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第1部
15話 赤薔薇の破滅 一輪目の後編(アンブローズ侯爵視点)
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「クソ!忌々しい婆あを思い出したせいで気分が悪い!」
あれから、レリックは非常に苦労した。血の誓いを使用した契約のことは誰にも話せない。どう利用されるかわかったものではなかったからだ。
「本当に苦労したものだ。どいつもこいつも無能ばかりだ」
妻、リリアーヌ・アンブローズとは愛も信頼関係もない。もともと政略結婚だった上に、ルルティーナを産んでからは完全に関係が破綻した。
人前では仲睦まじいふりをしているし、手をあげたこともない。が、本当は忌々しくて仕方がない。リリアーヌも自分を疎んじているとわかっているので、なおさらだ。
(陰気でグチグチうるさい浪費家の年増女め。アレを妻にしたせいで魔力無しのクズが生まれた。いずれアレも処分してやる)
使用人たちは所詮は平民や下位貴族だ。レリックにとっては下民でしかない。執事長ですら信用などできなかった。
領地を任せている代官とポーション工場の工場長に関しては、能力と忠誠心を認めている。が、それでも打ち明ける気にはなれなかった。
(無能だろうと有能だろうと、所詮は下民だ。奴らに知られたらと思うとゾッとする!)
長女、ララベーラは自分に似た赤髪赤瞳の、生まれつき魔力量の多い可愛い娘だ。だが、少々お転婆が過ぎる。それに、レリック以上に勉強嫌いだ。
(そんなところも私に似て可愛いが……)
下民だのクズだので遊ぶのはいいが、レリック以上にやり過ぎてしまいがちなのが玉に瑕だ。
これまでもちょっとした小遣い稼ぎのお遊びで、下級貴族や平民を再起不能にしていたり、自殺に追い込んだりしている。
稼ぐどころか、もみ消すために金を使うことすらあった。
やはり打ち明けることは出来ない。
(それにララベーラは女だ。難しいことを考える必要はない。美しさを磨き社交に出ていればそれでいい。そうすれば、自ずとシャンティリアン王太子殿下に見初められると決まっていたからな。ああ、それにしても)
そして、レリックの後ろ盾である『あのお方』にも知られる訳にはいかなかった。
(あのお方は私を認めて下さったが、薔薇を剪定するように人を殺す。恐ろしいお方だ)
だからレリックは一人で手を打つしかなかった。
「暗示魔法を全員にかけるのに幾らかかったことか……」
レリックは、周りに契約を知られないように、ルルティーナがポーションを作成しているのを見ないように、そしてルルティーナを殺さないように、屋敷の全員に暗示魔法をかけた。
レリック自身にそれだけの魔法の技術は無いので、魔道具を買った。当然、かなりの高額だった。
もちろんレリック自身も、ルルティーナを痛めつけても殺さないよう注意した。
(……だがそれも、クズが十六歳になるまでの辛抱だった)
ルルティーナはつい先日、成人である十六歳の誕生日をむかえた。
レリックは、ルルティーナを早く追い出したかった。もちろん、ただ追い出すだけでは腹の虫が治らない。
出来るだけロクでもない引き取り手を用意するため、色々と調べて手を回していた。違法で劣悪な環境の娼館や、この国では禁じられているはずの奴隷商などだ。
(出来るだけ長く苦しめた後、この手で殺すはずだった)
しかし、引き取り手候補は次々と摘発されたり、潰れたりして消えていった。
手をこまねいている内に、辺境騎士団団長アドリアン・ベルダール団長から要望が届いたのだ。
(結果的には、クズを辺境に押し付けれたから良しとしよう。魔力無しのクズめ。辺境で苦しんだ後で殺してやる。見窄らしい上にポーションを作るしか能のないクズだ。今ごろ、惨殺伯爵にさぞや冷遇されているだろう。
なにより、我が娘ララベーラを辺境にやる必要がなくなった。魔力無しのクズもたまには役に立つ)
「レシピも読めるようになったしな」
ルルティーナを辺境に送って数日後、契約書の裏面に特級ポーションのレシピが表れた。
早速、アンブローズ侯爵領のポーション工場にレシピの写しを送った。
そしてレシピを送って数日で、無事に特級ポーション作成に成功し、量産に入ったとの報告が入ったのだ。
もちろん、ルルティーナが一人で作っていた時よりも、大量の特級ポーションが出来上がっているという。
(レシピには『薬の女神への祈り』だの、『他者への想い』だの、良くわからん戯言も書いてあったから心配したが……これで一安心だ)
レリックは報告の全てを信じ、長年の予定通り販路拡大に乗り出したのだった。
(すでに『あのお方』を通して、例の裏ルートでの流通が始まっている。今までの倍以上の量だ。新たな顧客も増えていることだろう。これからどれだけ利益を産むか。
それにララベーラが、ようやくシャンティリアン王太子殿下のお目に止まった……)
「クックック!笑いが止まらん!」
表ルートと裏ルート両方のポーション事業で、今まで以上に荒稼ぎをする。さらに王太子妃、いや、未来の王妃の父としての権力と名誉を手に入れる。
(私に国家治癒魔法師資格を与えず!あまつさえ相応しい役職を用意しなかった宮廷に!『あのお方』と共に君臨してやる!私を見下していた者全てに復讐してやるのだ!そして今まで以上にこの私に相応しい享楽の日々を送るのだ!)
