41 / 107
第1部
40話 赤薔薇の破滅 四輪目 前編(ララベーラ視点)
しおりを挟む
時は少し遡る。
ルルティーナが宮廷舞踏会を満喫している頃、アンブローズ侯爵家では。
◆◆◆◆◆
ララベーラが気がつくと、アンブローズ侯爵家の自室のベッドの上だった。
身を起こし、周りと我が身を見る。どうやら、ドレス姿のまま寝かされていたらしい。
(ドレス……。そうよ。私は【夏星の大宴】に出てたはず……っ!)
「痛い!」
頬が痛い。触れると腫れていて熱っぽかった。生まれて初めての強い痛みに涙が出る。
「痛い痛い!なによこれ!やだぁ!《治癒魔法》!」
ララベーラは慌てて治癒魔法で治した。痛みが引いてホッとしたところで、魔力量を慎重に調節する。
癒してやっている下僕たちのように、加減を間違えないように。
間違えると、魔力酔いで倒れたり、肌が盛り上がったり、皮がボロボロ剥がれたりなど、悲惨なことになるのだ。
(美しくもない下僕たちはともかく、私の美貌が損なわれたら国の損失よ……治ったようね)
肌を撫でてホッとする。念のため姿見か手鏡で確認しようとして、部屋の外の喧騒に気づいた。
「……!貴様の……!クソ……!」
「!……じゃない!……アンタが……!」
レリックとリリアーヌ。ララベーラの両親の怒鳴り声だ。
(はあ……お父様とお母様、またなの?うるさいわねえ。下僕どもは何をやってるの。さっさと止めなさいよ)
鬱陶しい。最近の両親は変だ。常に仲違いしていてうるさい。
(何が原因で……ああ、特級ポーションが用意できないとかなんとか……ポーション……そうよルルティーナが!)
そこまで考えたララベーラは、これまでのことを一気に思い出した。
◆◆◆◆◆
【夏星の大宴】を追い出されたララベーラたちは、アンブローズ侯爵家の馬車に乗せられて帰された。
もちろん騎士の監視のもとだ。逆らうことはできなかった。
その近衛騎士たちも、屋敷の中には入らない。
移動中は私語を禁じられていたララベーラは、堰を切ったように話し始めた。
「どうしてあんな地味な女がリアン殿下の婚約者に?それにあの魔力無しのルルティーナが伯爵ですって?おまけに私たちが謹慎だなんて……こ、こんなの何もかも間違いよ!ねえそうですよね?お父様、お母様……聞いていらっしゃいますか?ねえ!……え?」
濁った二対の赤い瞳と目が合う。
不気味さにララベーラが身を引いた瞬間、ララベーラの頬に痛みが炸裂した。
「お父さ……ぐぎゃ!」
「ララベーラ!この恥知らずの役立たずが!」
身体が床に崩れる。ララベーラは当惑と痛みになす術もない。
「旦那様!落ち着いてください!」
「誰かお止めしろ!ぐああっ!」
「離せ!この下民どもが!」
使用人たちはレリックを抑えようとしたが、あっさりと吹き飛ばされる。
レリックは憎悪を込めた目でララベーラを睨む。
「ひっ!な、なに?なんなの……?」
助けを求めようとリリアーヌを見る。が、二十は老けたように見える母は、何か呟きながら立ち尽くすだけだ。
「あぁ……どうしてこんなことに……もう終わりだわ……私のせいじゃない……私のせいじゃ……」
「黙れええ!リリアーヌ!何もかも貴様せいだ!こんなクズを産みおって!貴様の腹が賤しいからだ!」
「ぎゃっ!い、いたっ……!いや!離して!ララベーラが恥知らずになったのは!私のせいじゃない!アンタの種が悪かったのよ!この無能!」
「何だと貴様ああ!」
(お父様が私を殴った?ルルティーナにするように?恥知らず?役立たず?クズ?私が?)
「アンタが!ララベーラの代わりにルルティーナを辺境にやらなければ!こうならなかったのに!」
「うるさい!貴様も賛成しただろうが!」
(この私がルルティーナ……魔力無しのクズ以下?)
