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六話・青い月と弱肉強食

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「ようメガネ雪女。ゴンジイさんはいるか?」

 朱蓮はクーラーボックスを抱えながら江戸商店街の古道具屋・ユキダルダルに来ていた。その店主であるメガネをかけた雪女にホッホッホッと返事され、店内地下に通された。そこはとても冷たい空間で、雪に囲まれた極寒の地下室だった。ブルッと震える朱蓮は奥で雪玉を持って座っている老人に声をかけた。

「久しぶりだなゴンジイさん。あのメガネ雪女もゴンジイさんの口癖が移ってやがるな。それはそうと、冷えたビールを持ってきたぜ。飲もう」

 うむ、と頷き雪に囲まれた地下室で雪玉を持ちあぐらをかいているゴンジイさんは微笑む。そして手の中の雪玉を必死にコネ出した。缶ビールを一つ開ける朱蓮は飲みながら言う。

「アンタが古道具屋を引退したのは、洋怪がジパングにちゃんと姿を現した十年ほど前だったか」

「そうじゃのぅ」

「そして人洋戦争から文明開化が起こり、今やあのメガネ雪女が二代目だもんな」

「そうじゃのぅ」

「雪解け占いの客は来てるようだが、そんなに面白いもんか?」

「ホッホッホッ。雪解け占いというのは、奥が深く面白いだけさ」

「そうか」

「そう、あのメガネ雪女には占いの才が無く、ワシにはあった。それだけじゃて。ホッホッホッ」

「そうか。そろそろ雪解けだな。結果を教えてくれ」

 ゴクリと缶ビールを飲み干した朱蓮は、ゴンジイさんの手にあった雪が解けたのを見た。じっ……とゴンジイさんは両手のひらを見つめたまま動かない。ただ口だけが動いた。

「主の求める存在は海の祠にいるだろう。そこは深海のように暗く、光無き世界だ」

「光無き世界……か。ありがとよジイさん。生きてたらまた来る」

 立ち上がる朱蓮は地下室から去ろうとするが、ゴンジイさんの答えで止まる。

「安心しろ。死にはせん」

「ん? そんな占い結果もあったのか? それなら早く――」

「主はもう死んでいるからな」

「いいねぇ」

 カラッと笑う朱蓮はそれは面白いという顔をした。そして、ゴンジイさんは缶ビールを一つ開けて朱蓮に差し出す。

「もう一本付き合え。それからでも遅くない」

 それに付き合った朱蓮は地上に戻り道を歩いている途中、幕府警察の手の者から紫藤誠の潜伏先を聞いた。捜査網という蜘蛛の巣に引っかかった悪の始末を今夜、決行する事になった。





 青い月が湾岸倉庫近くの海に揺れながら映っている。
 幕府警察が追っている紫藤誠がいるとされる湾岸倉庫内部に入る朱蓮は、その倉庫内の中央で立ち尽くしていた。そう、少し先のコンテナの上に件の男である深海のような青い髪に黒の軍服を着た紫藤誠がいるからである。その紫藤は腰の刀の柄頭に左手を乗せながら見下すような形で話し出す。

「久しぶりだな紫藤誠。ここでデートする為に、わざわざうら飯にゃーを使ってまで洋怪払いまでしてくれたのか? ここで決着をつけるのは確かなようだな」

「その目で洋気は感じられるか。衰えてはいないな。これから僕様自身で確かめさせてもらうが」

 その左目に眼帯をした黒い軍服の男は嗤う。この倉庫の外にいる猫のうら飯にゃーとは、弱い洋怪を追い払うレアな猫洋怪だ。普通の猫に化けているが、洋気を発しているので感の鋭い人間にはわかる。アジフライをあげると凄く働いてくれるようだ。そんな事はどうでもいい紫藤は続ける。

「しかし、もう僕様の暗号を解いてここに来た事を褒めてあげるよ朱蓮。ここなら君達の仲間も大勢来れないだろう? 周りは海しかないからね。この倉庫へ来るには一本道だ。人の出入りはよくわかる。二人になるにはいい場所だと思わないか?」

「あの古い暗号は俺の家に届く前に幕府警察が中身を確認して暗号解読した。そしてここは人もいなくていい場所だな。ここの従業員を殺さなかったのは褒めてやるよ」

「殺す……のはいいとして、どこがどういい場所なのか聞きたいねぇ?」

「紫藤誠の死に場所として静かだからさ」

 左足に力を込めて一足飛びでコンテナの上にいる紫藤に朱蓮は斬りかかる。両者の刀の激突音がし、二人は剣撃の応酬を始める。薄暗い倉庫内で火花が散り、相手の強さを認めるように微かな笑みを浮かべた。

「今更何の用だ紫藤!? 相変わらずジパング大陸を転覆させようとでも思ってるのか!?」

「朱蓮こそどうした? 洋怪が世界に姿を現し、ジパング大陸は人間と洋怪とモンスターの三竦みになった。けど、モンスターは人間や洋怪のように狡猾な性格をしていないから問題は無い。問題は人間と洋怪だ。この二つの種族は人洋戦争をしながらも、その後は無理に仮初めの平和を築こうとしている!」

「確かに人間の領土拡大やモンスターのエサ場として洋怪の森は襲われた。そして洋怪達は自分達の文明を守る為に人間社会に溶け込むようになった。仮初めの平和でも、いつかは仮初めじゃなくなるさ。いい加減、世界を受け入れやがれ紫藤!」

「それは無理な話だ! 人間も洋怪も文明開化を利用して、もっとこの世界を混沌とさせないとダメだろう? 一度世界は壊れないと、人と洋怪は理解し合えないよ! 弱肉強食こそが、僕様達の生き方だろう!」

「いつまで世界に勝てない喧嘩を売ってやがる!」

 剣を一閃させて、朱蓮は紫藤の足元に蹴りをかます。体勢が崩れた所に、ややしゃがんだ状態から無数の卵のカラが砕けた雨のような突きが繰り出された。

「――卵乱雨らんらんう!」

 その突きは紫藤を捉え、血飛沫と共に吹っ飛んだ。舌打ちをした朱蓮はコンテナから落ちた紫藤を追撃する為に飛び降りる。すると、黒い軍服に無数の穴が空いていて怪我こそしているが、大きなダメージを受けていない紫藤は冷たい青い瞳で朱蓮を見据えていた。もう一度舌打ちをする朱蓮は言う。

「……確実に殺したと思いきや、足にナイフが刺さってたとはな。致命傷を避けつつカウンターとはやけにヌルい事をしてくれる。本当なら爆弾で足を吹っ飛ばしてるだろう?」

「爆弾を使えば、朱蓮は技を止めて回避行動に出るからね。確実にダメージを与えるには今のがベストだ」

「なら俺のベストな技をくらえ」

 ビュと投げられたナイフを紫藤は回避した。その隙をついて朱蓮は大きく跳躍している。落下のパワーと自身の体重を上乗せさせた卵王の一撃が放たれる――。

卵王斬らんおうざん――!」

 刀で防ぐ紫藤だったがパワーに押し負けて直撃を浴びた。倒れる紫藤にトドメを刺そうと駆ける。

(爆弾を使う様子は無ぇ。このコンテナにも爆発物は積んでないはず。これで終わりだ――)

 その朱蓮の一撃が紫藤の首に迫る――。

「ペンドラゴンよ。鞭になれ」

「!?」

 いきなり、朱蓮は黒い龍に全身を締め上げられていた。そのイバラのような黒龍の肌の刃が朱蓮の全身の肉にくいこむ。
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