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序章【運命の出会い】

0-12.絶体絶命のその時に

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 その時だった。

 風を切り裂く音がして、次いで金属が断たれる音が続く。

「なっ…!?」

 誰かの驚く声がする。

 目を開けると、目の前には半ばから断ち切られた曲刀カットラスを手にして呆然とした男が立っている。その周りのセルペンスや手下達も驚いて、辺りをキョロキョロ見回している。

「大勢でひとりをよってたかって、なんて感心しないわね」

 澄んだ声が広場に響く。
 良く通る女の声だった。

 緩慢な動きで声のした方を見ると、広場の端、川に近い位置にひとりの女騎士が立っていた。
 騎士、いや剣士と呼ぶほうが適切だろうか。見覚えのない顔だ。淡く蒼い長髪を後頭部で束ね、豪奢な留具で飾っている。身につけた騎士鎧も服も上質な仕立ての上物で、鎧は銀色に輝いているから真銀ミスリル製だろうか。
 どこの騎士団の所属かは、一見して分からなかった。初めて見る意匠の鎧で、少なくともラグの防衛隊や親衛隊ではない。胸当てブレスト手甲ガントレット脛当てグリーブそれに腰甲スカートだけでヘルムシールドも身につけていないが、左腰には華美な装飾の鞘が提げられていて、その中身は柄頭に手を置いて地面に突き立てている。細身で真っ直ぐな両刃の長剣ロングソードで、これも一見して業物だと分かる。

 目の覚めるような美しい娘だった。見たところ、まだかなり若い。ファーナやニースと同じくらいか。
 その輝きを含んだ黄色い瞳が、アルベルトと周りの男たちを真っ直ぐ見据えていた。

「なんだァ、てめえは」

 手下のひとりが声を上げる。

「関係ない奴ァすっこんでな」

 別のひとりも声を出す。

「しっかしまあ、見られたんじゃあ仕方ねえな」

 さらに別のひとりが一歩前に出る。

「よく見りゃあいい女じゃねえか。ちっとばかし勿体ねえな」

 その一言で下卑た笑いが起こる。

「おい、お前ら」

 セルペンスのその一言で男たちが真顔になる。
 そして次々と得物を抜いて、女剣士に向かっていった。アルベルトを押さえていた手下も、ガンヅを押さえていた手下も次々にけしかけられて行く。

「おいガンヅ」

 何が起こっているか分からずに膝立ちのまま呆然としているガンヅに向かって、セルペンスが冷酷な声を出す。

「へ、へい…」
「お前も行け。うまく殺りゃあ今度のミスは帳消しにしてやらぁ」

「へい!」

 許されたと思ったガンヅが喜色もあらわに一本だけになった曲刀カットラスを抜いて、他の手下に続く。
 そして昏い笑みを浮かべたままのセルペンスも、その後を追うように、アルベルトを置き去りにして女の方へ歩いてゆく。

「ま…まて…!」

 アルベルトは止めようとするが、痺れたままの身体はあまりにも無力だ。ふたたび転がされ這いつくばった姿勢のまま、だがそれでも感覚の麻痺した手足で何とか匍匐前進しようとする。

「お前らの…狙いは…俺だけだ…ろう…!」

 と、そのアルベルトの肩を掴んで動きを邪魔した者がいる。

「はいはい、おいちゃんオジサン動かんとよーないの。すぐ治しちゃあてやるけん、ちぃと少し待っとってばい」

 やたらと訛の強い女の声がして、背中に刺さったままの矢が力任せに引き抜かれた。

「ぐっ…!」
「なァんねこんぐらい。我慢せんね男ン子やろうもん」

 男の子、という年齢ではないが、確かに矢を抜かれる痛み程度は我慢できなければ話にならない。
 だが今は、それどころではなくて。

 背中に魔術の感触があり、スッと痛みが消えていく。それと同時に手足の痺れが収まっていき、頭もスッキリしてゆく。
 まさか、怪我を治す[治癒]と毒を癒す[解癒]を同時にかけているとでもいうのだろうか。普通は片方ずつ順番で、一度にかけられるなんて聞いたこともないのだが。

 思わず振り返ると、そこにいたのは緋色のセミロングの髪を靡かせた法術師の娘だった。
 先ほどの女剣士と変わらない若さに見え、この娘もかなりの美人だ。着ているのは神教の法衣で、意匠と色からして青派だろうが、一般の聖職者ではなく高位のようだ。白地に青い縁取りと精緻な金刺繍が鮮やかに映えていて、胸には神教の神紋が染め抜かれている。生地も仕立てもかなり上質のもののようだ。
 彼女のその青みの強い紫の瞳が、振り返ったアルベルトに穏やかに微笑みかける。

「おいちゃんに用のあってここまで追いかけて来たとばってんんだけど、なァんかえらいずいぶん面倒くさことになっとるごたんみたいね?」

 やはり訛が強い。この独特の訛は、エトルリアの港湾都市ファガータだろうか。

「何だかファガータの訛に聞こえるね?」
「おっ、分かりんしゃあ分かってくださるかいねおいちゃん!そうばい、ウチはファガータ生まれファガータ育ちったい!」

 神徒の娘は出身地を当てられて嬉しそうに破顔した。

「とにかく、治療してくれてありがとう。誰だか知らないけど助かったよ」
「んー、お礼はあっちの姫ちゃんさい言うた方が良かっちゃいいんじゃない?」

 そうだ、蒼髪の女剣士!
 あの人数を相手に、いくら何でも無事でいるとは思えない。

 だが慌てて振り返ったアルベルトの目に飛び込んできたのは、打ち倒され手足を斬られて呻いている10人以上の男たちと、さして面白くもなさそうに長剣を鞘に収める女剣士の姿だった。

「よっっわ。これじゃ“ドゥリンダナ”を抜く必要すらなかったわ」

 憮然とした表情で事も無げに吐き捨てる女剣士。服も乱れていなければ汗ひとつかいておらず、それどころか最初に見た位置から動いてさえいなかった。
 だが剣を振るって身体そのものは動かした証拠だろう、首元からネックレスのように下げた認識票タグがこぼれていた。
 その認識票が金色に輝いている。

「で?あなたはどうするの?」

 蒼髪の女剣士が一点を見据える。その視線の先に立っているのは、ただひとり残ったセルペンスだ。

「テメェ…ナニモンだ!?」
「あなたたちみたいな三下に名乗るような名前なんて持ってないわよ。
で、やるの?それとも逃げる?まあ逃さないけど」

 選択肢を与えるようで与えない女剣士。
 というかそもそも金の認識票を持つような相手から逃げられるはずもない。

「クッ…ソがぁ!」

 ヤケクソ気味に叫んで剣を抜き、女剣士に斬り込んで行ったセルペンスが、後頭部を殴られて気絶するまで瞬き二回分もかからなかった。


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