「こんなの嘘……嘘よ……」
両親の怒鳴り声を聞きながら、ララベーラは意識を失ったのだった。
◆◆◆◆◆
全てを思い出したララベーラは混乱した。
「ど、どうしてこんな目に……わ、私はリアン殿下の婚約者よ?どうして……」
「まだそんな事を言っているのか」
「だ、誰っ!?……あ、貴方……ガスパル様?」
声がした方を見ると、ソファに男が座っていた。
輝く金髪に血のような赤い瞳。ルビィローズ公爵令孫ガスパル・ルビィローズだ。
ガスパルの眼差しは冷ややかだったが、穏やかな笑みで塗り替えられた。
「驚かせてすまなかった。訪問したら君が失神して倒れていたので、ここまで運んだんだ。心配したよ。傷と気分は大丈夫かな?」
「え、ええ。もう大丈夫です」
本音では「最悪に決まっているでしょう!」と、叫びたいところだったが頷いた。
ルビィローズ公爵家はアンブローズ侯爵家の寄親だ。その嫡孫であるガスパルに対しては、流石のララベーラも丁寧だった。
欲望を垂れ流し感情のまま話していた【夏星の大宴】の時とは違って。
(待って。あの時の私は何故あんなことを?ベラベラと言わなくていい事までまくし立てて……いえ、【夏星の大宴】の時だけじゃない。最近おかしいわ)
引っかかったが、それよりも確認したいことがある。
ガスパルがアンブローズ侯爵家に訪問した理由と、ララベーラを運んだ後も寝室にいる理由だ。
(まあ、私の美貌と有能さが目当てでしょうね。ガスパル様は確か三十歳だったかしら。顔は良いし、身体も鍛えてそうで悪くないわ。体力もありそう。今日は気分じゃないけど、日を改めてるなら遊んであげてもいいかしら)
ララベーラが内心で舌舐めずりしていると、ガスパルが話し出した。
「二人きりではないとはいえ、令嬢の部屋に居座って申し訳ない」
(え?……ああ、メイドがいたのね)
それまで全く気づかなかったが、ガスパルの背後に茶髪のメイドが立っている。
顔はよく見えないし、見たところでララベーラにはわからないが、大勢いる使用人の一人だろう。
(うちのメイドが着るお仕着せ姿ですもの。間違いないわ)
ララベーラは単純にそう思った。
「君もこちらに座りたまえ。好きだという茶を用意させた」
だからララベーラは、素直にガスパルの対面に座り、メイドが差し出したお茶を飲んだ。
(【星屑の花茶】はやっぱり美味しいわね。頭の中がスッキリする……いい気分……)
ララベーラが茶を飲み干したタイミングで、ガスパルが再び口を開いた。
「私がこの部屋にいる理由だが、アンブローズ侯爵夫妻が君に危害を加えないようにするためだ。理性が無くなってしまった彼らも、私の目の前では君を殴れないからね」
治したはずの頬に痛みが走る。
実の父に生まれて初めて殴られて罵倒された。母も自分を庇わず軽蔑した。
その事実を再確認したララベーラの胸に到来したのは、悲しみでは無い。
燃え上がる怒りと煮えたぎる憎悪だった。
(二人とも許さない!なによ役立たずの中年と年増の癖に!殺してやる!)
