガーはつい喉を鳴らした。
(なんだ、夢の中でもつんつんしてるな、ミーナは)
顔を覗けば、ヴィルヘルミーナは眉間にぎゅっと皺を寄せて、言ったことを後悔しているようだった。それにまた笑いが漏れる。
(再現率も高い。……当たり前か。俺がずっと見てたヴィルヘルミーナを元にした夢なんだから)
「お前は相変わらず可愛いな。いつも言ってから後悔して……だから心配だ。俺にはちゃんと甘えて欲しいのに……そうだ、俺は昔からお前に甘えて欲しかった」
ルドガーが心に浮かんだことを次々口に乗せる。いつも彼は賛辞や気持ちを素直に話すタイプではあるが、熱でふわふわとしている今は輪をかけて素直だ。しかも、夢だと思っているから余計である。びっくりしたように目を見開いてルドガーを見つめるヴィルヘルミーナは、彼が何を言っているか理解が追いついていないに違いない。
「はあ……ミーナ、やっぱり全部確認しないと安心できない」
ヴィルヘルミーナにのしかかっていた身体を起こして、彼女を見下ろすルドガーの顔はまだ熱で上気している。
「ルド、あなた寝ぼけてるの?」
「夢なんだから、寝ぼけてて当たり前だろう?」
真面目な顔で聞いてきたヴィルヘルミーナに、ルドガーはふは、と笑って応える。ぱちぱちと目をしばたかせながら「ゆめ……」と呟いたヴィルヘルミーナが可愛くて、ついルドガーは唇を重ねた。
「ミーナ、確認したら、だめか……?」
唇を離しただけの至近距離で、ルドガーはねだるようにヴィルヘルミーナの顔を見つめる。すると彼女は怒ったような顔になった。
「あなたの夢なら……気のすむまで、調べればいいじゃない」
つん、と尖った声の返事が返ってきたのが可愛くて、ルドガーはまた笑う。もう何をされても可愛いのだから仕方ない。ヴィルヘルミーナの服を脱がすために、腰の編み上げのリボンを解きにかかったが、熱のある身体は手先が上手く動かせない。指先がもつれて解くのに時間がかかる。もたもたとリボンを緩めていたら、ヴィルヘルミーナがルドガーの肩を押した。
「……自分で、脱ぐわ」
顔を真っ赤にした彼女はそう言い放つと、ルドガーの身体から逃げだして、ベッドの傍に降り立った。口をきゅっと引き結んで、恥ずかしそうにしているのに、その手は手際よくリボンを抜き取って胸元のボタンをも外しきる。
(良い眺めだな……)
ぼんやりとベッドから、服を脱ぐヴィルヘルミーナを眺めるルドガーは緩んだ顔をしていた。その間に、ドロワーズとコルセットの状態になった彼女は羞恥で顔を怒ったようにしながらも、ルドガーに向き直って両手を広げて見せる。
「け、怪我なんてないでしょう?」
「全部だ」
「……っナイフだってコルセットの下になんか通らないわよ!」
これ以上は恥ずかしくて脱げないと訴えるヴィルヘルミーナに、夢だと思っているルドガーは譲らなかった。
「全部、確認したい」
駄々をこねる子どものように、ルドガーが言う。その瞳に圧されたように、ヴィルヘルミーナはとうとう観念してコルセットとドロワーズを脱いだ。しかし、両手を広げてみせることはなく、もじもじとベッドの脇で彼女は佇んでいる。
(我ながらミーナに自分で脱がせるなんて、凄い夢だな)
「ミーナ」
手首をつかんで、彼女をベッドに引きずりこむ。
「きゃっ」
ぽすん、と音をたてて布団に沈みこんだ彼女を組み敷いて、両腕を持ち上げると頭の上で固定してしげしげと身体を見る。ぱっと見、傷一つない綺麗な身体だが、ルドガーは安心しない。
「ここは……?」
つ、と指を這わせながら、胸の周りや足の二の腕など、彼女の身体を検分する。ルドガーの指が全身をくまなく這うのに、ヴィルヘルミーナは震えながら耐えてくれている。強く引き寄せたことによる内出血なども特になさそうなのを確認して、ルドガーはやっと安堵の息を吐いた。
「良かった。お前が無事で、本当に……ヴィルヘルミーナ」
もはや夢だと思っているのか、現実だと思っているのか自身でも判っていない状態で、ルドガーは独り言ちた。しかしそれに返事が来る。
「……ありがとう。ルド」
ぽつ、と言われた素直な言葉に、ルドガーは苦笑する。