「はーはっはっは!正にこの世の春と言ったところ……」
ーーーコンコンコンーーー
「旦那様、いらっしゃいますでしょうか?至急のお知らせが届きました」
悦にいった笑い声を、無粋な扉を叩く音と執事の声がさえぎった。
「チッ!入れ」
入って来た執事の顔は真っ青だった。
「し、使者殿はこちらをお読みいただくようにと……」
「使者?どこの使者だと……なっ!」
レリックは文句を垂れ流しながら、銀の盆に乗せられた手紙を開いて読み絶句した。
次に当惑と怒りを爆発させ、手紙を床に叩きつけた。
「ふざけるな!届いたのは特級ポーションとは似ても似つかぬ劣悪品だと!?一体どういう事だ!返品の山!?違約金!?」
「は、はい。『あのお方』もご立腹だと使者殿が申しておりました」
「ヒッ!……く、くそ!」
(あの婆あ!さては偽物のレシピを用意したのか?いや、それもおかしい。血の誓いは互いを縛るはずだ。
大体、工場からの報告では特級ポーションは無事に出来上がったとあった。まさか途中ですり替えられたか?)
ーーーゴンゴンゴン!ーーー
「旦那様!ご領地から火急の知らせです!」
悩んでいると、激しく扉を叩く音と別の執事の悲鳴のような声が響く。
「今度はなんだ!入れ!」
「こちらをご覧下さい!」
レリックは手紙を奪い取って開けて読み……。
「ば……馬鹿な……わ、私の工場が……」
手紙を書いたのは、領地を任せている代官の一人だ。領地と共に、ポーション工場の監督を任せていた。
手紙の内容を要約すると、以下の通りだ。
【ポーション工場の工場長含む職員が、一人残らず消えた。ポーションの材料、設備、レシピの写しも無くなっている。今後の生産の再開は絶望的である。至急、ご領主様の判断を乞う】
レリックはようやく気づいた。ポーション工場から、出来上がったポーションの見本が届いていなかったことに。
「あ……うあ……!」
レリックの頭から血が引いた。顔は紙のように白く、百は歳を経たかのようになった。燃え上がる赤髪も心なしかくすんでいる。
無理もない。
アンブローズ侯爵レリック・アンブローズは、宮廷における役職を持たず、ポーション事業を含む他人任せの領地経営によって資産を膨らまし、豪華な美術品、美食、服飾品、その他道義に反した楽しみで浪費することしか頭にない。
つまり、ポーション事業が潰れれば破滅するしかない男なのだ。
また、金の問題だけではない。
「ひっ……こ、ころ、殺される……!あのお方に殺されるう!」
レリックは生まれて初めて死の恐怖に怯え、回避できないかと足掻く。
全ては無駄だと悟るまで、無様に。
あれから、レリックは非常に苦労した。血の誓いを使用した契約のことは誰にも話せない。どう利用されるかわかったものではなかったからだ。
「本当に苦労したものだ。どいつもこいつも無能ばかりだ」
妻、リリアーヌ・アンブローズとは愛も信頼関係もない。もともと政略結婚だった上に、ルルティーナを産んでからは完全に関係が破綻した。
人前では仲睦まじいふりをしているし、手をあげたこともない。が、本当は忌々しくて仕方がない。リリアーヌも自分を疎んじているとわかっているので、なおさらだ。
(陰気でグチグチうるさい浪費家の年増女め。アレを妻にしたせいで魔力無しのクズが生まれた。いずれアレも処分してやる)
使用人たちは所詮は平民や下位貴族だ。レリックにとっては下民でしかない。執事長ですら信用などできなかった。
領地を任せている代官とポーション工場の工場長に関しては、能力と忠誠心を認めている。が、それでも打ち明ける気にはなれなかった。
(無能だろうと有能だろうと、所詮は下民だ。奴らに知られたらと思うとゾッとする!)