「それにしても……今宵の【夏星の大宴】での失態をどうするべきか。アンブローズ侯爵と話し合いたかったのだが、とても冷静に話せる状態ではない。
このままではアンブローズ侯爵家は取り潰される。君もただでは済まないだろう」
「はぁ!?なぜ私が!?私はシャンティリアン王太子殿下の婚約者よ!あれは間違いよ!」
ララベーラは、先ほどまでの最低限の礼儀をかなぐり捨て感情に任せて叫ぶ。
【夏星の大宴】の時とまったく同じように。
「いいや、ララベーラ。あれは夢でも間違いでもない。ヴェールラント王家は君を断罪した。懲役刑かあるいは……いずれ罰が与えられるのは間違いない」
「違う違う間違いよおおお!嘘よ嘘よ私が王太子妃よおおお!あんな地味女なんて!クズなんてえ!……ぎゃぁっ!」
ララベーラは髪を振り乱して叫んだが、すぐにソファに押し付けられた。
あのメイドがやったらしい。振り払おうとするが、びくともしない。
「落ち着きたまえ。私は君を助けたいんだ。君も助かりたいだろう?」
「あ、当たり前よ!」
「ならば、君は現実を見るべきだ。まず、君の罪を整理しよう」
ガスパルは淡々とララベーラの罪を並べたてた。
シャンティリアン王太子殿下の婚約者だと詐称し、付き纏っては不敬な言動を繰り返した事。
さらに、本来の婚約者であるイザベル・スフェーヌへ暴言と侮辱を吐いた事。
プランティエ伯爵ことルルティーナを、長年に渡り虐待していた事。および、ポーションによる利益を還元せず搾取していた事。
他にも無資格および無許可での治癒魔法行使と詐欺、傷害、恐喝などなど……。
「婚約者の詐称と暴言は、王族侮辱罪と不敬罪が適用されるだろう。やはり、極刑も視野に入れた方がいいな」
「きょっ!ひいぃ!い、嫌よ!そんなのいやぁ!」
「ああ、私も君がそんな目にあうのは忍びない。……だが、君を救えるのは【帝国】に繋がりがある我が祖父であるルビィローズ公爵だけだろう。流石に【帝国】に逃げれば追ってはこれない」
「な、なら公爵閣下にとりついでよ!なんでもするから!」
「私もそうしたいが難しいな。祖父は【特級ポーション】が手に入らなくなってお怒りだ。
まあ、無理もないが」
「金の問題!?金ならあるわ!なんならお父様を殺して財産を……」
「金の問題じゃない。実は【特級ポーション】は祖父も愛用していてね。
ここだけの話だが、祖父は寝たきりになってしまった。もう長くないかもしれない」
「な、そんなの治癒魔法で……!」
「ああ。病に罹れば、国家治癒魔法師に治させている。しかし、身体の健やかさや体力は失われてしまったままなんだ。既存の【上級ポーション】では回復しきれなくて……。だから治しても治しても、また病に罹ってしまう。
これまでは【特級ポーション】で健康を保てていたのだが……」
「じゃ、じゃあ、貴方が【帝国】に……!」
「残念ながら【帝国】と繋がっているのは祖父だけなんだ」
「そ、そんな……」
「ああ!なんという悲劇だろう!」
ガスパルは天を仰いで嘆いた。
「【特級ポーション】さえあれば、祖父と帝国の使者にかけあえる!君だけでも【帝国】に逃がせるというのに!
……だが、仕方ないな。【特級ポーション】はルルティーナ・プランティエ伯爵にしか作れない。君には作れないのだから」
ララベーラの怒りと自尊心が弾けた。
「ふざけるな!あのクズが作れて私が作れないわけない!」
「……そうか。それは良かった。では、裏庭にあるという小屋へ向かおうか」
ガスパルの唇が大きく弧を描いた。
ルルティーナが宮廷舞踏会を満喫している頃、アンブローズ侯爵家では。
◆◆◆◆◆
ララベーラが気がつくと、アンブローズ侯爵家の自室のベッドの上だった。
身を起こし、周りと我が身を見る。どうやら、ドレス姿のまま寝かされていたらしい。
(ドレス……。そうよ。私は【夏星の大宴】に出てたはず……っ!)
「痛い!」
頬が痛い。触れると腫れていて熱っぽかった。生まれて初めての強い痛みに涙が出る。
「痛い痛い!なによこれ!やだぁ!《治癒魔法》!」
ララベーラは慌てて治癒魔法で治した。痛みが引いてホッとしたところで、魔力量を慎重に調節する。
癒してやっている下僕たちのように、加減を間違えないように。
間違えると、魔力酔いで倒れたり、肌が盛り上がったり、皮がボロボロ剥がれたりなど、悲惨なことになるのだ。
(美しくもない下僕たちはともかく、私の美貌が損なわれたら国の損失よ……治ったようね)
肌を撫でてホッとする。念のため姿見か手鏡で確認しようとして、部屋の外の喧騒に気づいた。
「……!貴様の……!クソ……!」
「!……じゃない!……アンタが……!」
レリックとリリアーヌ。ララベーラの両親の怒鳴り声だ。
(はあ……お父様とお母様、またなの?うるさいわねえ。下僕どもは何をやってるの。さっさと止めなさいよ)
鬱陶しい。最近の両親は変だ。常に仲違いしていてうるさい。
(何が原因で……ああ、特級ポーションが用意できないとかなんとか……ポーション……そうよルルティーナが!)