(最初から俺が、カミラ嬢をちゃんと対処していればこんなことには……いや、俺がもっと早くミーナを好きだと気付いていれば)
「お前に何かあったら、俺は……」
後悔が胸に押し寄せたルドガーは、言いながらヴィルヘルミーナに口づけを落とす。
(こんな風に触れる資格が、俺にあるのか? ミーナに落馬なんかさせて、傷つけて……婚約者になりたくなかったって言われて……)
そう思いながらも、重ねた唇を甘噛みして、ヴィルヘルミーナの口の中に舌を差し込み、ルドガーは彼女を貪ることを辞められない。
「ミーナ……」
都合のいい夢のように黙って受け入れてくれるヴィルヘルミーナに、ルドガーは懇願する。
「せめて、夢の中だけでも、俺のものでいてくれ」
彼女の返事を聞かず、ルドガーは再び唇を重ね合わせた。
しかし、ルドガーの意識はすでに半日戻らず、熱が高い状態である。熱さえ下がってしまえば問題ないが、早いうちに下がるかどうかが問題だった。
毒針を吹いたカミラについては、その場で拘束され、騎士隊に引き渡されている。事情聴取はこれからなので、落馬事故などについての詳細はまだわかっていない状態だ。
そして今は、ルドガーが横になるベッドの横で、泣き腫らしたヴィルヘルミーナが付き添っている。
(わたくしが、あんな茶会に出なければ、ルドガーが倒れることもなかったのに)
ぎゅう、っと拳を握りこんで、ヴィルヘルミーナは自身の行動を嘆く。
彼女がカミラ・ジーベルのお茶会に行ったのは『ルド様のことで話がある』と呼び出されたからだった。カミラは、婚約直前に『あなたみたいな可愛げのない女はルド様に不釣り合い』と暴言を吐いてきた張本人である。冷静に考えれば、ルドガーはヴィルヘルミーナのことを愛してくれていた。そこに疑う余地はなかったはずだ。けれど、ルドガーが『距離を置こう』と告げた真意を知らず『可愛げがない』と暴言で呪いをかけられていた彼女は、不安にかられてカミラの呼び出しに応じてしまったのだ。
ヴィルヘルミーナはまだ、落馬事故を起こした犯人がカミラであることを知らない。だから油断を生んだのだろう。だが、ルドガーと婚約するからといってヴィルヘルミーナに嫌味をわざわざ言ってきた女が、嫌がらせをしてこないわけがなかったのに。
(わたくしは、また冷静になれなかったわ……)
そのせいでルドガーはヴィルヘルミーナを庇うことになり、結果として今の状況になった。
「ごめんなさい、わたくしのせいで……」
呟いた声は涙で掠れている。
「う……」
「ルドガー!?」
ルドガーがうめき声をあげたのに、ヴィルヘルミーナは椅子から立ち上がって彼の顔を覗き込む。しかし彼は目を閉じたまま、苦しげに眉間に皺を寄せた。
「ミー、な……はやく、逃げ……ミーナ」
ルドガーが口走ったうわごとに、ヴィルヘルミーナは息を呑む。
(夢の中でまで、わたくしを守ろうと……?)
喜びが胸を衝いた瞬間、彼女は暗い表情になる。
(ミーナ、って呼んだわ。『ヴィルヘルミーナ』じゃなくて。記憶がないときの、素直なミーナが、やっぱり好きなんだわ)
「……ミーナ! 怪我は……」
辛そうに繰り返し漏らすルドガーに、ヴィルヘルミーナは再び顔をくしゃりと歪める。
(それがなんだっていうのよ。ルドガーは、わたくしを約束通り守ってくれたのに……!)
ヴィルヘルミーナはルドガーの手を握って、必死に声をかけた。
「ルドガー、わたくしは無事よ。大丈夫なの。大丈夫だから……」
(だから、早く目を覚まして)
あとは嗚咽になって、声にならない。握った手は、熱で熱い。まだ彼はうわごとでヴィルヘルミーナの安否を心配している。彼女はルドガーの手を握りながら、ひたすらに声をかけ続けるのだった。
***
ルドガーの意識が戻ったのは、明け方近い頃だった。うっすらと目を開けかけて、まだ重たい瞼は開かず、起き上がれないほどではないが熱の残ったけだるい身体はそのまま再び眠りの闇に落ちそうになる。
ぴくりと動いた手に、暖かいものが当たっているのに気付いて、ルドガーは目を開けた。そこにはベッドに縋って、ルドガーの手を握ったまま眠っているヴィルヘルミーナがいる。
(……なんでここにミーナが……?)