長女、ララベーラは自分に似た赤髪赤瞳の、生まれつき魔力量の多い可愛い娘だ。だが、少々お転婆が過ぎる。それに、レリック以上に勉強嫌いだ。
(そんなところも私に似て可愛いが……)
下民だのクズだので遊ぶのはいいが、レリック以上にやり過ぎてしまいがちなのが玉に瑕だ。
これまでもちょっとした小遣い稼ぎのお遊びで、下級貴族や平民を再起不能にしていたり、自殺に追い込んだりしている。
稼ぐどころか、もみ消すために金を使うことすらあった。
やはり打ち明けることは出来ない。
(それにララベーラは女だ。難しいことを考える必要はない。美しさを磨き社交に出ていればそれでいい。そうすれば、自ずとシャンティリアン王太子殿下に見初められると決まっていたからな。ああ、それにしても)
そして、レリックの後ろ盾である『あのお方』にも知られる訳にはいかなかった。
(あのお方は私を認めて下さったが、薔薇を剪定するように人を殺す。恐ろしいお方だ)
だからレリックは一人で手を打つしかなかった。
「暗示魔法を全員にかけるのに幾らかかったことか……」
レリックは、周りに契約を知られないように、ルルティーナがポーションを作成しているのを見ないように、そしてルルティーナを殺さないように、屋敷の全員に暗示魔法をかけた。
レリック自身にそれだけの魔法の技術は無いので、魔道具を買った。当然、かなりの高額だった。
もちろんレリック自身も、ルルティーナを痛めつけても殺さないよう注意した。
(……だがそれも、クズが十六歳になるまでの辛抱だった)
ルルティーナはつい先日、成人である十六歳の誕生日をむかえた。
レリックは、ルルティーナを早く追い出したかった。もちろん、ただ追い出すだけでは腹の虫が治らない。
出来るだけロクでもない引き取り手を用意するため、色々と調べて手を回していた。違法で劣悪な環境の娼館や、この国では禁じられているはずの奴隷商などだ。
(出来るだけ長く苦しめた後、この手で殺すはずだった)
しかし、引き取り手候補は次々と摘発されたり、潰れたりして消えていった。
手をこまねいている内に、辺境騎士団団長アドリアン・ベルダール団長から要望が届いたのだ。
(結果的には、クズを辺境に押し付けれたから良しとしよう。魔力無しのクズめ。辺境で苦しんだ後で殺してやる。見窄らしい上にポーションを作るしか能のないクズだ。今ごろ、惨殺伯爵にさぞや冷遇されているだろう。
なにより、我が娘ララベーラを辺境にやる必要がなくなった。魔力無しのクズもたまには役に立つ)
「レシピも読めるようになったしな」
ルルティーナを辺境に送って数日後、契約書の裏面に特級ポーションのレシピが表れた。
早速、アンブローズ侯爵領のポーション工場にレシピの写しを送った。
そしてレシピを送って数日で、無事に特級ポーション作成に成功し、量産に入ったとの報告が入ったのだ。
もちろん、ルルティーナが一人で作っていた時よりも、大量の特級ポーションが出来上がっているという。
(レシピには『薬の女神への祈り』だの、『他者への想い』だの、良くわからん戯言も書いてあったから心配したが……これで一安心だ)
レリックは報告の全てを信じ、長年の予定通り販路拡大に乗り出したのだった。
(すでに『あのお方』を通して、例の裏ルートでの流通が始まっている。今までの倍以上の量だ。新たな顧客も増えていることだろう。これからどれだけ利益を産むか。
それにララベーラが、ようやくシャンティリアン王太子殿下のお目に止まった……)
「クックック!笑いが止まらん!」
表ルートと裏ルート両方のポーション事業で、今まで以上に荒稼ぎをする。さらに王太子妃、いや、未来の王妃の父としての権力と名誉を手に入れる。
(私に国家治癒魔法師資格を与えず!あまつさえ相応しい役職を用意しなかった宮廷に!『あのお方』と共に君臨してやる!私を見下していた者全てに復讐してやるのだ!そして今まで以上にこの私に相応しい享楽の日々を送るのだ!)
「はーはっはっは!正にこの世の春と言ったところ……」
ーーーコンコンコンーーー
「旦那様、いらっしゃいますでしょうか?至急のお知らせが届きました」
悦にいった笑い声を、無粋な扉を叩く音と執事の声がさえぎった。
「チッ!入れ」
入って来た執事の顔は真っ青だった。
「し、使者殿はこちらをお読みいただくようにと……」
「使者?どこの使者だと……なっ!」
レリックは文句を垂れ流しながら、銀の盆に乗せられた手紙を開いて読み絶句した。
次に当惑と怒りを爆発させ、手紙を床に叩きつけた。
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ーーーゴンゴンゴン!ーーー
「旦那様!ご領地から火急の知らせです!」
悩んでいると、激しく扉を叩く音と別の執事の悲鳴のような声が響く。
「今度はなんだ!入れ!」
「こちらをご覧下さい!」
レリックは手紙を奪い取って開けて読み……。
「ば……馬鹿な……わ、私の工場が……」
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手紙の内容を要約すると、以下の通りだ。
【ポーション工場の工場長含む職員が、一人残らず消えた。ポーションの材料、設備、レシピの写しも無くなっている。今後の生産の再開は絶望的である。至急、ご領主様の判断を乞う】
レリックはようやく気づいた。ポーション工場から、出来上がったポーションの見本が届いていなかったことに。
「あ……うあ……!」
レリックの頭から血が引いた。顔は紙のように白く、百は歳を経たかのようになった。燃え上がる赤髪も心なしかくすんでいる。
無理もない。
アンブローズ侯爵レリック・アンブローズは、宮廷における役職を持たず、ポーション事業を含む他人任せの領地経営によって資産を膨らまし、豪華な美術品、美食、服飾品、その他道義に反した楽しみで浪費することしか頭にない。
つまり、ポーション事業が潰れれば破滅するしかない男なのだ。
また、金の問題だけではない。
「ひっ……こ、ころ、殺される……!あのお方に殺されるう!」
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