そこまで考えたララベーラは、これまでのことを一気に思い出した。
◆◆◆◆◆
【夏星の大宴】を追い出されたララベーラたちは、アンブローズ侯爵家の馬車に乗せられて帰された。
もちろん騎士の監視のもとだ。逆らうことはできなかった。
その近衛騎士たちも、屋敷の中には入らない。
移動中は私語を禁じられていたララベーラは、堰を切ったように話し始めた。
「どうしてあんな地味な女がリアン殿下の婚約者に?それにあの魔力無しのルルティーナが伯爵ですって?おまけに私たちが謹慎だなんて……こ、こんなの何もかも間違いよ!ねえそうですよね?お父様、お母様……聞いていらっしゃいますか?ねえ!……え?」
濁った二対の赤い瞳と目が合う。
不気味さにララベーラが身を引いた瞬間、ララベーラの頬に痛みが炸裂した。
「お父さ……ぐぎゃ!」
「ララベーラ!この恥知らずの役立たずが!」
身体が床に崩れる。ララベーラは当惑と痛みになす術もない。
「旦那様!落ち着いてください!」
「誰かお止めしろ!ぐああっ!」
「離せ!この下民どもが!」
使用人たちはレリックを抑えようとしたが、あっさりと吹き飛ばされる。
レリックは憎悪を込めた目でララベーラを睨む。
「ひっ!な、なに?なんなの……?」
助けを求めようとリリアーヌを見る。が、二十は老けたように見える母は、何か呟きながら立ち尽くすだけだ。
「あぁ……どうしてこんなことに……もう終わりだわ……私のせいじゃない……私のせいじゃ……」
「黙れええ!リリアーヌ!何もかも貴様せいだ!こんなクズを産みおって!貴様の腹が賤しいからだ!」
「ぎゃっ!い、いたっ……!いや!離して!ララベーラが恥知らずになったのは!私のせいじゃない!アンタの種が悪かったのよ!この無能!」
「何だと貴様ああ!」
(お父様が私を殴った?ルルティーナにするように?恥知らず?役立たず?クズ?私が?)
「アンタが!ララベーラの代わりにルルティーナを辺境にやらなければ!こうならなかったのに!」
「うるさい!貴様も賛成しただろうが!」
(この私がルルティーナ……魔力無しのクズ以下?)