ぼんやりと思って、視界を回し、自分の部屋で横になっていることに気付いたルドガーは訝しむ。婚約を悔いた彼女が、自分の部屋になんかいるわけがない。そうは思ったが、ルドガーはすぐに口元を笑ませて目を閉じた。
(なんだ夢か……いいな)
無意識に彼女の手を握り返したルドガーは、まだ微熱の残ったふわふわとした頭で考える。
(ここにいてくれるなら、ずっと守れるから安心だな)
意識が混濁しているので、彼は倒れる前にカミラからヴィルヘルミーナを守り切ったことを覚えていないのだろう。未だ外敵からヴィルヘルミーナを守らねばならないという気持ちが強かった。
握りこんだ手のぬくもりに安心しながら、眠りに落ちかけた刹那、不意に暖かさと重みが消える。ヴィルヘルミーナが手を離したのだ。
「行くな!」
焦りで叫んだルドガーは、目を閉じたままに手を振って彼女を捕まえ、そのままベッドへと引きずり込む。
「え、ル、ルド……」
焦ったようなヴィルヘルミーナの声を聞きながら、ルドガーはぎゅうっと彼女の身体を抱きしめる。
「傍に……傍にいてくれ。行くな。俺に、守らせてくれ」
目をつむったまま、うわごとのように繰り返して、ヴィルヘルミーナが逃げていかないようにと必死だ。抱きしめられたヴィルヘルミーナは、彼の胸の上でもぞもぞと顔を動かすと、ルドガーの顔を見て、驚いたような顔をしながらも、抱きしめ返してきた。
「……ルドガー。……ルド、わたくしは、大丈夫よ。あなたが守ってくれたから、怪我はないの」
優しい声で返されて、はた、とルドガーは止まる。閉じていた視界を開けば、困ったように微笑んでいるヴィルヘルミーナと目が合った。
「…………ヴィルヘル、ミーナ?」
「目が覚めたのね」
自分の胸の上に乗った彼女が、そっと手を伸ばしてきて頬に触れる。その細い指が触れるのが心地いいが、ルドガーは朦朧としながらもその手を捕まえる。
(そうだ、彼女はカップを落として、それで)
「怪我はないのか? 火傷は?」
触れていた手は綺麗なものだが、安心はできない。
「大丈夫よ」
「見せてくれ」
「え?」
ヴィルヘルミーナがまばたきをしたその一瞬に、ルドガーは身体を起こすと、彼女をあっという間に組み敷いた。そして袖をめくって彼女の腕を確認し、スカートをめくり太ももをあらためる。滑らかな肌のどこにも怪我はなく、ほっと息を吐いた。
「ル、ルド……わたくしは、怪我はないって……」
顔を赤くしたヴィルヘルミーナが肩を押しながら言ってくるのに、ルドガーは眉間に皺を寄せた。組み敷いた姿勢は微熱の残った身体には辛い。
「本当か? お前は、意地っ張りで、すぐ強がるだろう。ちゃんと確認しないと安心できない」
ぽす、と頭を落として、そのままルドガーはヴィルヘルミーナを抱きしめてぼやく。
「……可愛げがない女で悪かったわね」
むっとした声が耳に届いて、ルドガーはつい喉を鳴らした。
(なんだ、夢の中でもつんつんしてるな、ミーナは)
顔を覗けば、ヴィルヘルミーナは眉間にぎゅっと皺を寄せて、言ったことを後悔しているようだった。それにまた笑いが漏れる。
(再現率も高い。……当たり前か。俺がずっと見てたヴィルヘルミーナを元にした夢なんだから)
「お前は相変わらず可愛いな。いつも言ってから後悔して……だから心配だ。俺にはちゃんと甘えて欲しいのに……そうだ、俺は昔からお前に甘えて欲しかった」
ルドガーが心に浮かんだことを次々口に乗せる。いつも彼は賛辞や気持ちを素直に話すタイプではあるが、熱でふわふわとしている今は輪をかけて素直だ。しかも、夢だと思っているから余計である。びっくりしたように目を見開いてルドガーを見つめるヴィルヘルミーナは、彼が何を言っているか理解が追いついていないに違いない。
「はあ……ミーナ、やっぱり全部確認しないと安心できない」
ヴィルヘルミーナにのしかかっていた身体を起こして、彼女を見下ろすルドガーの顔はまだ熱で上気している。
「ルド、あなた寝ぼけてるの?」
