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連載2

感謝と謝罪3

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 記憶の中のアシュリナは、いつもどこか苦しそうで。笑顔の思い出なんて、ほとんどない。
 特に今のアシュリナの姿まで成長した晩年は、記憶を垣間見ている私でさえも辛くなるような、険しい表情ばかりしていた。

 アシュリナの笑顔が見たい。
 
 アシュリナに幸せになって欲しい。

 生きているうちが無理だったのなら、せめて死後のこの場所だけでも。

 けれど私の腕の中で驚いたように目を見開いていたアシュリナは、すぐに困ったように眉を下げた。

「……ごめんなさい。ディアナ。私はもう、笑い方なんか忘れてしまったの」  

「そんな……ねえ。アシュリナ。私、あなたにひどいことをしたユーリアもルイス王も倒したんだよ。あなたの復讐を、果たしたんだ。それでも……やっぱりアシュリナは笑えない?」

「……ありがとう。ディアナ。あなたの中から、ちゃんと見ていたわ。……でも、ごめんなさい。嬉しくなかったといえば嘘になるけど、私はあなたが復讐を成し遂げたことを素直に喜べないの。素直に喜んではいけないと思ってしまうのよ。私は、聖女だから」

「…………」

「自分でも馬鹿だと思うわ。聖女という立場を妄信して、ただひたすらに人を救い続けた結果ああなったのに……私は死んだ後の今もまだ、【聖女】という概念に囚われたままなのよ。【聖女】としてのあり方を、変えられないままなの」

 自嘲するようなアシュリナの言葉が、悲しい。

 ーーああ、やっぱり、アシュリナと私は別人だ。

 アシュリナの記憶を受け継いだだけの私は家族以外の人間を厭い、時には切り捨てることだって受け入れて来たのに、アシュリナはそれができない。

 あんな風に無実の罪で殺されてなお、自分を死に追いやったユーリアやルイス王の破滅を心から喜ぶことのできないアシュリナは、どこまでも優し過ぎて。
 背負わなくてもいい他人の苦しみまで全て背負って、一人で苦しみ続けようとする。

「私が何をしても……アシュリナを幸せにすることはできないのかな」

 すでにアシュリナは死んでいるから、もとより叶うはずがないことだったのかもしれない。
 それでも、無力感に打ちひしがれそうになる。

 夢の中とはいえ……アシュリナは今、私の目の前にいるのに。
 私はアシュリナの為に何もしてあげられない。

「ーー何を言っているの? ディアナ。私はずっと、あなたに幸せにしてもらっていたのに」 

「え……」
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