「こんなの嘘……嘘よ……」
両親の怒鳴り声を聞きながら、ララベーラは意識を失ったのだった。
◆◆◆◆◆
全てを思い出したララベーラは混乱した。
「ど、どうしてこんな目に……わ、私はリアン殿下の婚約者よ?どうして……」
「まだそんな事を言っているのか」
「だ、誰っ!?……あ、貴方……ガスパル様?」
声がした方を見ると、ソファに男が座っていた。
輝く金髪に血のような赤い瞳。ルビィローズ公爵令孫ガスパル・ルビィローズだ。
ガスパルの眼差しは冷ややかだったが、穏やかな笑みで塗り替えられた。
「驚かせてすまなかった。訪問したら君が失神して倒れていたので、ここまで運んだんだ。心配したよ。傷と気分は大丈夫かな?」
「え、ええ。もう大丈夫です」
本音では「最悪に決まっているでしょう!」と、叫びたいところだったが頷いた。
ルビィローズ公爵家はアンブローズ侯爵家の寄親だ。その嫡孫であるガスパルに対しては、流石のララベーラも丁寧だった。
欲望を垂れ流し感情のまま話していた【夏星の大宴】の時とは違って。
(待って。あの時の私は何故あんなことを?ベラベラと言わなくていい事までまくし立てて……いえ、【夏星の大宴】の時だけじゃない。最近おかしいわ)
引っかかったが、それよりも確認したいことがある。
ガスパルがアンブローズ侯爵家に訪問した理由と、ララベーラを運んだ後も寝室にいる理由だ。
(まあ、私の美貌と有能さが目当てでしょうね。ガスパル様は確か三十歳だったかしら。顔は良いし、身体も鍛えてそうで悪くないわ。体力もありそう。今日は気分じゃないけど、日を改めてるなら遊んであげてもいいかしら)
ララベーラが内心で舌舐めずりしていると、ガスパルが話し出した。
「二人きりではないとはいえ、令嬢の部屋に居座って申し訳ない」
(え?……ああ、メイドがいたのね)
それまで全く気づかなかったが、ガスパルの背後に茶髪のメイドが立っている。
顔はよく見えないし、見たところでララベーラにはわからないが、大勢いる使用人の一人だろう。
(うちのメイドが着るお仕着せ姿ですもの。間違いないわ)
ララベーラは単純にそう思った。
「君もこちらに座りたまえ。好きだという茶を用意させた」
だからララベーラは、素直にガスパルの対面に座り、メイドが差し出したお茶を飲んだ。
(【星屑の花茶】はやっぱり美味しいわね。頭の中がスッキリする……いい気分……)
ララベーラが茶を飲み干したタイミングで、ガスパルが再び口を開いた。
「私がこの部屋にいる理由だが、アンブローズ侯爵夫妻が君に危害を加えないようにするためだ。理性が無くなってしまった彼らも、私の目の前では君を殴れないからね」
治したはずの頬に痛みが走る。
実の父に生まれて初めて殴られて罵倒された。母も自分を庇わず軽蔑した。
その事実を再確認したララベーラの胸に到来したのは、悲しみでは無い。
燃え上がる怒りと煮えたぎる憎悪だった。
(二人とも許さない!なによ役立たずの中年と年増の癖に!殺してやる!)
「それにしても……今宵の【夏星の大宴】での失態をどうするべきか。アンブローズ侯爵と話し合いたかったのだが、とても冷静に話せる状態ではない。
このままではアンブローズ侯爵家は取り潰される。君もただでは済まないだろう」
「はぁ!?なぜ私が!?私はシャンティリアン王太子殿下の婚約者よ!あれは間違いよ!」
ララベーラは、先ほどまでの最低限の礼儀をかなぐり捨て感情に任せて叫ぶ。
【夏星の大宴】の時とまったく同じように。
「いいや、ララベーラ。あれは夢でも間違いでもない。ヴェールラント王家は君を断罪した。懲役刑かあるいは……いずれ罰が与えられるのは間違いない」
「違う違う間違いよおおお!嘘よ嘘よ私が王太子妃よおおお!あんな地味女なんて!クズなんてえ!……ぎゃぁっ!」
ララベーラは髪を振り乱して叫んだが、すぐにソファに押し付けられた。
あのメイドがやったらしい。振り払おうとするが、びくともしない。
「落ち着きたまえ。私は君を助けたいんだ。君も助かりたいだろう?」
「あ、当たり前よ!」
「ならば、君は現実を見るべきだ。まず、君の罪を整理しよう」
ガスパルは淡々とララベーラの罪を並べたてた。
シャンティリアン王太子殿下の婚約者だと詐称し、付き纏っては不敬な言動を繰り返した事。
さらに、本来の婚約者であるイザベル・スフェーヌへ暴言と侮辱を吐いた事。
プランティエ伯爵ことルルティーナを、長年に渡り虐待していた事。および、ポーションによる利益を還元せず搾取していた事。
他にも無資格および無許可での治癒魔法行使と詐欺、傷害、恐喝などなど……。
「婚約者の詐称と暴言は、王族侮辱罪と不敬罪が適用されるだろう。やはり、極刑も視野に入れた方がいいな」
「きょっ!ひいぃ!い、嫌よ!そんなのいやぁ!」
「ああ、私も君がそんな目にあうのは忍びない。……だが、君を救えるのは【帝国】に繋がりがある我が祖父であるルビィローズ公爵だけだろう。流石に【帝国】に逃げれば追ってはこれない」
「な、なら公爵閣下にとりついでよ!なんでもするから!」
「私もそうしたいが難しいな。祖父は【特級ポーション】が手に入らなくなってお怒りだ。
まあ、無理もないが」
「金の問題!?金ならあるわ!なんならお父様を殺して財産を……」
「金の問題じゃない。実は【特級ポーション】は祖父も愛用していてね。
ここだけの話だが、祖父は寝たきりになってしまった。もう長くないかもしれない」
「な、そんなの治癒魔法で……!」
「ああ。病に罹れば、国家治癒魔法師に治させている。しかし、身体の健やかさや体力は失われてしまったままなんだ。既存の【上級ポーション】では回復しきれなくて……。だから治しても治しても、また病に罹ってしまう。
これまでは【特級ポーション】で健康を保てていたのだが……」
「じゃ、じゃあ、貴方が【帝国】に……!」
「残念ながら【帝国】と繋がっているのは祖父だけなんだ」