「夢なんだから、寝ぼけてて当たり前だろう?」
真面目な顔で聞いてきたヴィルヘルミーナに、ルドガーはふは、と笑って応える。ぱちぱちと目をしばたかせながら「ゆめ……」と呟いたヴィルヘルミーナが可愛くて、ついルドガーは唇を重ねた。
「ミーナ、確認したら、だめか……?」
唇を離しただけの至近距離で、ルドガーはねだるようにヴィルヘルミーナの顔を見つめる。すると彼女は怒ったような顔になった。
「あなたの夢なら……気のすむまで、調べればいいじゃない」
つん、と尖った声の返事が返ってきたのが可愛くて、ルドガーはまた笑う。もう何をされても可愛いのだから仕方ない。ヴィルヘルミーナの服を脱がすために、腰の編み上げのリボンを解きにかかったが、熱のある身体は手先が上手く動かせない。指先がもつれて解くのに時間がかかる。もたもたとリボンを緩めていたら、ヴィルヘルミーナがルドガーの肩を押した。
「……自分で、脱ぐわ」
顔を真っ赤にした彼女はそう言い放つと、ルドガーの身体から逃げだして、ベッドの傍に降り立った。口をきゅっと引き結んで、恥ずかしそうにしているのに、その手は手際よくリボンを抜き取って胸元のボタンをも外しきる。
(良い眺めだな……)
ぼんやりとベッドから、服を脱ぐヴィルヘルミーナを眺めるルドガーは緩んだ顔をしていた。その間に、ドロワーズとコルセットの状態になった彼女は羞恥で顔を怒ったようにしながらも、ルドガーに向き直って両手を広げて見せる。
「け、怪我なんてないでしょう?」
「全部だ」
「……っナイフだってコルセットの下になんか通らないわよ!」
これ以上は恥ずかしくて脱げないと訴えるヴィルヘルミーナに、夢だと思っているルドガーは譲らなかった。
「全部、確認したい」
駄々をこねる子どものように、ルドガーが言う。その瞳に圧されたように、ヴィルヘルミーナはとうとう観念してコルセットとドロワーズを脱いだ。しかし、両手を広げてみせることはなく、もじもじとベッドの脇で彼女は佇んでいる。
(我ながらミーナに自分で脱がせるなんて、凄い夢だな)
「ミーナ」
手首をつかんで、彼女をベッドに引きずりこむ。
「きゃっ」
ぽすん、と音をたてて布団に沈みこんだ彼女を組み敷いて、両腕を持ち上げると頭の上で固定してしげしげと身体を見る。ぱっと見、傷一つない綺麗な身体だが、ルドガーは安心しない。
「ここは……?」
つ、と指を這わせながら、胸の周りや足の二の腕など、彼女の身体を検分する。ルドガーの指が全身をくまなく這うのに、ヴィルヘルミーナは震えながら耐えてくれている。強く引き寄せたことによる内出血なども特になさそうなのを確認して、ルドガーはやっと安堵の息を吐いた。
「良かった。お前が無事で、本当に……ヴィルヘルミーナ」
もはや夢だと思っているのか、現実だと思っているのか自身でも判っていない状態で、ルドガーは独り言ちた。しかしそれに返事が来る。
「……ありがとう。ルド」
ぽつ、と言われた素直な言葉に、ルドガーは苦笑する。
(最初から俺が、カミラ嬢をちゃんと対処していればこんなことには……いや、俺がもっと早くミーナを好きだと気付いていれば)
「お前に何かあったら、俺は……」
後悔が胸に押し寄せたルドガーは、言いながらヴィルヘルミーナに口づけを落とす。
(こんな風に触れる資格が、俺にあるのか? ミーナに落馬なんかさせて、傷つけて……婚約者になりたくなかったって言われて……)
そう思いながらも、重ねた唇を甘噛みして、ヴィルヘルミーナの口の中に舌を差し込み、ルドガーは彼女を貪ることを辞められない。
「ミーナ……」
都合のいい夢のように黙って受け入れてくれるヴィルヘルミーナに、ルドガーは懇願する。
「せめて、夢の中だけでも、俺のものでいてくれ」
彼女の返事を聞かず、ルドガーは再び唇を重ね合わせた。
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