「そ、そんな……」
「ああ!なんという悲劇だろう!」
ガスパルは天を仰いで嘆いた。
「【特級ポーション】さえあれば、祖父と帝国の使者にかけあえる!君だけでも【帝国】に逃がせるというのに!
……だが、仕方ないな。【特級ポーション】はルルティーナ・プランティエ伯爵にしか作れない。君には作れないのだから」
ララベーラの怒りと自尊心が弾けた。
「ふざけるな!あのクズが作れて私が作れないわけない!」
「……そうか。それは良かった。では、裏庭にあるという小屋へ向かおうか」
ガスパルの唇が大きく弧を描いた。
35
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
山猿の皇妃
夏菜しの
恋愛
ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。
祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。
嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。
子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。
一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……
それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。
帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。
行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。
※恋愛成分は低め、内容はややダークです
29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません
越智屋ノマ
恋愛
異母妹に婚約者と子爵家次期当主の地位を奪われた挙句に、修道院送りにされた元令嬢のシスター・エルダ。
孤児たちを育てて幸せに暮らしていたが、ある日『いばら病』という奇病で昏睡状態になってしまう。
しかし10年後にまさかの生還。
かつて路地裏で助けた孤児のレイが、侯爵家の当主へと成り上がり、巨万の富を投じてエルダを目覚めさせたのだった。
「子どものころはシスター・エルダが私を守ってくれましたが、今後は私が生涯に渡ってあなたを守ります。あなたに身を捧げますので、どうか私にすべてをゆだねてくださいね」
これは29歳という微妙な年齢になったヒロインが、6歳年下の元孤児と暮らすジレジレ甘々とろとろな溺愛生活……やがて驚愕の真実が明らかに……?
美貌の侯爵と化した彼の、愛が重すぎる『介護』が今、始まる……!
悪役令息(冤罪)が婿に来た
花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー
結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!?
王女が婚約破棄した相手は公爵令息?
王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした?
あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。
その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。
彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。
そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。
彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。
その数日後王家から正式な手紙がくる。
ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」
イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。
「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」
心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ!
※ざまぁ要素はあると思います。
※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。
ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る
gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】異世界からおかえりなさいって言われました。私は長い夢を見ていただけですけれど…でもそう言われるから得た知識で楽しく生きますわ。
まりぃべる
恋愛
私は、アイネル=ツェルテッティンと申します。お父様は、伯爵領の領主でございます。
十歳の、王宮でのガーデンパーティーで、私はどうやら〝お神の戯れ〟に遭ったそうで…。十日ほど意識が戻らなかったみたいです。
私が目覚めると…あれ?私って本当に十歳?何だか長い夢の中でこの世界とは違うものをいろいろと見た気がして…。
伯爵家は、昨年の長雨で経営がギリギリみたいですので、夢の中で見た事を生かそうと思います。
☆全25話です。最後まで出来上がってますので随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる